58 神降ろしの後始末
誘拐犯たちは琴音と千弦に半殺し、いや九割殺しにされてガラクタやゴミの山に埋もれています。さて、魔女の逆鱗に触れた彼らの処分はどうなるのでしょうか。
11月5日(火)
遥香in千弦
遥香を抱きかかえ、琴音が長距離跳躍魔法を使って飛び立って行った。
引き裂かれ汚されたセーラー服については、そこら辺にあったペットボトルや誘拐犯の着ていた服のウールなどを使ってその場で修復したが、原材料が安定しない分、少し厚くなってしまった。
ポリエチレンテレフタラートから無理やりポリエチレン繊維を作ったのだ。まあ、ぱっと見ではわからないだろう。
さて、遥香の心と体の問題は何とかクリアしたか。そろそろ家に着くころだろう。彼女には何とか幸せになってほしいものだ。
それにしても、遥香が魔法使いであるということには驚いたが、考えてみればその可能性は決して低くはなかったのだ。
そもそも私が憑依できる条件の一つが、私が憑依した娘の子孫であるのだから、生まれつき魔力持ちであるのは当然のことで、魔法を使える可能性も高い。
それだけではない。琴音にも千弦にもあの場では話せなかったが、もう一つ残酷な事実が判明してしまったのだ。
遥香の精気が目に見えて少ないのだ。このままでは来年まで持つまい。魔女の力を以てしても如何ともしがたい。遙一郎にどうやって伝えようか・・・。
「どうしたものか・・・。」
つい、言葉にでてしまう。
《どうしたの?何かまだ問題でもあったの?》
・・・そうだ。まだ千弦の体を借りたままだったか。そろそろ降ろした神格を戻さないと、千弦の体だけでなく精神にまでも悪影響が出そうだ。
「いや、何でもない。それより神格を戻すぞ。反動があるが、しばらく痛みはこちらで引き受ける。少し痛みが残るかもしれないが、心配するな。」
《え、痛いの?》
・・・神格は降ろすよりも戻すほうが大変だ。集中し、詠唱に入る。
「ひふみよいむなや・・・しきるゆゐつわぬ・・・うおえにさりへて・・・。」
《え?ひふみ祝詞?そんなんでいいの?》
・・・ひふみ祝詞を知っているのか。まあ、これは自らを取り戻す過程で深く集中するためのもので、実はそれほど重要ではない。それよりもこの後にくる反動がなかなか大きいのだ。
しばらく集中を続けると、ズン!という重圧が体を上から叩く。・・・あれ?少ないな。
視界のいたるところで火花が散り、口の中に鉄の味が広が・・・らないな?
骨や関節がきしみ、体中の筋肉が張り、動悸が激しく・・・ならないな?
・・・この後、全身を貫く激痛が・・・あれ?来ないな?
やはりな。千弦の体と私の相性は最高だ。魔法を複数行使する際もほとんど負荷がかからなかったが、神格を降ろしてもこの程度の反動で済むのか。もしかしたら、複数の神格も呼べたりして・・・。
もし、私が完全に憑依したらこの身体はどれほどの性能を引き出せるのか。
この身体、欲しいな。これだけの力が使えれば・・・いや、大事な友人であり、大事な人の子孫でもある千弦の体を欲しがってはいけない。そのラインだけは絶対に越えてはいけないのだ。
「さて、後片付けをしなければならないのだが・・・。我ながら暴れたものだな。」
二階建ての廃工場の屋根や床、鋼鉄製の梁は踏み砕かれ、地下にいるにもかかわらず空にある星が見える。
瓦礫やゴミの山に放り込まれた誘拐犯たちはまだ生きているようだが、放っておけば明日の朝日は拝めまい。
《廃工場はともかく、誘拐犯たちはどうするの?やっぱり殺すの?できたら人殺しはちょっと・・・。》
「どいつもこいつも生かしておく理由なんてないんだが・・・。とりあえず、館川だけは生かしておくか。琴音の同級生がいきなり行方不明、ってのも問題だろうし。」
《そうだね。また強制忘却魔法で記憶を飛ばす?》
「ああ。そうしよう。」
瓦礫とゴミの山から館川を引きずり出し、その頭を鷲掴みにする。
「エレウテルの主にして九のムーサを産みしムネモシュネに伏して願い奉る。彼の者の罪を忘却の彼方に洗い流さんことを。」
パチッという音が、強制忘却魔法が成功したことを伝える。
《ねえ、何日分の記憶を奪ったの?》
「ああ、修学旅行の前日あたりからかな。これで琴音や千弦に絡むこともあるまい。さて、強制長距離跳躍魔法を使って校庭にでも放置してやるか。」
《あー。かわいそうに。人生でたった一度の修学旅行の思い出がパァ、だね。》
「このようなクズに人生を楽しむ資格なんぞないわ。」
頭を鷲掴みにしたまま、強制長距離跳躍魔法の詠唱を行う。
「勇壮たる風よ。汝が御手により彼の者を在るべき処に誘い給え。」
館川の体がふわりと浮いたかと思うと、瞬時に加速して空の彼方へ消えていった。
《おお~。飛んでった飛んでった。・・・詠唱内容、ずいぶん違うんだね。》
「ああ、長距離跳躍の系統は魔力消費が少ないわりに制御が難しいからな。安全策を何重にもパッケージ化してある。面白半分で詠唱をいじるなよ?下手をすれば大気圏外で窒息したり、着地で減速しなかったりして死ぬことになるぞ。」
《うわぁ~。琴音にも言っておくよ。あいつ、詠唱を端折ることが多いみたいだから・・・。》
