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6 報告/九重本家は動かない

新しいキャラが出ます。

九重本家の家宰、飯森さんです。

家宰とは家長に代わって家政を取りしきる職責のことで、執事のようなものと考えていただければ。

実際にはちょっと違うらしいですけどね。

九重家はどうやら武家らしいです。

魔法使い&魔術師の一族なのにね。

 9月7日(土)


 喫茶店に入ると、すでに男が席に座っていた。

 ブラックコーヒーを片手に、無表情でこちらを見つめている。


「やぁ、飯森さん。待ったか?」


 待ち合わせ時間より15分ほど早い。

 だが、そう声をかけると、彼は淡々と答えた。


「いいえ。時間前です。」


 スーツ姿の飯森は、まるで 気温の影響を受けていないかのように涼しげ だった。


 今の時期なら、外を歩けば額に玉のような汗が浮かぶはず。

 それなのに、 完璧に冷やされたかのような無機質な表情 をしている。


 よく見ると、スーツの随所に細かい幾何学模様の刺繍 が入っていた。


「冷房限定の空調術式か。」


 術式回路に無駄が多い。

 それ以前に完全に不審者だ。

 せめて外では上着を脱げ。


 飯森はスーツの内ポケットから USBメモリとスマートフォンを取り出した。


 こいつは俺の本業を知っている数少ない人間の一人だ。

 クソ親父にこっそりと事を運ぶには、こいつを使うのが一番手っ取り早い。


「千弦のスマホ・・・本家が解析を終えたか。」


 チラリと見えたモバイルバッテリーと配線。

 おそらくあれが空調術式用の魔力バッテリーだろう。


「バッテリーが切れたら、スーツの中はサウナだな。」


 そんな俺の独り言にも反応せず、彼は話を続ける。


「九重本家付きの研究員が、千弦さんのスマホの記録を解析しました。ですが・・・信じられない数値と、非常に厄介なモノが記録されていました。」


「信じられない数値?」


「信じられない数値?それに厄介なモノとは?」


 USBメモリとスマートフォンを受け取りながら、周囲に会話が漏れないように消音術式を起動する。


「相変わらず術式起動に無駄がない。うらやましい限りです。詳しいことはそちらのUSBメモリを。PDFファイルで報告書データも入っています。」


 受け取ったUSBメモリとスマートフォンをバッグにしまいながら、店員を呼び、アイスコーヒーを注文する。


「世辞はいらん。兄貴は何か言っていたか?」


「宗一郎様には知らせていません。今、入院中ですので。」


 急性の虫垂炎で入院しているらしいが、二度目じゃなかったか?


「ああ、それは助かる。兄貴が千弦の大怪我のことを聞いたら、その化け物女はもちろん、今回の調査の仕事を振ってきた奴は殺されるだろうからな。」


 本家の兄貴は、今年で四十五になるはずだが、良縁に恵まれず独り身でいるせいか、俺の息子や姉貴の娘たちが可愛くてたまらないらしい。


 子供たちがクラスメイトとケンカしただけで、いきなり相手の家に致死性の術式を仕込んだ呪病・・・極小の式神を送り込もうとするのだ。


 何とか気づいて止めたからいいものの、気が付いた時には原因不明の奇病で一家全滅、なんてことになったら目も当てられない。


 ましてや、あの大怪我だ。

 今回は相手もわからないのに、どう暴走するか分かったものではないし、さすがに止める自信がない。


「親父には知らせたか。何か言っていたか?」


 運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら、聞いてみる。


「怪我のことだけは。当主様はお役目が終わり次第、帰国してお見舞いにいらっしゃるそうです。」


 クソ親父のことだ。

 もともと賄賂の話でもあったんだろう。


「そうか、親父まで動くか。我が子の生死すら気にもかけないような人がね。いずれにしても大捕り物になりそうだな。」


「いえ、九重本家はこのまま調査を続行し、しばらく様子を見たいと考えています。」


「なぜだ。千弦は死んでいたかもしれないんだぞ!やっぱり見舞いなんて言い訳で例の美代とかいう女のところに行くつもりか!」


 つい、立ち上がり大きな声を出してしまう。

 消音術式が効いていても、いきなり立ち上がったのが不自然だったか、店内の数人がこちらを怪訝そうに見ている。


「いえ、南雲家にまっすぐお見舞いにいらっしゃったあと、すぐにお役目に戻るとのことです。様子を見るだけにとどめる理由は、そのUSBメモリの中の報告書に。お読みいただければご納得いただけるかと。」


 納得できるだと。

 俺の唯一人の愛弟子であり姪である千弦の左手を切り飛ばした女を、化け物を放置できる理由などあるものか。


 そう思いつつも、飯森は親父に忖度するような性格ではない。

 であるならば、よほどのことでは動かない親父が、このためだけにわざわざ帰国するのは、それだけ重大なことなのだろう。


「わかった。報告書を確認する。また何かあったら連絡をくれ。」

 アイスコーヒーも残ったまま席を立ち、伝票立てから伝票を抜き、レジに向かった。



 本家のクソ親父さんが動かないのは、千弦の腕を切り落とした存在を恐れているからでも軽く見ているからでもありません。

 むしろ、探していた相手なのですが、様子見になってしまうのは全く別の理由からです。

 クソ親父さんと魔女との関係はストーリーが進むとわかりますので、もうしばらくお待ちください。


 なお・・・魔術(術式)も魔法も、ほぼ一子相伝になっています。ですので、同じ効果を発揮する術式でも術者や門派によって術式回路の設計が違うのが普通です。また、術式の多くは代々引き継がれたものとなります。

 したがって、自分だけのオリジナル術式回路を組める健治郎叔父さんは、魔術師としてはそれなりに優秀な部類に入ります。

 表向きの職業は負け組みなし公務員ですけどね。

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