61 南雲家 訪問者「クロカワ」
黒川・・・本名だったんだ。
あれ?じゃあ、アチェリやヴェータラ、クドラクは?
大丈夫、ちゃんと説明しますよ。そのうち。
11月6日(水)
仄香(魔女)
「あら。南雲・・・千弦さん?琴音さん?お久しぶりね。元気だった?」
文化祭の翌日、新宿御苑で千弦を襲った女が相棒のアンデッドを連れて玄関先に立っている。
短杖は持っていない、か。
だが、アンデッドの方は間合いを測るかのような位置をとっている。
この女、なんでこんなところに?何をしに来た?いや、千弦は黒川のことを琴音に話していない・・・はず。
《あ~。黒川さんだ。病院で体拭いてくれた看護師さんだよ!あれ?病院やめちゃってたのかなぁ?お久しぶりだね!》
やはり琴音は千弦が襲われたことを知らないようだ。・・・余計なことは言わないように今から説明するのも難しいか・・・。
「琴音・・・妹の方です。その節はお世話になりました。・・・病院はお辞めになったんですか?あれからお見掛けしなかったので・・・。」
琴音だと分かった時点で、アンデッドの男は戦闘態勢を解除する。千弦にさんざんな目にあわされたことを覚えているのか。
そこら辺の女子高生がアンデッドの相手なんてできるはずがないのに、大した念のいれようだ。
「・・・ふ~ん。千弦さんは琴音さんに何も言ってなかったのねぇ。ま、いいわ。あなたたち二人は魔女じゃなくてただの魔法使いだってわかってるしぃ。で、今日は平日よぉ?学校はさぼり?いけない子ねぇ。」
《へ?魔女?魔法使い?黒川さんって、もしかして魔法使い?》
《琴音さん、黒川は教会の信徒です。詳しいことは後で説明するので、ここは私に任せてください。》
「ちょっと最近、嫌なことがあったので・・・。不登校ってほどではないですよ。」
出口を黒川に押さえられていては逃げることもできない。とりあえず、ここは様子を見るか。
「へぇ~。嫌なことねぇ。お姉さんに話してみる?いじめっ子ぐらいなら殺してあげるわよぉ。まあ、あなたたち双子には教会が色々迷惑、かけたみたいだしねぇ。」
・・・こいつ!教会の信徒だってことを隠すつもりもないのか!
《え?黒川さんって、姉さんと知り合いなの?》
「迷惑?姉さんに何か迷惑でもかけたんですか?」
「・・・千弦さん、ホントに何も話していないのね。まあ、いいわ。教会は聖典と神託に従って行動しているだけで別に悪いことをしているつもりはないらしいし。説明してあげるわ。」
悪いことをしているつもりもない、か。そういえば、こうやって教会の信徒たちとまともに会話したことはなかったな。強制自白魔法や洗脳魔法で尋問したことはあったが・・・。いや待て。「私たちは」ではなく「教会は」と言ったな?
