78 光陰の魔女・追跡開始
1978年3月
アメリカ国防捜査局 局長ジェイソン・ウィリアムズ
ちくしょうめ!大統領閣下は気でも狂ったか。
確かに魔女が研究を禁止しているのは原子爆弾だけだ。それ以外の兵器については気にもしちゃあいない。
それが生物兵器だろうが化学兵器だろうが。
だが、魔力の暴走を利用した、原子爆弾と同程度の威力を有する兵器を開発する、だと?
魔法だの魔術だのといったものは、現在の科学ではまだ分からないことだらけのブラックボックスの塊だというのに!
しかもジェーン(魔女)に漏れないよう、緘口令が布かれてしまった。
これ、あとで知ったら絶対に怒るぞ。下手をしたら、新兵器の魔力を暴走させる前にジェーンが暴走するかもしれない。
「暴走魔導兵器、ってなんのコミックだよ。っていうか、誰だ。そんなアホみたいなことを吹き込んだバカは。」
どうせ言い出したのは国防総省内部部局である国防高等研究計画局の連中だろうが、6年前に高等研究計画局から組織改編された時から特別技術研究室の連中が訳の分からないことを言い出した。
曰く、魔導技術を軍事転用するべきだ、と。
どういう神経をしているんだ。どんな科学者だって、自分が先人という巨人の肩に乗っているからこそ、次の地平が見えるというのに。
魔法は個人の資質そのものだし、魔術に至っては秘匿されまくっているせいで、優秀な魔術師が何度「車輪の再発明」をしてきたかわからないというのに!
魔法使いと魔術師の区別もつかない連中が、「魔導科学」などと新しい言葉を作って政治家たちを煙に巻いて、予算さえ獲得できれば良いってことか。
新しい兵器が欲しいならいっそのこと、ジェーンに相談してしまえばいいのではないか?
っていうか、抑止力計画にはすでにヤツの脅威を組み込んで作戦立案してるくせに。
それに昨日、マンハッタンのオフィスに電話して、両足義足のパックスのことを伝えたら、二つ返事で回復魔法で足を生やしてくれる言っていたくらいだ。経費は本人持ちだけどな。
机の引き出しからメモを取り出し、もう一度確認する。
ええと、ミネラルウォーター4リットル、豚肉20㎏、石灰500g、リン100g、塩50g、硫黄20g、フッ素入りの歯磨き粉チューブ一本、鉄くぎ一本、ガラスの破片10g?
・・・子供の工作でもする気か?
とりあえず、聖パトリックの祝日には来てくれるらしい。パックスも参加する予定だからその時に打ち合わせすればいいだろう。
「ウィリアムズ局長。ジェシーのご家族からです。お繋ぎしてよろしいですか?」
「ああ、つないでくれ。」
・・・ああ、もう一つ問題があったな。昨日、ジェーンを送らせてからジェシーがそのまま行方不明になってるんだよな。
まさか、ジェーンのやつ、何もしてないだろうな。
「代わりました。ウィリアムズです。・・・はい、ジェシーはまだ見つかっておりません。・・・そうですか。こちらでも何かわかり次第、電話します。では。」
ジェーンと一緒に庁舎を出たところは確認されているらしい。二人は別れて、ジェーンはワシントンメトロに乗ってどこかへ行ったというが、ジェシーはそのままアーリントン国立墓地へ向かったという。
そういえば、婚約者が大戦で亡くなったとか言っていたな。太平洋だろうか。ヨーロッパだろうか。
「局長。コロンビア特別区首都警察から外線2番にお電話です。お繋ぎしてよろしいですか。」
「MPDCが何の用だ?まあいいか。つないでくれ。」
うちは国防捜査局だ。連邦捜査局と付き合いはあるが、ポトマック川対岸の警察が一体何の用だ?
「はい、代わりました。局長のウィリアムズです。・・・なに?ジェシーが見つかった?水死体で?うちの職員証を付けたまま?」
口うるさい女だったが、有能ではあった。職務分掌を練り直さないといけない。
それより、ホームパーティーは中止か?
