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86 希望/努力と奇跡

 12月12日(木)


 未明


 南雲 千弦


 期末テストが終わって、やっと趣味に没頭できると思って(おさむ)君にシューティングレンジの予約をお願いしようとしてたら、仄香(ほのか)からとんでもないことを明かされた。


 このままでは遥香の魂と身体の結びつきが今月末まで持たないということを。


 いや、ちょっと待って?遥香が戻ってきてからまだ一か月と8日だよ?

 あの時、蛹化(ようか)術式で完璧に治したんだよね?


 え?仄香(ほのか)の昔話(超臨場感)の続き、期末テストが終わったら、みんなでお泊り会して見ようって約束してたのに!


 思わず叫んでしまったが、仄香(ほのか)の答えは身体側の問題ではなく、幽体に発生している問題だということだった。


 幽体・・・。仄香(ほのか)の説明によると、人間を構成しているのは肉体、幽体、魂の三つだそうだ。


 肉体はわかりやすい。説明はいらないだろう。だって触れるもの。


 魂は一応理解できる。実感はないけど。

 仄香(ほのか)の説明だと、人格情報と記憶情報からなるソフトウェア的なものなんだそうだ。


 んで、幽体って何よ?霊体とか霊的基質とか、魔力的実体とかいろんな呼び名はあるらしいけど、肉体に魂を結び付けるモノ、魔力の根源となるモノ、肉体を失った時に魂を守る最後の砦・・・。そんな説明だった。

 ・・・なるほど、分からん。


 とにかく原因は不明だが、遥香はその幽体が大きく損傷しており、それは今なお進行中だというのだ。

 人間の肉体は、その幽体の損傷に引き摺られる形で消耗するため、仄香(ほのか)が入っていない状態だとどんどん衰弱していってしまうらしい。


仄香(ほのか)、何とかならないの?私の身体を使っていいからさ。》


 しばらくの間、琴音と遥香に()いていた仄香(ほのか)が、今日は私に憑いているということは私の身体を使って何かをしたいということなんだろう。


《いや、身体を借りる必要はない。いくつか術式を組んでほしいだけだ。それより、例の人魚の肉を覚えているか?》


《ああ、あの敦賀(つるが)の港まで行って漁獲したやつね。あれがどうかしたの?》


《人魚の肉から作る薬は、人間の肉体ではなく幽体に効果があるんだ。幽体を修復し、より強固にすることによって若返りや不老長寿の効果をもたらすことができるのさ。》


《じゃあ、それって・・・。》


《ああ。遥香を助けるための準備はできている。幸い、人魚の肉もたくさんあることだし、何回か失敗しても大丈夫だ。心配しなくていい。》


 よかった。遥香が死んじゃうんじゃないかと心配になったけど、しっかりと準備ができてるじゃない。

 さすがは仄香(ほのか)伊達(だて)に長く生きていないね。


《よし、じゃあ今からその術式を教えて。時間がもったいないわ。》


《そうだな。最悪の場合、停滞空間魔法で遥香の固有時間を遅らせて時間を稼ごうと思っていたが、千弦がそう言ってくれて心強いよ。じゃあ、術式の基本構造から・・・》


 机の前に座り、術式ノートを片手にパソコンを使って、グラフィックを作りながら仄香(ほのか)の言うとおりに術式を学び、そして組んでいく。


 ・・・すごいな、魔女の知識って。私たちの何年先を言っているんだろう。

 魔法や魔術に原子や素粒子、相対性理論に量子力学、超弦理論、そんなものまで取り入れているなんて。


 それも1500年以上前に光が粒であり波の性質を持つこと、そして200年前に素粒子として光子(フォトン)やウィークボソンや糊粒子(グルーオン)が存在することまで突き止めていたなんて思わなかったよ。


 ヒッグス粒子以外に未発見のゲージ粒子があと3つ存在するって?え?重力子(グラビトン)って実在するの?


