92 光陰の魔女・鉄のカーテンに潜む兵器②
1978年12月中旬
イマーム・サーヒブ村の近く
翌朝、日が昇る前に起き、折り畳みチェアに座って運転手のナジベとともにガンナーが用意した朝食を食べているところで妙なことに気が付いた。
「あれ?これ豚肉じゃない。それに、こっちはハラール食じゃないわね。ナジベは食べて大丈夫なの?」
何気なく言ったセリフだが、ガンナーとナジベはキョトンとした顔をしている。
「あ~。そういえば言ってなかったな。ナジベは偽名でコードネームはグレイフォックス、合衆国生まれで合衆国育ちの白人だよ。」
ガンナーがベーコンを挟んだパンをナジベに手渡している。
「ははは。俺はカトリックだ。イスラムじゃない。まあ、教会に行ったことなんてほとんどないがな。お?変装で魔女を出し抜けるって、もしかして俺ってすごい?」
それまではカタコトの英語だったのが打って変わったかのように、流暢に喋りだす。
ナジベ改めグレイフォックスは私のことをはじめから魔女だと知っていたのか。
というか、こいつの声、プラハの時に聞いた覚えがあるような?
「あなた、もしかしてスポッター?」
あの典型的な白人顔がこうまで変わるとは、たぶん特殊メイクなんだろうが、すごいな。
「ご名答。さすがに声だけはバレるか。さすがジェーンだな。でもしばらくはナジベと呼んでくれ。」
私のことを知っている相手にわざわざ偽の身分を話す必要があったということは、盗聴でもされていたか?
「・・・もしかして、バグラムで誰かに尾行されていた?」
「いや、念のためだ。魔術師や魔法使いが相手にいるとなれば、当然魔女の存在を相手が知っているだろうからな。それに、ジェイソン局長から合衆国の戦争にジェーンを巻き込まないようにって言われてるんだよ。」
ふふ。そうか。ジェイソンのやつ、結構気にしてるんだな。
「いまさら気にしなくてもいいのに。まあ、私は合衆国の軍人じゃないし、星条旗に忠誠を誓ってはいないけどね。」
「ハハハ、ジェーンが忠誠を誓う国旗があったら、その国は世界を征服できるな。っていうか、ジェーンが忠誠を誓った国家なんて歴史上一つもなかったんだろ?」
「あ~。言いにくいんだけど、かつて一つ、忠誠を誓った国家があったわ。結果的にその国には裏切られたけどね。」
ガンナーとナジベの動きが止まる。まあ、そうだろうな。合衆国の敵国ならとんでもないことになるだろうしな。
「お、おまえ、それってどこの国だ?もう、滅んでる国だよな?っていうか裏切られたなら滅ぼしたよな?」
ガンナーの声がうわずっている。
そんなに怖がらなくてもいいだろうに。
「・・・日本よ。安心して。800年以上前の話よ。ちょっと当時の朝廷と一悶着あってね。陰陽寮の連中とドンパチやったのよ。それに、今はもう何とも思ってないわ。とりあえず私の子孫が滅びないようにはするけど、それは合衆国だって同じだし。」
「800年以上前?うん?そのころ日本であった陰陽師が出てくる伝承って・・・?もしかしてお前、九尾の狐とか呼ばれてなかったか?」
ナジベがいきなり核心を突く。
「・・・いきなり鋭いわね。年代を言っただけで当てるなんて、どういう当て勘をしてるのよ?もはや超能力だわ。」
「ジェーン、おまえ、本当に長生きなんだな。」
しみじみとした顔でガンナーがつぶやいた横で、ナジベが突然腹ばいになり、地面に耳を当てる。
「・・・!・・・なにか大きな物の足音だ。まだかなりの距離があるが、こちらに近づいてきている。」
その言葉に集中し、魔力検知を行う。
「・・・あなた、勘もすごいけど一体どういう耳をしてるのよ!?・・・北東に約30Km、数4、いや、6、8、どんどん増えるわね。間違いないわ。魔力によるものね。数は16。でもこの魔力量は異常ね。人間によるものとは考えられないわ。」
「ジェーン。目視で確認してきてくれるか?お前なら大丈夫だと思うが・・・。」
ナジベが恐る恐る口にする。現職の特殊部隊の隊員を恐れさせるとは、相当ヤバいシロモノなんだろうか。
