14 強すぎるという問題
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たとえスカル侯爵が受け入れてもスカーレットが不要だと考えればさしたる仕事を与えられない可能性もあり、干されたとエールシャルルは感じるかもしれない。
それは断るよりも不誠実なこととなる。
「なるほど……」とスカル侯爵は頷きつつも「しかし、」と再び断りの言葉を繰り返す他ない。
「スカーレットに護衛は不要なのです。この子のほうが強いですから」
実際、それは事実だ。
スカーレットはこの王国で……いや、おそらくはこの世界で一番の魔法使いだろう。
スカーレットの前ではどんな剣士も暴風で吹き飛ばされ、水流に流され、業火に焼かれて敗れるだろう。
「スカーレット嬢の魔法使いとしての優秀さは存じております。しかし……」
スカル侯爵が言っていることが親バカなわけでも、過大評価なわけでもないことはロンレーナ伯爵にもわかっている。
しかし、ロンレーナ伯爵としてもここで引くわけにはいかない。
王太子の婚約者という枷がなくなった今、エールシャルルは放し飼いになった闘犬のようなものだ。
長年の鬱憤がいまにも爆発しそうな状態なのだ。
それに、ロンレーナ伯爵としては娘がスカル侯爵令嬢の護衛になってくれれば、自分がスカル侯爵に会いに来ても不自然ではないという狙いもある。
実のところ、ロンレーナ伯爵はスカル侯爵を男として惚れ込んでいた。
彼の役に立ちたいと魔法学園に通っている頃から憧れていた。
だからこそ、宰相としての推薦をもらった時にスカル侯爵のほうがその場に相応しいと思いながらも、スカル侯爵から認められたことが嬉しくて受けたのだ。
さて、どうやって娘のことを受け入れてもらうかと考えていると、またしても助けの声があった。
「強すぎることが問題なのです。ご主人様」
マーサが言った。
「スカーレット様はこれまで何人もの暗殺者をほふってきました。大体が瞬殺です。そのため、暗殺者から情報を得ることができずに暗殺者を差し向けてきた黒幕を探し当てることができていないのです」
暗殺者を殺してきたと聞き、本当に護衛などいらないのだとロンレーナ伯爵はスカーレットをまじまじと見つめた。
スカーレットの実力は知っていた。
しかし、魔法の実力があり、王国で一番強かったとしても彼女は十歳の少女だ。
人を傷つけること自体に抵抗があっても不思議ではない。
だが、マーサの語った姿は人を殺すことに抵抗のない戦士だった。
ちなみに、暗殺者というのは単純にスカーレットに魔法を挑みに来た裏組織の魔法使いであったり、異形の者など存在していいはずがないと考える時代についてこれない老害貴族が送ってくるものであったり、宰相を辞してもなお王の信頼厚い侯爵を失墜させたい貴族が侯爵夫妻を狙ったものであったりと色々だ。
「スカーレット様はそれほどまでにお強いのですか!? ぜひ、手合わせしていただけませんか!?」
「手合わせは危険すぎます!!」
興奮してまた前のめりになったエールシャルルに即座にそう言ったのはスカル侯爵だった。
宰相という面倒な仕事を押し付けた恩義のあるロンレーナ伯爵の娘に怪我を負わせるわけにはいかない。
その時、スカーレットがない左耳を押さえる仕草をした。
「……お父様、お母様、ミルスから連絡がありました」
「何か問題かい? 私も一緒に行こう」
「いいえ。それには及びません。わたくし一人で大丈夫です」
「そうか……」とスカル伯爵がどことなくしょんぼりした。
「お客さまを残してお父様がこちらを離れるわけにはまいりませんでしょう?」
別にお父様が不要だったわけではありませんよと暗に伝えてくる娘の言葉にスカル侯爵の表情は明るくなる。
「そうか! そうだな! それじゃ、頼んだよ」
そう言った侯爵はエールシャルルに視線を向けた。
「せっかくだから、エールシャルル嬢も一緒に行くといい。実際の戦いを見ればスカーレットの実力もわかるだろう」