 っていうか高エネルギー物理学?凝縮系物性論?場の量子論?・・・うん、分からん。


 とにかく、遥香の魂を守ることができればそれでいい。


 覚えることがいっぱいだ。それにこのままではノートが足りなくなる。琴音の部屋からもらってこよう。あとで新品を買って返せばいいよね。

 最後のノートを使い切る寸前で、やっと術式を組み立てる理論が理解でき始めた。


 術式を込めるための簡易祭壇(オルター)と香炉の設計も完了する。

 ・・・香炉って、加湿器のパーツとLEDでもいいのか。まあ、火を使わないから安全だと思うけどさ。


 仄香(ほのか)の指示に従い作成したCADデータをSTLデータに変換し、3Dプリンタに転送する。

 素材はABSだが、何度も使う物ではないので強度は足りるそうだ。


 時間があるなら仄香(ほのか)が使ってた魔法陣(サークル)でもいいらしいんだけど、あれは魔法陣(サークル)を書くだけで半日くらいかかる上、CADみたいに簡単に修正ができないんだそうだ。


 ある意味では、コンピュータ技術が魔法技術に勝利したとも言えるのか。

 ・・・いっそのこと、粉末焼結方式の3Dプリンターが欲しいな。


 ふと顔を上げると、窓の外はすっかり明るくなっている。

 背伸びをして、ノートを閉じ、パソコンの電源を落とすと階下から母さんの声が聞こえてきた。


「琴音〜。千弦〜。朝ごはんよ〜。」

 ああ、完全に寝そびれたよ。


 部屋のドアを開けると、ぐっすり寝た顔をした琴音が向かいの部屋から出てきたところだった。


「おはようぅ・・・琴音、朝から元気だぁね。」

 つい気の抜けた声が出てしまう。


 むう。琴音は魔法使いで私は魔術師だ。今回の件は私が何とかしなくてはいけない。


 ふと思いつき、念話で確認する。

《ねえ、仄香(ほのか)。これって遥香本人には言わないでいいのかな。》


《・・・そうだな。いつか話そうと思っていたが、ここまで準備ができたんだ。そろそろ話してもいいだろう。今後のこともあるし、琴音にも話しておいたほうがいいだろうな。》


 仄香(ほのか)の言葉に、ふと琴音のほうを盗み見る。琴音に黙っているのは無理だろう。

 普段は察しが悪いクセに妙に勘は鋭いんだよな。まるで天啓(オラクル)でも受けたかのようにさ。


「姉さん、昨日の夜は何やってたの?目の下のクマがすごいことになってるんだけど。」


「うん・・・。ちょっと仄香(ほのか)に頼まれてさ。遥香に使う術式の勉強やらの魔術道具の設計をね・・・。いや、あんなに大変だとは思わなかったよ。」


 琴音にそういいつつ、仄香(ほのか)に念話で聞いてみる。

《さて、どのタイミングで話そうか。》


《どのタイミングで話すかは任せるよ。》


《そ。じゃあ、朝食の後にしようか。ししょーはどうする?》


《健治郎殿か・・・。彼は遥香のことを私だと思っているんだよな。彼のことを信じていないわけではないが、私がこんな状態でいることは知られたくない。事が終わるまでの間、黙っていてもらえないだろうか。》


《うん、了解。》


 じゃあ、琴音にも口止めだけはしておこう。琴音は口が軽いわけではないんだが、事故もありうるからね。

 珍しく帰ってきていた父さんと一緒の朝食が終わり、後片付けが済んだのでお土産の暗視装置を手に、自分の部屋に戻る。


 お昼過ぎには、仄香(ほのか)の知り合いの人が来るらしい。それまでに少し部屋を片付けておかないと。

 時間があったら少し眠りたいし・・・。


 ノートや図面、3Dプリンタのフィラメントなどが散乱する部屋の中で、無心で部屋を片付けていった。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 やっと期末試験が終わった。うちの高校はありがたいことに、期末試験の後、終業式までの間はテスト休みとなる。

