94 光陰の魔女・秘密兵器の正体
1979年 1月
元旦 茨城県鹿嶋市 鹿島神宮境内
ジェーン・ドゥ
今年の正月は久しぶりに楽しい。
一気に同居人が二人も増えたからな。
こんなのは紘一殿や紬殿と暮らして以来だろうか。
なぜか玉山の隠れ家に住むことになったボリスとグローリエル(幻想種の少女)用に、定点間中距離転移術式と、長距離跳躍魔法を行先固定で術式化したカギの形のペンダントを渡した。
行先は隠れ家以外に20か所ほど設定できるようにしてある。生体認証もついてるから盗まれても大したことにはなるまい。
念話も制限付きだけど使えるようにしてやったしな。
ペンダントの動作確認と買い物を兼ねて、日本の茨城県にある鹿島神宮まで3人で初詣に行くことにしたのだ。
グローリエルに振袖を着せたら、七五三のお祝いみたいになってしまったよ。まあ、本人が喜んでいたからいいだろう。
私自身も振袖を着てみたが、金髪だと少し変かもしれないな。
ん?既婚者は留袖だって?いや、ジェーン・ドゥは未婚だよ。
鹿島神宮から少し離れたところにある、一の鳥居の近くに長距離跳躍魔法で降り立つ。
ボリスもグローリエルも、何度かこの方法で移動したので慣れてきたらしい。
しばらく歩いて、二の鳥居前の門前町の出店を覗きながら歩く。二の鳥居は11年前に建てられたばかりというが、稲田石の一枚岩から削り出して作ったんだそうだ。
なんでも、茨城の稲田で産出した花崗岩質の鳥居としては日本最大のものらしい。
将来的にここの祭神様には世話になるかもしれないから、念には念を入れてお参りする。
いつだか忘れたが、新参者の蜘蛛神を召喚したときにはひどい目にあったからな。
契約したくないなら断るだけでいいのに。いきなり攻撃されたよ。
やたらと反抗的な奴だった。精神世界の連中に恨まれる筋合いはないんだがな。
名前はアトラク・・・なんだっけ、まあどうでもいいか。
二の鳥居をくぐり、楼門に向かって歩いていると、新しく仕立ててやったスーツやトレンチコートを着たボリスが妙にそわそわしている。
逆に、グローリエルは堂々としている。やはり年の功なのだろうか。
「ジェーン、俺は無宗教だ。っていうか、党はロシア正教以外認めていなかったからな。俺がここに入っても大丈夫か?」
「何言ってるのよボリス。この国の人間はそんなこと気にしないわ。多分、神様なんてフェスティバルのネタになればいいとしか考えてないわよ。」
グローリエルはと言えば、一心不乱にたこ焼きを食べている。一応、お年玉という形で一万円ずつ渡したが、あの食欲だと足りないかもしれない。
可愛いからと屋台のおっさんがサービスしてくれたりんご飴も食ったばかりだというのに、胃袋は大丈夫だろうか。
ボリスが私の言葉に信じられないという顔をしてつぶやく。
「なんというか、極めて勤勉な国民性なのに、妙に不謹慎な考え方だな。」
ボリス。お前も何か買えよ。屋台でお金を使うのは、最低限の礼儀だぞ。それと、グローリエル。せめて会話に参加しろ。
ああ、なんだっけ?そうだ、宗教の話だ。
「そうかしら。この国の人間は自分の拠って立つところをどこの誰かもわからない人間が想像した『造物主』などに求めたりしないわ。自分の意志だけでこの世に立つことができる、世界的にも稀有な民族よ。」
「ん?じゃあここにいる神は『造物主』ではないのか。」
「そうね。あなたにもわかりやすい言葉を使うなら、先祖や先人のゴーストよ。『造物主』の存在は証明できないけど、先祖や先人の存在は証明できるでしょ。私はそれっぽいのに昔会っているしね。まあ、ゴーストの存在についてだけは証明できないけど。」
あまり大きな声では言えないが、私を祀っている神社もあったりする。お参りしてもご利益がないのは分かり切っているから行きたいとは思わないが。
「へえ?神の存在は誰も証明できないけど、先祖や先人は絶対にいる。でも、ゴーストがいるかどうかがわからないのに、わざわざこんな立派な建築物を建てるのはなんでだ?」
