63 魔女と一緒
11月7日(木)
黒川 早苗
高校時代の恩師である南雲先生になかなか連絡がつかず、直接ご自宅までお邪魔することにした。
・・・卒業式の日、同窓会の幹事をあみだくじで決めたのだが、まさか自分が当たるとは思わなかった。まあ、大好きな先生だったし、当時はそれほど考えなかったのだが。
大学を卒業して社会に出てみると、いや、私の場合はちょっと特殊な仕事ではあるんだが、同窓会の幹事まで引き受けるのは結構大変で、特に連絡がつかない奴らの連絡先をいちいち調べるのが一番大変だった。
ましてや、主賓の南雲先生と連絡がつかないことが分かった時点でかなりの焦りを感じてしまった。
卒業アルバムに載っている南雲先生の住所をもとに、カーナビを頼りに静岡の興津まで車を走らせる。
本当は仕事柄、個人情報を調べるのは簡単なのだが、公私混同と怒られてしまうのでそれは最後の手段だ。
「おい、早苗。なんでお前の車には屋根がないんだ。俺は太陽の光を浴びすぎると、人並みの力しか出せなくなるんだぞ。」
助手席に座っているクドラクがうるさい。
こいつは教会が用意したアンデッドをこっそりと改造したものだが、中に入っている魂はもともと入っていた死霊ではなく、病院で昏睡している本業のほうの同僚の魂を入れてある。
「うるっさい!あんたが運転できないから私が運転しているんでしょう!車のチョイスくらい私の勝手じゃない。文句があるならとっとと元の体に戻りなさい。あるいはその死体で免許取ったらいいじゃないの!」
「あ?俺だって好き好んでこんな死体の中になんか入りたくはなかったよ!早苗が管理官に余計なことを言ったからこんなことになったんだろうが!・・・ああ、今頃ベッドの上で傷病休暇をゆっくり楽しんでいるはずだったのに・・・。」
仕事柄、通常時の行動はかなり自由度がある。今回の件についても、どこに行くかを報告しておけば上から文句を言われることはない。
「あ~。なんで俺はこんな女とバディを組んじまったんだかね・・・。」
クドラクの愚痴が止まらない。あんたが私をバディに選んだんでしょうが。
そうこうしているうちに、興津にある古い屋敷のまえに到着した。卒業アルバムの情報が正しければ、ここが南雲先生の家のはずだ。
立派な構えの門の前に車をとめ、門をくぐり中に入ると、部屋の中で誰かの気配があるのを感じた。
「ああ、よかった。少なくとも無人ではないみたい。ほら太田警・・・、じゃなかったクドラク、行くわよ!」
「はいはい。今参りますよっと。上官殿。」
玄関横の呼び鈴を押してみるが、何も音が鳴っている気配はない。・・・電池切れ?仕方なく、玄関の引き戸に手をかけると、鍵がかかっていなかった。
ガラガラっと音を立てて引き戸が開くと、そこには見覚えのある少女が目を丸くしてこちらを見ていた。
「あら。南雲・・・千弦さん?琴音さん?お久しぶりね。元気だった?」
千弦さんのほうだった場合、戦闘になる可能性が高い。いや、琴音さんの場合であっても、千弦さんから聞いているかもしれない。
後方で太田改めクドラクが戦闘態勢に入ったのを感じる。
「琴音、の方です。その節はお世話になりました。・・・病院はお辞めになったんですか?あれからお見掛けしなかったので・・・。」
琴音さんのほうだったか。この分だと千弦さんは何も話していないようだ。彼女には大したケガもさせていないし。むしろどちらかといえば、こちらのほうがダメージが大きかったくらいだ。
「・・・ふ~ん。千弦さんは琴音さんに何も言ってなかったのねぇ。ま、いいわ。あなたたち二人は魔女じゃなくてただの魔法使いだってわかってるしぃ。で、今日は平日よぉ?学校はさぼり?いけない子ねぇ。」
彼女は確か、高校生だったはずだ。どこの学校だったか。今日は平日だし、セーラー服を着ているところを見ると、さぼりだろうか。