「玄関先で話をするのもなんですし、どうぞ上がってください。・・・電気も水道も止まってますけどね。」
いい機会だ。引き出せるだけ情報を引き出してしまおう。
《いいの!?敵なんでしょ?家の中で暴れられたら困るよ!?》
《多分、問題ないでしょう。おそらくですが、彼らは聖釘を持っていません。こうやって念話ができているのが証拠です。・・・さすがに聖釘もない連中に後れを取ることはありませんよ。》
「う~ん。電気も水道も止まってるのぉ?てっきり南雲先生が住んでると思ってきたのに・・・呼び鈴は電池切れで鳴らないし・・・。」
「祖父に何かご用があったんですか?」
「高校時代の恩師なのよ・・・。同窓会をやる予定なんだけど、20年ぶりだったから出来たら出席してもらおうと思って。なぜか電話番号が変わってるのか全然連絡つかないし、困って直接来ちゃったんだけど。っていうか、南雲先生のお孫さんだったのね。二人が魔女じゃなくてよかったわぁ。」
「おい。黒川。彼女が恩師のご家族ならば、頼んで連絡を取ってもらえばいいだろう。用が済んだなら行くぞ。」
アンデッドの男が黒川の後ろで急かしている。・・・死人がまるで生きているかのようだ。教会の屍霊術とは大したものだ。どういった術式になっているのか。
「そうね・・・。じゃあ、琴音さん。お昼、まだよね。美味しい海鮮料理が食べられるお店があるんだけど、行かない?おごるわよぉ。」
「おい!俺は普通の人間の食事ができないんだぞ!俺はどうするんだ!」
アンデッドのわりに表情が豊かだな。・・・腐臭は漂っていないし、ヴェータラとかいうアンデッドに比べて、清潔でよく手入れされている。
「知らないわよ。そこらへんで太陽光でも浴びて光合成でもしてなさいよ。」
《人間の食事ができないって・・・この人も二号さんと同じ?二号さんって多分肉食よね。食肉目かな?》
《いえ、彼は多分アンデッドです。いわゆる召喚された眷属ではなくて、死体に死霊を憑依させて作るらしいんですけど、アンデッドに太陽の光って、弱点じゃなかったかしら・・・》
それにしても、琴音はシェイプシフターの正体に気付いたのか。まあ、あいつは本来は雑食だから嫌いなだけで、まったく食えないわけではないんだけどな。
「黒川さん、そちらの方は?」
「放っておいていいわよぉ。アンデッドなんて、魔力さえ注いでおけば十分なんだし。それに、口に突っ込むのはいつも防腐剤よぉ。まったく、光合成してくれるアルラウネの方がもっと可愛げがあるっていうのにぃ・・・。それより、おススメの海鮮料理屋があるのよ!」
こいつ、アンデッドのことを隠すつもりもないのか。いや、琴音と千弦については、教会に魔法使いだということは知られているし、魔法の存在を隠す必要はない、ということか。
《じゃあ、釜揚げシラス丼食べたい!あ、お刺身定食でもいいかも!仄香。代わって代わって!》
《ええ、食事前に必ず。でも今はとりあえず、黒川の様子を見ましょうか。》
代わってじゃなくて体を返して、だろう。まあ、食事の直前に返せばいいか。それに、ここでこうして話していても仕方がない。だが、興津の駅前に定食屋なんてあっただろうか。
「お言葉に甘えて。ごちそうになります。でもこのあたりで海鮮料理のお店ってありましたっけ?」
「車で来ているからね。清水インターの近くよ。あれ?琴音さんはどうやって来たの?」
「電車と歩きです。ここ、興津駅からそんなに遠くないんで。」
「女の子一人だと危ないわよぉ。そうね・・・。食事のあと他に用がないなら駅まで送ってあげるわ。静岡駅でいい?」
いきなり千弦を襲ってきたお前が言うな。とは言わないでおこう。
「助かります。何から何までお世話になって。」
南雲家の前の道路に、黒川のものと思しき赤いオープンカーがとまっていた。
「さあ、どうぞ?後ろのシートでいいかしらぁ?」
・・・RX8にオープンカーなんてあったっけ?スピードスター風のボディパネル、マツダのエンブレム入りのロールバーに後部座席のヘッドレストを覆うトノカバー、少し高い後部座席の座面・・・特注品じゃないか!