「神社はね、『死んだあと天国に行けますように』って祈る場所じゃないのよ。本来は彼らのおかげで生きてることを感謝をする場所よ。・・・感謝というか、再確認かもしれないけど。まあ、ついでに病気平癒とか豊作祈願をすることもあるけど。それも全部この世のことね。」
「なんというか、日本人は現世的な考え方をするんだな。まあ、そういうことなら安心した。子孫じゃなくても先人に感謝すればいいんだろ?コメがうまい、水がうまいって。」
「そうね。まあ、あまり難しいことは考えずに楽しみなさい。そんなこと考えている人は一人もいないから。ほら、あそこの射的の屋台の景品なんて十字架とヘキサグラムの両方のペンダントがあるわよ。」
「うわ、十字架にダビデの星、その横の電柱には鉤十字だと?日本人は狂ってるのか?」
「・・・それは卍よ。ただの地図記号。鉤十字じゃないわよ。」
ボリスとグローリエルという同居人ができたことで久しぶりに初詣に来たが、結構楽しめた。
さて、せっかく隠れ家にテレビ回線を引いたんだ。正月特番や時代劇も見たいな。
にぎやかしにあと何人か眷属を喚んで羽根突でもするか。
「ちょっと待って。あの小麦を焼いたのと茶色いスパゲッティ。あとあのソーセージも食べたい。」
グローリエル。炭水化物を摂りすぎだ。それと、エルフってそんなに肉食だったっけ?
◇ ◇ ◇
1月4日
玉山 隠れ家内 実験場エリア
正月の三が日も終わり、シェイプシフターから送られてきた書類をパラパラとめくっていたところ、非常に面倒なことが判明した。
人型兵器の動力源がよりにもよって魔力結晶だというのだ。
慌てて調べてみたところ、確かにコクピットの座席の下あたり、人型兵器の腰のあたりに動力源となるビー玉サイズの魔力結晶と、微細な魔力結晶の共鳴を応用した、神経のように魔力を伝達して四肢に割り振る機構がある。
人型兵器の整備兵だったということもあり、ボリスにも手伝ってもらっているんだが、やたらと手際がいい。
よく気が利くし、人型兵器の術式についての知識も豊富だ。
余談だがグローリエルはコタツで寝転んでテレビを見ている。本当に対照的だな、この二人。
ボリスが言うところによると、7歳のころからエンジンを修理したり、使える部品を取り出してニコイチしたりしていたから慣れているだけというが、ある程度術式を理解したうえで機械を扱える人間なんて、ほとんどいないのではないだろうか。
「なあ、マスター。原隊で聞いても答えてもらえなかったんだけど、この赤いガラス玉みたいなのって、なんかものすごくイヤな感じがするんだけど、いったい何なんだ?」
ボリスは機械油に汚れた顔で、人型兵器のエンジンにあたるところのカバーを開き、むき出しとなった魔力結晶を汚れた手袋で指さす。
呼び方が「マスター」になっているのは眷属たちの影響か。正月中、吉備津彦やクー・フーリンとずっと一緒にいたからな。
「魔力結晶よ。見たところ、一応は安定してるわね。イヤな感じがするってことは、何か力の流れを感じるってこと?」
「う~ん。よくわからないんだけど、何かモヤモヤとしたものが流れ出ている感じがする。」
へぇ。何も訓練も受けていないのに、この感覚がわかるか。やはりボリスは才能があるな。いい魔術師になりそうだ。これは拾い物だったのかもしれない。
「それは魔力線よ。魔眼でもない限り、目で見ることはできないんだけど、感じられるだけでも大したものだわ。・・・あなたには才能があるかもしれない。もしやる気があるなら、時間のある時に魔術を教えてあげるわ。」
「マジか。それはありがたい。俺もマスターみたいに強くなれるかな?」
「あ~。人間のままだと使えない魔術も結構あるから、そこまで期待されるとちょっと・・・。」
はしゃいでいるところ申し訳ないんだが、同じレベルに到達するには千年くらいかかるかもしれない。
変な執念でもない限りは、二百年くらいで生きるのに飽きてしまうだろう。
気を取り直して分解された人型兵器の筋繊維を調べてみる。
うわ、この人型兵器、とんでもなく金がかかってるな。魔力結晶以外も信じられないほど希少性が高い素材でできているよ。構造や術式も手が込んでいるし、1機当たり10億ドルくらいするんじゃないか?
