8 魔女の残響/脅威と苦悩
ごめんなさい、ちょっと解説回になります。
そのぶん少し増量です。
健治郎叔父さんは飯盛さんから受け取ったUSBメモリの中の報告書を確認しています。
9月8日(日)
東京都西東京市
俺は誰もいない研究部屋で、ひとり頭を抱えていた。
本家の家宰の飯森から預かったUSBメモリを開き、千弦の左手を切り落とした女についてのレポートを読み、その正体を知った瞬間、椅子から崩れ落ちそうになってしまった。
「俺も知っているおとぎ話の化け物じゃないか。だいたい、なんで千年前の女が生きてるんだよ・・・。」
報告書によると、女は「魔女」と呼ばれるモノであるという。
また、魔力測定器で計測された数値はわずか1.5秒の間に42n(照度と同じく、単位面積当たり受けている魔力波を示す単位)から計測限界まで跳ね上がったという。
「魔女」の呼び名は時代によって変わり、古くは「オマモリサマ」「オカタサマ」「オヤスミサマ」等、最近では「第一世代」「初代」「オリジナル」そして「魔女」と呼ばれており、固有名はわからない。
本家を含め、魔術師たちは「魔女」と呼称しているため、俺もヤツのことを「魔女」と呼んでいる。
固有名がない理由については呪いを受けにくくするためなど、いくつか説があるが、はっきりわかっている理由の一つは魔女の在り方である。
生きている、と口にはしたものの、厳密にいえば本体はすでに失われており、霊魂だけでこの世にとどまっているらしい。
その上で自分の血縁で魂の波長が近く、魔力の高い個体、それも若い女性に憑依し、その老化と成長を止めたうえで、何らかの目的を果たすために現世を彷徨い歩いているという。
憑依された人間が解放された事例は確認されていない。
時代によって休眠期はあるものの、だいたい50年程度の周期で被害者となる女性の前に現れ、何らかの方法で憑依するという。
憑依のメカニズムや防ぎ方は一切分かっておらず、また憑依されると同時に、古い魔女の体は髪の毛一本残さず掻き消えてしまうのだそうだ。
家族が魔女に憑依された者が、その事実に気づくまで数十年を要したパターンもあることから、実は憑依ではなく魔女の力と使命の伝承を行っているのだという説もある。
ちなみに魔女は半年ほど前に憑依していた体を捨て、新しい体を手に入れたようだ。
その体の本来の持ち主が誰であったかについては、秘匿されているのかあるいは不明なのか分からないが、報告書には一切記載されていない。
魔女という存在について何よりも特筆すべき点は、その魔力の大きさと万能性だ。
魔女の逸話といえば、「光を放ち一撃で数千の敵を城ごと消し飛ばした。」「星を落とし、島を海に沈めた。」「流行り病を起こす山神を滅ぼし、遭難者が多発する山を湖に沈めた。」など、その強大さを示すものがある。
同時に、「切り落とされた腕や足を一瞬でつなぎ、足りない部分を本人の腹の肉から作った。」「赤い泥に雷をおとし、羽のように軽く、鋼よりも強靭で、錆びることがない剣を作り出した」など万能性を示すものもあり、いずれも魔女の強大な力を物語っている。
あの時スマートフォンに接続されていた魔力測定器は、やはり大規模魔力災害対応型だったらしく、10Tnまで計測可能だったそうだ。
魔女は突然現れたと言っていたが、実際はその魔力をほぼ0nまで下げて隠蔽する能力があり、魔力行使の立ち上がりだけで測定器の限界値まで出力したということか。
例えば、1メートル先にいる一般的な魔法使いを計測した場合、魔法行使中でも4Kn前後であり、また魔力そのものを隠蔽する術式なんて「教会」が保有する聖遺物くらいしか残っていない、完全なロストテクノロジーであるため、より一層、その異常さを際立たせている。
千弦は、銃を抜いて歩道の植え込みに隠れてサイトを合わせたときには、もう左手を切断されていたと言った。
千弦の殺気・・・のようなものを感じたのだろうか。恐ろしく勘が鋭く、また反射速度が速い。
おそらく、常駐式で思考加速、それと合わせて感覚または直感鋭敏化の魔法のどちらかを準備している。
しかし、複数の魔法を同時に詠唱することはできない。
口は一つしかないからだ。
魔法陣を使った?アレは陣の大きさが威力に影響する。
祭壇や儀式は論外だ。
おそらく、術式を使ったのだろう。
また現場の写真を見たが、最初に魔女がいた場所から千弦まで最低25メートル、千弦が左手を切断された場所までは30メートル弱の距離があり、その間には障害物がある。
その距離を千弦が気づけないほど一瞬で移動したという。
もしかして、その距離を駆け抜けたのではなく、跳び超えた?
転移系の魔法など、おとぎ話の世界だ。
気の遠くなるような莫大な魔力を制御する必要がある。
また呪文がどれだけ長くなるのか見当もつかない。
術式を使うにも、魔力を保存できる器が存在せず、術式の理論も見当がつかない。
これについては考えても仕方がない。
ステアーは22発全弾発射されていた。
至近距離からの発砲だ。
高速射出術式で加速された弾丸は音速を軽く超える。
通常の方法では回避なんてできるはずがない。
照準妨害でもしたか?いや、それだけではあまり意味がない。
5~6発は当たるだろう。
弾丸の炸裂術式がすべて不発だった?ありえない。
やはり、魔女に命中し、炸裂術式が作動し、かつ効果がなかったと考えるのが自然だ。
となると、防御系術式の物理・抗魔両方を同時に展開したとしか考えられない。
不意を打つこともできず、戦闘中に多数の術式か魔法を瞬時かつ同時に起動し、おとぎ話にしか出てこないような転移系の魔法を使う。
そして魔力を一切伴わず素手で、それも剃刀のような切れ味で切断し、戦車の装甲以上の防御術式を複数起動する。
まさに魔女の名にふさわしい力だ。
おそらく、まったく本気など出していないだろう。
俺は、震える指で報告書を閉じた。
「・・・こんなの、勝てるわけがない」
頭を抱える。
俺ひとりでどうにかなる問題じゃない。
本家の力を借りるしかないだろう。
・・・たとえ、それが気に食わなくても。
俺の大切な弟子であり、姪である千弦が、再び狙われるくらいなら。
何があろうと魔女を止める。
それしかない。
それに、本家に後継者がいない以上、琴音か千弦のどちらか後継者になる。
少なくとも、本家は動かざるを得ないはずだ。
え?俺の息子はどうしたって?まだ小学生だよ。
魔力測定にも反応なかったし、普通に育てるんだよ。
絶対に魔術師なんて怪しい職業にはさせないよ。
健治郎叔父さんは、魔女のことを血も涙もない化け物のように言っていますが、そんなことはなく、比較的常識的な人間です。人間自体はやめてますが。
そして、精神年齢が外見に引き摺られるタイプなので、普通に漫画とか読んでいます。
ちなみに「光を放ち〜」の逸話は、魔女が使った光撃魔法のことですが、イメージはほとんどべギ◯ゴンかギラ◯レイドですね。
またnという、架空の単位が出ていますが、深く考えないでください。