ジェーンにも電話しておかないと。
「はい、わかりました。ご家族にはこちらから連絡します。え?死因は溺死じゃない?・・・なんだって?死亡推定時刻より半日も後でジェシーが歩いているのを見た人間がいる?」
・・・どういうことだ。死体が歩いたってか?
「はい、では後ほど。」
受話器を置き、首をひねる。・・・そうだ、これはミヨから聞いたことがあるぞ。いや、今はジェーンか。きっと屍霊術だな。こんなところにも奴らの手が伸びていたか。
「おい、だれか!・・・今すぐペンタゴン警察本部の警護班の担当者を呼んでくれ!あと保安部の入館管理課の担当者もだ!それと、ジェシーの親族にも連絡を頼む!」
ああ、仕事が終わらん。残業するのは日本人だけにしてくれよ。
◇ ◇ ◇
ジェーン・ドゥ(魔女)
昨日、ジェシーとかいう国防総省の事務官に強制自白魔法を使ったところ、さっそく教会に私の情報を流しているスパイであることが分かった。
いや、どちらかというと教会を利用しているだけのようでもあったが。
どうやら30年くらい前に、合衆国陸軍の軍人であるトニーという男を私が殺したらしい。
トニーとやらは彼女の婚約者だったらしく、それを恨んで、私を教会に突き出したそうだ。
・・・トニー?誰だソイツ?確かに、ホワイトサンズ射爆場で人類初の核実験を妨害したことは間違いない。トニーとやらはその場にいた警備兵の一人だろうか。
軍服に袖を通した以上、それは軍という国家の走狗そのものであると同義だ。
非戦闘員に無差別殺戮兵器を運用する国家の走狗が、何の責任もないわけないだろうが。
何なら、民主主義である以上、国民だって同罪だ。
それにどうせ、アメリカは原子爆弾をどこか民間人の頭の上に落として日本が降伏したら「戦争が早く終わった、必要な犠牲だった」とかいうつもりだったんだろう。
実際に日本中に焼夷弾をばらまいていたし、作るだけで、使う気はなかったなんて言わせない。
敵国の人間は女子供でも殺していい、だって有色人種だもの。でも私の婚約者は軍人で人殺しだけど殺さないで。
・・・あきれてものも言えない。そういうのを「逆恨み」っていうんだよ。
せめて自分が善ではないと自覚していたならまだ救いもあったものを。
ジェシーとかいう女の頭の中を強制自白魔法で全部浚ったら、結構役に立つ情報がばらばらと出てきた。さすが国防総省の事務官をしているだけのことはある。
ただ、流し込んだ魔力量に耐え切れず心臓が止まったから、蘇生はせず死肉人形として墓地に向かって歩かせた。
もうバカ女に用はない。半日動く程度のエネルギーは補充してやったから、ウロウロしているうちにポトマック川にでも落ちるだろう。
それより、ジェシーの頭の中に教会との連絡方法が丸ごと残っていたのは何よりの収穫だった。
さっそくシェイプシフターをジェシーの姿に化けさせて、信徒どもの巣に向かわせた。
《シェイプシフター。経過はどうだ?》
《順調デス。今、奴らの巣に侵入しマシタ。場所は40番地メイプルストリート、ブルックリン、ニューヨーク、郵便番号11225デス。》
《よし、今から私もそちらに向かう。突入口を確保後、私の突入と同時に直ちに退避しろ。窒息魔法を使う。》
《了解しマシタ。突入口、確保済みデス。いつでもドウゾ!》
シェイプシフターは教会で私の強襲に備えているところだ。
ベッドフォードアベニュー・メイプルストリートのバス停でバスを降り、徒歩で目的の場所へ向かう。
魔力探知をする能力がある魔法使いがいる可能性がある。魔法の箒は使わない。
・・・ここか。ぱっと見は閑静な住宅街のようだが、一軒だけ逆三角に逆さYの字を重ねたようなシンボルを屋根に掲げた、ステンドグラスの窓を持つ白い建物がある。
ドアは開け放たれたままだ。中に何人かいるようだが、かまわず中に入る。
入口でジェシーの姿をしたシェイプシフターとすれ違う。
建物の中はまるで礼拝堂のようであり、翼のある半裸の女の像が祭壇の後ろに祀られている。
実物を見ないで作ったな。いや、当たり前か。見たやつは大体死んでるからな。