多分、去年から合衆国で建造中のミサイル巡洋艦並みの値段だろうな。
そんなシロモノを16機も喪失するとは、ソ連地上軍は怒り狂ってるだろうな。
もしかしたらこれ、ソ連に存在したであろう人型兵器のほとんど全部にあたるのかもしれない。
ボリスのやつを引き取って良かったよ。下手したら全責任を負わされて八つ裂きにされていたかもしれないな。
自分に才能があるといわれて浮かれているボリスを横目に、動力源となっている魔力結晶を調べようとすると、ボリスがふと思い出したかのように、胸のポケットから一枚のカードを取り出した。
「あ、そういえば、こっちにも赤いやつが入ってたっけ。小さいから忘れてたよ。装甲機動歩兵の起動用カードだよ。」
名刺大で3㎜位の厚さの透明なプラスチック製の板に、最近使われ始めたバーコードのような模様と部隊名が印刷されており、プレパラートサイズの赤い板状の魔力結晶が封入されている。
板状?・・・魔力結晶の晶癖は塊状だ。斜方晶系か、三斜晶系の結晶構造であり、通常は板状にならない。
純魔力の結晶をガラスのように熱で溶かして固めることもできないし、削り出して成型するなんて、危なくてできるはずがない。
「ボリス。ちょっと見せてくれるかしら?」
ボリスが差し出したカードを受け取り、カードに埋め込まれた板状の魔力結晶に軽く魔力を通すと、魔力結晶が鼓動のように動き、天然モノではありえない反応をした。
まるでカードの持ち主の魔力を生命力ごと吸い上げて同期させるような・・・。あ、これ、人工魔力結晶だ。
「まさかこれ、操縦者の魔力も吸い上げるの?・・・じゃあ、これも人工魔力結晶なの?」
慌てて動力用の魔力結晶にも魔力を流すと同様の反応が返ってきた。しかも複数の鼓動が。
カードを持ったまま絶句していると、ボリスが心配そうな顔でのぞき込んできた。
「マスター。大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
「これ・・・。人間の子供が材料だわ。それも100人以上の・・・。」
後で時間があるときに解析術式と鑑定魔法で細かく調べよう。
正月早々、なんとも胸糞悪い。
そんなことより、人工魔力結晶をソ連地上軍が使っていた?
ダンバース精神病院以外でも人間から魔力抽出をしていた?
しかもこれ、ソ連が秘密兵器として製造しているものだ。
馬鹿みたいな予算をかけて作ったくせに、合衆国に知らせないということは、抑止力を期待した兵器ではない。
操縦者の魔力と生命力まで吸い上げて、敵を殲滅することしか考えてない。
たぶん、操縦者は48時間くらいで生命力まで奪われて死に至るだろう。
テストパイロットも用意できない。実験すらまともにできないようなシロモノだ。
これを作った人間は狂ってるとしか思えん。
まずいな。大至急、国防捜査局のジェイソンに連絡を取る必要がある。
対応を協議しなくては。
いや、その前に人工魔力結晶の存在についてどう説明する?
魔力結晶の希少性を説いて暴走魔導兵器の開発を止めさせたばかりだ。
魔力結晶がソ連に潤沢にある理由をどうやって説明する?
人口魔力結晶の存在を明かすか?
その上で人工魔力結晶の製造は非人道的だから止めろって言う?
敵国の民間人を女子供もろともに焼夷弾で焼くような国家がそれで納得するか?
合衆国もソ連と同じことをしないと言い切れるか?
だめだ。考えがまとまらない。
「マスター。大丈夫か?疲れたんだろ?あとは片づけておくから、今日はもう寝るか?」
「大丈夫よ。そんなヤワじゃないから。それより、ちょっと合衆国まで行ってくるから、グローリエルと二人で先に夕食を食べててくれるかしら?おせち料理もそろそろ飽きたでしょうから、クー・フーリンにカレーを作らせておいたわ。」
長い人生経験から言えることだが、こういう場合は少しでも早く動き出すに限る。
悪い状況は放置すればするほど悪化するものだ。
最悪の場合、ジェイソンの反応次第では、国防総省の面々の記憶を強制忘却魔法でリセットすることも考えて協議してみよう。
いや、いっそのこと強制自白魔法を掛けっぱなしの状態で協議するか?