「ちょっと最近、嫌なことがあったので・・・。不登校ってほどではないですよ。」
・・・いじめだろうか。いじめは女のほうが質が悪いからな。
とりあえず、正直に同窓会のために南雲先生に連絡を取りたい旨を伝える。どうやら、彼女は南雲先生の孫のようだ。
・・・教会の連中め、ターゲットの情報くらい正確に渡せばいいものを。おかげで恩師の孫を殺すところだった。
それに、後になって総理の孫娘だと知った時には、滝のような冷や汗が出た。
・・・一応、報告書には初めから知っていて攻撃魔法は使わず、魔女かどうかの確認だけしたと書いたけどね。
とりあえず、南雲先生に連絡が取れることが確定したので、今日一日の予定が空いてしまった。
せっかくだから昼食にでも連れて行こうか。彼女たちには教会が迷惑をかけているみたいだし、今後のことを考えて情報パイプは作っておきたい。
・・・まあ、私たちの本業は警察官なんだけどね。
せっかく清水に来たんだからと、従兄弟の経営する料亭の座敷を一つ予約しておいてよかった。
琴音さんはしっかりした受け答えをする子で、話していて結構楽でいい。生シラス丼を食べている間は年相応の受け答えになったが、たぶんあれが素なんだろう。
場面場面でしっかりと対応できる人間は、将来大物になる。
ひととおり食事を終え、デザートのアイス安倍川餅を食べているとき、琴音さんが切り出した。
「黒川さんは魔法使いなんですよね?私たちと同じで。どういった魔法が得意なんですか?」
ああ、そういえば琴音さんには魔法についてはちゃんと話してなかった。
「そうよぉ。私は土系統の魔法が得意ね。盾にしたり、礫にして飛ばしたり、かな。土木系の作業もできるわ。塹壕とか、井戸を掘るのも得意よ。」
まあ、他にも使える魔法はいくつかあるんだが、全部言う必要などないだろう。
「すごいですね。私は回復治癒と身体制御くらいしかできなくて。」
・・・回復治癒魔法が使えるのか。あれは、かなり難易度が高い系統で、人体の構造をかなり正しく理解していないと使いこなせない。
病院に運び込まれていた琴音さんのケガの治りが異常に早かったのもそのせいか。
やはり今のうちにスカウトしておくべきか。クドラクにサインを送る。
「おい。そろそろいいか。目の前で美味そうなものを食べているのを見ているのも、我慢の限界なんだが。」
後ろを振り向きクドラクに目配せすると、頭を縦に振り首肯する。やはりこの子は取り込んでおきたい。
「わかったわ。琴音さん。これ、私の名刺ね。今は出向中だけど、そのうち戻る予定だから。何か困ったことがあったらいつでも連絡してね。なんなら就職で困ったときでも相談に乗るわよぉ。あ、でもほかの人には内緒にしてねぇ。」
そう言って本業のほうの名刺を渡しておく。警視庁公安部第二公安機動捜査隊と記載された名刺だ。
「ええぇ!黒川さん、警察官だったんですか!それも警視!すごい!」
「そうよぉ。でも、今は内閣官房のほうに出向中だから。ああ、早くもどりたいわぁ。」
そこだけは本当にそう思う。どちらかというと荒事のほうが得意な私としては、ちまちまと潜入するような真似は嫌いなのだ。
「さて、送るのは静岡駅でいい?」
「はい。静岡から新幹線で帰ります。あはは。学校から親に連絡行ってないといいけど。」
若いうちの冒険なら、いい経験になる。それに冒険先が祖父の家ならば危険性も少ないだろう。・・・まあ、千弦さんを襲った私が言うことでもないだろうが。
琴音さんを静岡駅まで送って別れた後、クドラクがボソッとつぶやいた。
「俺たちのチームに回復治癒魔法の使い手がいれば、俺もこんな役回りをしなくてもよかっただろうに・・・。」
クドラクの中にいる太田警部は、教会関連の捜査中に、私をかばって奴らの攻撃魔法を至近距離から食らったせいで、いまだに昏睡状態だ。
ケガさえなければ、階級が上がるのは彼のほうが先だったかもしれない。
