7 魔女と都市伝説/光撃魔法
はじめて人外のモノが登場します。
魔女も人外ですけどね。
9月7日(土)
近畿地方某所
月の光もなく、下草がうっそうと茂る、ほとんど手入れのされていない林の中を一組の若い男女が走っていた。
低木の枝や笹の葉などで、先を行く男は、藪を払いながら進んでいるためか、顔を含め肌の見えているところは傷だらけとなっている。
後に続く女の方は短いスカートをはいているため、膝は血だらけとなっている。
「後ろを見るな!あとちょっと、駐車場までの辛抱だ!がんばれ!」
スマホのライトを頼りに、女の手を引きながら前を走る男が叫ぶ。
「待って!足元が見えないの!」
おかしい。
4日後には満月で、今日は夕方まで雲一つない快晴だったはず。
いくら林の中の祠だからと言って、1キロもないところに繁華街だってあったはずだ。
それが、スマホのライトがなければ、自分の手も見えないほど暗いなんてありえない。
後ろからは何か得体のしれないものが、石同士が擦れるような声と地響きとともに追ってくる。
それは恐ろしく巨大で、木々を押し倒しながら迫ってきた。
一本や二本ではない。
人の胴ほどの太さの木が、バキバキと砕けていく音が響く。
後ろを走る女の手を強く引きながら、ポケットに車のキーがあることを確認し、開けた場所にある駐車場に飛び出した。
「急げ!車に乗れ!」
少し型遅れの白いSUVに素早く乗り込み、エンジンをかけ、前照灯を点灯する。
ほぼ同時に近くのフェンスをなぎ倒しながら、闇をまとった巨大なモノが、前照灯に照らされ、その姿をあらわした。
ソレは、腕の本数が多すぎることを除けば、透き通った巨大な蛸のような姿をしていた。地上であるにもかかわらず、流れるような動きで二人が乗ったSUVに迫ってくる。
「”山罪サマ”なんて都市伝説だ、噂だって言ってたよね!」
女が半狂乱になって叫ぶ。
「今そんなこと言ってる場合か!」
他の車の屋根が押しつぶされ、数台の防犯装置が作動し騒々しくなる。
だが、SUVに腕を伸ばそうとした、”山罪サマ”と呼ばれたソレは今まで感じたことがない不思議で不快な感覚に触手の動きを止めた。
駐車場の片隅に真新しいセーラー服を着た、無表情な顔立ちの少女が立っていることに気付いたからだ。
「教会から奪った遺物・・・命の対貨の回収に来てみれば、なんだこれは?古来この地に土地神や山神などいないと聞いていたが。」
女は無表情な顔を崩さず、つぶされた車やフェンス、ブロックなどが宙を飛び交う中で、平然と”山罪サマ”の前に立っていた。
「おい、あんた死にたいのか!車に乗せてやるからこっちに来い!」
SUVに乗った男が窓を開け、叫ぶ。
「ねぇ!あの子、びっくりして動けなくなっているんじゃない!?」
「助けに行くから運転を頼む!ぶつけても構わない!」
SUVから飛び出した男は、セーラー服の少女のもとに駆け寄ろうとした。
『私のことは捨て置け。ここは私の縄張りだ。早く去ね。』
だが突然、頭の中に直接、鈴が鳴るような、頭が芯から痺れるようなかわいらしい声が響き、立ち止まった。
続けて少女は歌うように何かをつぶやく。
「光よ、集え。そして薙ぎ払え。」
その歌が終わるや否や、目を焼くような光の奔流がSUVの前を薙ぎ払い、轟音とともに道を塞いでいたフェンスやブロック、はては横転した車までもが蒸発し消し飛んだ。
「うおぉ!」「きゃあぁ!」
飛んでくる破片に頭を抱え、慌てて車に戻った男は、悲鳴を上げながらも強くアクセルを踏み込む。
