89 天佑/遅すぎた奇跡
12月14日(土)
青森県大間町 大間崎
黒川 早苗
青森県の北端、津軽海峡の太平洋側出口近くでなぜか私は同僚の太田警部、改めアンデッドのクドラクとボーっと海を眺めていた。
なんで大間くんだりまで来てしまったのだろう。いや、魔法使いが人手不足なのはわかるけどさ。
っていうか、魔法使いを雇いたいなら、もっと給料増やしなさいよ。
なんで魔法が使えるのにその他一般人と給料が同じなのよ。
そんなんだから魔法使いの応募がないのよ!
「曇ってるわねぇ。」
「ああ、曇ってるな。」
妙にリアルなマグロと、それを吊り上げる形の左右の腕が象られた石像を前に、完全に気が抜けた状態で二人で空を眺めている。
冬の下北半島の風に吹かれながら、クドラクはボケーっと海を眺めている。
「早苗。アンデッドって、泳げたっけ?」
ふいに、クドラクがつぶやく。・・・口調が太田警部のそれになっている。
「う~ん。呼吸は必須じゃないからおぼれないとは思うけど、遺体ってすぐに浮かび上がったりはしないのよねぇ。問題は肺に空気が入ってるかどうかじゃないかしらぁ?」
クドラクがそんなことを心配している最大の理由は、今回の事件は海で発生したものだからだ。
ことの発端は11月の初め、福井県沖で発生した漁船の遭難事件だ。
親子三人が乗った漁船が何者か襲われ、ご両親の遺体が発見されたのだが、一か月以上たってから娘さんの遺体が発見されたのだ。
それも、津軽海峡で。
福井県沖から津軽海峡、下北半島沖まで直線で800km。
海流の流れに詳しいわけではないから断言はできないけど、たった一か月でこの海域まで到達するものなのだろうか。
・・・遺体には、人間によく似た歯形が複数見られたという。
これは佐々木夫妻の遺体に残されたものと同じ歯形だそうだ。
内調に出向している身としては、内調の仕事に専念したいわけだが、そのうち公安に戻るわけで、警視庁の要請を無碍に断るのも後々問題がある。
なんとも、宮仕えはツライものだ。
太田警部の意識を戻す方法が見つかったら、辞表をたたきつけてやる。
「さな・・・黒川。お前は今回の事件、・・・いや、事故か?どう見る?」
あ、太田警部、自分の口調がクドラクじゃないのに気付いたか。
「・・・十中八九、怪異がらみねぇ。公安も警視庁も人手不足だわ。出向先にまで仕事が追っかけてくるなんて。」
人手不足はともかく、我々が入手した情報によればコレは海生の怪異による襲撃事件だ。
おそらく、人魚と呼ばれるものの仕業だろう。
人魚・・・人魚姫って、人間を襲うのか。古くは、敦賀で人魚が水揚げされ、それを食べた女が死ぬことができなくなったという伝説がある。
相手が人魚だろうが半魚人だろうがどうでもいいが、私は土系統の魔法使いだ。海の上では全く役に立たない。
海の上で戦えそうな魔法使いなんて知り合いにいたっけかしら。
「おーい、刑事さん!こんなとこにいたのか。早く港まで来てくれ!」
先ほど漁港で聞き込み調査をした漁師が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「後藤さん・・・でしたっけ?何かありました?」
息を切らせている男に、ゆっくりと話しかけてみる。
「原田んとこの船が化け物に襲われたんだ。船は暴走したまま西防波堤に突っ込みやがった。座礁した船内に助けに入ったやつが、化け物に襲われて海に引きずり込まれそうになって・・・。」
「落ち着いて。ゆっくりと話してください。死傷者、行方不明者はいませんか?」
「・・・原田夫婦とアルバイトの船員一人が行方不明で、救助に向かった港のアルバイトの学生が一人、化け物に襲われてテトラポットの隙間に落ちた。頭を打ってはいるが、ロープで引き揚げて救急車で搬送中だ。」
行方不明者、3名、おそらくは重傷者1名。それなりの事件になってしまったな。というか、ここは青森県警の管轄だ。できれば、任せておきたいが・・・。
「他にはけが人や行方不明者はいませんか?」
