99 光陰の魔女・胎動する悪意①
1979年 4月
国防高等研究計画局
特別技術研究室管轄 研究所
いくつもの機械の音が低く唸るくらい研究室の中で、一人の男がコンソールパネルの前に座っていた。
「まさか、不完全な状態でもこれほどのものとはな。さすがは魔女の術式といったところか。」
男は、正面を仰ぎ見てつぶやく。
そこには、二つの円筒形の水槽が並べられており、右側には金髪の少女が、左側にはもはや原形をとどめていない肉塊が、いくつものチューブや配線がつながった状態で淡い黄色の液体に浮いていた。
コンソールパネルのブラウン管モニターには、金髪の少女の状態を示すグラフが表示されている。
「心拍、血圧ともに正常、脳波は・・・。夢を見ているようだ。ここまでは、順調だな。」
ふいに研究室のドアが開き、さらに一人の男が入ってくる。
「ローレンス。進捗はどうだ。」
「マリス局長。順調ですよ。むしろ何も問題が起きないことが怖いくらいです。」
ローレンスと呼ばれた男は振り向きもせず、モニターの監視を続ける。
「そうか。それは何よりだ。予定通り今月中に活動を開始させられそうか?」
マリス局長は右側の水槽の中に浮かんだ少女を見ると満足そうに笑みをこぼした。
「ええ、さすがは魔女の術式です。・・・まあ、オリジナルは15分程度で肉体の再構築を行ったようですが。魔力の不足分を魔力結晶で補うことができましたので3か月ほどの時間はかかりましたが、ほぼ同じ状態までもっていくことができましたよ。」
「・・・まさかたった一つの術式だけで魔力結晶を40gも消費するとは。あの魔女、いったいどれだけの魔力量があるのか、考えるだけで恐ろしくなるな。」
二つの水槽の奥にある魔力炉には、魔力結晶鉱山から採掘された魔力結晶だけでは足りず、鹵獲した装甲機動歩兵から取り出した魔力結晶まで投入されていた。
この研究所にいる者たちは、その魔力結晶が人工魔力結晶であること、そしてそこには、夥しい子供たちの魂の情報が含まれていたことを知らなかった。
「ところで、この研究なんですが・・・。XFV-12の予算を流用しているって聞いたんですがバレないですかね?」
「問題はない。大体、垂直離着陸が可能な超音速機を一機種開発するための予算に比べれば、この術式を管理するためだけの予算など雀の涙だ。それに、魔導装甲歩兵の研究が凍結されたときに廃棄されるはずだった魔力結晶の用途など追跡している者などおらんよ。」
「そうですね。あれだけ貴重な魔力結晶を使わずに廃棄するだなんて、上の連中は何を考えているのか理解できませんでしたからね。」
マリス局長が進捗状況に満足して研究室を出ていこうとしたとき、モニターにアラート音とともにエラーメッセージが表示される。
「なんだ?・・・培養層内の魔力圧が急上昇?いや、まだ起動していないのに自力で魔力を出力するわけが・・・。」
「ローレンス!培養槽を見ろ!動いてるぞ!」
マリス局長の声に培養槽を見ると、それまで目を閉じたまま漂っていた少女が、目を開けて苦しそうにもがいている。
「だめだ!このままでは溺死する!人工羊水緊急排出!」
ローレンスは、コンソールパネルの右端にあるガラスカバーをたたき割り、中にある赤いボタンを強く押し込む。
少女が漂っていた水槽から、人工羊水が下水に向かって流れだす。
すべての人工羊水が流れ出た後、培養槽はゆっくりと上にスライドしていき、そこには金髪の少女が倒れこんでいた。
「どういうことだ・・・?覚醒するのはあと5日後の予定のはず。何か計算を間違えたか?それとも魔力結晶の魔力圧が高すぎたか?」
ローレンスは慌てて白衣を脱ぎ、少女に羽織らせる。
「ラ、ラリー・・・?」
抜けるように白い肌、薄い色の金髪に深紫の瞳が美しい少女は、ローレンスの顔を見上げると、戸惑いながら彼を愛称で呼び、重い体を引き起こすかのように、その頬に手を伸ばした。
「姉さん?姉さんなのか!?僕がわかるか?まさか、まさか姉さんの魂が残っていたなんて!」
「た、ましい・・・?ここは・・・?ボクは・・・。」
「姉さん、もう大丈夫だよ。自分の名前は言える?ここは国防高等研究計画局の研究所だよ。姉さんは助かったんだ。魔女にやられそうになったけど、もう大丈夫だ。」