「そうだな。さて、残りの連中はどうするか。いっそ燃えるゴミの日に出したいところだ。放置したくもないし、かといって治すのも面倒なんだが・・・。」
《強制忘却魔法で3歳児ぐらいまで戻したら?ついでに体のほうも。》
「・・・そうだな。いささか温情的すぎるとも思うが、まあ、いいだろう。」
近くの瓦礫やゴミの山に放り込んでおいた誘拐犯たちを引きずり出し、一か所に集める。無傷なのは4人だけで、あとは手足がなかったり感電して焦げていたりと惨憺たる状態だ。
・・・まあ、全部私がやったんだが。あ、こいつ死にかけてる。とりあえず、止血だけはしておこう。
順番に頭に触れ、15年分くらいの記憶を吹き飛ばしていく。若干二名はすでに乳幼児くらいまで吹き飛ばしてある。
「ん?・・・この半分頭、弱いながらも魔力持ちだ。しかも私の子孫・・・か?」
《えぇ~。またずいぶんどうしようもない子孫がいたもんだね。で、子孫だと何かいいことあるの?》
「ああ、遥香の体が完全に使えなくなった場合は、憑依先にすることもできなくはないな。まだ生きてるし、何か汚いし、あまり使いたくはないが。」
小憎らしい顔をしている。よほどのことがなければ、こんな不細工など使いたくはない。
《ふ~ん。一応予備にとって置いたら。何かの役に立つかもよ?》
この半分頭ならそのうち火遊びが過ぎて死ぬ可能性もあるだろう。半日分しか記憶を消していないし、千弦の言う通りこいつだけはそのままにしておくか。一応、所在の分かる術式も刻んでおこう。もし必要になったら殺せばいいし。
床に九つの魔法陣を描き、蛹化術式の準備をする。
《蛹化術式って結構単純なんだね。人体をいじるからにはもっと複雑だと思ったよ。》
「ああ、蛹化で調整できるのは体の大きさと年齢くらいだからな。基本的に肉体は遺伝子に則った状態にしか修復できないんだよ。改造する場合は別の術式が必要になるんだ。」
《ふ~ん。あ、そうだ。性別は?》
「あ、そうか。性別は変えられるな。46番目の染色体を転写してしまえば・・・。でも女側はYの染色体がないからな。男を女にするなら可能だが、逆はできないぞ?」
《いいじゃん。全部女にしちゃえ!そうすりゃ性犯罪もできないでしょ!》
「なんとも極端だな。だが妙案でもある。よし、陣を書きなおそう。」
魔法陣を一つ作成し、問題がないことを確認した後、自動書記術式で八つ分、転写していく。そして、それぞれの魔法陣の中央に誘拐犯たちを置き、準備が整った。
「よし、できた。起動するぞ。」
九つの蛹化術式は金色の光を放ちながら白く輝く繭を形作り、15分ほどで蛹化が完了した。
ここまでくればあとは簡単だ。繭を開き、乳幼児を2人、幼児を7人取り出す。そうやら成功のようだ。すべて女児だ。
「さて、残りの面倒ごとは半分頭にでも押し付けるか。まとめて人がいる所にでも送ってやろう。・・・勇壮たる風よ。汝が御手により彼の者を在るべき処に誘い給え。」
誘拐犯の成れの果ての子供たちは、強制長距離跳躍魔法の詠唱が終わると同時に、10本の風の尾を引き、空の彼方へ消えていった。
《ま、生きてるだけマシと思ってもらわなくちゃね。で、どこに送ったの?》
「・・・さあ?特に目的地は設定しなかったから、一番なじみのある所にでも飛んで行っただろう。はははっ。もしかしたら少年院かもな。さて、そろそろ疲れたし、帰ろうか。」
《疲れたのは私の体なんだけどね・・・。》
千弦が不満そうに言うのを聞きながら、長距離跳躍魔法で琴音たちが待つ家に向かい飛翔する。きっと夕食は終わってしまっているだろう。シェイプシフターが対応してくれているはずだ。
さて、遥香のことをどう話そうか。早いうちに遙一郎には伝えておきたい。琴音と千弦には・・・どうしたものか。
「さて、体を返すぞ。」
千弦の家の玄関前に降り立ち、体を返す。
「うわ、なにこの疲労感・・・。フルマラソンでもしたかのような感じだよ。明日の朝、寝坊したら遥香のせいだよ。」
魂だけの不安定な状態だが、千弦の近くにいることに奇妙な安心感を覚えながら、ゆっくりと微睡におちていった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
今日は大変な目にあった。まさか普通に生活していて、誘拐されるとは思わないよ。
蛹化術式と強制忘却魔法で何とか元通りになった遥香を、家に送り届けたときも大変だった。
遥香の自宅近くで大事故が頻発して、日暮里・舎人ライナーが運転見合わせをしていたのを理由に誤魔化したけど、セーラー服は姉さんがペットボトルとその辺の繊維ででっち上げた厚手のものだ。
香織さんがクリーニングに出す時に異常に気付くかもしれない。明日の体育の授業の時にでもすり替えなきゃ。
っていうか、ここのところ毎日のように大変な目にあっているよ。
姉さんは左手を切断されるし、文化祭の時には、私が変な子供と灰色の男に襲われるし。
修学旅行では知らないところで遥香が中国軍相手に戦ってるし。
私は暴走して遥香に襲い掛かるし。
それどころか、まさか遥香が戻ってくるとは思わないじゃん?
