98 光陰の魔女・命の価値、魂の重さ④
1979年 1月中旬
メリーランド州ボルチモア北西 レイブン・レザボアー湖
魔導装甲歩兵は、時速100マイルを超える速度でペンシルベニア州との州境からワシントンDCに向けて走っていた。
そのトリコロールに塗装された機体のいたるところに弾痕や擦過傷、衝突痕が目立つが、行動不能に陥るほどの重大な損傷は未だに一つもなかった。
魔導装甲歩兵のセンサーが、水鳥が飛び立つかのような音を拾う。ソレは立ち止まり、ほどよく整備された草むらをかき分けると、そこには青い湖面と豊かな緑が織りなす美しい景色が広がっていた。
近くには桟橋があり、何艘ものボートが泊まっている。
真新しいオールが桟橋の上にまとめて積まれているところを見ると、この桟橋はこれからオープンする予定なのだろうか。
(うわぁキレイ涼しそう泳ぎたいサカナいるかな釣りしたい休みたい・・・)
無人のコクピットに漂っていた思念波が柔らかなものへと変わっていく。
無機質なカメラアイが湖面をとらえ続け、鋼鉄の指が湖面にそっと手を伸ばす。
風で波立つ湖面は太陽光の反射でキラキラと光り、魔導装甲歩兵の人工魔力結晶の中の彼らは、これまでとこれからの苦難を、ひと時の間忘れていた。
何分経っただろうか。魔導装甲歩兵のセンサーが再びいくつかの音を捉える。
それはバタバタと空気をたたく音、空気を裂くジェットエンジンの音、そしてコクピットに後付されたレーダーが何かを捉えたアラート音だった。
(さっきの飛行機だ!)
バラバラだった思念波が一斉に揃い、術式で編まれた筋繊維に魔力が溢れるように流れ込む。
そして反射的に近くにあったオールの束を掴み取り、爆発的な脚力で走り出す。
(さっき撃たれたヒドイやり返してやる落としてやる)
北東の空から、直線翼と胴体横の二つのジェットエンジンが特徴的な2機のA10が迫ってきた。
(ぼくがやる!)
何人もの子供たちの意識の中から、一人の男子の意識が鮮明に浮き上がる。
魔導装甲歩兵は、オールの束から一本を取り出し右手のみで保持すると、数歩の助走をつけて前のめりになりながらその右手を鞭のように振るう。
その末端速度が最高になる瞬間に右手から離れたオールは、まるでやり投げのように、仰角37度で衝撃波を伴いながら極めて浅い放物弾道で撃ちだされた。
音速の数倍で飛ぶオールは、寸分たがわず接近するA10のコクピットに正面から突き立ち、その機体を縦に引き裂く。
目の前で僚機を爆散させられた、もう一機のA10が慌てて回避行動をとる。
翼下のハードポイントには、ハイドラ70ロケット弾ポッドやマーベリック空対地ミサイルが搭載されているのが見えた。
続いて湖畔の林の陰から濃緑に塗装されたヘリコプター(AH64)が姿を現す。
それは、両翼下に備えられた蜂の巣のように穴が開いた筒から次々とロケット弾のようなものを吐き出した。
(やったあ、じゃあ次はわたし!)
再び子供たちの意識の中から、一人の子供の意識が浮き上がる。女の子のようだ。
魔導装甲歩兵は、残りのオールを放り出し、クラウチングスタートのような姿勢を取り、大地を蹴って走り出す。
魔導装甲歩兵は土砂を巻き上げながらAH64が発射したロケット弾の軌道と直角に走り出し、そのすべてを躱した。
(じゃあ今度は俺だ!)
浮き上がった意識は、やや年長者のような少年のようだ。
湖畔のコテージに備え付けられた球形のバーベキューコンロを引き抜き、それを左手に持つと右足を軽く上げ、ピッチャーのような動作でAH64に向かって投球する。
AH64は持ち前の機動性で大きくかわそうとするが、投げられた球形バーベキューコンロはまるでピッチャーが投げるカーブのようにAH64の直前で右に軌道を変え、そのテールローターを破壊した。
テールローターを根元から失ったAH64は錐揉みをしながらレイブン・レザボアー湖の浅瀬に落ちたようだった。
(やったぁ!当たった!)