 まあ、結構な進学校だし、一学年当たりの人数も約400人いるので採点するだけでも大変な手間なのだろう。


 丸々休みとなる12月の第二、三週が終われば、テスト結果の発表と終業式だ。

 今回の期末テストは、仄香(ほのか)に教えてもらっていたおかげで、かなり自信がある。

 きっと学年上位に食い込めるに違いない。

 テスト結果の発表が楽しみだと思うのは何年ぶりだろうか。


「琴音〜。千弦〜。朝ごはんよ〜。」

 階下でお母さんが呼んでいる。そういえばお父さんも遺跡調査から帰ってきていたんだっけ。今回のお土産は何だろうな。


「おはようぅ・・・琴音、朝から元気だぁね。」

 向かいの部屋から姉さんがパジャマ姿で出てくる。・・・またこの人は夜通し何かをやっていたのか。


「姉さん、昨日の夜は何やってたの?目の下のクマがすごいことになってるんだけど。」


「うん・・・。ちょっと仄香(ほのか)に頼まれてさ。遥香に使う術式の勉強やらの魔術道具の設計をね・・・。いや、あんなに大変だとは思わなかったよ。」


 術式?魔術道具?・・・そういえば、遥香の具合が目に見えて悪くなっているから、仄香(ほのか)が人魚の肉を使って薬を作るって言ってたっけな。

 

「遥香、ここのところずっと調子が悪いみたいだよね。テスト期間中も青い顔してたし、2日目からは仄香(ほのか)に身体の制御、完全に代わってもらってたしね。私も協力したいんだけど・・・。」


 回復治癒魔法については、和香(のどか)先生のところで十年以上勉強してきたから結構自信があるのだが、仄香(ほのか)のそれを見てしまった今となっては何を協力したらいいのかわからない。


「そういえば、お昼過ぎに仄香(ほのか)の知り合いが来るって言ってたっけ。足りない材料を持ってきてくれるってさ。」


 姉さんの話を聞きながら階段をおりて、洗面所で顔を洗ってからキッチンをのぞくと、お母さんとお父さんが久しぶりにそろっていた。


 お父さんはワイシャツにネクタイを締めている。

 世界中を飛び回っているけど、考古学の大学教授ってそんなに忙しいのかな?


「おはよう〜。お父さん、いつ帰ってきたの?」

 昨日寝た時にはいなかったところを見ると、帰ってきたのは真夜中か、朝方か。それともネクタイをしているということはもう出かけるのか。


「30分ほど前に帰ってきたばかりだよ。朝ごはんを食べたら風呂に入ってそのまま寝たいかな。」

 ああ、出かけるんじゃなくて帰ってきたばかりだったか。


弦弥(げんや)さん、今日はお休み?」

 お母さんが焼きたての目玉焼きを皿にのせてテーブルに並べながら聞くと、お父さんは疲れた顔で答えた。


「ああ、今日だけはゆっくり眠れそうかな。カフカスの森の遺跡で新しい発見があったからね。人類史の一部が書き変わるかもしれないんだ。明日から論文作業で忙しくなりそうだ。」


「ねー。父さん、お土産は〜。」

 姉さん、ちょっとはお父さんを(ねぎら)おうよ。


「ああ、そうだったな。琴音、今回のお土産はこれだ。それと千弦。お前はこれが欲しかったんだっけな。」


 お父さんはそう言いながら姉さんにウールのスリッパを、私によくわからないビデオカメラのようなものを手渡した。


「お父さん、ナニコレ?」


 どこかの陸軍の放出品のような雰囲気のそれを手に戸惑っていると、姉さんがそれを横から奪い取り、ウールのスリッパを押し付けてきた。


「父さん!そっちは琴音、私が千弦!いい加減に覚えてよね!」

 ・・・なんだ、また区別がついてなかったのか。


「お父さん、ありがと。これから寒くなるから助かるわ。で、姉さん。それなに?」


「ふふ〜ん。いいでしょ。ソ連製の第二世代型暗視装置よ。国内で買うとすごい値段するんだから。」

 暗視装置・・・そんなもん、この平和な日本で何に使うんだろう?


「あ〜、千弦。盛り上がってるところ悪いんだがソレ、二束三文だったぞ。ソ連でも第三世代の暗視装置が配備され始めたらしくてな。デッドストック品ということで新品同様なのに琴音のスリッパと同じくらいの値段だった。」


「・・・いいのよ、使えれば!」

 だから何に使うのよ?