「別にソレを倒してしまっても構わないんでしょ?それとも隠密に徹する?」
私の言葉に二人は顔を見合わせ、軽く溜息を吐く。
「そうだった。戦艦アイオワの主砲を正面から弾き返すような女だったよな。陸戦兵器なんかで倒されるはずないよな。」
ナジベが笑いながら例のネタを話す。
毎度毎度ネタにされるのもなんだし、一応真実を話しておくか。
箒の準備やらで出発まで時間があるし。
「・・・それ、アルバートも言ってたけど真っ赤な嘘よ。アイオワじゃなくてミズーリ。1945年の2月19日、硫黄島近海上空。それに正面からじゃなくて左斜め40度、しかもフルパワーで展開した9枚の防御障壁のうち6枚も抜かれたわ。」
たぶん正面からだと9枚全部抜かれていたかもしれないな。次回があったら12枚くらい障壁を張ろう。
「・・・まじかよ。ミズーリだってアイオワ級だよ。しっかり16インチを弾いてるじゃないか。それになんで硫黄島なんかにいたんだよ。」
「デタッチメント作戦に知り合いが参加してるって聞いたから、見学しに行ったのよ。そしたら、いきなり支援射撃が始まったわ。当時使っていた身体は日本人少女のものだったし、見守るだけにしようと思ってたんだけど。」
「その作戦名だと、合衆国側の作戦だな。よかったよ、日本に味方してなくて。ジェーンが日本側についていたら、あの戦争、負けてたな。」
「う~ん。双方に子孫がいるのに、片方だけの味方なんてできるわけないでしょう?」
まあ、片方にしか子孫がいないときはそっちの味方をするだろうがな。
・・・ん?そうすると、イスラム諸国とアフリカ諸国は自動的に敵になるのか?
まだその地域で子供を作ったこともないし。
箒に魔女箒の術式を打ち込み終え、折り畳みチェアから立ち上がる。
ガンナーから受け取った無線機を腰につけ、ヘッドカムを装着する。
念話を使わないで通信するのはあまり慣れていないから、念入りに周波数を確認し、無線の不調の際にはマンハッタンのメネフネを経由して国際電話をかけることにしておく。
「さて、そろそろ準備ができたから行くわ。合流地点はどこにすればいいかしら?」
「そうだな。俺たちはこのまま帰るから、バグラム空軍基地まで来てくれ。基地司令もこの作戦を知っているしな。」
「時間的に私のほうが先に帰ってるかもしれないわね。じゃあ、気を付けて。」
ナジベとガンナーに声をかけ、乾いた大地を蹴り、宙に舞い上がる。
朝日に照らされながら、冬の冷たい空気を裂いて空を駆けていった。
◇ ◇ ◇
・・・北東に向かって10分ほど飛んだころ、眼下に問題の連中が見えてきた。
16機の人型兵器が、歩兵戦闘車や戦車《T-62》を伴い、時速40キロくらいでパンジ川に向けて歩いて進軍している。
輸送トラックの荷台にはまだ起動していない人型兵器が分解されて積載されている。数は4機。
一見した限りではロボット兵器のように見えるが、魔力検知を行うと起動中の人型兵器から大出力の魔力炉の反応がある。
「すごいわね。こんなの初めて見たわ。ん?アレは人が乗り込んで動かすのね。・・・とりあえず、鹵獲しないと何もわからなそうね。」
幸い、起動していないものも4機ある。最悪でもあの4機は無傷で鹵獲できそうだ。
合衆国には2機ほど渡せば納得するだろう。あとは破片も含めて私がもらってしまおう。何かの役には立つかもしれない。
「さて・・・。七百連唱、光よ、蜃が吐息たる遊糸よ。刃となりて敵を裂け。」
上空から彼らを見下ろしたまま、昨日使いそこなった光刃魔法を解き放つ。
連続して撃ちだされた光の刃は、彼らの前方にあるパンジ川の一部に触れて水蒸気爆発を起こしながら、その車列を縦横に切断していく。
次々に車列から火の手が上がり、パニックになった兵士が縦に切断された車両から飛び出し、再び襲う光刃で刻まれていく。
「うーん。水蒸気爆発で発生した水煙のせいで光刃の威力が少し落ちたわね。七割弱しか殺せなかったわ。」
ガラクタだらけになった路上で、何機かの人型兵器がそれを押しのけ、立ち上がる。
お?威力が落ちたとはいえ、光刃魔法を耐えた人型兵器がいる?
