91 光陰の魔女・鉄のカーテンに潜む兵器①
久神 遥香(杖)
病院を退院して、やっと家に帰ってこれた。身体は杖だけど。
美味しいものを食べている間は身体を返してもらえるし、勉強とか運動とかの間は身体を動かしてもらえるし、この生活って結構天国なんじゃないかしら。
まあ、時々部屋に置いて行かれるけどさ。トイレとかお風呂の時とか。
それと、仄香さんの提案で私の身体を少し改造することになった。
運動能力の向上と、成長抑制処理。それから、魔力容量の向上と、脳の演算能力の増進。
よくわからなかったけど、年を取らない健康な身体と、難しい問題もすぐに解ける頭。特に問題はないから二つ返事でOKした。ついでに、胸のサイズもAからCにしてもらえるようにお願いしておいたよ。
今夜は快気祝いということで、ママがおいしい料理やケーキを用意してくれた。みんなで美味しいものを食べ、順番でお風呂に入ったよ。まるで修学旅行の夜みたい。
美味しいものでおなかを満たしたあと、さっそく私の部屋に集まったところだ。
これから病室で約束した仄香さんの昔話を見せてもらうことになっている。
「さて、皆さん、準備はいいですか。」
私の身体を使っている仄香さんが、幻灯術式の準備をしている。
「オッケー。いつでもいいわよ。姉さんとエルは?」
「お菓子、ジュース、準備よし!」
「ん。たのしみ。マスター。はやくはやく。」
・・・今回はエルちゃん、グローリエルちゃんも一緒だ。
ママ、初めてエルフを見たから驚いてたっけな。
仄香さんが幻灯術式を起動して、いくつもの映像を宙に浮かべている。
ゆっくりと、五感が没入し、鮮明な景色だけでなく音、風の匂い、日差しの温かさが肌をなでていく。
◇ ◇ ◇
1978年12月上旬
アフガニスタン北部 ソビエト連邦国境付近
イマーム・サーヒブ村の北東 約200Km地点
白いゆったりとした布でできた外套を羽織り薄茶色のシュマグをまいた年配の男が、アサルトライフルを片手に隣にいる若い男二人組に話しかける。
「お前ら、そろそろ交代の時間だ。眠れないとは思うが、横になって眼だけでも閉じていろ。」
声をかけられた若い男たちは監視していた川の向こうの地平線を一瞥すると、伏せ撃ちの姿勢で構えていた狙撃銃を手に取り、あるいは観測機材をそのままに年輩の男の指示に従った。
「すいません、ちょっと寝ます。何かあったら起こしてください。」
年輩の男ともう一人、背の低い男が後を引き継ぎ、再び地平線の先の観測を開始する。
よりによってこの国、アフガニスタン民主共和国がソビエト連邦と軍事同盟を結ぶことになろうとは、中央情報局としても盲点だったのかもしれない。
それどころか事もあろうに、この国の反政府活動が全土に広がるや否や抵抗運動の手に落ちた全土を取り戻すためにソ連軍に軍事介入を要請したのだ。
さらにはそのソ連に、アフガニスタンの代表である革命評議会議長が暗殺され、当時の政権に反対していた人民民主党内の多数派による傀儡政権が樹立される始末となった。
合衆国としては、これ以上世界が赤化されるのを黙ってみていることはできない。
ソ連側の言い分としては、イスラム原理主義者の封じ込めという大義を掲げているようだが、西側諸国は主権国家への侵略行為とみなし、再び世界が二つに分かれようとしていた。
・・・砂塵と緊張の中、埃まみれのシーツに身をくるみ、やっとウトウトとし始めたころ、怒声が響き渡る。
「来たぞ!ソ連軍だ!装甲車両40台以上!くそ、戦車までいるぞ!」
若い男たちは反射的に飛び起き、狙撃銃や双眼鏡を手に取って先ほどまで監視を行っていたところに飛び出す。
「おい・・・。ありゃぁ、なんだ。ソ連軍の中に巨人がいるのか、それともヤツラ、鎧を着ておもちゃの戦車で遊んでるのか・・・?」
観測手がスコープから目を離さずにつぶやく。
その場にいた男たちは、観測手が指し示す方向をそれぞれの方法で確認し絶句していた。
そこには、身の丈6メートルを超える金属製の鎧を身にまとった何かが、こちらに向かって闊歩していた。