《マスター。祭壇の法衣の男、その右隣りの修道服の女が魔法使いデス。最前列に座っている男女はアンデッド、他は魔力反応のない信徒デス。》
《了解。建物から少し離れていろ。いくつか攻撃魔法も使う。》
入口近くにいる老婆が、孫らしき幼い男の子の手を引きながらやさしそうに話しかけてくる。
「あら、お嬢ちゃん。お母さんかお父さんと一緒かしら?平日なのに熱心ね」
「いえ、私一人です。術式束220,173、術式束689,533、及び術式束129,955連続発動」
一気に12個の術式を発動する。
思考加速、高機動、抗呪抗魔力、五感向上。
感覚鋭敏化、防御障壁、物理防御、身体強化。
術式収束、照準妨害、多重詠唱、直感鋭敏化。
「なに?どうしたのお嬢ちゃん?もしかして外国の方?」
老婆が何か言っているが、もう返事などする必要はない。
あとで教会の信徒かどうかだけは確認してやる。
「第七の元素精霊よ。集い満ちて第八の元素精霊を押し流せ。」
礼拝堂の中に一陣の風が吹く。10人ほどいた信徒と思しき者たちは一瞬こちらを見るが、開いているドアと悠然とそこに立つ私を見て、外から風でも入ったのかと視線を戻した。
その風が窒素100%とも知らずに。
「発動遅延、セット・ワン七連唱、光よ、集え。そして撃ち抜け。発動遅延セット・ツー、四連唱、雷よ、敵を討て。」
「困ったわ。どこの国の言葉かしら。誰か、この子の言葉を・・・?」
老婆と男児が崩れ落ちる。酸素欠乏空気が脳まで回ったか。
慌てた何人かの信徒が老婆たちに駆け寄り、再び酸素欠乏空気を吸って昏倒していく。
私はかまわず祭壇に向かって歩き、法衣を着た男と修道服を着た男、そして木製のベンチに腰掛けた男女を射程に収める。
「だれか!救急車を!」
祭壇の法衣の男が叫び、修道服の女が礼拝所の裏に向かって走ろうとしたが、もう遅い。
さて、この身体の性能、さっそく試してみようか。
「セットワン、目標最前列ベンチの男女、捕捉。連続解放。」
発動遅延状態の光撃魔法と雷撃魔法を「同時に」解放する。解放方法も変えて。
詠唱を終えると、完全に「同時に」攻撃魔法が発動し、アンデッドの男女に七条の光の槍が、法衣の男と修道服の女に4本の雷撃が撃ち出される。
一瞬でアンデッドは灰になり、法衣の男と修道服の女は感電したかのように体を強張らせ、床に崩れ落ちた。
二人分の身体だから多分、上手くいくと思ってたけど・・・・。すごいな、同時二重詠唱。
・・・これ、魔法の組み合わせ次第では、相乗効果も期待できるかもしれない。
ちょっと反動がきついから、他の身体でもできるように今のうちに練習しておこう。
土魔法と水魔法の組み合わせで泥濘を作ったり、石弾魔法と風魔法で長距離狙撃したり、発動遅延詠唱なしで即座にできるかもしれない。これは夢が広がるな。
後ろを見ると、すべての信徒たちが床に転がっている。
酸素欠乏空気を吸うと、肺で赤血球が酸素を補充するどころか逆に奪われることになり、酸素欠乏状態の赤血球が脳に回ると一瞬で意識が飛ぶのだが、いつ見てもすごい効果だ。
この魔法、一般人に対しては後遺症が出る危険性が高いから結構使いづらいんだよな。
まあ、教会の信徒なんてどうなってもいいから気にもしないけど。でも男児だけは助けてやるか。こんな宗教に巻き込んだクソババアを恨めよ。
「念のため強制睡眠魔法も使っておくか。・・・タルタロスの深淵に在りしニュクスの息子よ。安らかな夜帷の王よ。汝が腕で彼の者を深き眠りに誘い給え。」
「よしよし。さっそく脳みその中をのぞくとしよう。いい情報があるといいんだがな。」
◇ ◇ ◇
・・・小一時間かけて強制自白魔法で信徒たちの脳みそから情報を引き出す。
幸い、老婆と男児は信徒ではなく隣の家の住人で、教会の信徒が家の前の道路を駐車場代わりに使うことについて、せめて車庫前だけは空けてくれるように頼みに来ていただけだ。
クソババアとか思ってすまない。
回復治癒呪を使い、後遺症が残らないように手当てをしておく。
ん?この老婆、末期のすい臓がんじゃないか。治療痕がないところを見ると気付いてないのか?