「ま、じょ?ボク、わ、たし、オレ、な、まえ・・・。ボクはだれ?」
金髪の少女は、不安そうにあたりを見回すが、立ち上がることはできないようだ。
「ローレンス。当初の予定にはジャネットの記憶の承継は含まれていない。それよりも起動時の魔力値と抗魔力値はどうだ。予定値に達しているか?」
マリス局長は少女の様子にはまるで興味がないように、モニターをのぞき込んでいる。
「少々お待ちください。・・・姉さん、ちょっとこのコードの端を持ってみて。そう、両手で一本ずつ。」
少女はローレンスに言われるがままに、青と赤のコードの先端を両手で持つと不安そうにローレンスの顔を見上げた。
「ラ、ラリー?ラリーってだれ?」
先ほどローレンスを愛称で呼んだのだが、なぜその呼び名を知っていたのか、少女は分からず首を傾げる。
その声はローレンスの耳に届くことなく、マリス局長の叫び声にかき消された。
「おお!見ろ!この魔力値を!世界最強と謳われたガドガン卿を上回る潜在魔力!抗魔力に至っては計測器を振り切っているじゃないか!これなら魔法の威力も期待できるぞ!」
ローレンスがモニターを覗き込むとそこには、常人の数十万倍にもなろうかという魔力総量と、百二十万までは計測できる計測器の数値を振り切った抗魔力の数値が表示されていた。
ローレンスはその数値に驚きながらも、姉と再び会えた喜びに、少女に向き直り優しく話しかけた。
「・・・姉さん。君の名前は、ジャネット。みんなはジェシーと呼んでいたよ。」
「ジャ、ジャネット・・・。ジェシー・・・?」
ジェシーと呼ばれた少女は一瞬その名前を反芻するが、なぜか腑に落ちないような表情をしている。
マリス局長は興奮しているのか両手を上げ、天井を仰ぎ見るような姿勢で高らかに声を上げた。
「これであの魔女に、ジェーンだかミーヨだか言うクソガキに対抗できる!いつまでも自分が最強だと思うなよ。何百年生きたかは知らんが、人類の英知をもって叩きのめしてやる!」
マリス局長はひとしきり騒いだ後そのまま、研究室のドアを開け、ステップを踏みながら廊下を歩いて行った。
「ま、じょ・・・ジェーン・・・ミーヨ・・・ミヨ・・・美代!!」
マリス局長が研究室から出てからしばらくして、それまで虚ろだった深紫の瞳の焦点が合い、少女は突然その場に立ち上がった。
「姉さん、まだ動いちゃだめだよ。培養槽から出たばかりだから、無理をしないほうが・・・。」
「美代・・・憎い、憎い、ニクイ、コロシテヤル!マホウ、魔法・・・鉄とアザーンを恐れし者よ。砂に塗れ死肉を漁りし咎人よ。汝が赦しの泉はここにあり。出でよ、グール!」
「なっ!姉さん、何をしているんだ!・・・!うわっ、ぎゃああぁぁぁ!」
少女の周囲に薄暗い影がいくつも落ちたかのように見えた直後、その陰から黒ずんだ肌を持つ異形の者たちが這いずりだし、ローレンスを襲う。
その腕や足、背、首などに次々と噛みつき、皮膚を裂き、肉を食み、骨を噛み砕いていく。
「姉さん!姉さ・・・!ぎゃぁぁぁ・・・」
「あは。あははっ。はははは!」
周囲は血の海となるが、少女はまるで意に介することなく笑い続けていた。
しばらくたつと、召喚されたグールたちはローレンスがまだ息があるにもかかわらず、食べ飽きたのか振り返り、少女に向かって何かをつぶやく。
「ますたぁ・・・ますたぁじゃない・・・。だれだ・・・。」
「ははは・・・。ん?あんたたち、ボクのことも食べたいの?・・・いいよ。勝負しようよ。ボクに勝てたら食べてもいいよ!」
その言葉を聞くと同時に、グールたちは少女に襲い掛かった。
「うふふ、あはは!雷よ!敵を討て!光よ!集え!そして薙ぎ払え!」
少女が左右の手を翳して歌うように詠唱すると、雷光が次々とグールをとらえ、焼き切り、蒸発させていく。
「・・・姉・・・さん。これは・・・魔女の魔法?記憶と人格が・・・混ざったのか?姉さんはあんな言い回しはしない。じゃあ、おまえは一体誰なんだ・・・?」
ローレンスは血だまりの中、自らの姉の姿を見失わないよう、その両目を開き続けたが、いつしかその瞳孔は力なく開き、ただ天井を眺めるだけとなった。
雷が落ちるような音に他の研究室にいた職員が気付き、複数の武装した警備員とともにローレンスの研究室に駆け込んだ時には、少女もグールの姿もなかった。