複数の子供たちの歓声がコクピットに響き渡る。
その声は、通話ボタンが入りっぱなしの無線機を通じて、アバディーン性能試験のCPの通信担当者に筒抜けだった。
◇ ◇ ◇
ジェーン・ドゥ
デイビッドが武器科長のジェンナーを伴い、性能試験管制室に行ってから数分が経過した。
「遅いわね。何かあったのかしら。」
リュウヘイに魔導装甲歩兵の起動カードを返し、ベッドの横でドクターが淹れてくれた不味いコーヒーをミルクと砂糖でごまかしながら飲んでいると、内線電話が軽快な音を立てて鳴り響いた。
「はい、医務室です。・・・ジェーン?ああ、コーヒーを飲んでますよ。今代わりますね。ミス・ジェーン。国防捜査局のウイリアムズ局長からです。緊急だそうですよ。」
「緊急ねえ。また誰か大けがでもしたのかしら。私は医者じゃないってのに。・・・電話代わったわ。ジェーンよ。どうかした?」
「ジェイソンだ。ジェーン、すまないが今すぐロック・レイブン・レザボアー・パークに向かってくれないか。例の魔導装甲歩兵のせいで負傷者多数だそうだ。・・・一人殉職者も出ている。」
「何やってるのよ。武装も無いたった一機相手に、ケガ人どころか死人まで出すなんて。とにかく、今すぐ向かうわ。・・・で、当然だけどケガ人を助けるのが仕事よね?私は戦わないわよ?」
国軍だか州軍だか知らないが、しゃしゃり出て行って彼らのメンツをつぶすような真似はごめんだ。
それに、自分の意志で軍服に袖を通し戦士として名乗りを上げたのだから、それがいかなる雑兵だったとしても、戦いから逃げることは許されない。
まあ、許されないといってもそれは合衆国の軍法が定めていることで、私としては逃げた兵士にどうこう言う筋合いはないけどさ。
「・・・そうだな。コレは国防高等研究計画局の責任だしな。治療だけ頼むよ。」
「OK。じゃあ、豚肉とか石灰の材料、よろしくね。」
電話を切り、部屋を出ようと思うと、掃除用具入れが目に入る。
その扉を開けると、モップやはたき、雑巾やデッキブラシなどがあったが、肝心な箒が見当たらない。
「うーん。箒がないとなると・・・デッキブラシでも使おうかしら?でも、誰かに訴えられそうな気がするのよね。ねえ、どこかに箒はないかしら。」
ふとカーネル・サンダースのような顔をした東洋人の顔が頭に浮かぶ。だれだ?
我ながら不満が多いとは思いつつ、ドクターに箒の有無を確認すると、屋外の掃除用具入れに入っていることを教えてもらえた。
まあ、考えてみれば魔女が乗るタイプの箒は屋内の掃除には使わないからな。
建物の入り口を警備している憲兵に箒を借りることを告げ、手早く術式を打ち込んで空に駆け上がる。レイブン・レザボアー湖の方角は真西だったはずだ。
夕暮れ時が迫り、傾きかけた太陽を左上に見ながら、20キロちょっと先の湖を目指して空を駆けていった。
◇ ◇ ◇
レイブン・レザボアー湖畔では、未だに魔導装甲歩兵は動き続けていた。
すでにA10を1機、AH64を2機失った空軍と陸軍は、当初の予定を変えて第16特殊飛行隊よりAC130による対地攻撃、そしてM109によるアウトレンジ戦法に切り替えていた。
国防長官による命令の元、急遽編成された装甲車両がかき集められた。
偶然にもアンドルーズ空軍基地の空輸航空団が輸送中であり、十分な数が揃うことが確認できたM109を基軸にした作戦が立案され、直ちに実行に移されたのだ。
すでに殉職者を出した空軍と重傷者を出した陸軍の攻撃は熾烈を極めた。
魔導装甲歩兵を戦友の仇と認識した兵士たちの戦意はすさまじく、その準備から配置は迅速で、攻撃開始に移されるまで1時間とかからなかった。
魔導装甲歩兵はM109の曳火射撃により降り注ぐ破片や爆圧から身を守ろうとその場に伏せ、動けなくなった。
(なんでどうしてヒドイ苦しいイタイイタイイタイイタイ・・・)
魔導装甲歩兵はその身体を深く沈め、鋼の両腕で頭を守るような姿勢をとる。
期せずして自然にできた窪地に転がり込み、塹壕から首を出すような姿勢になった彼らは、飛び散る土砂や破片の中、東の空から時速250マイル弱で侵入してきた輸送機のような巨体を、その瞬きもできない機械の目で高精細に捉えた。
(いやだ家に帰りたいママ助けて死にたくない怖い誰か助けて痛いよ苦しいよ)
コクピットの中を満たす子供たちの悲鳴は、CPの通信担当者だけが聞いている。
通信担当者は、何度も攻撃をやめるように上官に意見具申を行ったが、上官の返事は「撃破してから確認する」の一言だけだった。