あ~。巻き込んだ手前もあるからな。一緒に治しておこう。
120歳くらいまで痴呆にならずに元気に生きろよ。外見以外は全部若返らせておいてやったから。
多分、これでフルマラソンもできるだろう。
老婆と男児は他の作業に巻き込むといけないから、一番後ろのベンチに丁寧に寝かせておこう。
残念ながら、その他の連中は全員教会の信徒たちだった。
しかも下っ端は何も知らないようだ。まったく、魔力がもったいない。死ねよ。
まあ、魔力なら腐るほどあるけどさ。
眠りこけている法衣の男と修道服の女を調べる。
・・・これは?この法衣、もしかして?
男の法衣を脱がすと、その裏地には幾何学的な紋様とルーン文字が刻まれていた。
もしかして聖者の衣か!?
なんとも幸先がいい。これほど早くこの遺物の現物が手に入るとは。
どうやら、周囲から来る光を、体の半周分だけ迂回させ、反対方向にだすことによって光学的に迷彩効果を発揮しているのか。
それだけではない。着用者と同行者の魔力を遮断する結界のようなものを展開しているようだ。詳しくは、持って帰って調べることにしよう。
これは、解析するのが今から楽しみだ。
さて、この二人は魔法使いだったな。何か重要な情報を持っているといいのだが。
信徒たちと同じように強制自白魔法で情報を抜き取っていく。
女のほうは・・・。お、攻撃魔法系の魔法使いか。珍しい魔法は・・・。
何?オリジナルの石化魔法だと?ほうほう。いい趣味をしているじゃないか。
・・・え?石化させたらもう元には戻せない?
意味ないじゃないか。光撃魔法で殺すのと変わらないよ、それ。
でも何かの役に立つかもしれないから、一応覚えておくか。
そうだ。後で老婆と男児以外、全員石化させておこう。この女のオリジナル魔法だっていうしな。
男のほうはアメリカニューヨーク支部長のようだ。どちらかといえば事務系で、新しい魔法や魔術などは持っていないようだ。
・・・国防総省内部部局、国防高等研究計画局?特別技術研究室?
新型魔導兵器の計画?暴走魔導兵器?なんだそりゃ。
馬鹿か?魔法が暴走するレベルの魔力なんて魔女でもあるまいし、どこから調達する気だ?
カタログスペックどおりの威力を期待してるんなら、優秀な魔導士が数人がかりで自爆してやっと得られるくらいの出力だぞ?
ふん、どうでもいいな。そんな情報は。
ん?国防総省内部部局?ジェイソンのところだな。管轄が違うけど、機会があれば聞いてみようか。
眠ったままの信徒たちを横目に、しばし考える。
強制自白魔法を使って引き出したいくつかの情報から、合衆国だけでなく、西側諸国の政府機関に結構な数のネズミが侵入していることが分かった。
何より、芋づる式に連中の巣が分かったのは僥倖だった。
幸い、この身体は教会の連中に知られていない。
今のうちに奴らの尻尾をつかみ、根絶やしにしてやろう。