「おまえら!ボケっとしてるんじゃない!スポッター!今すぐ無線封鎖を解く!バグラム空軍基地に緊急連絡!それと、ガンナー!あの巨人兵は俺たちの領分じゃないかもしれん。ハンター!ジェーンに繋ぎをとれ!終わり次第ただちに撤収する!」
「イェッサー!」
男たちは慌ただしく動く。慌てながらも訓練で動きを叩き込んだ手足は正確に動き、5分もしないうちにその場にあるすべての機材を回収し、痕跡を残さず撤収することに成功した。
◇ ◇ ◇
ジェーン・ドゥ
今年の夏ごろにリザを助けてから、魔法の箒の練習でよくリザの家に来るようになっていた。
さすが私の血脈に連なる者というか、リザはあっという間に箒の乗り方をマスターした。
基礎魔力も向上し、潜在魔力を効率的に引き出せるようになったし、そのおかげで日常的に箒を使えるまでになっている。
そして、セイラムの町は魔女の町として観光に力を入れていることもあり、彼女に町のイベントに参加するように要請が来るほど有名になっていた。
そのうち魔女箒の術式についても教えるか。自分がどんな原理で飛んでいるかも知りたかろうし。
それに今の箒は対地衝突安全機構や空中障害物回避機構、全天候結界障壁など、いくつもの安全装置が常時稼働しているせいで余分に魔力を消費しているのだから、手動にしたほうが効率もいいだろう。
そんな毎日だったが今日、私はなぜかクリスマス商戦一色になっている町にリザとアルバート、そしてダニエルの三人と買い物に来ていた。
大型のショッピングモール内にある婦人服店でリザが一着のコートを手に取り、私の身体に合わせてくる。
「ミーヨ、このコートなんてどう?私とお揃いでそろえてみない?」
うすピンクの生地に金色の縁取りがされた、花弁をモチーフにした襟があるコートだ。
リザは人種と背格好が私に近く髪の色や肌の色がよく似ていることもあって、最初のうちは私の服装の真似をしていたのだが、私がファッションに無頓着であることを知るや否や、こうしてショッピングに連れ出すことにしたらしい。
「この色、上品でいいわね。でも、デザイン的に私が着るには若すぎない?」
伸ばし放題の金髪を指でいじりながら答える。
実際、10代半ばの女児が着ることを考えて作られたデザインなのだろう。リザのよく手入れされたセミロングボブの金髪にはとても似合っているが、手入れをしていない私の金髪には不釣り合いな気がする。
「うーん。ミーヨはスリムだし、顔の形が整ってるから、似合うと思うんだけど。髪型が気になるんなら、私がいつも通ってる美容院に行ってみる?この近くだから今からでも行けるけど。」
・・・そうだな。最近妙に人と会う機会が増えたから、少し身なりのことを考えるか。服装なんて夏冬ごとに4着ずつ、合計8着しか持っていなかったしな。
しかも、ものによっては手に入れてから半世紀ほどたってるし。
まあ、ちゃんと洗濯はしてるし、劣化防止の術式は組んでるけどさ。
そういえば、ジェイソンにも言われたっけな。「大統領閣下のところに行くならせめてアリサに服を見てもらってからにしろ。」って。
しかし、美容院か。無頓着な私が身なりを維持できるだろうか。
迷っていると、ダニエルがひょいっと上から顔をのぞかせる。
「ミーヨ。せっかくきれいな金髪なのにもったいない。今まだ午後2時だし、買い物の続きは後でするとして、美容院に行こうか。」
ふとダニエルとアルバートを見ると、両手にいっぱいの紙袋を持っている。全部リザと私の服や靴だ。あと、お菓子の類いもあったな。
それと、先ほどからどこで軽食をとるにしても、全部二人に払わせている。
気にするなと言われているし、身内だと思ってくれているんだろうが、さすがに気が引ける。
「そうね。お言葉に甘えようかしら。でも、美容院代は自分で払うわよ。こう見えても蓄えはあるんだから。」
・・・アルバートたちには教えていないが、実際に結構なたくわえがあるのだ。それこそ、遊び半分でマンハッタンのオフィスビルを数十本ほど買えるくらいは。
