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73 血濡れの魔女・降りしきる雨、くすぶる火種 ③

 この時代の魔女は、念話と口に出す言葉に違いがあります。

 念話は男言葉、口に出す言葉は女言葉です。

 ただ、咄嗟の時は全部男言葉になってしまうようですがね。

 1950年10月


 三好美代(みよ)


 玉山中腹にある洞穴の中でいくつもの結界を通り抜け、目的となる地下大空洞へと向かう。

 かつては新高山と呼ばれていた玉山は、富士山より200メートルほど標高が高いものの、火山ではない。だが、火山を多く抱える台湾島における最高峰として、大地から空へと抜ける魔力の通り道となっていた。


 ここは、美代(みよ)の体に入るよりもかなり前に見つけた天然のダンジョンであり、地脈から得られる大量の魔力が付近の動植物を魔物化していた。


 地下大空洞への途中、何体かのドラゴンを見かける。バス一台程度から列車一両程度まで、さまざまなサイズのものを見かけるが、これらはすべて自生していたトカゲか何かが変じたものだ。

 その証拠に、何体か()って焼いて食べてみたが、いずれもトカゲのような味だった。


 ・・・生き物なのに火を噴く理由を調べたくてバラしたのが始まりだった。

 人間以外が魔法を使えるのであれば大発見だからな。


 何のことはない、喰ったモノを腹の中で発酵させてメタンガスを作って体液に溶かし込んで溜めておく器官と、それを舌の裏から噴き出すためのストローのような器官があるだけだったのだ。


 少し驚いたのは、前歯の裏で着火するための器官があり、導電性の高い上下の前歯の根がまるで圧電素子みたいな構造になっていたくらいか。


「久しぶりにドラゴンステーキ、食べたくなってきたわね・・・。」


 ドラゴンを見ていると思わず、腹の虫が鳴る。その音に気付いたのどうかは知らないが、数体のドラゴンがこちらを見るなり逃げ出していく。


「マスター。どうせ食べるなら、私は普通の食事をとりたいのですが。」

 前を歩くクー・フーリンがぼやく。

 

「あら、ごめんなさい。シェイプシフターあたりだと人間の食事を嫌うからね。あなたは普通食派だったっけかしら。」


「私は人間ベースの幻想種ですからね。ところで、そろそろ目的地ですよ。」


 前を見上げると、幾何学的な模様と複数の神代文字が書かれた、高さ5メートルくらいの石造りの扉が見える。

 ・・・この扉、実はダミーなんだよな。


 扉の前に立ち、クー・フーリンの腰に手を回す。

「術式20番、方位正面、仰角2、距離75で発動。」


 短距離転移術式を発動し、扉のずっと向こうに広がる大空間へと転移する。


 転移が完了し目を開くと、照明魔法で明るく照らされたリノリウムの床と並び立つ鉄筋コンクリートの柱、そして暖かな木材の壁やアーチ状の天井を持つ大空間のエントランスが広がっていた。


 この空間はダンジョンの一部分を、魔法や魔術の実験や、世界各地で取得した財物を保管しておくために魔物が入ってこれないよう封鎖して改装して作ったものだ。


 大きさは延べ床面積にして4~5平方kmの広さがある。


 一定期間を快適に過ごせるように地下水を利用した上下水道や発電設備、空気循環機構や水耕栽培プラントなども整備されており、居住空間には温泉施設や活動写真館まで備えているのだ。


「さて、クー・フーリン。私が食事を作るから・・・。」

「私が作ります。マスター。」


 いや、作ってくれるんなら別にそれでいいけど・・・?なぜそんな食い気味に言うんだ?


「そう?じゃあ、おねがいするわ。・・・そうね。私は北の研究棟で破魔の角灯(ランタン)の分解でもしてるわ。」


 クー・フーリンから角灯(ランタン)を受け取り、北の研究棟に着くと同時に、念話で連絡が入る。


 《マンハッタンのメネフネデス。合衆国(ステイツ)の海軍情報局の次長殿から外線が入っていマス。お(つな)ぎしてもよろしいデスカ?》


 ONIのロバートか。分解しながら聞くか。集中力が必要な作業でもなさそうだし。ま、いいか。何の用だろう?


