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75 血濡れの魔女・届かぬ手、断ち切られた糸②

 1978年2月


 三好 美代(みよ)(魔女)


 背中から胸をかき回される痛みに耐え、振り向くとそこには法衣を着た男と、大きなヘルメットをかぶり時代遅れな軍服を着た金髪翠眼の女がこちらを見下ろし、酷薄(こくはく)な笑みを浮かべていた。


 いや、男は私の背中に体当たりするかのような姿勢で何かを突き立てている。


「・・・ぐ、緊急離脱術式!発動!」


 術式を発動しようとしたが何も起きない。それどころか、発動中の術式がすべて消えている。

 発動遅延状態の空間衝撃魔法も何も反応がない。


 上空を飛んでいるハルピュイアが何か言っている。念話が完全に止まっている。何かで刺された?いや、そんなことで念話が止まるはずはない。


「ゲ、ゲホッ・・・。」

 背中に何かが突き立っている。銃剣(バヨネット)?いや、もっと太い何かが・・・鋭い痛みが全身を駆け巡る。左肺まで貫通したのか、(せき)に血が混じる。


 念動呪で刺さったものを抜き止血を行おうとするが、杭は一向に抜ける気配がない。いや、回復治癒呪だけは発動している。

 ではこれはなんだ?


 まさか!聖釘(アンカー)か!いつの間に!


「ハハハハハ!ついに捕らえた!魔女よ!我らが教会の悲願!ついに果たす時が来た!」

 男が突き立てた聖釘(アンカー)から手を放し、黒い短杖を構える。


「なんてこと・・・。完全な隠形、ですって・・・?いったいどうやって・・・?」


 さっきまでは確かにいなかったはずだ。少なくとも、砲弾の雨をやり過ごせる防御障壁を張れる魔法使いが私以外にいるとは思えない。それより、こいつらどうやってここまで近づいたんだ?


「魔女め!これで終わりよ!」

 男が短杖で私の頭を叩きのめすと同時に、女がもう一本の聖釘(アンカー)を私の腹に突き立てる。


 反射的に防御しようとするが、少女の細腕では抵抗らしい抵抗ができない。


「う、ぐぁぁぁ!」

 腹に突き立った聖釘(アンカー)は、下腹部を貫き、背中まで達した。

 大量の出血と、脊椎を傷つけられたためか、下半身に一切の力が入らず、倒れこんでしまう。


 男が短杖を向け、詠唱する。

天命の粘土板(トゥプシマティ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 水と風が私に巻き付き、その体を地面に強く叩きつける。暗号化は甘いがシュメール語?メソポタミア神話、ニップルの守護神エンリルか!

 く、言葉が古すぎて詠唱に割り込めない!


 う・・・、聖釘(アンカー)を二本も刺しやがって。このままだと封殺されてしまう。せめて一本だけならまだしも、このままでは本当にまずい。

 回復治癒呪以外、できることがまるでない。質量がどんどん減っていくのが、死神の足音のように感じた。


「いつの間に・・・?あの曳下射撃(えいかしゃげき)の中、どうやって・・・。」

 かろうじて出る声で、疑問を口にする。


 ニヤニヤといやらしい顔で笑う女は、私の頭を足で踏みつけながら高笑いをした。


「あははは!魔女ともあろうものが聖者の衣を見破れないなんて!それに魔法の(ほうき)に乗れるのが魔女だけだとでも思った?人間を舐めすぎよ!」


 聖者の・・・衣?男が着ている法衣のようなもののことか。恐ろしい性能だ。こんなものがあっては、おちおち出歩いてもいられない。絶対に燃やし尽くさなければ。


 男が無線機を取り出し、どこかに連絡を取っている。


「俺だ。魔女の捕獲に成功した。・・・ああ。聖釘(アンカー)を二本刺してある。これ以上の攻撃は必要ない。もうただのガキと変わらないな。しかし、この程度の者が我らの女神を二度も退けたのか?」


 ・・・やはり、京畿道のことは知っているか。遭遇したのは全部で三回だけどな。


「ふふ、偽の託宣に引っ張られるとは間抜けなものね。偽神(デミウルゴス)の干渉すら見抜けないなんて。」


 偽神(デミウルゴス)、だと?こいつら、あれを召喚できたのか!?人間が召喚するには、絶対的に魔力が足りないはずだ。


 ・・・まさか!いったい何人の生贄を捧げたんだ!?