 そんなやり取りをしているうちに朝食が終わり、お父さんは風呂に入った後、そのままベッドに転がり込んだ。

 相当疲れていたんだろう。5分もしないうちに寝息が聞こえてきた。


「さて、姉さん。今日はどうするの?」


 朝食後の食器洗いをしながら、その拭き取りと片付けをしている姉さんに声をかけると、目の下のクマが目立つ顔で姉さんがこちらを向いた。


「・・・言おうか言うまいか、考えるたびに決心が鈍るんだけど、仄香(ほのか)と話し合って決めたのよね・・・。琴音、大事な話があるから仄香(ほのか)の知り合いの人が来たら、一緒に私の部屋まで来て。金髪の女の子だってさ。」


 疲労と寝不足が蓄積しているのがはっきりとわかる顔で、姉さんは私にそう言って皿を拭いていた布巾(ふきん)布巾(ふきん)かけにかけると、足早に二階に上がっていった。


「迷っていたって何よ?・・・石川(オタク)君と付き合うことにでもなったの?別にいいと思うけど。」


 首をひねりながら洗剤とスポンジを片付け、台拭きでキッチンシンクの周りを拭く。

 もしかしてテストの出来が悪かったのか?


 そんなことであんな死にそうな顔しなくていいじゃないと思いつつ、リビングのテレビをつける。・・・いつ見てもこの時間帯のテレビ番組は面白くないな。


 今日はお父さんは寝てるし、お母さんは九重の家の用事で出かけている。


 昼食は好きな時間に食べていいといわれたので、食品庫(パントリー)を覗き、パスタとレトルトのミートソースを人数分取り出しておく。

 ま、おなかがすいたら何時でも作り始めればいいか。


 姉さんの爪で新しいデザインのネイルを試そうと思ってたけど、ものすごい目の下のクマで出鼻(でばな)(くじ)かれたので、諦めてテレビに接続されたパソコンを起動し、有料の動画配信サイトを開く。


 ・・・(ちまた)で人気の魔法少女モノを見たけど、あまり面白くなかったな。

 だって、美代と名乗っているころの魔女が使っていた魔法のほうが派手で強力だし、アニメは創作で魔女は現実だ。


 アニメを簡単に上回る魔法を使う魔女を超高画質の幻灯術式で見た後だと、いまさらこんなアニメじゃ楽しめない。


 魔法モノを見るのをあきらめて恋愛ものやSFモノを見て時間を潰し、仄香(ほのか)の知り合いを待つことにした。


 ◇  ◇  ◇


 時計の短針が13時ちょっとを過ぎたころ、玄関のチャイムが軽快な音を立てる。

 玄関に行ってドアモニターを確認すると、金髪碧眼の美少女と独特な髪型の男の子が立っていた。

 両方とも高校生くらいだろうか。少女のほうは聞いていた通りの格好だし、仄香(ほのか)の知り合いだろう。


「はーい、今開けまーす。」


 ドアを開けると、大きな荷物を持った男の子がペコリと頭を下げる。


「初めまして、僕はマスターの眷属で吉備津彦(きびつひこ)といいます。彼女はグローリエル。マスターの弟子です。」


 グローリエルと呼ばれた少女がペコリと頭を下げ、自己紹介した。


「私はグローリエル。エルでいい。マスターに言われた物、持ってきた。」

 なんというか、端的だな。


「あ、初めまして。南雲琴音です。わざわざありがとうございます。」

 ん?耳の形が・・・うわ!この子、エルフだ!


「ん。入っていい?」

 無駄なことを言わないというか、言葉が足りないというか、アニメとかでよくいそうなキャラだな。


「あ、はい。どうぞ、ええとスリッパは・・・。」

 来客用のスリッパを一つしか用意してなかったので、あわてて男性用のスリッパを取り出す。


「お邪魔します・・・。すいません、彼女がついてきてくれというもので・・・。」

 吉備津彦(きびつひこ)・・・独特な髪型・・・この髪型は・・・。


「もしかして、桃太郎さん!?」

 思わず声が出てしまう。いや、それはさすがになかったか?


「おぉ、ご存じでしたか!いやー、マスターもその名前で呼んでくれないんですよね。もう50年近く召喚されっぱなしなのに、その名前で呼んでくれたのは琴音さんが初めてじゃないでしょうか。うん、しっくりしますね。」


 うわー!エルフで舞い上がりかけたけど、本物の桃太郎だなんて!珍しいどころじゃない、(スーパー)(スペシャル)(レア)じゃないの!