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
南雲の実家で仄香が本当にひいひいお爺さんの実の母親、だから私たちのひいひい・・・とにかく、ご先祖様だっていうことが分かって、すごくびっくりした。
いや、ハンバーガーショップで聞いた時から疑っていたわけじゃないけどさ。聞くのとみるのとでは大違いじゃん?仄香の似顔絵がほとんど写真みたいなレベルだったから、すぐ思い出せてよかったけどさ。
それにしても自動書記術式ってすごいな。仄香が似顔絵を描き始めたら、店の中のお客さんたちが何人も後ろから覗き込んでたよ。ものの数分で完成させたら、何人か拍手までしていたからね。
南雲家の実家まで長距離跳躍魔法で飛んできて、強制開錠魔法で入ったおじいちゃんの家は、綺麗なままだった。
リビングの鴨居の上に飾られている写真は、姿勢は違えど似顔絵とまったく同じ女性が写っていた。
・・・あの時代、写真に写るときは笑わなかったらしい。優しそうな人なのにもったいない。。
紀一さんの手紙は、手紙があることは知っていたけど、それを知った当時は小学生だったし、内容までは興味がなかった。仄香の気持ちが流れ込んできてちょっと悲しくなったよ。
そのあと、いろいろと魔女の魔法を教えてもらった。
夢操術式、強制睡眠魔法。
記憶補助術式、自動書記術式。
強制開錠魔法。
強制長距離跳躍魔法。
あはは。長距離跳躍の系統は、多重安全装置のカタマリらしくて詠唱をいじるとすごく危険なんだって。ちょっと怒られちゃったよ。
そして、待ちに待った攻撃魔法!
氷結魔法といって、周囲や対象の熱エネルギーを一瞬で奪う魔法らしいんだけど、魔力変換効率が極端に良いのが特徴で、私の魔力総量でも50発以上撃てるんだって。しかも、同時に教えてもらった魔法も術式も同じくらいの消費魔力で済むらしい。
ただ、あの光撃魔法とか、話に聞いた空間衝撃魔法は魔力消費が激しすぎて人間に使えるような魔法ではないんだって。
・・・まあ、アスファルトが蒸発するような温度とか、空間そのものを振動させたりするんだからしょうがないか。
仄香によると、もっと火力がある魔法もあるらしい。魔力回路に負担をかけないようにするために詠唱が長いせいで、実戦では使い物にならないらしいけど。なんて言ったっけ?陽電子なんちゃら魔法?
でも何か、すごく強くなった気分。それに夢操術式は自分にも使えるから、今夜からぐっすり眠れそうだよ!
それにしばらく、仄香は私と一緒にいてくれるらしいから、いろいろと話ができるのがうれしい。姉さん、ごめんね。仄香のこと、私がとっちゃったよ。
仄香とたっぷり話して今朝のどうしようもない気分も忘れ、釜揚げシラス丼のことで頭がいっぱいになってたところで、まさか看護師の黒川さんと会うとは思ってもみなかった。
そのあと、なんやかんやあって黒川さんの運転するオープンカーに乗って清水インターの近くの海鮮料理屋まで来たんだけど、・・・海鮮料理屋?高級料亭の間違いじゃなくて?
九重の爺様が時々使ってるようなイメージの高級料亭の座敷に通されたんだけど、ここ、一食おいくらなんだろう?
「琴音さん、どうぞ座ってぇ。ここならクドラク、ああ、このアンデッドの名前ね。彼だけ何も食べなくてもおかしくないしねぇ。一応、護衛ってことになってるしぃ。さあ、何食べたい?」
《仄香~。こんなところ、初めてだよ~。制服で私、場違い過ぎない?》
《制服は正装です。場違いだというなら、それはむしろ彼らでしょう。堂々としていなさい。そろそろ身体を返しますよ。》
「うわ、ちょ、・・・ええと。釜揚げシラス丼、はさすがにないですよね・・・。」
いきなり身体に戻って慌ててしまったよ。・・・釜揚げシラス丼なんて、こんな高級料亭にあるはずないよな・・・。
黒川は教会が魔女に対して放った暗殺者ですが、何か事情がありそうです。
魔女は、教会の信徒であれば基本的にその場で殺します。それこそ、ゴキ〇リを叩く勢いで。
ただ、琴音や千弦、遙一郎や香織など、様々な人間とのつながりができてしまっているので、なかなか手を出しずらいようです。
美代、ジェーン・ドゥと名乗っていたころは、教会に正体がバレていたので一切手加減はしなかったようですが。