AC130は、魔導装甲歩兵の周囲を左回りに旋回し始めると、次々に40ミリや105ミリの機関砲を浴びせ始める。
すでに曳火射撃でボロボロになっていた脚部は思い通りに動かず、両腕とマニピュレーターは砕けて、四肢への魔力伝達機構はその機能を次々と失っていく。
防御らしい防御ができない彼らは、その砲弾の雨の中で何もすることもできず、ただ装甲に穴をあけられていった。
短いようで長い砲弾の嵐の中、一発の105ミリ砲弾がズタズタになった装甲をさらに突き破り、腰部の堅牢な格納容器を叩き割る。
そこには、それまで魔導装甲歩兵を動かしていた夥しい数の子供たちの魂の情報が保管された人工魔力結晶が入っていた。
砲弾が人工魔力結晶を叩き割った瞬間、ただの情報に過ぎないはずの子供たちの魂は、空に眩しく輝く星を、あるいは光に満たされた地平を見たような気がした。
そして何人かは、先に亡くした母親や、兄弟の姿を見た。
人工魔力結晶のあったところを中心に空は大きく撓み、耳を劈く子供たちの悲鳴のような音とともに、球体のような爆炎がせりあがる。
魔力の暴走による爆発は、ボルチモアの市街地全域から確認された。
その爆発により死者はいなかったが、ワシントンDCの北東部にまで聞こえた子供たちの悲鳴のような音は、この事件の記憶を合衆国の歴史に強く刻み込む形となった。
また、爆心地となったレイブン・レザボアー湖は、その中にあるグース島から東が、約直径500メートルの円形に切り取られたような形となり、しばらくの間、青く清らかだった湖面は朱く染め上げられたままとなった。
◇ ◇ ◇
ジェーン・ドゥ
レイブン・レザボアー湖まであと10キロほどのところで、前方に見知った爆炎が上がる。
「あれは・・・。魔力災害!?いえ、魔導装甲歩兵の撃破による魔力の漏洩かしら。人工魔力結晶が砕けたのね・・・。これで、少なくともあの機体に閉じ込められた子供たちの魂は解放されたかしら。」
ビー玉サイズの魔力結晶とはいえ、その魔力のすべてを解き放つとなれば、それなりの爆発となる。
むしろ、あれだけの爆炎で済んだということは、かなりの魔力を使い切っていたのか。
それとも人工魔力結晶は天然モノに比べてエネルギー密度が低いのか。
いずれにしても、出発前に聞いた死傷者のところへ急ごう。
私と敵対していない以上は助けても構わないだろう。
「死傷者・・・せめて首だけでも無事だといいわね。」
我ながら、自分の行動が単純であることに笑いがこみ上げる。
気に入らなければ殺すし、気分が良ければ助ける。
出来そうだったらやるし、出来なさそうだったらやらない。
損得勘定も忘れない。でも長い目でモノを考えるのは苦手だ。
物事を凡そ二元論で考える私は、自分が愚かで救いようがない女だと知っている。
最悪なのは、その中に快か不快かの二元論まで含まれるのだ。
それもかなりの比重で。なんとわがままな女だ。
・・・人工魔力結晶に子供たちの魂の情報が残っていたならば、彼らは天国とやらに行けただろうか。きっと現世よりましな世界に行ったに違いない。
なぜならば、現世ほど深い地獄はないのだから。
人間たちは世代を重ね続け、様々なものを積み重ねていく。
寿命で、事故で、病気で、様々な理由で死ぬ。
短い人生をかけて、自分の子供たちの幸せを願いながら、その命の成果を次世代に託して死んでいく。
つらいこと、苦しいことを先取りして自分が受け持ち、楽しいこと、幸せなことを数少ない子供たちのためだけに残して、損をしながら死んでいく。
それをせず、自分のわがままを振りかざし、ポコポコと子供を作り、愚かにもいつまでも現世にしがみつく私は、きっとさらに深い地獄に落ちるに違いない。
きっと私専用の地獄が用意されるだろう。
現世より深いところに地獄が一つできるだろう。
きっとその地獄ではあの子に会えない。もうこの生き方でここまで来てしまったのだ。なんとしても生きてあの子に会わなければ。一日でもいい。それだけできっと満足だ。いや、満足してみせよう。
そしてそのあとは、笑いながら地獄の門をくぐってやる。
ならば、行きがけの駄賃だ。
自分の子供の世代、孫の世代を食い物にするような連中、他の親がわが子に遺した幸福を横取りするような連中は皆殺しにしてやろう。
「ん。あれね。あら、救出作業、始まってるみたいね。」
眼下を見ると、大破したAH64から担架で運ばれている兵士が見える。
いずれも命には別条はないようだが、手足の一部を失うような重症のようだ。
後で病院にお見舞いに行ってやろう。豚肉や石灰を何キロか持って。それより、殉職者のほうだ。もし頭が残っているならまだ間に合うかもしれない。だがそれでも急がないと手遅れになる。