破壊できたのは3機だけか。
すごいな、術式ごと焼き切る光の刃が効かないとは。装甲に抗呪抗魔力術式でも組まれているのか。
鹵獲するためには大威力の魔法で薙ぎ払うわけにもいかないし、面倒だけど接敵して殺していくか。
半壊した車列のど真ん中に着地すると、兵士たちがおどろき、こちらに向けて指をさす。
「五百連唱、闇よ、翳りの穂先よ。転び出て敵を断て。術式束327,701発動。続けて目標、半径5㎞以内のソ連地上軍兵士を選別捕捉。三百連唱、雷よ、天降りて千丈の彼方を打ち砕け。」
昨日使いそこなった空間断裂魔法を解き放つと、手前から順に装甲車両が空間ごと切断され、鏡面のような断面を晒しながら崩れ、兵士たちは同じようにバラバラになっていく。
その後を追うかのように轟雷魔法によって作られた雷撃が兵士だけを焼いていった。
「敵襲!敵襲!撃てぇ!」
指揮官らしき男の声が響き、慌てた兵士がこちらに銃を向ける。
直後、連続して展開され続ける三重の障壁に銃弾が豪雨のように着弾した。
対物ライフルを使っている兵士もいるようで、時々防御障壁にひびが入るが、同時に展開した反復術式が防御障壁を即座に修復して展開しなおしていく。
時間にして10秒ほど経過したころ、16機の人型歩兵のうち最初の一撃で沈黙しなかった13機を除き、すべての車両、すべての歩兵は沈黙していた。
「あら?どういうことかしら。人型兵器だけ残ったわ?おかしいわね。なるべく壊さないよう注意したとはいえ、中まで轟雷魔法が届かなかったのかしら?」
5機の人型兵器は斧のような鉄塊を構え、残りの8機は大口径のライフルやガトリングガンのようなものを構えて、こちらに向かって襲い掛かる。
「う~ん。やっぱり壊さず鹵獲するのは動いていない4機だけが限度かしら。・・・水よ、集いて一条の槍となれ。雷よ、敵を討て。」
斧を持って襲い掛かる2機の人型歩兵に強めの水槍魔法と雷撃魔法を撃ち込み、その他の人型兵器から放たれる砲弾を躱す。
水槍魔法は2機の装甲を貫き、装甲に入り込んだ水を伝って雷撃魔法が操縦者を焼く。
「やっぱり、攻撃魔法に対する防御がされているわね。合衆国と戦うには不要なのに、なんでそんな装備があるのかしら。まあ、いいわ。」
首を捻っている暇はない。残り11機の人型兵器は次々と迫り、斧を振り下ろし、戦車砲のようなライフルを撃ち込んでくる。
「九連唱、大地よ、轟け。そして押し潰せ。」
二重詠唱を行い、震撃魔法と水撃魔法を人型兵器が複数いる足元に叩き込む。
一瞬でその足元は泥濘と化し、二足歩行の巨体は足を取られ転倒する。
転倒したのは4機。ならばこうだ。
「四連唱、世の果てで天空を背負いし巨人よ。リンゴを持ちて勇者を誑かせしアトラスよ。今一時、汝が背の苦しみの万分の一を彼の者に与え給え。」
転倒した人型兵器の上から重力加速度制御魔法を叩き込む。
これなら装甲がどれだけ堅牢であるかに関係なく、操縦者を直接叩き潰せる。
重力加速度制御魔法で泥濘に縫い付けられた4機の人型兵器は手足を少しばたつかせた後、そのまま制御を失ったかのように沈黙する。
まあ、重力加速度を100倍ぐらいにして叩きつけてやったから、今頃コクピットは大変なことになってるだろう。
残り7機。
それにしても、ゴーレム特有のאמתの文字がどこにも見当たらない。それに、ゴーレムはもっと緩慢な動きしかできないはずだ。
さっきから走ったり跳んだり、しまいにはこちらが敷いた泥濘まで素早く回避する個体までいた。
こいつら、本当にゴーレムか?
