82 光陰の魔女・魔力結晶②
1978年8月初旬
アメリカ合衆国 アイダホ州 オパール鉱山近く
ジェーン・ドゥ
国防総省のジェイソンを通じてハロルド・ブラウン長官と面会し、大統領閣下と電話会談を行ったところ、暴走魔導兵器がいかに無駄の塊であるかを理解してもらえたらしく、計画を中止する旨の回答を得ることができた。
確認埋蔵量については根掘り葉掘り聞かれたが、地上での採掘可能量は11Kgしかないのは事実だ。
一応作り方も聞かれたが、純魔力の結晶化について説明したら要求されるエネルギー量の大きさに無理すぎると思ったか、頭を抱えていたよ。
代わりに魔力結晶を使った発電装置の研究に参加する羽目になったが・・・。潜水艦にでも積むつもりか?
まあ、それは大した問題じゃない。魔力結晶からの魔力抽出方法は魔術結社がすでに開発済みだし、魔力を電気エネルギーに変換する方法は蒸気機関による発電方法とまったく変わらない、ただのタービン機構だ。
放っておいても10年以内に人類はその技術に到達するだろう。
潜水艦といえばこの前、アメリカ合衆国退役軍人省からの依頼で回復治癒呪を使いに在郷軍人会に顔を出したところ、懐かしい顔を見ることになった。
もう30年以上も前になるが、紀一が乗っていた駆逐艦「藤波」を雷撃したガトー級潜水艦を見つけ、襲った時のことだ。
そのとき、すべての圧搾空気を失って沈降する艦内から微弱な魔力波動を感じ、私の血に連なる者と分かったため、慌てて助ける羽目になったのだが、結果として乗組員全員を助けてしまったのだ。
かなり稀にだが、相手の魔力波動を感じただけで自分の子孫だと直感する瞬間がある。
これは私の血に連なる者のうち、完全な女系の場合に発生する現象で、私→娘→・・・娘→子のように私とその子孫の間の血統が女だけの場合に限り、直感することが出来るのだ。
そのひ孫は、その艦の砲雷長だったのだが、彼がなぜか30年間ずっと魔女を探していたらしく、声を掛けられたのだ。まあ、最近は海軍とも付き合いがあるしな。
そうそう、あの時は名前を聞き忘れていたから今更になって知ったが、アルバートという名だそうだ。
そうすると私の娘・・・アメリアの長女の子か。
「孫娘の15歳のバースデーパーティーねぇ?確かに私が助けなければ、その子も生まれることもなかったんでしょうけど、艦を沈めようとしたのも私なんだけどね・・・。」
潜水艦が圧壊深度以下まで沈降した原因については黙っておこう。結果的に一人も死なせなかったんだし。孫娘とやらのプレゼントも買いに行かなくては。
・・・ん?孫娘って私から見て何代目の子孫になるんだ?5代目か。
まあ、とにかく、電話会談が終わった後、日付が変わるころになって魔術結社が秘匿していた魔力結晶鉱山とやらまで来てみたが、思いのほか規模が大きく、元々は100階層以上に及ぶ魔力溜まりであったものが火山活動によって閉塞し、高温高圧にさらされて逃げ場を失った魔力が結晶したものだということが判明した。
多少は魔力溜まりだったころの痕跡を残していたが、最深部に少量の魔力結晶を含む鉱脈があるだけで、めぼしいものは見当たらなかった。
ドラゴンとかマンティコアあたりが歩いていたら少しは楽しくなるのだが。
見るところ露出した大きな魔力結晶はないようだ。足元にある赤い粒上の魔力結晶を一つ、つまみ上げる。
ジェイソンに確認埋蔵量を聞かれたときに「地上で採掘できる量」が「概算で11kg」と答えたが、それは「地上で」の言葉のとおり露天掘りで採掘できる魔力結晶なんてこんなものだろう。
・・・いや、魔術結社がすでに採掘を終えた後かもしれない。例の剣に内蔵されていた魔力結晶もこの鉱山から採掘されたものだろうし、すでに採掘された魔力結晶の分量ぐらいは確認したいところだ。
「・・・この山に山神はいないのかしら。まあ、仕方ないわね。念のため持ってきたコレが役に立つわね。」
近くに落ちていた石を組み、簡易的な祭壇を作ってカバンからタバコとコカの葉、蒸留酒、そしてリャマの血の入った瓶のフタを開ける。