車は駐車場の門柱にぶつかりそうになりながら、”山罪サマ”の触手が届かないところまで脱出することができた。
バックミラーを見れば、あまりの熱量に地面が赤熱し、アスファルトが煮立っている。
「久しぶりの光撃魔法だ、気分がいい。さて、邪魔はいなくなったな。ふふ。”山罪サマ”だったか。まさか、あの山祇ではあるまいな。」
山祇とは「山つ霊」すなわち、オオヤマツミノカミを指す言葉であり、日本神話に登場する一柱の神の名である。
そんなことはさておき、まるで珍しい魚でも釣り上げたかのような気軽さで、声だけは楽しそうに女は”山罪サマ”に近づいていく。
「世の果てで天空を背負いし巨人よ。リンゴを持ちて勇者を誑かせしアトラスよ。今一時、汝が背の苦しみの万分の一を彼の者に与え給え。・・・続いて解析術式発動。」
少女が魔法と魔術を発動すると同時に、”山罪サマ”は見えない板で上から押しつぶされたようにその場に這いつくばり、触手の一本も動かすことができなくなった。
“山罪サマ”は混乱しているのか、その皮膚の色をミズダコのように目まぐるしく変えていく。
「ふむ。まるで蛸ではないか。魔力が満ちていて美味そうだな。醤油とわさびを買いに行かなくては。あと、やっぱり酒だよな。」
少女の太ももと同じほどの太さの触手の一本を念動裂断呪で切断し、軽々と持ち上げる。
すると突然、切断された触手は煙のように空中に溶け消えてしまった。
「なんだ。もしかして本体は小さいのか?久しぶりに新鮮な蛸の刺身にありつけると思ったのに・・・」
少女の目の前にいるのは、魚屋で売っている蛸などではないにもかかわらず、それどころか生き物かどうかも分からないのに、残念そうな声を漏らした。
「そもそも、これはいったいなんなんだ?生き物か?妖か?それともゴーレムの類いか?命の対貨が見当たらないところをみると、此奴がその魔力を食ったか?」
いまさらなことを言いながら、まるで蛸を捌くかのように”山罪サマ”を念動裂断呪で解体していく。
のたうち回る”山罪サマ”を尻目に、触手や皮膚を刻む様はまるで子どもが玩具を分解するかのようで、まるで緊張感がない。
「ゴーレムだと食えんな。いや、バラせば何かの役には立つか。お、解析術式の結果が出た。食えるのか?」
やはり、緊張感が全くない。そして食い意地の張り方がおかしい。しばらく無言で目を宙に泳がせていたが、無表情なまま突然その場に崩れ落ちた。
「なん・・・だと・・・。」
少女がその場に崩れ落ちると同時に、すべての魔法、そして魔術は解除された。
ズタズタに引き裂かれ、青緑の体液を噴き出しながらも”山罪サマ”は怨嗟の雄叫びを上げ、少女に襲い掛かる。
少女は、”山罪サマ”に対し、その姿を見ることもなくその左手をかざすと、ただ一言、つまらなそうにつぶやいた。
「消去。」
轟音が起きるわけでもなく、突風が吹くわけでもなく。”山罪サマ”の姿が掻き消える。
「概念の付喪神だと・・・?せっかく奪った遺物を台無しにしやがって。まだ術式の解析、済んでなかったんだぞ。それに、人のうわさなんてどうやって食えというんだよ。」
それまで”山罪サマ”がいた場所と、林の中に月の光が差し込み、姿があらわになった祠を交互に見ながら、少女は心底憎らしそうに吐き捨てた。
光撃魔法とは指向性エネルギー兵器みたいなものだと思ってください。つまりはベ◯ラマかベギ◯ゴンみたいなヤツです。
それと、今回魔女が盗まれた「命の対貨」はかなり後で重要なアイテムとして登場します。
そういうのがあったっけな、程度に覚えておいていただけると幸いです。