「いまさら何言ってんのよ。きっと次長に黙って職場恋愛したバチが当たったのよ。さて、教会の内偵、ちゃっちゃと済ませますか。」
さて、教会はまだ魔女を捕捉していないようだが、彼らより先に捕捉できるだろうか。
アレは人知を超えた存在だ。手に入れることができれば、日本の千年先までのグランドデザインが可能となる。何としても彼らより先に我々の制御下におきたいものだ。
◇ ◇ ◇
仄香
新幹線に乗り、黒川から受け取った名刺を窓にかざしてみる。
黒川早苗は間違いなく、公安の人間だ。しかも、まったく隠そうとすらしていない。
第二公安機動捜査隊、か。対魔法使い及び対魔術師部隊だったな。ほとんど軍隊みたいな連中だったと記憶している。
《仄香、黒川さん、やっぱり警察の人だったね~。警視、ってかなり偉いんでしょ?そんな人が何で教会なんかに入ってるんだろうね?》
《おそらく、教会に対する内偵調査を行っているのでしょう。内閣官房と言っていましたから、現在の所属は内閣情報調査室の可能性があります。しかもそれを隠そうとしていない。スカウトする気でしょうね。琴音さん、就職活動はずいぶんと楽になりそうですよ。》
《え。やだよ警察官なんて。それに免許証を発行したりする部署でしょ?公安って。なんでそんなところが教会の内偵なんてしてるのよ?》
・・・琴音のやつ、都道府県公安委員会と警視庁公安部の違いが分かっていないのか。
《琴音さん、都道府県公安委員会と警視庁公安部は全く別の組織です。免許証を発行するのは都道府県公安委員会。黒川が所属しているのは警視庁公安部のほう。》
《ぶぅ。違うのは分かったけど、その公安部ってのは何をしている組織なのさ。》
《警視庁公安部、ていうのは公安警察のことで、国家体制を脅かすような事案、例えば右翼・左翼や、外国勢力、宗教団体、市民運動、社会主義や共産主義者などの捜査、情報収集などを行い、必要であれば事件化して逮捕することでそう言った危険を抑止する組織です。》
《もしかして、スパイみたいなもの?》
《似たようなものです。しかし、黒川が言った「おじさんと同じ仕事」というのが気になります。健治郎殿か、宗一郎殿はそういった仕事をされているのですか?》
《う~ん。健治郎叔父さんは元陸軍だけど、今は自称負け組みなし公務員だし、宗一郎伯父さんはIT企業の社長だけど、つまるところは引きこもりのオタクだし・・・。姉さんなら何か知ってるかもしれないけど。聞いてみる?》
・・・元陸軍?まさか、陸情二部の別調か?いや、私もまだ接触したことはないが、噂では国家非公認の諜報機関だと聞いたことがある。それも殺しも厭わない連中だと。そんなところに健治郎殿が所属しているとは思いたくはないが・・・。
《いえ、やめておきましょう。さて、そろそろ品川です。乗り換えて帰りましょう。》
学生鞄を提げ、新幹線から降りる。平日の日中にもかかわらず、品川駅はごった返していて、在来線には帰宅途中と思われる学生がチラホラと乗っているのがみえた。
さて、今回の小旅行の目的は琴音の気晴らしのためだったが、少しは気が晴れただろうか。
《ねえ、仄香。そろそろ身体、返してほしいんだけど・・・。》
おっと。そういえば黒川と別れてからずっと借りっぱなしだった。いけないいけない。
《ごめんなさい、忘れてました。今返しますね。》
山手線に乗り、座席に座ったまま目を閉じる。
「あ~。よく歩いた。」
琴音は身体に戻ると大きな伸びをした。・・・どうやらもう大丈夫なようだ。
《しばらく一緒にいます。イヤーカフをなくさないようにしてくださいね。あと一つしか作っていませんから。》
少なくとも今年いっぱいは身体を手に入れることは難しかろう。せめて一緒にいて様子を見てやろうか。
《大丈夫!寝ている間もつけてるから!》
そういうと、琴音はイヤーカフをトントンとたたき、満足そうに笑った。