んで、翌日にいきなり誘拐されるし、遥香はひどい目にあわされて殺されかけるし、姉さんは神格を降ろしたとかで信じられないほど強くなってるし。
・・・あ、いや、あれは魔女の力か。とにかく、もうおなかいっぱいだよ。
それと、私自身も貞操の危機だったことを考えると、思い出すだけで震えが止まらなくなる。
姉さんが助けに来てくれなければ私はどうなっていたのだろうか。
姉さんが魔女の力を借りていなかったらどうなっていただろうか。
・・・多分、無事ではなかったろう。もしかすると犯されて殺されていたかもしれない。
そもそも、蛹化術式と強制忘却魔法がなければ遥香の心も体もそのままだった。
あの子の精神力では、もう日常に戻ることはできないだろう。たぶん、二度とあの笑顔を見ることはできない。
魔女はいくつもの驚嘆すべき魔法を平然と使っているけど、あの力は奇跡に類するものだ。
「琴音、今日はご飯が進んでないみたいね?帰りも遅かったみたいだし、どこか具合でも悪いの?」
お母さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「いや、部活の、剣道部を友達が見学したいって言ってたから遅くなっただけだよ。」
「そう、ならいいけど。少し顔色が悪いから、今日は早く休みなさいよ。」
「琴音、今日はお刺身だヨ。いっぱい食べようヨ。」
隣に座っているのは、なんとかシフターさん改め二号さんだ。姉さんの代わりに晩御飯を食べているが、私以外誰も気付いていないようだ。
「ええと、姉さん?お刺身が好きなのはいいけど、醤油くらい付けたら?」
「ウッ。醤油・・・付ける、クッ。」
なぜそんなに醤油が嫌いなのか。もしかして二号さんって人間と食性がちがうんじゃあ?
・・・オニオンサラダには箸もつけていない。
もしかして、有機チオ硫酸化合物がダメってことは、ベースはイヌ科?狐か狸?
「ごちそうさま。姉さん、私の分も食べていいよ。」
「本当?ヤッター!」
二号さんはまるで宝くじにでも当選したかのように喜ぶと、お刺身だけを自分の皿に移している。やっぱり肉食なのか?
・・・ああ、台湾でのこと、謝ってなかったな。いい機会だから正式に謝罪しておこう。
「二号、いや姉さん、台湾のことでちょっと話があるの。あとで私の部屋まで来てくれる?」
「?いいヨ。台湾?なんだっケ?」
・・・変化する対象に合わせて口調を変えるのも大変そうね。
あと、遥香にも相談したいことがある。
たぶん、今の姉さんは私よりもずっと強い。
実は思い出せないくらい小さなころ、姉さんが魔法が一切使えないのを、泣きながら健治郎叔父さんに訴えていたのを見てしまったことがある。
そんな姉さんがいつの間にか、雷撃魔法まで使えるようになったのには驚いた。どうやって魔力回路を構築したんだろう?
それだけじゃない。姉さんが使える術式の数は、私が使える魔法の種類の何倍あるんだろう?いつの間にか、電磁熱光学迷彩術式や、慣性制御術式なんてものまで使いこなしている。
・・・もしかしたら、今日、遥香と一緒にいたのが姉さんだったら、彼女を守りきれたかもしれない。
私も、もっと強くならなくちゃいけない。
ああ、考えることが多すぎる。それに嫌な考えが止まらない。
・・・今夜は、眠りたくない。眠ったら悪夢を見そうだ。
琴音は千弦と比較すると、まったく同じ体型と容姿を持ち成績もほぼ一緒である上、趣味も女らしく、保健委員で怪我や病気の生徒を甲斐甲斐しく手当てすることから男子生徒にそれなりにモテるため、千弦に対してほとんどコンプレックスを持っていませんでした。
逆に、幼少時から琴音だけ魔法を使えたため、千弦のほうが強いコンプレックスを持っています。
千弦は、魔女のおかげで雷撃魔法を使えるようになりましたが、それ以外の魔法は使えず、魔術を使ってやりくりをしています。
魔法は本人の才能、魔術は先人からの積み重ね、というスタンスをこの作品ではとっていますが、初めて千弦に対してのコンプレックスを感じた琴音は、この先どうするのでしょうか。