 それに神託を受けたのは事実だが、私がここに来るタイミングがここまで正確に分かったのは何故だ?

 まさか、ジェイソンの部下か誰かが漏らしたのか?


 くそ、魔法が、魔術が、一切発動しない!

 魔力回路(サーキット)もズタズタだ。(まじな)いの(たぐ)いで対応するしかない!

 片方だけ残った肺で無理やり酸素を取り込み、意識を集中する。


「ふん!」

 頭を踏みつけている女の足に念動裂断呪を叩き込む。

 魔力回路(サーキット)が一つ、バチンと嫌な音を立てる。オーバーヒート寸前だ。


「きゃあ!このメスガキ!」

 威力が足りない!皮と肉を少し切っただけか!・・・いや、メスガキって。五十年も生きていないお前が言うなよ。


()()()()()()()()()()()()()元素精霊(エレメント)()()()()()()()()元素精霊(エレメント)()()()()()()()()()()()()()!」

 巻きあがる炎が私の体を包み、燃え上がらせる。


「――!」

 炎にまかれ、声が出せない。そんなことより、この女、元素精霊魔法(エレメンタルマジック)を使いやがった!?


「おい、エルザ!まだ殺すな!」

 慌てて男が女を止める。


 ・・・くそ、さっきの念動裂断呪の切れ味が悪かったのは、そういうことか。

 あれは、強力な魔力だけで直接ガードしやがったのか。


 元素精霊(エレメント)の力が途絶え、炎は消えたが体中からぶすぶすと黒い煙が上がっている。


「あなた、人間じゃないわね・・・。なんでこんなところに幻想種が、それもエルフが召喚されているのよ・・・。コストに見合わないでしょう?」


 人間を舐めすぎとか言ってたけど、お前だって人間じゃないじゃないか。


 女は鼻で笑いながらヘルメットを脱ぐと、笹穂(ささほ)状の耳が(あら)わになった。


「いかにも。私は幻想種よ。召喚なんてされてないわ。別に幻想種が魔力溜まり(ダンジョン)から出ちゃいけないなんてルールなんてないでしょ?そんなことどうでもいいわ。早く封印しちゃってよ、セルゲイ。」


 ・・・召喚された幻想種じゃない?くそ、ダンジョン産のトカゲ(ドラゴン)の人間バージョンだと。よりにもよってこんなタイミングで出てこなくてもいいだろうが。


 セルゲイと呼ばれた男は私の体や荷物をガサガサとあさっていたが、突然顔を上げて言った。

「おい、魔女。おまえ、魔王の心臓はどこに隠した?」


「魔王の心臓?なんのことかしら?」

 ・・・(とぼ)けているわけではない。初めて聞いた言葉だ。


「魔女よ、白を切るか。『聖者(サン)・ワレンシュタイン』が(のこ)せし聖遺物(レリック)。魔王を海の底に封ぜし折に、彼の者から(えぐ)り出した心臓を奇跡により深紅の宝玉と化したものを、貴様が盗み出したことは明白だ!」


 ・・・魔王?海の底に封じた?心臓を(えぐ)り出した?深紅の・・・赤い宝石。


「ふ・・・ふふ、はははっ、あはははっ!」


 なんてことだ。あの子の心臓を(えぐ)り出したのは、教会(肥溜め)か!あの子は、どことも知れぬ海の底に生きたまま封じられているのか!


 今こそ明確に教会(肥溜め)連中(クソども)を皆殺しにする理由ができた。ただの敵対だけじゃなく、あの子のために!