「十一連唱、風よ、歌え。そして押し砕け。二十連唱、水よ、礫となれ。」
斧と大口径のライフルを構えてこちらに突っ込んでくる2機に向けて、轟風魔法と震撃魔法の二重詠唱、水弾魔法と雷撃魔法の二重詠唱を連続して叩き込む。
轟風が石礫を巻き上げ、ミキサーのように2機の人型兵器を巻き込み、青く発光するほど帯電した水の玉が人型兵器にまとわりつく。
2機の人型兵器の手足が捥げ、コクピットが砕けて血まみれになった操縦者が次々に地面に投げ出される。
砕けたコクピットが目前に落ちてきた。操縦系統が丸見えだ。
「おぅ?この人型兵器、コクピットの中ってこうなってるのね。中の人間の動きを真似するのか。・・・ああ、こんなところにאמתの文字が。ちょっと、これは考えなかったわ。」
コクピットの内側にאמתの文字が刻まれている。
そういえば、ゴーレムは「見えるところにאמתの文字を刻まなくてはいけない」というルールはあったけど「外側に」というルールはなかったっけ。
操縦者から見えれば「見えるところ」にあるってことになるってか。
うん。盲点だった。
コクピットに見とれているうちに、残り5機の人型兵器は大きく後退し、こちらに砲口を向ける。
ミサイル?いや、ロケットランチャーのようなものを装備している機体もいるようだ。
「うふふ!まるで何かのロボットアニメを見てるようだわ!術式束28,629,151を発動!」
さらに5枚の防御障壁を強めに魔力を流しながら展開し、大口径のライフルを構えた人型兵器に肉薄する。
20mくらいの間合いで相手がフルオートで発砲。目前で砲弾が防御障壁に触れて四方八方にはじけ飛ぶ。
すごい連射速度だ。秒間7発以上の速度だ。それに、ライフルの口径がでかい。おそらく、57mmくらいはあるんじゃないか?
この運動性といい、不整地走破能力といい、合衆国が恐れるわけだ。
こんなものが量産されれば、陸戦の様相が一変する。
まあ、被弾面積がでかいから、戦車と正面から撃ち合って勝てるかどうかはあやしいが。
5機のうち、2機が空間浸食魔法の間合いに入った。とりあえず、つぶしてしまおうか。
「二連唱、闇よ!暗きより這い寄りて影を食め!」
2機の人型兵器の座標に余剰空間が発生し、機体を侵食しズタズタに引き裂いていく。
人型兵器の破片が飛び散り、搭載されていたバッテリーのようなものから電解液のようなものがぶちまけられている。
「ん?この手ごたえは・・・。やっぱり抗呪抗魔力術式が施されてるわね。それもかなり強力な奴が。」
残り、3機。
振り向くと、3機ともにパンジ川とは反対の方へ逃走を始めている。
ソ連兵め。ちょっと強い相手に会っただけで敵前逃亡するとは。どうせ戻ったところで銃殺刑になるのが関の山だろうに。
「・・・五連唱、術式20番、方位40、仰角5、距離95で発動。」
短距離転移術式を五連続で発動、一瞬で3機の前に回り込む。
逃走する3機の人型兵器の前に転移すると、3機は慌てて立ち止まる。すぐさま2機は慌てて左右に飛びのき、1機がその場に取り残された。
「・・・二連唱。闇よ、翳りの穂先よ。転び出て敵を断て。」
左右の手から2機の人型兵器に空間断裂魔法を叩き込むと、それぞれの人型兵器は沈黙した。
「さて。あと1機。意外に強かったわね。この機体、気密性はどうなのかしら。・・・ええと、炭素が11個、水素が26個、酸素が2個、窒素とリン、それから硫黄が1個。・・・だっけ?」
最後の1機は、後ずさるような動きをするが、擱座した車両が邪魔をする。
「毒気よ。第一、第六、第七、第八、第十五、第十六の元素精霊よ。我が意に従い結びてその力を示せ。」
一瞬で霧のようなものに包み込まれ、最後の1機の人型兵器は手足をバタバタと動かすが、霧は吸気口のような隙間から忍び込んでいく。
ふ~ん。必要な電力はエンジンで発電してるのか。
「・・・元素精霊魔法は便利なんだけど、結構時間がかかるわね。お?何かしら。」
人型兵器の外部スピーカーがオンになったのだろうか、操縦者の声が聞こえる。やはりロシア語か。妙に幼い声だな。
「助けてくれ!降伏する!今すぐ機体から降りるから、殺さないでくれ!」
降伏するって・・・。あ、今すぐ機体から降りるのはやめた方が。VXガスが・・・
「ちょっと待ちなさい!毒ガスを展開中よ!・・・第一、第八、第十一の元素精霊よ!我が意に従い結びてその力を示せ!それと、光よ!集え!そして薙ぎ払え!」
慌てて濃厚水酸化ナトリウム水溶液と過酸化水素を合成し、VXガスを中和・洗浄し、強力な紫外線で分解する。
「・・・ふう。降りてきていいわよ。」
毒霧が晴れたところで合図を出すと、人型兵器の背面装甲が開き、中から少年が下りてきた。
人類が作った毒ガスの中でも最強クラスの毒ガスに対抗できるとは、コクピットの気密性は宇宙船並みということか。
そのまま両手を頭の上に組み、地面に腹ばいに伏せる。うん。捕虜になるときの作法をよく知っているな。
「別に立っててもいいわよ。・・・まだ子供じゃない。あなた、何歳よ?」
防御障壁は展開したままだ。人間が持てる程度の装備で私を傷つけることは出来ない。
「・・・13歳だ。そっちこそ、似たような歳じゃないか。いや、それより、あんた本当に人間か?」
少年は恐る恐る立ち上がり、こちらの顔色を窺っている。
「私は生まれも育ちもホモサピエンスよ。ちょっと魔法が得意なだけのね。で、捕虜ってことでいいのかしら?それともまだ抵抗する?」
「・・・いや、もう抵抗する気はない。素手で装甲機動歩兵を倒すような相手をどうこうできるとは思っていないよ。それより、あんた、どこの国の兵士だ。」
少年は疲れたように座り込み、膝を抱える。
少年の着ているパイロットスーツのデザインが独特だ。
まるで、全身タイツにプロテクターを張り付けたようなデザインだ。
装甲機動歩兵ね。なんとも可愛げのない名前だ。
これでも画期的な兵器だろうに、制式名がついていないのか?もしかして、まだ試作運用段階だったか?
