10 解呪
お読みいただきありがとうございます。
「おお! スカーレット! よく来たな!!」
自慢の孫娘の姿に破顔したバンロット・スカルは孫娘を抱き上げてその骨ばった頬に……頬骨に、キスをした。
「お祖父様、あまり揺らさないでくださいませ。スライムが落ちてしまいます」
「おお! これはすまなかった!」
バンロットはスカーレットをそっとソファに座らせた。
自分もスカーレットの隣に座り、「スカーレット、お願いがあるのだ」と話し始めようとしたが、それをスカーレットが遮る。
「お祖父様がわたくしを魔法学園の卒業パーティーに呼んだ理由は王太子とエールシャルル様の件についてですよね?」
「さすがスカーレット、もう気付いたのか?」
「解呪することは簡単ですが、人の心を癒すことは簡単ではございません」
「ああ、もちろん。そこまでは望んでいないよ」
王太子の様子がおかしいことに気づいて調査をしていたスカーレットの祖父であるバンロットは、スカーレットの一周目の人生の時にはこの国から遠く離れた国にある魔法を研究する施設にいた。
九周目の人生でスカーレットが骸骨の姿で生まれたために魔法の研究施設をやめてオフーラ王国に戻ってきたのだ。
そして、将来、絶対にスカーレットが通うことになるこの王立魔法協会附属魔法学園の学園長となった。
「では、わたくしは会場にいた方がいいでしょうから……」
スカーレットが「もう戻ります」と言う前に先ほどスカーレットを学園長室まで案内した燕尾服の男性が学園長室に飛び込んで来た。
「学園長! 王太子がエールシャルル様を突き飛ばした上、婚約破棄を言い渡しました!」
スカーレットは心の中で舌打ちをしてすぐに立ち上がると無詠唱で転移魔法を発動させた。
スカーレットの足元に魔法陣が浮き上がって眩く光り、次の瞬間にはそこには誰もいなかった。
学園長の使いっ走りもする学園の教師である燕尾服の男性は驚きに「な……」と声を漏らした。
「転移魔法……それを無詠唱で……天才だと学園長から聞いてはおりましたが、想像以上ですね」
繰り返し聞かされていた孫娘の自慢話を聞き流すことが得意になっていた教師の言葉にバンロットは「そうであろう?」と満足そうに笑った。
「私は運命の人と出会ったのだ! だから、君とは婚約破棄をする!!」
レアル・ラ・オフーラ、オフーラ王国の第一王子にして王太子である彼の隣には、平民の少女がレアルに肩を抱かれるようにして立っていた。
たとえ夫婦でも人前ではエスコートやダンスのために手を取り合う以上の触れ合いを見せないのが貴族の品位だが、王の長子である彼はその最低限の品位さえも忘れ去ったようだ。
その上、婚約者であるエールシャルルを辱めるように大衆の面前で婚約破棄だと喚き、運命の人などと政略結婚が一般的な貴族社会で実に絵空事なことを叫んでいる。
自分の今の姿こそが最も恥ずかしいものだと気づくこともできない愚かな王太子の前にスカーレットは進み出て、王太子に突き飛ばされて床に倒れたままのエールシャルルにその細すぎる手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「ええ」とエールシャルルはスカーレットの手に手を添えて立ち上がった。
スカーレットはレアルに向き直ると、その骨の掌をレアルに向ける。
そして、「《解呪》!」と一言だけ唱えた。
スカーレットの手からは掌サイズの小さな魔法陣が浮き出し、それは真っ直ぐに飛んで王太子の目の前で止まり、ただじっとその魔法陣を見つめていた王太子の前で弾けて光の粒を放った。
「王太子殿下、魅了の魔法は解けましたか?」
スカーレットの言葉にレアルは「え、あ……」と意味をなさない音を発して瞬きを何度か繰り返した後で、自分が肩を抱く女性を見て驚いた。
「な、なんだ!? お前は!? 王太子の私に触れるなど無礼ではないか!」
王太子は自分が肩を抱いていた平民の少女を突き飛ばした。
「きゃっ!」とか弱い声を出して床にその身を投げ出した少女にスカーレットは視線を向ける。