「"Oh, antiguo ser que mora en el Cerro Rico. Gran dios de la abundancia con majestuosos cuernos. Soy aquel que trae cuatro ofrendas y baja la cabeza en reverencia. ¡Manifiéstate, Achachila!"(富の山に佇みし古き者よ。大いなる角を持ちし恵みの神よ。我は四つの供物を持ち首を垂れるものなり。出でよ、アチャチラ。)」
照明魔法の優しい光に照らされた岩壁の一部が不意に盛り上がり、大きな角を持った等身大の悪魔のような姿を形作る。
祭壇に置かれた蒸留酒を手に取り、ラベルに書かれた文字を興味深そうに見ている。
「久しいな。我ら形なき者と言葉を交わす女よ。何用か。」
アチャチラ、またはエル・ティオと呼ばれるこの山神は、大地の女神であるパチャママと並んで、南米アンデスにおいては人々に農作物や家畜をもたらす恵みの神であったが、カトリックの流入によりその神格を失って久しい。
「お久しぶり。アチャチラ。早速で悪いんだけど、この鉱山について聞きたいの。この鉱山でコレが採れるはずなんだけど、残りの埋蔵量とすでに採掘された量は分かるかしら?」
鉱山内で見つけることができた砂粒のような魔力結晶を示し、アチャチラに問いかける。
「ん?鉱石ではなく魔力結晶か。しばし待て・・・。」
アチャチラは岩壁に手をつき、しばらく宙に目線を泳がせていたが、3分ほどするとこちらに向き直った。
「むぅ・・・。山に眠る残りの石はおよそコレくらいの重さだな。すでに持ち出された量はコレくらいか。」
アチャチラは両手で近くの石を二つ拾い、こちらに投げてよこした。
・・・しまった。アチャチラは重さの単位がまだない時代の神だった。石の重さからすると、残り埋蔵量は5kg弱、採掘済みは700g弱といったところか。
それにしてもあの剣、相当気合を入れて作ったんだな。きっと魔力結晶の中でも最大のものを使ったんだろう。
それにしてもこの鉱山一つで地上における確認埋蔵量の50%を超えるのか。空前絶後の大鉱脈じゃないか。
「ありがとう、大体わかったわ。それにしても、すごい埋蔵量の鉱脈ね。合衆国や魔術結社が騒ぐ理由がわかるような気がするわ。」
アチャチラから鉱山内のどのあたりに魔力結晶が多く含まれている鉱脈があるかの確認をし、供物を持たせ送還することにした。
「形なき者と言葉を交わす女よ。いずれまた会おうぞ。」
「ええ。またね。・・・さてと。お客さんだわ。」
近くにオパール鉱山もあるため、夜とはいえ鉱夫がいてもおかしくはない。
この鉱山は露天掘りであるため、外から丸見えだ。そのため、人払いの結界を張っておいたのだが、何者かが結界を突破して侵入してきたようだ。
供物がなくなった簡易祭壇を片付け、物陰に身を隠そうとしたところでふと立ち止まる。
「どうしようかしら。・・・そうね、アレを試してみようかしら。電磁熱光学迷彩術式を発動。術式束13,023,281を発動。さあて。どうかしら?」
今年の3月ごろに手に入れた「聖者の衣」を解析して作った電磁熱光学迷彩術式を起動し、消音、気配遮断、認識阻害、魔力隠蔽の術式を並列起動する。
照明魔法の光を消し、月明かりの中、じっと佇んでいると、2人の鉱夫と思しき男と、鉱山には不似合いなほど背の低い少女の3人がそれぞれハンディライトを持ち、こちらに歩いてきた。
「こんな真夜中になんなんだよ全く。誰もいねぇっての。」
若いほうの鉱夫がボヤいている。
「なあ、あんたが言う侵入者ってのは石ころが欲しいのか?こっちはろくな鉱石も出ねぇ。アカスナとゴミのようなオパールしか出ねぇぞ。」
年上の鉱夫が女に告げるが、少女は足元を照らし、足跡を確認している。
・・・そういえば電磁熱光学迷彩術式といえども足跡は隠せないんだよな。まあ、バレたらバレたで何とでもなるからいいんだが。
「おかしいですねー。ここで足跡が途切れてるー。なんでー?。」
妙に間延びしたしゃべり方をする少女だ。そして妙に声が太い。
年上の鉱夫がハンディライトを少女に向けると、その特徴的な姿があらわになった。
全体的に丸いフォルム、少女とは思えないほどの腕と足の太さ、丸く大きな耳。
・・・ドワーフか?これは・・・幻想種が召喚者なしで活動しているということは、白頭山で見た女オーガ・・・あれ?メスのオークだっけ?とにかく、あれと同じ魔力溜まり産の人間ベースの幻想種か。