「何がおかしい!貴様、我らを愚弄(ぐろう)するか!」


 女エルフが、下半身に力が入らず両手の力だけで這いずっていた私の顔を蹴りつける。


 その足に相当の力が入っていたのか、岩場に投げ出されると同時に鼻が折れ、あたりに血をまき散らした。


 すでに全身を焼かれ、腰から下は感覚もなく、鼻を折られ呼吸もおぼつかないが、こうしちゃいられない。渾身の魔力を込めて念動呪(サイキック)を使い、立ち上がり大きく叫ぶ。


「ふふ・・・やっぱり貴方達、偽神(デミウルゴス)なんて制御できてないじゃない。私の探し物は、手掛かりは確かにここにあったわ。神託に間違いはなかったわ!」


 なんのことはない。アポロンの神託に誤りはなかったのだ。結果的にだが。


「セルゲイ。こいつ、まだ何かする気みたいよ。油断しないで。」

「ああ、エルザ。両手両足を引きちぎって、顔面に聖釘(アンカー)を打ち込むぞ。」


 三本目の聖釘(アンカー)だと?だめだ、今までに三本も刺されたことは一度もない。

 どうなってしまうのか、自分でもわからない。


 セルゲイだったか。ニヤニヤとしながら、聖釘(アンカー)を片手に迫る。

 そんなに私が憎いか。私を封殺できるのがそんなに楽しいか。私は我が子に会いたいだけなのに。・・・くそ、こいつら、絶対に殺してやる!


「私が、魔女と呼ばれる所以(ゆえん)、見せてあげましょう。・・・全制御を放棄。全魔力回路(サーキット)を、過剰負荷起動(オーバードライブ)!」


「うおおぉぉぉ!」

 セルゲイが三本目の聖釘(アンカー)をもって迫る。渾身の魔力を込めて念動呪(サイキック)で防御するが、セルゲイの力にかなわず左肩に聖釘(アンカー)が刺さる。


 その瞬間、大量の魔力が失われ、念動呪(サイキック)が途絶える。

 岩場に投げ出され、強く頭をうち、割れるような音とともに大量の血が噴き出す。


 く、三本も聖釘(アンカー)を刺されたんじゃあ、諦めるしかないのか。

 このままでは、暴走させることもできない!


 目の前がチカチカする。体はもう自由が利くところの方が少ない。当然だ、さっきから回復治癒呪は使っていない。いや、もうその必要はない。


 地に伏せた私にエルザの元素精霊魔法(エレメンタルマジック)が追撃をかける。

「この化け物!今すぐ両手両足を引きちぎってやるわ!()()()()()()()()()()()()元素精霊(エレメント)()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 その詠唱が終わるとともに、何か、黄色い樹脂のようなものが目の前に現れる。

 おい!?この女!元素精霊魔法(エレメンタルマジック)でニトロ化合物を再現しやがった!


「く!」

「マスター!今聖釘(アンカー)を抜きます!」

 反射的に身をふせた瞬間、樹脂と私の間に人間大の鳥のようなものが舞い降り、肩と背中の聖釘(アンカー)に蹴爪をかけた瞬間、樹脂が大爆発を起こした。


 爆圧を真正面から受け、ハルピュイアの身体が吹き飛ぶ。

 目の前に、二本の蹴爪とそれぞれが掴んだニ本の聖釘(アンカー)が、たくさんの羽毛とともに舞い落ちてきた。


「ハルピュイア!」

 くそ、眷属を肉盾にしてしまった!いや、彼女が作ってくれたチャンスを無駄にはできない!

 聖釘(アンカー)一本だけなら!


「ふ、あははは!よくやったわ、ハルピュイア・ツー!」


 呪文を、一切の魔力制御を放棄して、ただ鋳型(いがた)に熱した鉄を流し込むがごとく、体内の残存魔力のすべてをぶち込む!


九千九百(ノナノナコンタ)九十九(ノナクタノナリ)連唱(アスペル)()()()元素精霊(エレメント)()()()()階梯(かいてい)()()()()()()()()()()()()()(ごと)()(きら)()()()万里三界(ばんりさんがい)()()()()()()!」


 どうせ、聖釘(アンカー)の影響ですべての魔法は発動前に妨害されてしまう。

 ならば、()()()()()させてしまえばいい!


 通常時ならあり得ないが、幸い私の魔力回路(サーキット)は亀裂だらけだ!

 9999発分の暴走熱核魔法だ!食らいやがれ!

 さあ、三好美代(みよ)。今、お前の身体を返すぞ!


「セルゲイ!止めて!」

 止まるものか!教会(肥溜め)め!聖釘(アンカー)め!私の勝ちだ!