ただそこには、何かを探すように掻き回された棚と、全身を無残に食い荒らされたローレンスの遺体とぶちまけられた青い塗料のようなものだけが残っていた。
「これは・・・ひどい。どうします?救急車、呼びますか?」
一人の職員が、その惨状に気圧されたのか間抜けな言葉を吐く。
「いや、もう死んでる。すぐにマリス局長に連絡を。それと、これはテロか?生物兵器でも開発していたのか?・・・そうだ!研究所のセキュリティレベルをレッドに!」
武装した警備員の中で最も年長と思われる者が、素早く部下に指示を出していくが、すでに少女はその場を去った後であった。
研究所で起きた異変を、国防総省の国防高等研究計画局のオフィスに戻ってから知ったマリス局長は頭を抱えたが、すでに後の祭りであった。
◇ ◇ ◇
アリゾナ州ツーソン
デビスモンサン空軍基地
その日は、いつもと違う車両が運び込まれた。
荷台に何か、スクラップのようなものを乗せた車両は、それがまるで開発中の秘密兵器であるかのような厳重さと丁寧さで、モスボールされた航空機群の横に安置していく様は、デビスモンサン空軍基地で働く将兵の目に異様に映った。
「なんですか、ありゃぁ。ここにあるのはどれもこれも時代遅れのシロモノなのに、なんであんなに厳重なんですかね?」
「さあな。俺たちは上からの命令通り、モスボールされた航空機の警備をするだけさ。大方、実用寸前まで行ったけど、コストパフォーマンスが悪くて採用されなかった兵器とかじゃないか?」
「採用前の兵器はいらねぇなぁ。動かし方知ってる奴がいなきゃ、兵器っていうより玩具だろ。」
「ちげぇねえな。」
兵士たちの笑い声が赤茶けた荒野に吹く風に消えていく中、一陣の風と共に一条の光が降り立つ。
兵士たちがそちらを見ると、そこには血まみれの白衣を着た金髪の少女がいくつもの風の渦を纏って立っていた。
「おいおい。近くで何か事故でもあったのかよ。あのお嬢ちゃん、血まみれだぞ。」
一人の兵士が言うとおり、その少女は全身に返り血を浴びたままだった。
その薄い金髪が血に汚れたままであることも、血まみれの白衣しか着ていないことも一切意に介さず、少女は先ほど搬入された車両に向かって歩いていく。
「おい、だれでもいい。毛布とタオル、あとお湯持ってこい!」
兵士の一人が叫ぶと、何人かの若い兵士が走り出した。
「・・・ん?ありゃあ、もしかすると噂の魔女じゃないか?背格好といい、髪の色といい、話のとおりだ。」
「魔女がこんなところで裸でいるか?それにケガなんてするタマかよ。」
一人の兵士が双眼鏡を手に、その顔を確認する。
「ん?なんだ、聞いていたのと違うな。両目とも同じ色だ。」
少女は太陽に向かって歩いていたためか、その顔がはっきりと確認された。
「それなら魔女じゃないな。だがもしかすると何かの事件の被害者かもしれん。とにかく助けよう。」
5分ほどして、若い兵士がジープでタオルや毛布、そして薬缶に入ったお湯を持ってきた。
その間にも、少女は例のがらくたに向かって歩いていく。
「お嬢ちゃん、そのがらくたは危ないよ。それよりこっちに来てケガを見せなさい。ご両親は?どこから来たんだ?」
若い兵士はその横に車を止め、優しく話しかけるが少女は一切返事をせず、新しく運び込まれた車両に手を翳すと、短く歌うようにつぶやく。
「風よ。歌え。そして引き千切れ。・・・かたいなぁ。・・・闇よ、翳りの穂先よ。転び出でて敵を断て。」
少女が風と闇の刃をふるうと、モスボール化された車両はあっという間にズタズタになった。
「うわぁぁぁぁ!コイツ!魔法使いだ!」
お湯の入ったヤカンとタオルを持って近づこうとしていた兵士は、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。
少女はそんな兵士たちの叫びを完全に無視しつつ、しばらくの間その場に転がった人型のようなガラクタから何かを探していたが、いら立ちを隠しきれないような声でつぶやいた。
「チッ。あのマリスとかいう男のいうことは当てにならないね。となると、こいつらが作られた所に行った方が早いかな。」
少女は空を眺め、しばらく考えると近くで腰を抜かしていた新兵に声をかけた。