《つないでくれ。・・・私よ。何か用かしら?》


《・・・先日の仁川(インチョン)市沖合でわが海軍の護衛空母2隻、重巡洋艦2隻、および友軍の軽巡洋艦2隻、そして無数の揚陸艇が撃沈された。また、陸上戦力については60両の戦車、6万5千名の将兵が失われた。これらについて、貴女が関わっているとの情報を得たのだが、事実か。また、京畿道全域が水没したことについても伺いたい。》


《ああ、その件ね。大型艦艇については知らないけど、揚陸艇や戦車がいたことは知っているわ。ん?あそこにいたのは米軍だったの?てっきり中国軍かと思っていたわ。まあ、私の方はそれどころではなかったんだけど。》


《どういうことだ。やはり、我々の軍を()ぎ払ったのは貴女ということか。》


《いえ、知らないわ。あの時の生き残りはいないの?彼らに確認してみればいいんじゃない?》


《・・・生き残りはいない。原因はわからないが、目撃者は全員3日以内に絶命している。》


 ははは、そりゃそうだ。あの女神(ビッチ)、放射線だけじゃなく、荷電粒子やら中性子(ヤバいモノ)まで垂れ流して光ってたからな。


 たぶん、あの現場にいたら目を閉じても光が見えたろうな。

 眼球の水晶体が直接光るからな。

 数千Ci(キュリー)※の放射線が出ていただろうし。


《そう。もし私がアメリカ軍を滅ぼしたと言ったらどうするの?》


《・・・我々としても貴女と敵対したくはないから聞いているのだ。それに、貴女は大統領閣下に贈り物をする程度の親交があるようだしな。少なくとも話が通じない相手ではないと考えている。》


 ああ、あの新型ライフル、届いたんだ。あの後、物資集積所を襲ったら弾薬も大量に手に入ったしな。

 何本か予備マガジンも一緒に送ったからどこかで射撃に興じていたりして。・・・命中精度は微妙だったけどな。


《そう。ではレポートをまとめて出してあげるわ。それでいいかしら?》


《助かる。ところで、亡くなった目撃者が口々に叫んでいた女神とは何か、知っているか。》

 なんだ。アレを見たのか。じゃあ話が早い。・・・ついでに全部アイツのせいにしてしまえ。


《なによ、撮影機材は無事だったんじゃない。そうね、あれが人類の敵、天地創神教(そびえたつクソの山)が崇める女神(ビッチ)と呼ばれるモノよ。誰かは知らないけど、その名を口にして()び出した人がいたらしいわ。端的に言えば、全部奴の仕業よ。何とか撃退したんだけど、殺しきれなかったみたいね。》


《そうか、我々のために戦っていたのか。感謝する。それにしても、貴女の力でも殺しきれない相手なんて存在するのか?》

 うん。お前らのためではないがな。


《ええ、あれは実際はただの怨霊だけど、神の名を冠するだけのことはあるわ。人類が保有するすべての火力をつぎ込んでも勝てないでしょうね。》


 電話の向こうで息をのむ声が聞こえる。・・・実際に受話器を持っているのはメネフネなんだけどな。


《あなたたちのことだから名前くらい簡単に調べられるでしょうけど、もし分かっても絶対にその名前を口に出さないでよ?呼べばどこでも出てくるわ。力を失ってる今なら、しばらくは顕現(けんげん)できないでしょうけど、いつ力を取り戻すか、あなたたちには分からないでしょ。》


《・・・わかった。レポートの提出を待つことにしよう。いつごろまでに提出できるか?》


《あ~。うん。急ぐわ。今月中には出せると思う。遅れそうなときは一報入れるわよ。・・・犠牲になったアメリカ将兵に神のお導きがあらんことを。》


 さて。適当なレポートをでっちあげるという仕事が増えてしまったな。ま、後でいいや。それよりも角灯(ランタン)を分解しなくては。


 ・・・注意深く角灯(ランタン)底蓋(そこぶた)を開けると、そこには二本の単一電池が入っていた。電池?これ、電気仕掛けなのか?