 一瞬にして視界が白い光に包まれる。

 この身を焼き尽くす熱も、粉微塵(こなみじん)にする轟音も。

 すべてが一瞬で消し飛んだ今は、何も感じることはできなかった。


 ・・・息子よ。愛する我が息子よ。まだ手は届かない。一縷(いちる)の望みであった糸は教会(怨敵)に断ち切られたままだ。だが、あと少し、せめてこの魂が朽ちる前に、その姿をこの目に捉えたい。


 待っててくれ、あと少し、ほんの少し。


 ◇  ◇  ◇


 ・・・二日後の夕暮れ時 ハバロフスク ディアモ公園近くの民家跡地


 二体の翼と蹴爪を持つ裸の女のような怪異が、前線の近くとなった街の中、砲弾で崩壊した民家から黒い遺体袋を引き摺り出している。

 遺体袋は不自然に膨らみ、そして妙に中身が(かたよ)っていた。


 遠く南西の方角で砲声が聞こえる。どうやら前線は中国側に押しこまれ、そのまま膠着(こうちゃく)しているようだ。


 女の怪異が黒い遺体袋を開けると、その中には二人分の少女の遺体が抱き合うように入っていた。

 姉妹は双子のようであり、一人は下半身が砲撃の破片で吹き飛ばされ上半身しかなく、もう一人はそれを抱きかかえたまま、破片を額に受けたのか、顔の左半分と後頭部のすべてを失い、絶命したようだった。


《マスター。見つけました。・・・本当にこの姉妹でよろしいのですか?》


《仕方ないさ、他に候補者はいないからな。幸いこの姉妹は双子だ。ニコイチしても何とかなるだろう。》


 硬く目をつぶったまま絶命した姉妹は、きっと最期の時までお互いを(かば)い守ろうとしたのだろう。この遺体袋に入れたのはどちらの国の兵士か知らないが、そんな心情を思ってか、二人を分かつことをしなかったようだ。


 ただ、戦況の推移により、姉妹を遺体袋に入れたはいいが、運び出すことができなくなったらしい。


《さて、ハルピュイアたち。ここはまだ前線だ。北に十数キロのところにアムール川がある。その中州ならだれもいないだろう。そこまで運んでくれるか?》


《承知しました。しかし、死んでから間もない死体を見つけられるとは、僥倖(ぎょうこう)でしたね。我々への魔力供給回路も持ってあと一日というところでしたし。》

 ハルピュイアたちは協力して遺体袋を蹴爪でつかみ、空に舞い上がる。


《ああ、そうだな。ところで、この姉妹の名前は分かるか?》


《ええ。このボディバッグは・・・アメリカ製?なんでこんなところで・・・。いえ、名前でしたね。ええと、タグには「ジェーン・ドゥ」とあります。どちらが「ジェーン」でどちらが「ドゥ」でしょうか。》


 身元すらわからないのか。哀れな金髪の少女たち、いや何代(へだ)てた子孫か分からないが、私の娘たちに黙祷(もくとう)をささげる。

 アメリカ製の遺体袋(ボディバッグ)がある、ということは中国がアメリカの支援でも受けたのか?ソ連にアメリカが支援するとは到底思えないしな。


《ハルピュイア。「ジェーン・ドゥ」は身元不明死体という意味の言葉だ。可哀そうに、この姉妹のご両親は娘たちがなくなったことも知りえないのか。》


 もし、この娘たちの親に会うようなことがあったら、せめて娘のふりをしてやりたいところだが、両親も亡くなっている可能性もある。

 後で記憶情報を読んで両親を探してやろうか。せめて生きて動いてる姿を見せてやりたい。


 ◇  ◇  ◇


 アムール川の中州にハルピュイアたちが着地する。器用に蹴爪を使って遺体袋から姉妹を取り出し、中州の地面の上にそっと寝かせた。


 ハルピュイア・リーダーが腰の荷袋から大きな布を出し、姉妹の遺体の上にかける。

 姉妹の遺体の損傷が激しすぎるため、蛹化(ようか)術式を流用して修復することにしたのだ。


 亡くなったこの姉妹には悪いが、今回は本当に運が良かった。


 もしあと一日遅れて魔力供給が途絶え、ハルピュイアが送還されてしまっていれば、私は魂だけの存在になってしまうので蛹化(ようか)術式を使えなくなってしまう。


 そうすると、損傷がほとんどないような状態の良い遺体を探す必要があったため、活動を再開するのに何年かかっていたか分からない。


 ハルピュイアを通じて魔力を流すと布は輝きだし、光り輝く白い繊維が二人を覆い、絹色の(まゆ)を形作った。

 今頃は双子の姉妹は混ざり合い、一人になっているだろう。一度混ざってしまえば、もう何人たりとも分かつことはできない。

 その身が亡ぶまで、二人はずっと一つになる。


《ハルピュイア・リーダー。ハルピュイア・スリー。世話になった。お前たちの献身とハルピュイア・ツーのわが身を(かえり)みない勇気に感謝を。では、ひとときの別れだ。》