何か言いたそうなボリスをそのままにして、エントランスホールから定点間中距離転移術式を使い、玉山の外に飛び出し、そのまま長距離跳躍魔法で、すでに星が瞬き始めた夜空に駆け上がった。
◇ ◇ ◇
バージニア州アーリントン郡ペンタゴン 国防総省
国防捜査局 ジェイソン・ウイリアムズ局長
年末年始は、中央情報局への内偵調査で忙しかった。
中央情報局は国家機密の塊だ。生半可な方法では乗り込んで行って調べるなんてことはできない。
それに俺の所属している国防捜査局の権限では、背景事情調査が関の山だ。
そのせいで国防総省内の他の諜報機関、国家安全保障局や国防情報局、しまいには国家偵察局と連携する必要まで発生した。
関係機関との調整が忙しくて、ここのところずっと家に帰れていない。
っていうか、ほかの諜報機関の内情なんて知らねえよ。知ろうとしても機密ばかりで調整もろくにできやしねぇ。
木っ端役人(局長)の俺にどうしろっていうんだよ。
さっき、機密書類の決裁を終えてやっと仮眠室で横になったばかりだ。時計の針が深夜・・・というか、日の出まであと何時間だ?
ジェーンの眷属からもらった魔力保持者調査用の術札があったおかげで魔力持ちとの申告をしていなかった職員が何人か見つかった。
使い捨ての術札だったが、十分な枚数があったおかげで何とかなったよ。
どういうわけか複写しても使えなかったけどな。
まあ、生まれて初めて自分が魔力持ちだと分かって狂喜乱舞してるバカもいたけどな。
結果、中央情報局の東側国家の担当の一人が犯人であることまでは分かったが、こいつがなかなか自白しようとしない。
さすがに内部情報が絡むために、ジェーンに依頼して魔法で自白させるわけにもいかず、どうしようかと頭を抱えているところだ。
国防捜査局の職員も疲労が目立ってきたようだ。いっそのこと、ジェーンを呼び出して回復治癒魔法でも使ってもらうか。たしかあれ、疲労や眠気にも効いたような記憶がある。
・・・いや、とりあえず寝よう。何時間眠れるかわからないし、くだらないことは考えないで・・・。
「局長。ウイリアムズ局長。お休みのところすみません。至急、オフィスにおいでください。」
枕もとの内線電話がけたたましく鳴り響く。慌てて受話器を上げる。
・・・はっ!寝すぎたか!?この歳になって寝坊するとは!
暗い部屋の中、手探りでベッド横の時計を確認する。
仮眠室のベッドから、恨みのこもったブーイングが一斉に上がる。
・・・おい、30分も寝てないじゃないか。俺を起こしたやつ、本気で呪うぞ。
思わず受話器に向かって恨み言を言ってしまう。
「ウイリアムズだ。せっかく寝たところなのに起こしやがって。ジェーンに呪い殺してくれるよう頼んでやる。」
「・・・そのジェーンがエントランスに来ています。丁重にお断りをして帰っていただきましょうか?」
う、ジェーンか。何の用だ。いや、せっかくだ。回復治癒魔法をかけてもらおう。そうすればこの疲労と寝不足も何とかなる・・・はずだ。
いや、本当はベッドでぐっすり寝たいんだが・・・。
「ジェーンか。今すぐ行く。だれかゲストカードを発行して迎えに行ってくれるか?オフィスに通しておいてくれ。」
重い体を引きずり、ベッドから這いずり出ると、なぜか仮眠室のベッドにいる全員が同じ動作をしていた。
「局長。自分だけ回復してもらおうとか考えてないですよね。俺たちもジェーンに回復してもらいたいっす。」
「そーだそーだ。俺たちだって疲れてるんだぞー!」
まるで死体安置所から湧き出すゾンビのように十数人が這いずり出す。
「わかった、わかったから、順番な。っていうか、お前らは回復してもらった後また寝るんじゃねぇか。俺は仕事なんだよ!」
眠気と疲労とゾンビを振り払いながら国防捜査局のオフィスに向かうと、そこには珍しく顔色が悪いジェーンがソファーにも座らず腕を組み、立っていた。