「うーん。確かに術式の気配がしたんですー。かなり強力な結界のー。盗掘者かなーと思ったんですけどー。」
女ドワーフは私と目と鼻の先で四つん這いになりながら地面に耳を当てている。
「なあ、誰もいないなら帰ろうぜ。日中の仕事でくたくたなんだよ。」
若い鉱夫が女ドワーフの肩を揺さぶっている。
「うるさいですー。足音が聞こえないじゃないですかー。」
女ドワーフが立ち上がり、右手一本で若い鉱夫の首をつかんで持ち上げる。
はは、あの身長で180cmはあるだろう成人男性を軽々と持ち上げたよ。ドワーフってああ見えてものすごい力持ちなんだよな。それにこの女ドワーフ、たぶん成体だ。
「うわぁぁぁ!」
若い鉱夫は手足をばたつかせるが、女ドワーフの右手はびくともしない。
「あー。もうー。盗掘された様子はないですしー。結社には特に報告する必要もないですねー。」
やはり、魔術結社か。う~ん。魔術結社自体には善悪はないんだがなぁ。教会と繋がってることがあるからな。どうしたものか。
「ほらー。行きますよー。」
女ドワーフは若い鉱夫の首根っこを捕まえたまま、右手一本で軽々と引き摺っていく。
それにしても幻想種はかなり珍しいはずなんだが、こんなところで遭遇するとは。
白頭山のメスオークといい、イエローストーンの魔力結晶の異常凝集体といい、この星に何かが起こっているのかもしれない。
女ドワーフのことが気になりながらも来週の予定のことを考え、その場を後にすることにした。
そんなことより、アルバートの孫娘のバースデープレゼント、ホントに何にしようかしら。
今の子供って何を欲しがるのかしら。
◇ ◇ ◇
一週間後 夕方 マサチューセッツ州 セイラム
???
ボストンから北へ車で30分ほど行ったところにある古い貿易港を抱えるその町は、至る所に箒に跨った魔女のシンボルが置かれており、それらが大きな観光資源となっていた。
近郊のダンバーズの町に続く人気のない道で一台のピックアップトラックが停車し、男女が左後輪をジャッキアップしている。
タイヤがパンクしたのか、スペアタイヤを荷台から下ろし、タイヤの交換を行っていた。
「キャシー、荷台のホイールレンチを取ってくれ。そう、それだ。・・・ありがとう。」
「どう?ダニエル。何とかなりそう?」
「ああ。ホイールレンチの規格もぴったりだ。トヨタ純正のホイールでタイヤを用意して正解だったぜ。前の車じゃあ、ホイールナットがまっすぐ回らないくらい歪んでいたからな。」
ダニエルと呼ばれた男は軽快な音を立てながらホイールナットを嵌めていく。
「前の車って確か新車で買ったのよね?」
「ああ、国産車は新車でもすぐ壊れるからな。爺さんの言う通り、日本車にして正解だったよ。初めて小さくて薄いボディを見たときは、俺をミニカーに乗せる気かと思ったが、使ってみると乗り心地からしてまるで違う。何より全く壊れない。壊れたのは今回が初めてじゃないか?」
「タイヤのパンクは壊れたうちに入らないわよ。それに毎年点検に出しているでしょ?そのおかげじゃないの?」
「はははっ。前の車は点検の翌日にタイミングベルトが切れたんだぜ?キュルキュルって音もしなかったのにな。」
「あれはクランクシャフトが歪んでいたからじゃなかったの?」
「そういう仕様だそうだ。・・・っと。できたぜ。さあ、乗ってくれ。何とか妹のバースデーパーティーには間に合いそうだな。」
「そうね。その前にその恰好、何とかしたいわね。」
「そうだな。・・・ん?なんだ、あいつら?」
タイヤの交換が終わり、再び走り出したところで前方に松明を掲げた複数の男たちがいることに気づき、その横を低速で走らせる。
「こんな時間に松明って・・・ああ、もうそんな時期か。今年もまた魔女狩りの時期がやってきたのか。」
「そうね・・・。子供の時からこの町で暮らしてきたけど、あの祭りだけは理解できないわ。たしか、17世紀の終わりごろ、実際に魔女狩りが行われたのよね。何人殺されたんだっけ?」
ダニエルは松明を持った男たちを憎らしそうに睨みつけると吐き捨てるように言った。
「・・・200名近くを投獄した挙句、まともに裁判をしたのは30人程度、しかも魔女と自白しなかった村人を20人も死刑にした。・・・うち一人は拷問して殺したんだ。それ以外にも乳児2人を含む5人が獄死しているはずだ。」