 電池を抜き、注意深くマイナスネジを外す。裏蓋(うらぶた)を開けると、そこには複数の術式回路を刻んだヒスイの板とコイル、電熱線、冷却ファン?そして一つの涙滴(るいてき)型の赤い石が入っていた。


「なに?これ。・・・魔力結晶?いや、それにしたって魔力が大きすぎるわ。魔術で解析してみようかしら。・・・術式33番、解析術式を発動。」


 解析術式を発動し、その詳細を調べていく。

 ふんふん。人間由来、人格情報、記憶情報などの魂のかけらなし。素材的には、人間の心臓を大体1700年くらい前に魔力結晶化させたものか。


 生存時の年代測定は・・・約6800年前、か。・・・ん?私の、最初の体より少し前か?いや、その頃か?時代に差がありすぎる。4100年も生身で保存されていたのか?おかしい。妙に引っかかるな。


 ・・・時代的に言うとトルコあたりで農耕が始まった時代か。そうすると、ヨーロッパ東部は土器時代に入った頃か。

 


 それにしてもこのランタン、先史時代の人間の心臓をもとに作ったのか。ならば、同じものが手に入らない限り複製はできないだろう。まずは一安心か。


 それにしても、この魔力結晶、一体何なんだろうな。

 少なくとも私が知る限り、私の生まれる前に魔法や魔術があったとは聞いていない。

 というよりも十中八九、私が全人類で最初の魔法使いだ。


 となると、これは・・・?


 考えても始まらんな。調べてみるか。

 椅子から立ち上がり、クー・フーリンに念話を飛ばす。


《すまんがちょっと出てくる。少し危ない実験をするが、それほど時間はかからないはずだ。何かあったら念話を入れてくれ。》


《かしこまりました。マスター。どちらまでお出かけですか。》


《あ~。うん、何が起きるかわからないからな。ちょっとサハラ砂漠のど真ん中まで行ってくるよ。》


《さようですか。でしたらお食事をお出しできる時間を調整しておきます。》


 そうだな。往復だけで20分はかかるだろうしな。


《すまない。40分くらいで戻るよ。》


 赤い石を懐にしまい、緊急離脱術式をアレンジした定点間中距離転移術式を起動する。


 こいつは、あらかじめ設定したところへの転移しか行えない代わりに、最大4キロ程度の転移を可能とする術式だ。


 まあ、ダンジョンや迷路から周りを壊さずに脱出するためにしか使わないけどな。

 大体、どこかに閉じ込められた場合は、光撃魔法で上に向かって穴をあければいいだけだし。


 玉山中腹に顔を出すと、辺りはすっかり暗くなっていた。

 サハラ砂漠は今頃朝日が昇っているころだろう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 長距離跳躍魔法を使ってサハラ砂漠に向かう。ま、あそこならだれもいないし、何かあってもだれも気にしないだろ、たぶん。


 ◇  ◇  ◇


 ・・・サハラ砂漠のど真ん中に到着する。たしか、この辺りはフェッザーンとかいう地域の南端だったはずだ。


 かつてはここに魔術により栄えた大きな帝国があったことなど、この世界のだれも覚えてはおるまい。

 現在はフランスの支配下だが、去年の国連決議を受けて独立するとかなんとか言ってたっけな。

 まあ、人が来なけりゃどっちでもいいか。


 見渡す限り何もないところに腰を下ろし、懐から涙滴(るいてき)型の赤い石を取り出し砂の上に置く。


 対話するように、ゆっくりと魔力を流していく。・・・うん。本来あるはずの魔力的抵抗が全くない。驚くべきことに、石の中に残っている魔力と私の魔力の波長が極めて近い。まるで母子のように一致している。


 ゆっくりと赤い石が脈打つように動き出す。・・・やはり、この石は誰か、私に(ちかし)い者の心臓のようだ。しかし、魔力結晶化されているのに魂の欠片(かけら)すらないとは。まさか、本人は生きている?・・・なんてことはないよな、魔女じゃあるまいし。