「ん?50年近く召喚されっぱなしって、その間の魔力は?それと、吉備津神社の御祭神じゃなかったっけ?」


 話しながらリビングに通し、応接用のソファーに座ってもらってから急須と湯飲みを用意し、お茶を入れる。


「ああ、魔力はマスターが蓄えてくれていたものを使ってますから。神社の方は姉に任せています。それにしても詳しいですね・・・。もしかして僕の童話ってまだ有名だったりします?」


 さすがに全国のちびっ子たちは吉備津神社の御祭神が桃太郎のモデルで、吉備平定の折に温羅という鬼を討ったという伝承までは知らないと思うけど・・・。


「うん、日本人で知らない人はいなんじゃないかな。それどころか、川に大きな桃が流れているときの擬音語が何かを聞けば、相手が日本人か中国人かの区別がつくとまで言われてるしね。」


 まあ、中国人に限らずあの童話を知らない人間があの擬音語を思いつくはずはないだろうしね。


「どんぶらこ〜、どんぶらこ〜。」

 グローリエルと名乗ったエルフの少女が、合いの手を入れるように口ずさむ。


「ああ、エルさんは桃太郎の童話を知っているんだね。子供のころ日本にいたの?」


「ん、マスターのところで40年位前に読んだ。しばらく桃が食べられなくなった。」


 あー。40年前、ってことはやっぱりエルフって長寿なんだ。

 っていうか、年上じゃん。桃太郎さんだって千年以上前の人かもしれないじゃん!


「ええと、やっぱり敬語、使ったほうがよかったですかね・・・。」


 湯飲みと茶菓子を二人の前に置きながら、小さな声でそう言ったところで、二階から姉さんの足音が聞こえてきた。


「あら、もう到着していたんですか。自己紹介はもう終わったみたいですね。吉備津彦(きびつひこ)、グローリエル。遠いところお疲れさまでした。」

 姉さんが二人に(ねぎら)いの言葉をかけている。


「姉さんじゃなくて仄香(ほのか)か。・・・もしかして姉さん、あの後寝ちゃって起きられなかったの?」

 どんな理由か知らないけど、起きてからやればいいんじゃないかな。テスト休みは始まったばかりなんだし。


「マスターの気配。・・・琴音と同じ顔。もしかしてクローン?」

 エルが怖いことを言う。姉さんがクローンっていうなら、逆のパターンもあるんじゃない?


「もしかして、また双子ですか?マスターは双子に縁がありますね。」


 吉備津彦(きびつひこ)さんが「また」と言った。

 ・・・これまで見た魔女の過去の映像の中で・・・。

 あ、ジェーン・ドゥの元になった女の子たちが双子だったっけ。


「この身体は琴音さんの姉の千弦さんです。例の術式を朝まで組み立て続けてくれていたんですよ。」


「うわ、あの術式を?すごい、千弦、天才じゃん。」


 エルが千弦を褒めている。

 プライドが高く、魔法を得意とすると噂のエルフが褒めるとは、やっぱり私の姉さんはすごいんだ。


「琴音さん、千弦さんが眠ってしまっている状況ですが、大事な話があります。よろしいですか?」


 そう言って仄香(ほのか)は私の正面に座り、姉さんの顔でいつになく真面目そうな顔をして訥々(とつとつ)と話し始めた。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)(魔女)


 琴音に遥香の今の状態のすべてを説明し、同時にこの状況の解決方法について説明する。


 あそこまで幽体が損傷した原因については、まだ特定できていない。

 おそらくは人為的なものだが、人間にそのようなことが出来るとは思えない。

 もちろん、壊すだけなら私でもできるが・・・。

 