《はい。我々はいつでもマスターのお(そば)に。》


 ◇  ◇  ◇


 ハルピュイアたちに別れを告げ、新しい身体に魂を定着させていく。

 (まゆ)の中で欠落のない遺伝子情報、十分な質量、そして基本的な魔力回路(サーキット)を生成していく。

 さすがに二人分の身体だけあって、魔力回路(サーキット)魔力炉(リアクター)がスムーズに構成されていく。


 前の身体の持ち主である美代(みよ)には悪いが、新しい身体のほうが基本性能は高いようだ。当然、二人分ともなれば出力も単純計算で二倍となるだろうし。


 (まゆ)の中で新しい身体の試運転を行う。両手、両足、すべての指、目、耳。

 すべて異常なし。


 次に、双子の記憶情報を探る。人格が混ざってはいけないので、慎重に行う。


 ・・・あれ?この身体、記憶情報も人格情報も残ってない?

 一切の情報の隔離も必要ないので、むしろ手間が省けて好都合ではあるが、ここまで情報がないのも珍しい。

 やはり、脳がひどく損傷していたから駄目だったか。


 解析術式を使って新しい身体の詳細を調べていくが、判明したことはわずか四つだけだった。


 ひとつ、姉は右利き、妹は左利き。完成した身体は完全な両利き。

 ふたつ、二人とも魔法も魔術も使えなかった。ただし、生来の魔力量はかなり高い。

 みっつ、人種的には北欧系と地中海系の混血。

 よっつ、一卵性なのに姉妹の瞳の色は碧眼(へきがん)翠眼(すいがん)で異なる。理由は知らん。

 ・・・うん、まったく役に立たない情報しか残っていなかった。


 しかも目の色、左右で違うみたいだし。たぶん目立ってしょうがないよ、これ。


 (まゆ)を手で裂き、アムール川の中州に立つ。どうやらハルピュイアたちは無事送還されたらしい。ふと(まゆ)(かたわ)らを見ると、大きな紙の包みが置かれていた。


 包みを開くと、清潔な下着と白いブラウス、トレンチスカート、暖かなハーフトレンチコート、そしてサイズがぴったりのハーフブーツが入っていた。

 ベルトやソックス、ピアスなど、アクセサリーの小物も用意されている。


 先ほどまでなかったところを見ると、ハルピュイアたちの置き土産に違いない。

 トレンチスカートもハーフトレンチコートも、すべて上品な薄茶で統一されているのは、彼女たちのセンスの良さだろうか。

 どこで手に入れたのやら。


「ありがたい。冬のアムール川のほとりで裸なんてシャレにならないからな、別に死にゃあしないが。ホント、私は眷属に恵まれているよ。」


 そっと(そで)を通し、その温もりに包まれていると、おかしなことに気付いた。

 

 左側の視界が変だ。・・・これは!?魔眼か!

 どうやら妹の瞳が翠色だったのは、可視光線で物を見ずに魔力で物を見ていたのか。


 妹は両目が翠色だったな。魔法を使えない人間が魔力でしか物を見ることが出来ないということは、ほとんど何も見えないのも同じだ。相当苦労していたに違いない。


 そうすると、抱きしめていた方が姉だろうか。目が不自由な妹を見捨てず、最期まで守ろうとしたのか。一人だけなら逃げ出せたかもしれないのに。


 姉妹に思いを寄せていると、まるで空が泣いているように白いものが舞い落ち始めた。


「雪か。さて、身体の慣らし運転が終わるまでは何もできないし、これからどこに行こうかな。やることは山のようにあるんだけど。」


 そうだ、慣らし運転中に例の聖者の衣とかいう遺物(アーティファクト)を術式で再現してみようか。何せ時間はいくらでもあるのだから。


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