「ミーヨ様。あなた様はリザだけでなくキャシーやエマの命を救ってくれた恩人です。ましてや、リザの箒の練習で足繁く通ってくださるのに、我々はまだ何もできていない。どうか恩返しを受けると思ってくだされ。」
う~ん。確かにあの時、私がいなければキャシーもエマも死んでいただろうし、リザも魔力結晶にされていたかもしれない。
だが、リザがやつらに目をつけられたのはリザの潜在魔力が高い、つまり私の血を引いてるせいであって・・・。
思考の沼に沈むのもこれくらいにしておくか。
「そうね。そう言われると断れないわね。・・・じゃあ、代わりと言っては何だけど、私の髪型、リザの好きなようにしていいわ。失敗しても魔術ですぐに直せるしね。」
まあ、丸坊主にでもされない限りは直すつもりはないが。
「ほんと!じゃあ、私とお揃いにしよ!セミロングボブに!よしっ。これでクラスの男子に『魔女の劣化コピー』なんて呼ばれても気にならなくなるわ!」
「『魔女の劣化コピー』ってひどいこと言うわね。コピーじゃなくて正当な魔女の血脈だって教えてやればいいのに・・・。」
クラスの男子とやらの言葉にあきれていると、アルバートが小さな声で注釈を入れる。
「リザにはミーヨ様の子孫であることを他言しないように言い聞かせているのです。万が一にも我々があなた様の足枷にならないようにと思いましてな。」
そうか。まあ、リザに何かあったら、地球の裏側からでも駆けつける自信はあるけどな。リザには追跡術式も施してあるしな。
◇ ◇ ◇
その後、リザに連れられていった美容院で丁寧にカットされ、ふわっとしたセミロングボブにセットされた。
この身体も借り物であり、身なりに無頓着な私としてはそれほどの感動はなかったが、アルバートとダニエルは妙にうれしそうにしているところを見ると、髪型を変えたのは正解だったのかもしれない。
カット代をアルバートが支払っているのを横目に、二人で立っているとまるで姉妹のようだと美容師に言われてリザがはしゃいでいるところで、マンハッタンのメネフネからの念話を受信した。
《マスター。お休みのところ申し訳ありマセンガ、国防総省のジェイソン局長から緊急デス。》
《どうした。魔法関連で問題があったのか?それとも教会案件か?》
《イエ、おそらくは魔術関連カト。つないでもよろしいデスカ?》
《ああ。頼む。・・・ハロー、ジェイソン。緊急って聞いたんだけどどうしたの?》
《ああ、ジェーンか。つい先ほど、ソビエト連邦地上軍、約10万がアフガニスタンに侵攻した。中央情報局の予想ではあと1年は持つはずだったんだが、完全に読み違えたようだ。》
ああ、あの辺はきな臭くなっているとは聞いていたが、とうとう炎上したか。
共産主義とイスラム教徒が仲良くできるはずなんてなかったんだ。少しは考えればわかるだろうに、何が友好善隣協力条約だか。1ヶ月も持たなかったじゃないか。
《それで、私にどうしろというのよ。確かに共産主義や社会主義は大嫌いだけど、さすがに人間同士の戦争に個人で首を突っ込んだりはしないわよ?》
《いや、戦争に参加しろって言ってるんじゃない。侵攻してきたソ連地上軍の中に、明らかに魔術で動いてると思われるものがあるんだ。何て言ったっけかな、そう、ゴーレムみたいなやつだ。》
《えぇ?ゴーレムくらいならその辺の魔術師でも作れるわよ。確か、一度ロストテクノロジーになっていたと思ったけど、作り方の記録が残っていたんじゃない?》
《そうなのか?あんなヤバいものを昔の魔術師たちは普通に作っていたのか?》
ん?「あんなヤバいもの」というほど驚くものか?普通のゴーレムなんて命令通り動く人形に過ぎず、単純な命令しか聞かないからその都度細かな命令をしなければ役に立たないんだが・・・。
《「あんなヤバいもの」っていうほど脅威じゃないでしょ?単純な動きしかできないし、あなたたちなら、戦車で轢くなり機関銃で撃つなりすればあっさり終わるんじゃない?》
《戦車で轢く?あんなにでかいシロモノをか?》
でかい?実用レベルの魔力で動かせるゴーレムなんて子供サイズだろうに・・・。
認識に齟齬があるようで話が合わない。認識を先に合わせるべきか?