墜落したA10を見つけ、機体から遺体を収容する作業をしているところに降り立つ。
現場を整理している憲兵に止められたが、私の顔を知っているらしい空軍士官に案内されて遺体を収容したトラックへ急ぐと、そこにはまだ血色の良い顔をしたパイロットの遺体があった。
・・・臍から下が吹き飛んでるが、撃墜されてからまだ30分と経っていないそうだ。解析術式を用いて魂の情報を確認する。
豚肉が届くまで、まだかなり時間がかかる。質量が足りない可能性がある。素早く回復治癒呪を起動し、脳にある人格情報と記憶情報を保護しなくてはならない。
「・・・よし、まだ彼は旅立っていない。ギリギリ間に合うわ。誰か!彼の下半身を持ってきて!」
「まさか、この状態から助けられるのか!?・・・おい、そっちのボディバッグ持ってこい!」
兵士の一人がオリーブドラブの大きな袋に入った何かを持ってくる。
このパイロットの下半身か。
「こっちに持ってきて!このトラックの荷台、借りるわよ!それと・・・何人か肥満で困ってる人、こっちに来て!ついでにダイエットさせてあげるわよ!」
トラックの荷台に術式を刻んでいく。この状況ならば敵襲などの心配はない。遠慮なく蛹化術式を使える。
「じゃあ、おれが!」「私も!」「俺も!」
何人かの兵士が手を挙げる。数人は少しぽっちゃりしているが、ほとんどは筋肉しかないような連中だ。仲間を助けられると思ったか、我先にと群がってくる。
「貴方と貴女、それから貴方。他の人は待機して。・・・三人ともデスクワークのようね。よかったわ。少し気持ち悪いけど、我慢してくれるかしら?」
やや肥満体の3人を選び出し、直接身体に術式を打ち込んでいく。
3人からすべての素材を奪えば、3人の健康を大きく害する可能性があるので他の兵士諸君には待機してもらう。
また、通常であれば魂が混ざってしまうので他人の死体は使えないが、生きてる人間から切り取り、さらにいったんアミノ酸にまで分解してしまうのであれば話は別だ。
ドナーとなってくれる3人に、何キロダイエットしたいかを確認したところ、不足分を上回る質量が手に入ることが分かったので、トラックの荷台に4人分の蛹化術式を打ち込み、服を脱いでもらって起動する。
「うわ、すごい!」「すげー!」「これが魔術!」
各々が感嘆の声を上げているが、このあとちょっと、いやかなり気持ち悪い思いをするのだが、暴れないように気絶だけさせておこうか。
・・・脳神経だけになって液体の中を漂う感覚は、気持ち悪いどころでは済まないかもしれないが・・・。
「さて・・・。これで15分もすれば生き返るわ。なんというか、結構ギリギリだったわね。」
蛹化術式の完全起動を確認したところで、トラックの荷台に寄りかかり、背伸びをしていると、さきほどの士官がカップのコーヒーを持ってきてくれた。
以前、会ったことがあるな。誰だっけ?・・・ああ、空軍のケネス大尉だっけ?
向こうを見ると、新兵らしき青年がトレイに乗せたコーヒーを配っている。
あたりは雪がちらついているような気温だ。なかなかいい心配りだ。
「ミス・ジェーン。まさか、あの状態から助けるとは・・・。まさに奇跡の使い手ですね。」
「・・・いえ、泥臭いただの積み重ねよ。それに一人、例の人型歩兵に乗っていたテストパイロットは助けられなかったわ。」
受け取ったカップに口をつける。軍用のコーヒーだと思ったら、どうやら新兵の私物のコーヒーらしい。
現場でこんなおいしいコーヒーが飲めるとは思ってなかった。
「何もできないのが普通なのです。あなたはその手で奇跡を起こした。たとえ取り零しがあったとしても神ならぬ人の身で、責められる人はいないでしょう。」
「ふふふ、でも私、結構殺してるわよ?助けた人数よりもたくさん。」
「ならば、私はさらに責められるべきでしょうな。なにせ、何人も殺してるのに一人も助けていない。」
「あなたのは仕事でしょ。命令に従っただけよ。私は自分で判断して殺してるわ。」
「同じことですよ。殺された側にしてみれば、命が終わった、その未来がすべて奪われたことに変わりはありません。」
「そう・・・なのかしらね。」
寒々とした空の下、温かいコーヒーはだんだんと冷めていく。
せっかくのコーヒーが冷めるのはもったいなかったため、一気にあおった。
気を取り直し、トラックの荷台を覗こうと振り向いたとき、妙な違和感を感じた。
「さて、そろそろ15分くらいたったかしら。・・・えっ?」
この荷台、こんなに傾いていたっけ?