「いない、と思う。なあ、刑事さん。あれは何なんだ!?半魚人みたいな、サルと魚の合いの子みたいな・・・。おれぁ、長く漁師をやっているがあんなもの、見たことない。」
「ちょっと待って?後藤さん、その化け物を見たの!?」
「あ、ああ、見た。見たけど、自分の目がまだ信じられねぇ。っていうか、あいつら、魚みたいな勢いで海の中に逃げていきやがった。あんな連中が海の中をうろうろしていると思うと、海になんて出たくもねぇ!」
大間漁港はマグロ漁で有名だが、必ずしもすべてが大型船舶であるというわけではない。
小型もしくは中型船舶であれば、海の中からの襲撃があるという事実は、かなりの心理的負担になるに違いない。
「黒川。行けるか?無理そうなら俺だけで行くぞ。」
「馬鹿言わないで。あなた、泳げないでしょ。」
そうは言ってはみたが、私だって泳げないのだ。
いや、冬の海で着衣泳ができる人間なんて何人いるのだろうか。
海の中を一掃できるような魔法使いが知り合いにいれば・・・。
それこそ、稲妻で敵を一掃できるような・・・。
そんなことを考えていたら、ふととある双子の顔が浮かんだ。
「あ。クドラク。海水って、雷、よく通すわよね?」
「おまえ、何を言って・・・あ。雷撃・・・魔法?」
慌ててスマホのLINE画面を開く。
そこには、都内の有名進学校に通う女子高生の顔のアイコンが表示されていた。
◇ ◇ ◇
青森県鰺ヶ沢町
鯵ヶ沢漁協荷捌所
仄香(魔女)
完全に慌てていた。
これほど慌てたのはいつぶりだろうか。
ここ二日間の間、北は小樽港、南は境港まで、日本海側にある十数か所の港で眷属を召喚し続けているが、未だに人魚発見の報告がない。
《仄香。あまり無理は・・・。いや、何でもない。》
念話で琴音が心配している。
無理をするなと言いたいんだろうが、ここで私が休んでしまえばそれだけ遥香が助かる可能性が失われる。
それに、いま私が使っているのは琴音の体だ。私に無理をするなと言うことは、自分の身体に無理をさせるなと言っているのと同義だと思ったのだろう。
「すみません、琴音さんの身体に無理をさせてしまって。もう40体以上、召喚しっぱなしですし、そろそろ休んだほうがいいでしょう。どこかで宿をとりましょうか。」
かれこれ50時間ほど一睡もせずに動きっぱなしだ。琴音自身は何度か主観を切ることによって休ませているが、精神的な疲労と肉体的な疲労に誤差が生じ始めている。
・・・それにしても、人の身でありながら私の40体もの眷属の召喚を維持する魔力をものともしない抗魔力には驚いた。琴音は自分の魔力が少ないと嘆くが、魔力干渉や純魔力による攻撃に対してはほとんど無敵なんじゃないだろうか。
神格を降ろした反動は、千弦の身体より少なかった。っていうか、普通に魔法を使う時と大差なかったよ。
「この身体の性能・・・。なんというか、異常ですね。」
《え?何か言った?》
「いえ、何でもありません。それより、何か食べたいものでもありますか?ここ二日間、食事は私が摂ってしまっています。」
《う~ん。今は食事を楽しむ余裕はないかな。それより、姉さんのほうはどう?》
「何とか小康状態を維持しているそうです。意識も戻りましたし、幽体の損傷もあれ以上ひどくはなっていないようですね。」
《よかった・・・。さすが姉さんね、ここぞというときに頼りになるわ。ん?スマホ、何か鳴ってる。》
琴音の言葉に、手に持った二本の杖を近くの看板に立てかけ、ポシェットからスマホを取り出すと、LINEで黒川からメッセージが入っていた。
《あ、黒川さんだ。そういえば先週、原宿のラーメン屋に連れてったんだっけ。いつもおいしいものばかりごちそうになってるからさ。》
「ああ、じゃんがらラーメンでしたっけ。おいしかったですよね。でも変な内容ですね?」
メッセージには、「千弦さんと連絡を取りたい」とあるが、千弦とは新宿御苑以降、接触はなかったはずなのだが。
《なんで姉さん?新宿御苑でやりあったとは聞いていたけど、リターンマッチでもやる気なのかな?》
「さあ?とりあえず返事をしておきましょう。『ご用は何ですか』・・・っと。」