 解析の結果に首をひねりながら魔力を流していると突然、頭の中に懐かしい景色が流れ始めた。


 緑豊かな森。美しく大きな河の流れ。触っただけで様々なことがわかる平らな岩。・・・ああ、こんな形をしていたっけ。

 ははっ。岩というより、厚さ、幅、高さが正確に1:4:9の石板だ。

 冬の終わり頃の朝、空から降ってきたんだよな。


 私以外でこの石板に近づいたのは妹と息子だけだった。他の者は気味悪がって遠巻きに見ているだけだった。


 4回前の春に生まれた私の妹。夏ごろに生まれたばかりの私の最初の息子。

 雪がチラつく中、私を真似るように息子が石板に幼い手を伸ばす。突然、石板が砕け散る。


 石板の破片で頭から血を流している妹。・・・助からなかったんだよな。かわいそうに。


 突然、体に光を帯び、空に舞い上がった息子。

 その首にかかった、水滴のような模様が刻まれた玉石のペンダントが指先をかすめる。


 山でとれた一番硬い石を、あの子を身籠ったことが分かってから毎日、同じ石を砕いて作った粉で磨き続けて作ったペンダント。

 その紐に、指先があとちょっと、ほんのちょっと届かなかった。


 そしてこの手を離れ、そのまま二度と会うことはできなかった。

 必死になって探し続けた。

 足の皮がむけ、傷口から腐り始めても。


 助力を求め、この身を幾人もの男に委ねたこともあった。

 そして新たに生まれた子供たちもいた。


 どこかで幸せになってくれただろうか。いや、あの時代だ。そんな都合のいい話などあるわけがないと分かっていたはずなのに。


 ・・・息子?なぜ突然、そんな古い景色が!?


 突然熱を帯びた赤い石に驚き、反射的に手を放してしまう。

 そうだ、息子だ。この魔力結晶は、いや、この心臓はあの子の心臓だ!


 もう一度手を伸ばし、恐る恐る赤い石を触ってみると、それは確かに脈動し、本体の魔力回路と魔力を共有して彼が今も生きているだろうことを示していた。


「う、あ、うああぁぁぁぁ!あっ、あっ。・・・ひぐっ、えぐっ。うああぁぁぁぁ!」


 周りに誰もいないところでよかった。

 嗚咽(おえつ)と涙が止まらない。

 あの子が、あの子が!どんな形であれ、まだ生きている!


 忘れたことはない。いや、忘れるはずなどあるものか。

 春を、夏を、秋を、冬を、5000回以上、数え続けた。

 数え疲れてから、その3分の1くらいの年月を無為に重ねた。


 あの子の痕跡を、子孫を探して幾星霜(いくせいそう)、歩き続けたが無駄ではなかった!


 あの子の子孫がこの星にいると信じてすべての大陸、すべての島、すべての国を巡り、歩き続けた。


 歩き続けている間、世界中であの子の残存思念の読み取りや、(たま)追いの術式、息子の血脈を探すための血統探知の術式など行い続けた。


 そっくりなペンダントを持つ男のうわさを聞けばそこに飛んで行った。


 まったくの見当違いであったことが分かったが、そんなことはもういい!

 だって、すべて生きている人間には効果がない術式なのだから!


 小一時間くらい、泣いていただろうか。クー・フーリンから念話が入る。


《マスター。何か問題でも起きましたか。すぐにそちらに向かいたいところですが、私は魔法が使えません。戦力がお入り用でしたら、再召喚して頂けるとありがたいのですが・・・。》


 涙を()いて立ち上がる。これほど泣いたのは何年振りか。いや、何百年ぶりか。


《ふふふ。何も問題はない。それどころか、とても良いことがあったんだ。あと20分くらいで戻る。うふふ、あはは!・・・クー・フーリン。今日は一番のとっておきのワインを出してくれ。》


《かしこまりました、マスター。では、ロマネコンティの1945年物をご用意しておきます。》


 ふふふ、うふふっ。あははっ。

 長かった。本当に長かった。


 わが息子、「大いなる雨の日の夜に生まれた息子」よ。

 すぐに母さんが迎えに行ってあげる。

 この世界のどこにいても、たとえ海の底でも空の彼方でも!

 新しい単位が出てきました。その名もCi(キュリー)

 実在する単位で、1Ci(キュリー)=370Sv(シーベルト)です。

 数千Ci(キュリー)って、最低でも37万Sv(シーベルト)ですよね。

 そりゃあ、死ぬでしょうね。

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