 とにかく、遥香のがんばり次第だが、もってあと20日、早ければ明日にでもその日が来てしまうことを告げると、琴音はその場に泣き崩れた。


「なんであの子ばかりなの?本当に死ぬような思いをして戻ってきて、戻ってきたその日にあんな目にあって、それからたった一か月で・・・。」


「琴音。マスターは準備万端整えた。千弦も頑張った。だから何とかなる。」


 グローリエルがいつもの調子で琴音を慰める。

 対して吉備津彦(きびつひこ)は何も言わない。


 彼は、子供が死ぬ現場を見過ぎている。それに、常に百万の言葉より一つの行動を心がける彼は、こういったときには何も言わない。


「琴音さん。千弦さんも頑張ってくれました。人魚の肉もある、術式も完成した。大丈夫、間に合います。これからすぐにでも健治郎おじさまのところへ行って人魚の肉を受け取って、遥香さんのところに行きましょう。」


 そう言うと、琴音は涙を拭いて立ち上がった。

「うん、そうだね。まだ泣くのは早かった。すぐに準備しよう。」


「よし、そうと決まれば善は急げですね。・・・お二人のお父さんには私から出かけることを伝えておきます。琴音さんはお母さんに連絡を。グローリエルは術式の維持を手伝って。吉備津彦(きびつひこ)は万が一に備えて警備をお願いします。」


 手早く作業の分担を行い、玄関に向かおうとすると、後ろから琴音に呼び止められた。

「パジャマのままだよ!遥香の家に行くんなら着替えて!」


 ・・・うん、私も少し冷静になろうか。


 ◇  ◇  ◇


 前日 夜 


 久神 遥香


 12月に入ってから、身体はどんどん重くなるばかりだ。上野公園で目が覚めた時の身体の軽さと比べると、羽毛布団とウォーターベッドくらいの差がある。


 期末テストの最中に意識を失ったときは、何が起こったのかわからなかった。


 どうやら仄香(ほのか)さんが身体の制御を代わってくれたから何とかなったんだろうけど、意識が戻ったのは翌日の朝、自分の部屋のベッドの上だった。


 身体の重さが、まるで今年の1月のころのようだ。いや、身体が重いだけじゃない。何か得体のしれない暗闇に、魂が引き込まれていくような感じがする。


 期末テストは最初の日、一科目目で意識を失ったから全く受けていない。

 仄香(ほのか)さんがすべてやってくれたというから点数の心配はないんだろうけど、このような状態でもズルをしたような気がして気分が悪い。


 テスト初日から昨日の夜までずっと仄香(ほのか)さんがいてくれたおかげで何とか耐えられたけど、彼女が昨日の夜に大事な用があるといって出かけたあと、一気に具合が悪くなった。


「遥香ちゃん、入るわよ〜。具合はどう?熱は下がった?」

 ママが体温計を持ってきてくれたので、スイッチを入れ、パジャマの前のボタンをはずして左脇に差し込む


 しばらくして体温計のブザーが鳴り、取り出してみると体温は38.0℃となっていた。


「あら、熱が高いわね。風邪かしら、インフルエンザの予防接種、受けられなかったからね。」


 インフルエンザ、なのだろうか。

 少なくとも急性骨髄性白血病、ではないと思う。


 パパの話だと、仄香(ほのか)さんが完全に治したと言っていたし、先月受けた血液検査でも異常なしと言われていた。


「ママ、のど乾いた。あと、汗拭いて。」


 重い身体を無理やり起こし、ママの持ってきてくれた経口補水液を飲む。

 どれほど汗をかいたのかは知らないが、砂にしみこむかのように身体に吸い込まれていく。

 ママに体を拭いてもらい、シーツを換えてもらってもう一度横になる。


「遥香ちゃん、眠れそうならしっかりと眠っておきなさい。おなかがすいたらすぐにおかゆを作ってあげるからね。」


 ママに掛け布団をかけてもらうと、すぐに睡魔が襲ってきた。

 視界の端に仄香(ほのか)さんが買ったという漫画に登場する主人公の魔法使いの女の子のフィギュアが見えた。


 私たちと同年代の女の子が偶然手に入れた魔法の力で、大好きな男の子や友達を守るために悪魔と戦う物語。


 仄香(ほのか)さん、あんな漫画が好きだったんだね。

 

 ・・・仄香(ほのか)さん、早く帰ってきてくれないかな。ああ、私も魔法、使えたらよかったのに。

 ゆっくりとまぶたが重くなっていく。


 私はいつの間にか、誰か、懐かしい男の子の声が聞こえる不思議な深い夢の中に落ちて行った。


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