「う~ん。どこの国にも所属しているわけじゃないけど、しいて言うなら合衆国かしらね。あなたを捕虜にする気はなかったんだけど、投降された以上は殺す気もないのよね・・・。あなた、そこの車で自分の基地まで帰ってくれないかしら。」
いや、冗談抜きにして捕虜をとる気はないのだ。足手まといになるし、情報が欲しいわけでもない。
「よりによって合衆国か。だが逃げていいのか?・・・いや、敵前逃亡は出来ない。くそ、俺は整備兵だってんのに、なんでこんなことに・・・。」
この少年は整備兵か。もしかしたらこの人型兵器について有用な情報を持っているかもしれない。だが、家族から引き離すのも何だかな。
「あなた、ご家族は?帰るところがあるなら、後遺症が出ないように半殺しにしてあげるわよ?そうすれば敵前逃亡にならないでしょ?」
「半殺しって、マジかよ・・・。家族はいない。俺は孤児だ。この国に思うところはないし、食えればそれでいい。」
「そ。じゃあ、捕虜ってことで。ちょっとそこで待ってなさい。逃げてもいいけど邪魔はしないでね。」
「・・・本当に俺のことなんて気にしてないんだな。名前も聞かれなかったし。まあ、いいや。早く片付けてくれ。」
さて、そうは言ったけどどうするか。
とりあえず、バグラム空軍基地に連絡を取るか。
『ウィッチ01よりバグラムコントロール。繰り返す。ウィッチ01よりバグラムコントロール。応答願う。』
『ウィッチ01。こちらバグラムコントロール。状況は?送れ。』
『所定の行動を完遂。人型兵器16機及び戦車大隊68両及び随伴車両多数を完全撃破。生存者1名の捕虜を確保。これより鹵獲機体と捕虜を送る。準備はよろしいか。送れ』
『バグラムコントロール了解。予定通り、西4番滑走路脇を確保してある、いつでもどうぞ。送れ。』
『了解。これより発送する。以上、通信終わり。』
さて、予定通りバグラム空軍基地に荷物を発送するか。
さっきの少年兵は・・・あ、路肩に座ってる。逃げてもよかったんだが。まあ、いいか。
「ちょっとそこのあなた。ええと、あ、名前聞いてなかったっけ。」
「ボリスだ。ボリス・ヴォルコフ。なんだ、話はまとまったのか?」
「ボリス。今からバグラム空軍基地に行くわよ。準備してくれるかしら。」
「準備って、捕虜に準備が必要かよ。で?迎えの車は?」
ボリスが何か言ってるが、放置して長距離跳躍魔法の指定範囲を確認する。
久しぶりに大量の荷物を跳躍させるので、事前に魔力を高めていく。
「そんなもの来ないわよ。さ、歯を食いしばって。・・・私と対象に術式束、5,015,773発動。勇壮たる風よ。汝が翼を今ひと時我に貸し与え給え。」
見渡す限りの空間を光の粒子と柔らかな風が包み込み、感じ慣れた加速度が身体を包み込む。
「うわ!ぎゃあぁぁぁぁぁ・・・!」
ボリスが腹の底から悲鳴をあげている。
まあ、80両を超える車両と百人以上の死体と一緒に空に舞い上がれば悲鳴も上げるだろう。
さて、分解状態の人型兵器が4機と、無傷の人型兵器が1機か。
合衆国には分解状態の2機をくれてやろう。
どんな構造になっているか、これからバラすのが楽しみだ。