《さっきから要領を得ないわね。直接そっちに行くわ。ゲストカードを用意してエントランスに迎えをよこして。》
《ああ、助かるよ。じゃあ後で。》
メネフネとの念話を通した電話を終え、美容院の会計を終えたアルバートとともに近くのデパートに入る。
「リザ、ちょっと化粧室に行ってくるわ。ここでみんなと待っててもらっていいかしら。」
「うん。じゃあ、あそこで口紅とか見てるね。」
化粧室内でシェイプシフターを喚びだし、リザたちとのショッピングの続きをさせることにする。
「また無茶苦茶なことヲ・・・。ボクはあの世代の女の子の扱いなんてできマセンヨ?」
「いつも悪いわね。あなただけが頼りなのよ。いつでも念話で相談してくれていいし、後で美味しい松阪牛の肉を取り寄せておくから。」
「ウ、じゃあ、頑張ろうカナ。あ、でも魔法を使わなきゃならない可能性があるカラ、魔力回路の接続だけお願いシマス。」
「もちろんよ。今、つなぐわね。念のためこれも渡しておくわ。」
魔法を使う必要に備えて魔力回路を一つ接続したうえで吉備津彦の召喚符を持たせておく。
まあ、戦闘が起きたら吉備津彦がいれば何とでもなるだろう。
シェイプシフターにすべてを任せた後、電磁熱光学迷彩術式を使い、化粧室を出て長距離跳躍魔法で国防総省に向かっって飛び立った。
ふふ。シェイプシフター、君は本当に頼りになる眷属だよ。
◇ ◇ ◇
バージニア州アーリントン郡ペンタゴン 国防総省
国防総省のエントランスで待っていると、ペンタゴン警察本部の職員に声をかけられた。
「ハロー、ジェーン。その髪型すごく似合ってるよ。今日も出勤日かい?」
「ありがと。今日は休日出勤よ。」
「そりゃ大変だ。」
軽口を言っていると、アリサがゲストカードを持って迎えに来てくれた。
アリサとともにジェイソンのオフィスまで歩いていく。
オフィスに入ると、ジェイソンが書類の山から顔を出す。
「お、来てくれたか。突然来てもらって悪いな。」
・・・ジェイソンの目の下には濃い隈が出ている。
寝不足なのだろうか、血行不良を起こしているようだ。
仕事が忙しくて家に帰れていないようだ。早く話をすませて、回復治癒呪をかけてやろう。
「緊急なんでしょ。仕方ないわ。で、ゴーレムだっけ?写真か何かあるかしら?」
「アリサ、例の写真を。」
ジェイソンがアリサに声をかけるより早く、封筒に入った写真を彼女が持ってきた。
「こちらです。撮影されたのは昨日の午後10時過ぎ、現地時間では午前8時前です。場所はアフガニスタン北部、ソ連との国境近くです。」
数枚の写真には、いずれもソ連地上軍の戦車であるT-62や、歩兵戦闘車であるBMP-1などが写っているが、それらに随伴して全高6メートルを超える人型のものが写っていた。
「何これ。ロボット?このサイズのものを動かせるような動力と制御装置が開発されたなんて聞いてないわよ。」
「いや、それはないだろう。諜報員によれば、ソ連では十分な出力のアクチュエーターだって開発のめども立っていないし、ましてやデバイスはまだ真空管だ。科学的にどうにかできるシロモノではないよ。」
「西側の技術が漏れた可能性は?」
「APPLE社が世界初の個人用コンピューターを開発してから1年しかたっていないんだ。地球上でアレを科学的に実現できる奴らはいないだろうな。」
「となると、やっぱりこれは魔術かしら。でもデカすぎるのよ。何よりゴーレムの特徴もないし、もしゴーレムだとしても必要な魔力がとんでもないことになりそうだし、わけが分からないわ。」
「魔女が分からないんじゃ、俺らはお手上げだ。でも、なんでゴーレムじゃないって思うんだ?」
「אמתの文字がどこにも見当たらないのよ。大抵はゴーレムの額に書かれているはずなんだけど・・・。」
ジェイソンの言葉に耳を傾けながら写真を注意深く見るが、ゴーレム最大の特徴であるאמתの文字が見当たらない。
ゴーレムであれば、必ず人の目に留まるところにאמתを刻まなければならないのだが・・・。
まさかと思うけど、私が知らない間に誰かがこれほどの魔術を編み出したのだろうか。
おそるべし、ホモサピエンス。何としてもバラバラにして調べねば。
「とりあえず、現地に行きたいわ。アフガニスタンなら過去に行ったことがあるけど、かなり様変わりしているでしょうから米軍の輸送機で送ってもらえるかしら?」
「ああ、お安い御用だ。今日の夜の便で送ってやる。アリサ、手続きを頼む。」
「はい。ただちに。」
アリサは席を立ち、書類を持ってオフィスを出ていく。
関連部署に手続きをしに行ったのだろう。
「ところで・・・。今日は妙に洒落ているな。デートか?」