送信後、すぐに既読が付き、再びメッセージが届く。
そこには信じられない一文が踊っていた。「人魚が出た。海の中に雷撃魔法を打ち込んでほしい」と。
《仄香!これって!》
「ええ。罠の可能性もありますが、この状況ではまさに天佑。行ってみる価値はありそうですね。」
そういいながら素早く返信を行う。
《どうする?姉さん、今は手が離せないと思うけど、頼んでみる?》
・・・遥香の容態がどう変化するかはわからない。今は、千弦の手を借りることはできない。
「いえ。今日ほど琴音さんと千弦さんの区別がつく者が、私以外に一人もいないということをありがたいと思ったことはありません。今からしばらくの間、この身体は千弦さんです。」
《ははっ。そういうと思った!》
そうと決まれば話は早い。千弦に素早く念話を入れる。
《仄香だ。千弦、今大丈夫か?》
一拍遅れて返事が届く。・・・これは、相当の疲労がたまっているな。
《ああ、仄香。大丈夫よ。盗まれた人魚の肉は見つかった?》
《いや、まだだ。ただ、代わりに新しい人魚が見つかりそうなんだ。・・・まさか、寝てないのか?》
術式の維持だけなら、魔力を持つ人間がいればそれで足りるはず。遥香のことが心配で眠ることもできないのか。
《ここ2日間、琴音も仄香も寝てないんでしょ。大丈夫、ししょー特製の回復治癒の術札もまだ何枚かあるし、あと3日くらいなら何とかなるわ。》
・・・こんなこともあろうかと魔力量が有り余っているグローリエルを呼んでおいたのだが、やはり魔力貯蔵装置代わりにしかならなかったか。
《千弦、今から琴音の身体を使っておまえのフリをする。詳しくは言えないが、干渉術式でおまえのスマホをハッキングする。かまわないか。》
《もちろん!っていうか、そんなことまでできるのね。せいぜいほかのパソコンの処理を遅らせる程度だと思ってたわ。・・・あ。メールとかの中身、琴音には黙っててよ?》
《ああ。理殿のことだな。・・・いっそ付き合ってしまえばいいのに。》
《理君は琴音のことが好きなんだよ。そんなことより、無茶しない・・・いや、思いっきりやっちゃって。遥香さえ助かれば後は何とでもなるから。》
《ああ。わかっている。すこしでも早く人魚を持ち帰るよ。では。》
千弦の許可も取れたことだし、干渉術式を起動してリモートで千弦のスマホのデータと固有番号のコピーを亜空間上のストレージに形成する。
それが終了すると同時に、千弦のスマホの電源を遠隔操作でオフにする。
次に、念話の術式を応用して、黒い杖の魔力回路上にスマホがあるかのようにエミュレートする。
一連の作業が完了したら、琴音のスマホから千弦のスマホに電話をかけて・・・よし。通話状態を確認した。
《仄香。何してるの?》
「術式で千弦さんのスマホをエミュレートしました。これで千弦さんのマネは完璧です。それでは、黒川に連絡を取りましょう。」
《術式でスマホの代わりをするって・・・スティーブ・ジョブズが草葉の陰で泣いてるわよ、きっと。》
素早く黒川にLINEで連絡を取ると、向こうも相当慌てていたらしく、すぐに返事が来た。
黒川たちがいるのは大間か。私たちがいる鯵ヶ沢から見て、青森県のちょうど反対だ。
さて、時間が惜しい。長距離跳躍魔法で飛んでしまおう。
最寄りのポイントで使えそうなのは・・・恐山の魔力溜まりか。
そこから北北西に29キロ、ってところか。
「琴音さん。千弦さんのスマホで黒川にLINEしました。旅行で恐山まで来ていると。そこまで迎えに来てもらいましょう。」
《恐山・・・。姉さんが行きそうな場所だわ。そうと決まったら善は急げね。》
「はい。・・・勇壮たる風よ。汝が翼を今ひと時我に貸し与え給え!」
急ぎ、恐山に向かって空に舞い上がる。
眼下に見える陸奥湾が陽光を反射して輝いているのが神秘的に目に映った。
◇ ◇ ◇
駐車場のような場所で1時間ちょっとくらい待っただろうか。見覚えのある赤いオープンカーが見えてきた。
「相変わらず、派手な車に乗ってますね。・・・あれ、特注ですよね。」
《え?すごい車だったの?マツダのオープンカーだから、ロードスターの新型かと思ってたよ。》