「ねえお兄さん。ちょっとお願いがあるんだ。ボクをセミパラチンスク-21まで連れて行ってくれないか。」
「へ?セミ・・・なんだって?」
新兵は少女の言葉を聞きとれず、もう一度聞き返してしまう。
「聞き分け悪いな。セミパラチンスク-21。ほら、わかったらとっとと準備してよ。」
少女は新兵の尻を蹴り上げると、そのベルトを掴み、ジープに向かって引き摺って行った。
◇ ◇ ◇
ジェーン・ドゥ
久しぶりに玉山の隠れ家の大掃除を終えて、ボリスとグローリエルを連れて遊びに行くことにした。
ダニエルの友人がキャンピングカーを持っているというので、みんなでオートキャンプをすることにしたのだ。
「なあ、マスター。俺たちが使うキャンピングカーって、コレか?」
ボリスが流暢な英語でぼやいている。
そういえばコイツ、ロシア語以外に英語とドイツ語が喋れるんだよな。
あの環境でどうやって勉強したのか。もしかしたら天才かもしれない。
「そうよ。どうかしたの?立派でいいじゃない。」
ボリスが指さしている先には、80cm列車砲の車台にも似た大きさのトレーラーの荷台の上に、一軒の瓦葺の屋根を持つ家が載っている。
見た目は合衆国でも最近人気の日本家屋だが、荷台に収まるように幅が狭くなってしまったのが欠点だ。
それでも全幅は7mはあるが。
「こんなもん、いつの間に建てたんだ・・・?」
ボリスがあきれたようにつぶやく。
「建てたんじゃないわ。召喚したのよ。」
「家も召喚できるのか・・・。」
小さな日本庭園のような庭を持つそれは、小さいながらも池を備え、鯉まで泳いでいるという徹底ぶりだ。
「ええ。っていうか、マヨヒガっていう妖怪よ。迷い家ともいうわね。彼、すごいのよ!電気やガスだけじゃなくて水洗トイレにシャワー付きユニットバスまで備えてるんだから。」
眷属を召喚するにあたって、古い日本家屋にありがちなポットン便所や五右衛門風呂ではなく、最新の設備を勉強させたのだ。
・・・まさか本当にできるとは思わなかったが。っていうか、鯉は彼の一部なんだろうか。それとも共生している別の眷属なのだろうか。
「へ、へぇ~。それは・・・たのしみだね?」
「マスター。キッチンは。システムキッチンになってる?」
グローリエルはキャリーカートいっぱいの食材を用意している。
最近の食事は彼女に全部任せているんだよな。
《マスター。お楽しみのところ申し訳ありません。異常事態デス。》
突然、マンハッタンのメネフネから念話が入る。
《どうした?非常・・・ではなく異常事態?》
メネフネの言い回しがおかしい。緊急や非常ではなく、異常事態?
《ハイ。我々の眷属が第三者に召喚されマシタ。それも、召喚後その場で倒されていマス。》
第三者が召喚した?・・・召喚魔法は基本的に契約によるものだ。眷属との事前同意なしに召喚することは出来ない。確かに異常事態だ。
《召喚された眷属は?》
《グールデス。召喚魔法の詠唱が契約通りであったノデ召喚に応じたらしいのデスガ、喚びだしたのはマスター以外の者だったラシク、抗議をおこなったトコロ、殺害サレタそうデス。》
契約通りの詠唱か。私としたことが詠唱の暗号化が甘かったか?・・・いや、待て。グールとの契約は今から1400年以上前だし、最後に喚びだしたのは800年ほど前の日本だったはずだ。
っていうか、グールの連中は頭悪いし使いづらくてしょうがないんだよな。
詠唱そのものはアラビア語だし、美福門院または玉藻と呼ばれていたころに三浦介と上総介相手に使ったのが最後だった。
まさかあの時代の日本人が詠唱の暗号を解読し、さらにアラビア語を翻訳していたとは思えない。
となると、召喚契約に何者かが割り込んだ?どうやって?・・・これは、メネフネの言うとおり異常事態だ。
《メネフネ。大至急あちら側のすべての眷属に通達。召喚魔法の詠唱の一部を変更する。》
《了解しマシタ。どのように変更しマスカ?》
《・・・詠唱の最期の節を『出でよ』から『来たれ』に変更する。例外なくだ。》
《承知しマシタ。・・・現在召喚中の眷属を除くすべての眷属に通達を完了。シェイプシフター、吉備津彦、クー・フーリン、マヨヒガ、ザドキエル、ハシュマル、ムリエルに念話での通達を完了しマシタ。》
ん?何か数が多かったな?