「詳しいわね・・・。そういえばダニエルのおじいさんって、太平洋で魔女に助けられたって言ってたわよね?魔女の親戚だとも言ってたし。その関係で調べたの?」
「そうだな。よくある戦場伝説だと思って聞いていたが、他のものとは明らかに違うんだ。何より写真がはっきり残っているからな。」
「写真が残ってるの!?見たい!ねえねえ!魔女ってどんな姿なの!?やっぱり魔法の箒に跨った老婆なの?」
「・・・いや、箒に跨ってはいるが、赤いワンピースを着た黒髪の可愛らしい女の子だったはずだ。ええと、名前はミーヨだったか・・・。」
「黒髪なんだ。もしかしてアジア系?あれ?ピーボディ博物館にある絵に描かれていた魔女は金髪か茶髪だったと思ったけど・・・?」
「子供のころ、俺もおかしいと思って爺さんに聞いたんだよ。そしたら魔女は爺さんから見てひい婆さんにあたるらしいんだが、不老不死で何度も体を乗り換えているから半世紀ごとに見た目が変わっちゃうんだってさ。たしか、今はもう別の体を使ってるって言ってたな。」
「体を乗り換える?へえ~。それなら、もしかしてダニエルの妹が新しい魔女だったりして。たしか、魔法みたいなの使えたでしょ?」
「縁起でもないこと言うなよ。爺さんの話だと、魔女が入れるのは死んだばかりの若い少女の身体だけなんだってさ。それにリザがやるのは魔法じゃなくて占いだよ。」
「え・・・ごめん。知らなかったわ。」
「まあ、いいさ。早く帰ろうぜ。家に着いたら爺さんのアルバムを見せてやるよ。」
そう言うとダニエルはアクセルを踏み込み、日本製のピックアップトラックは速度を上げていった。
◇ ◇ ◇
20分後 セイラムの北西 ダンバーズの町
ダニエルは白い木造住宅の前に車を停め、荷台からリボンのついた大きな箱を下した。
「キャシー、ちょっと玄関のドアを開けてくれるか?」
「ええ。・・・?家の中が何か騒がしいわね?何かしら。」
キャシーがドアに手をかけると家の中で悲鳴と怒声が聞こえた。
彼女が恐る恐るドアを開くと同時に、バス!というくぐもった音が2回鳴り響く。
「キャシー?どうした。・・・おい、キャシー!」
ダニエルが叫ぶが、キャシーは力なくその場に座り込むように蹲った。
驚いたダニエルがキャシーの肩を引くと、彼女の肩と腹には銃弾が当たったかのような穴が2か所開いており、彼女はダニエルの顔を見上げ、何かを言おうと口を動かした後、そのままうずくまり、動かなくなった。
反射的にダニエルはすぐさま車に戻り、ナビシートの横に固定されたショットガンを取り出し、初弾を薬室に送り込む。
「クソ!誰だ!誰が撃った!出てこい!殺してやる!」
閉じかけたドアを蹴破り、ショットガンを構えたまま家の中へ注意深く進んでいくと、バースデーパーティーの飾り付けがされたリビングから裏口へ3人の男たちが何かを担いでいくのが見えた。
足元にはダニエルの母親が胸から血を流して倒れている。
ダニエルは素早く照準を定め、最後尾の男の腰に向けて散弾を撃ち込んだ。
ドンッ!いう音がリビングに響き、男は体をくの字に曲げながら吹き飛ぶ。
先頭を走る男は何かを担いだまま裏口から飛び出したが、2人目の男は振り向きざまに拳銃を乱射してきた。
サプレッサーで減音された銃声が4回鳴り響く。
1発の銃弾がダニエルの肩に当たったが、彼は臆することなく、散弾を2人目の男の顔面に撃ち込んだ。
2人目の男が床に崩れ落ちるよりも早く、最後の一人を追ったが、裏口から聞こえてきたのはエンジンの音だった。
これほど早く車を動かせるとは、4人目がいたのか。
「くそ!逃がすか!」
ダニエルは激情に任せて逃走する車に向けて残りの散弾を撃ち込んだが、逃走する車を止めることはできなかった。
◇ ◇ ◇
ダニエルは家に戻ったが、動く者は誰もいなかった。
「母さん・・・。キャシー・・・。」
血の海となったリビングに呆然と立ち尽くしていると、玄関ドアに備えたドアベルがチリンチリンと場違いな音を立てる。
「そうだ・・・。リザ!帰ってきたのか!?」
ダニエルはショットガンを放り出し、慌てて玄関に飛び出す。
妹にこんなところを見せてはいけない。誕生日に母親が死んだなんて、義姉が死んだなんて、一生の傷になる。
そう思いながら飛び出した玄関先にいたのは、杖を突いた自分の祖父と、キャシーを抱えて座る左右の瞳の色が異なる金髪の少女だった。