「RX8のオープンカーなんて、日本中探しても2台だけでしょう・・・。どこかのイベントで1台発表されてましたが、そっちの色は白だったはずです。相当の車好きなんでしょうね。」
食事処とお土産屋の間に立っていると、車から下りた黒川が手を振りながら近寄ってくる。
「お久しぶりぃ~。千弦ちゃん。元気だったぁ?」
・・・相変わらず間延びするようなしゃべり方をする奴だ。教会の信徒ではなく潜入調査をしている内調の人間とはいえ、一度ぶっ殺そうと思った女と話をするのは妙な感じがする。
「ええ、元気です。黒川さん、本職は警察官だったんですってね。それと右足の調子はどうですか。」
ふと、その右足を見るが、目立った外傷は残っていないようだ。多分。
「あ、あれね。・・・いや、あなたに黒焦げにされちゃったからさぁ。結構ひどい跡が残ったんだけどぉ。・・・琴音ちゃんに治してもらっちゃった。てへ。」
・・・いい大人が「てへ」じゃないよ。琴音。聞いてないぞ。まあ、いいけどさ。
《・・・あれ、姉さんがやったの?スタンガンみたいな魔法でどんだけ火力出してんのよ。骨にまで後遺症が残ってたわよ?》
「それは何よりですね。・・・琴音と違って私は回復治癒魔法、使えませんから。それに、次に何かしたら、焼き切りますよ。」
こんな感じでいいだろうか。千弦のやつ、黒川の名前が出たときに「誰だっけ?」とか言ってたから、マネしにくいんだよな。
「ええぇ。そんなに怒らないでよ。魔女と勘違いして襲ったのは謝るからさ。」
そんなことはどうでもいい。それより、両手を合わせて拝み倒す黒川の横で、クドラクとかいうアンデッドがなぜか土下座している。
「・・・黒川。警察官たるものが誤って民間人、それも子供を殺しかけたのだ。お前も土下座しろ。」
本当によくできたアンデッドだな。屍霊術、私も研究してみようかな。
っていうか、サブマシンガンみたいなのをぶっ放した件は問題ないのか。
「・・・わかりました。謝罪を受け入れます。それで、せっかくのテスト休みの旅行中なのに、何の用事ですか?まあ、行先なんて決まってないような旅行ですけど。」
私の言葉に、クドラクに引きずられて土下座させられていた黒川が跳ね起きる。
「いいの!じゃあ、大間まで来てぇ。マグロ漁船、乗ったことないでしょ?」
ヲイ。女子高生相手に言い方を考えろよ。
「マグロ漁船に乗って返さなきゃならないような借金はありません。それに、明日には帰路につく予定だったんですよ。」
借金はともかく、明日中には遥香のもとに帰りたい。のうのうと船旅なんてしてられるか。
「マグロ漁船っていうのは冗談よぉ。大丈夫、大丈夫。大きな船で、津軽海峡をちょっと太平洋側に出るだけだから。ちょっとそこで海に向かって例の雷をドカンと・・・。」
太平洋側?なるほど・・・。人魚どもは回遊していたのか。それは盲点だったな。しかし、そうなると場所が分からない以上、黒川についていかざるを得ない、か。
「・・・わかりました。何日くらいの距離ですか?あまり帰りが遅くなると、親に何言われるかわからないので・・・。」
ちなみにこれは嘘だ。期末テストの自己採点やら復習やらで、何日かお泊りで遥香の家で勉強会をすることになっている。
遙一郎と、和香にも口裏は合わせるように言ってある。
「そうねぇ。まだ被害は続いているようだから、簡単に見つけられる、っていうか、あっちから見つけてくるでしょうし。現場海域まで半日、そこで丸一日、合計で2日、ってところかしら。」
帰りはシェイプシフターに任せたとして、漁獲して戻れば明日の午後には遥香のもとに到着できる、か。
ギリギリ何とかなりそうだ。
「わかりました。すぐ出航できるんですか?」
「ええ。海上保安庁の船を用意してあるから、あと1時間もしないうちに出港準備が整うわ。私たちが大間についたらすぐ出航できるわよぉ。」
「わかりました。では連れて行ってください。」
二人の返事を待たず、赤いRX8に向かって歩き出す。
ん?このRX8、ルーフは電動なのか。それに、ボンネットとルーフはカーボンだと?