《マヨヒガまではいいんだが、ザドキエル以下の三人って、まだ召喚中だったのか?》
《・・・エエ。人工魔力結晶の警備のために喚び出したんデスガ、帰らなかったようデス。・・・今確認しマシタガ、三人とも仕事中のようデスネ。》
メネフネのヤツ、バリバリの武闘派の連中を呼び出していたのか。たしかにあの三人ならノルマンディ上陸作戦時の連合軍も押し返せるだろうけどさ。
でも人工魔力結晶はすべて玉山に移動させたはずだ。マンハッタンのセキュリティーレベルは平常時に戻したはずなんだがな。
《仕事中というのは何だ?私は特に何も頼んだ覚えはないんだがな。》
《ザドキエルは近くの路上でホットドッグを販売してイマス。イケメンだから売り上げが好調だソウデス。ハシュマルは玩具屋でキリンの着ぐるみを着て集客してマスネ。ムリエルは女児服のモデルの撮影の最中だソウデス。》
《何をやってるんだ、あいつらは。・・・待て。召喚中の魔力、あれから使いっぱなしなのか?》
《エエ。魔力はマスターに任せて、三人とも遊ぶ金欲しさに仕事しているヨウデスネ。・・・今は三人とも忙しくて念話に返事できないようデス。》
なんだって路上販売に客寄せの着ぐるみ・・・。主天使ともあろう者が、他にできる仕事はなかったのか。まあ、ムリエルの女児服のモデルだけはまともか?
いや、そういう問題じゃあない。
《・・・まあいい。私自身、それに気づかないレベルで魔力は腐るほどあるんだし、せっかく召喚中なんだ。三人には今回の異常事態の対応にあたってもらおうか。》
《マスター。あいつら、脳筋デスヨ。そんな細かいことできるとは思えマセンガ・・・。》
そうなんだよな。一軍を率いて悪魔や堕天使とドンパチするような連中が捜査なんてできるはずないか。いや、ムリエルだけは使えるか?
《とにかく、三人とも今の仕事が終わったら念話で連絡をしてくるように伝えろ。以降はシェイプシフターの指揮下に入ってもらう。まったく、遊ぶ金欲しさってそりゃ犯行動機だろうが・・・。》
とりあえず、その第三者とやらが勝手に召喚魔法を使ってしまうことがないように対策は打った。
そいつが独自に召喚契約を結ぶことについてはどうすることもできないが、他者の召喚契約に割り込みをかけるなんて方法があるなんて知らなかった。
今後はなるべく人前で召喚魔法を使うのは控えようか。
腰に手を当てて考えていると、最新型のRVが近くに停車する。ダニエルの友人の車か。なかなかに立派な車だな。
「あ、ミーヨ!もう来てたの!」
リザが車の助手席の窓から手を振っている。
少し身長が伸びたか?
「ミーヨ!・・・これは、またすごいモーターホームだね・・・。」
ダニエルがマヨヒガを見上げながらあきれたような顔をしている。
「おお、あなたが噂のミーヨさんですか。初めまして。ダニエルの友人でリザの高校で教鞭をとっているシド・ハワードといいます。」
シドと名乗った男が右手を出し、握手を求めてきた。
「初めまして。ミーヨです。あら、ミスター・シドはイギリスの方かしら?もしかしてカーライルの?」
握手した瞬間に、潜在魔力量を読み取る。・・・魔法は使えないが、術式の起動が難なく行える程度の魔力量だ。
カーライル伯爵家につながる血筋か?
「おお、もしかしてご存じでしたか。フレデリック・ハワードに連なる分家筋ですよ。いやいや、博識でいらっしゃる。」
ルクセンブルク包囲戦で失われたかと思われたが、彼の系譜が残っていたとは驚いた。
シドはRVの側面を開け、ターフやフィールドキッチンを展開すると、手早くキャンプの準備を始める。
「さて、早速ですが準備を始めましょうか。」
・・・眷属が第三者に召喚されたのは異常事態だが、対策は打ったし、やれることはほとんどない。
ボリスとグローリエルにとっても、せっかくの遠出だ。
思いっきり楽しもうか。