「リザとショッピングの途中だったのよ。美容院にも連れていってくれたわ。会うたびに仕事ばかりの誰かさんと違ってね。」
頭を掻きながら黙ってしまったジェイソンを軽くにらんでいると、アリサがすぐに戻ってきて一枚の紙を渡してきた。
「それを持ってヘリポートまで来てください。空軍機に乗り継いでアフガニスタンのバグラム空軍基地まで送ってもらえるそうです。」
「ありがと。じゃあね、ジェイソン。たまにはホームパーティーくらい開きなさいよ?」
「ああ。近いうちに必ずな。」
ばつが悪そうなジェイソンに軽く手を振ってヘリポートに向かう。
さて、謎の巨人兵とやらを解体するのが楽しみだ。うまくすれば日本のアニメに登場するロボットを再現できるかもしれない。夢が広がるな。
あ、ジェイソンに回復治癒呪をかけるのを忘れた。まあ、少し休めば回復するだろうし、帰ってきてからでもいいか。
◇ ◇ ◇
アフガニスタン パルヴァーン州バグラーム
翌日 現地時間 午前9時
米空軍の輸送機でまる一日揺られてバグラム空軍基地に降り立ち、現地の司令官に挨拶を終えた後、国防総省から派遣された顔見知りの兵士ともにバグラムの街に出た。
輸送機の座席が安物で尻が痛い。回復治癒呪をかけておこう。
この街は、アフガニスタン北東部、標高約1500メートルに位置し、ゴルバンド峡谷とパンジュシール渓谷の交点に位置する遺跡を近くに臨む場所にある。
古くは、紀元前320年代にアレクサンドロス大王により占領され、コーカサスのアレクサンドリアとして建設されたと記憶している。
都市構造はギリシアの都市計画の特徴を備えており、レンガの城壁を持ち、四隅には塔があった。町の中央の通りは商店や作業場に囲まれていて、かつてはシルクロード随一の交易都市として栄えていたこともある。
念のため、長距離跳躍魔法の道標の記録を確認したが、かつてここを訪れてから2000年以上経ってしまっているためか、長距離跳躍魔法の行き先からは外れてしまっていた。
「しかし、街の中が妙に緊張しているわね・・・。多様性もなくなってるし。」
アフガニスタンはシルクロードの中継地点であり、東西文明の交流地点だ。
様々な文化が交雑し、歴史的に多様性の中心地である。いわば、古代世界の環状交差点ともいえる場所のはずなのだが・・・。
なぜか、以前来た時と違って道行く住人に多様性がない。
みな一様にイスラム系の装いに身を包み、特に女性を見かけない。
合衆国では珍しくもない服装のはずの私の格好が妙に目立ってしまっている。
「ジェーン、だからその恰好は目立つって言ったんだ。襲われてからじゃ遅い。今からでも遅くはないからこれを着てくれ。」
同行しているガンナーがヒジャブを差し出してくる。
せっかくリザが可愛らしくしてくれた髪をヒジャブでつぶすなんてとんでもない。
「わたしはイスラームではないわ。彼らがどうしようと勝手だけど、同時に私がどうしようと勝手だわ。もし難癖をつけるやつがいたら即、殺すわよ。」
少し殺気が漏れていたのだろうか、ガンナーが慌ててその手を引っ込める。
だが、ガンナーの言うことも一理ある。
「要は、襲われても大丈夫ならいいのよね。・・・術式束198,679、および術式束13,363,087を発動。それと・・・発動遅延、セット・ワン。七百連唱、光よ、蜃が吐息たる遊糸よ。刃となりて敵を裂け。発動遅延セット・ツー。七百連唱、闇よ。翳りの穂先よ。転び出て敵を断て。・・・よし。」
「ジェーン。今のは?」
「防御と索敵の術式を発動したわ。ついでに光刃魔法と空間断裂魔法を700発ずつ合計1400発分、セットしたから、一個戦車大隊くらいなら十秒以内に壊滅させられるわよ。」
「そういうことじゃなくてな・・・。お、あそこだ。」
ガンナーが指差す先には現地の人間と思われる男が、ソ連の国営の自動車メーカーであるLADAの新車であるニーヴァを背に立っていた。
「待たせたな、紹介しよう。ドライバーのナジベだ。ナジベ、こちらはジェーン。ハンターの娘で軍属の調査員だ。」
軍属の調査員?ああ、そういえばプラハでの作戦の時にそんなことを決めていたっけな。まだその設定は生きているのか。完全に忘れていたよ。
「ジェーンよ。はじめまして、ナジベ。よろしくお願いするわ。」
「こちらこそ。悪いがこの車はソ連製だ。日本車ほど乗り心地はよくない。車酔いは大丈夫かね?」
運転手のナジベに任せ、問題のソ連との国境付近に向かう。
・・・約12時間後
北に約500キロの舗装されていない道のりを揺られ、日が落ちてからずいぶん経ち、完全にあたりが暗くなったころ、やっと国境付近の村に到着した。
あまりにも座席のクッションが硬くて体中が痛くなり、20回以上も回復治癒呪を使う羽目になったよ。特に尻まわりに。