・・・どんだけ金かけてるんだよ。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
仄香との念話を終え、再び術式の維持に集中していると、左肩にそっと手が置かれる。
「千弦。術式の維持だけなら私でもできる。少し休みなさい。」
和香大叔母様が椅子を持ってきてくれたみたいだ。
そういえば、朝から立ちっぱなしでトイレにも行っていない。そろそろ8時間になるだろうか。
「・・・じゃあ、少しお願いします。ちょっと、お手洗いに行ってきます。」
高度治療室を出て、白衣やら手袋やらを脱ぎ捨てる。
幸い、この病院の看護師や医師は琴音と顔見知りが多いらしく、琴音と間違われているおかげか誰も文句を言わない。
それほど医療系の魔法使いは貴重なのだ。たしか、日本に10人ちょっとしかいなかったような覚えがある。
普段から琴音がどれだけ活躍しているか分かるような気がすると、少し誇らしいような羨ましいような、不思議な気分になる。
魔術と違って魔法は才能がすべてだ。
どれほど努力しても、魔力の有無、魔力回路の有無、そしてセンスがものをいう。
それに、回復治癒ができるような魔力回路が手に入るのは、宝くじに当たる確率より低いらしい。
だが、今遥香を支えているのは私だ。魔女の知識を使ってるとはいえ、世界でこれができるのは仄香以外には私しかいない。
泣き言を言うな。歯を食いしばれ。私がやらなきゃ誰がやる。
そう念じつつ、トイレを出る。
新しい白衣と手袋を着用し、再び高度治療室に戻ると、遥香がうっすらと目を開けていた。
「千弦ちゃん・・・。夢を・・・見ていたよ。」
「そう。どんな夢?」
「千弦ちゃん、琴音ちゃん、咲間さんと、スキーに行く夢。なぜか、仄香さんもいたんだよね。ふふっ。私と同じ姿だったよ。」
ああ、金沢の近江町市場で二号さんが遥香に化けてたからな。
双子が二組も来たって言って店の人もびっくりしていたよな。
「大丈夫、必ず遥香をスキーに連れて行ってあげる。宗一郎伯父さんの別荘を12月25日から、1月3日まで借り切ってあるから。」
「・・・宗一郎、さん。うん、九重、宗一郎さん、だよね。前に白いリムジンで空港まで迎えに来てもらったことがあるよ。面白いよね。リムジンの中に、湯沸かし器と日本茶の急須とかがあるんだもん。内装が和風のリムジンなんて初めて見たよ。」
・・・遥香、宗一郎伯父さんと知り合いだったのか。同じ名前で和風の白いリムジンに乗ってる人間なんて、日本に二人といないだろう。
「そう、宗一郎伯父さんと知り合いだったんだ。じゃあ、話は早いね。こんな病気、すぐに治してあげるから、治ったらスキーウェアも見に行こう。」
私の言葉に、遥香はにっこりと笑ってから目を閉じた。
・・・目を閉じてから15秒もしないうちに、魔力の流れに違和感を感じた。
「なに・・・?これは、幽体の損傷が増え始めた!なんで!?術式は・・・安定してる。原因は何?どうして!?」
慌てて原因を探るも、まったくわからない。
術式回路に異常はない、魔力供給に異常もない、まさか、外敵!?・・・検知範囲に魔力的な痕跡はない・・・。
じゃあ何で!?
「千弦!バイタルが下がってる!科学的治療は任せな!お前は術式の維持を!そっちは循環器外科の平賀先生を呼んで!」
和香大叔母様が叫んでいる。
術式上に設けられた各種表示器はそのほとんどがイエローゾーンに突入しており、いくつかはレッドゾーンに突入している。
術式のいくつかが軋む音をあげ、何かが爆ぜるような音が何度か繰り返す。
どうしよう、どうしよう!今、霊的基質のいくつかが損傷したかもしれない!
そうしたらもう、取り返しがつかない!
混乱する私の目に、一匹の半透明な大蜘蛛が映ったのは偶然か、それとも限界まで魔力検知を上げていたがための必然か。
反射的に口をついて出たのは、魔女の記憶の中で聞いた、一節の詠唱だった。
「永劫を流れる金色の砂時計よ!我は奇跡の御手を持ちてそのオリフィスを堰き止めんとする者なり!」
自分でも全くわからない。なぜか、全魔力を込めて、それも術式回路でつながったエルの魔力の半分まで使ってその大蜘蛛に停滞空間魔法をぶち込んだ。
聞きかじっただけの、それも自分の力量をはるかに上回る魔法を行使したせいで脳が焼き切れたか、それともあまりにも大きすぎる魔力に魔力回路がオーバーヒートを起こしたか。
「ギャアァァァァ!」
視界の隅に、まるで人間の悲鳴のような声を上げ、その姿をさらした大蜘蛛を映しながら、雷鳴のような頭痛とともに私は意識を失った。