何気なく左後輪の下をのぞき込んだ瞬間、頭の中で強い警鐘が鳴り響く。
パン!という音とともにタイヤの下から何かがはじけ飛んだ。
「うひゃぁぁ!」
人工魔力結晶の破片だ!反射的に左手で顔を守ったところ、その破片は私の左手首を切り飛ばし、右肩に突き刺さった。
「ああぁ~もう、びっくりした。おかげで変な声が出ちゃったじゃないの。あれ?私の左手、どこ行った?」
素早く回復治癒呪を使って止血したのでそれほどのダメージはない。
しかし、かなりの威力だった。左手は飛び散ってしまったのだろうか。
うーん。また体重が減ってしまうな。
どうせ毎回質量がなくて困るなら、少し胸を大きくしようかな。
「ミス・ジェーン!左手が!肩も!衛生兵!」
ケネス大尉が慌てて衛生兵を呼ぶ。
「大丈夫よ、ほら。」
そういいながら、左手で肩の魔力結晶の破片を抜き、そのまま肩の傷もふさいで見せる。
「・・・なんと。瞬き一つの間に左手が治るとは・・・。ははは、まさに不死身ですな。」
うん。痛いことは痛いんだけどな。
お、そろそろか?
「そろそろよ・・・。ほら、あの繭、4つとも動いてるでしょ。成功だわ。」
ケネス大尉と、その他何人かで4つの繭を解くと、その中からすっかりスリムになった男女と、状況が呑み込めないのか、周囲をきょろきょろと見回しているパイロットの男性が引き出された。
4人がそれぞれ服を着て、トラックの荷台から降りたところで蛹化術式を剝がしておく。
「さてと。こっちの用は済んだわね。じゃあ、AH64のほうに行こうかしら。」
背伸びをしながら、箒に跨り、地面を蹴ると先ほどコーヒーを配っていた新兵が声を上げる。
「あ、AH64の乗員はウォルター・リード陸軍医療センターに搬送中です。北棟から入ってください。ありがとうございました!」
その新兵に軽く手を振りながら、ボルチモアの南西、ワシントンDCにある米軍の専用病院へと空を駆けていった。
◇ ◇ ◇
翌日
国防高等研究計画局
特別技術研究室管轄 研究所
「マリス局長、こちらです。」
国防総省とは別の、どこかの研究所のような施設の中で、二人の男が二つの円筒形の水槽の中を見上げている。
片方には、50代の女性の身体が、もう片方には子供の左手が、いくつものチューブにつながった状態で浮遊していた。
「蛹化術式だったか。魔女の左手首といい、今回は貴重なものが手に入ったな。例のA10のパイロットが蘇生されたところに君がいてくれて助かったよ。」
水槽の下には魔女の蛹化術式に酷似した術式が組まれており、魔力の出力は、撃破された装甲機動兵器から取り出した人工魔力結晶が担っていた。
「いえ、たまたま撮影機材を運送中に遭遇しただけですよ。もう少しで部外者だとケネス大尉に気付かれそうになりましたが、魔女のほうはコーヒーに夢中でしたからね。」
「・・・何か薬でも入れたのか?魔女に効くような薬があるとは驚きだが・・・。」
「いえ、厳選した最上級の豆を焙煎し、丁寧に挽いたものを湯温にまでこだわって淹れただけです。カップだけは安物を使わざるを得ませんでしたが。・・・魔女も美味いものには目がないということですかね。」
「そうか。まあいい。それよりも、これで我々も魔女並みの戦力を有する兵士を手に入れることができるというわけだな。いつまでもあのムカつく女にデカい顔をさせているわけにはいかん。」
「そうですね。・・・姉さん。もう少しだ。姉さんを物言わぬ骸に変えた女を、必ず地獄に叩き落してやるからね。」
水槽の中を漂う女は、時折口から気泡を吐いていたが、身動きをすることもなくただ二人を黙って見下ろしていた。