56 闖入者の詭弁
どの世代にも、自分はいつも正しくて間違ったことはしない、何か「間違ったこと」をしている人がいたら自分が「注意」しなくてはいけない。やめさせなくてはならないという考え方をする人間がいます。
大体そういった人間は、その前後で何が起きているのか、どういった理由でその「間違ったこと」をしているのか、一切考えたりはしません。
ただ、自分の正義感を満たすためだけに、自分の快楽のために「注意」してくるのです。
ひどいものになると、公共のルールよりも「俺様マナー」を優先して押し付けてくる連中もいます。
いい例があおり運転をする連中の心理ですね。
筆者はコレを「正義感の人」と呼んでいます。「正義の人」ではありません。
こんな人種とは付き合いたくもありませんが、非常時にこそ、邪魔をしてきます。
・・・本当の非常時、いや、戦時であれば殺せるのに、と思っている方、結構多いんじゃないですか?
11月5日(火)
南雲 琴音
「おい!お前ら!ここで何している!」
声のしたほうを見ると、階段室と書かれたドアが開いたところに館川君が立っている。
助けに来てくれたんだ!
「こんなところに地下室があったのか・・・。」
館川君は、注意深く周囲を観察しながら、地下室の中央あたりまで歩いてきた。
彼は真愛碼頭で私のふりをした姉さんにキスを迫ったって聞いていたけど、考えてみれば私と姉さんの区別がついたのは後にも先にも遥香だけだった。
だから、彼に私たち二人の区別がつかなくっても、それは仕方がないことだ。そんなことを理由に、幻滅したと考えたのは私の勝手だ。
・・・先週末、校舎裏の花壇に呼び出されたときに、姉さんが館川君の頬を叩いたと聞いて、思わず後ずさってしまったのは失敗だった。あの日のことを正直に話そうと思ったけど、「もう話しかけない」と言われてそれ以上は話せなかった。
真愛碼頭で彼の頬を叩いたのは姉さんで、その時私は体調を崩してホテルで寝ていたことをちゃんと説明しなくては。
館川君は、周囲の惨状を見て絶句している。誘拐犯の6人はかろうじて生きているが、手足がなかったり、顔の一部がなかったり、相当な重症だ。
「・・・これは、ひどい・・・。おい、お前ら、意識はあるか!?」
館川君はすぐ近くに倒れている大男に駆け寄った。姉さん、いや遥香が下腹部に刀の切っ先を刺し、両膝を踏み潰した男だ。
ひょっとしてまだ状況が分かっていないのか?
「館川君?助けに来てくれたんだよね?」
少し、ほんの少しの期待を込めて館川君に声をかける。
「君を助けに・・・いや、僕はここに来れば琴音ちゃんと話せると聞いて・・・なんでこんな酷いことになっているんだ?」
話せると聞いて?館川君もこいつらに脅されて呼び出されたの?
「館川君!私たち、誘拐されて・・・。」
「まっちゃん!アイツら化け物だ!花田も太田も、ソイツにぶっ飛ばされた!多賀と小野田はソイツと同じ顔したアイツが殺した!」
・・・なぜか残りの男たちが私の話を遮り、まるで館川君に言いつけるかのように訴えている。
「殺した?南雲さんたちが?」
なんでそいつらの話を聞いてるの?まっちゃんって館川君のこと?こいつら、彼の知り合い?
「館川君!こいつらが遥香を・・・」
「まっちゃん!こいつらがみんなを殺したんだ!ケーサツをよんで!」
今度は半分金髪女だ。また話を遮られた。こっちは遥香の回復治癒でいっぱいいっぱいなのに・・・。
こいつらは何を言っているのだろう。10人がかりで、テイザーガンや実銃まで使って私たちを誘拐した挙句、遥香を集団で暴行して半殺し、いや切り刻むような真似をしておいて、反撃されたらまるで被害者だ。
「おい、犯罪者ども。今は琴音が話しているんだ。少し黙れ。」
姉さんが殺気のようなものを叩きつけながら低い声で言うと、まるで喉に何かが詰まったような感じで、その場にいる、まだ無事な誘拐犯たち4人は押し黙った。
「千弦ちゃん、犯罪者って何のことだ?いや、琴音ちゃん・・・。これは、どういう状況?」
「・・・遥香と一緒に下校して、もうすぐ遥香の家、っていうところでワンボックスカーに乗ったそいつらに誘拐されたの。私はテイザーガンで撃たれて。さっきまで気絶してて、気が付いたら遥香がこうなってた。姉さんは助けに来てくれただけよ。」
両手で抱えている遥香をそっと横たえ、その左手を彼に見せる。もちろん、回復治癒魔法はかけ続けたままだ。
「そこに転がってる連中に遥香は犯されて、指を切断されて、一生残る傷をいっぱいつけられて、殺されかけた。ううん、放っておけばたぶん助からない。殺すつもりだったんだ。」
「・・・本当に彼らがやったのか?」
「・・・館川君?何を言っているの?なぜ疑うの?遥香の体を見てよ!他に誰がこんなことをするっていうの?」
「まっちゃん!その女は化け物だ!片手で花田と太田を天井と壁にたたきつけたんだ!」
いつの間にか復活した半分金髪女がまたわめきだす。
再び姉さんが殺気を放つ。今度はさらに強めに。
「ヒィッ!」
半分金髪女は悲鳴を上げ、失禁しながらしゃがみこんだ。
「館川殿。彼女が何をされたか、ご丁寧にそこのチビ男が録画をしていたみたいだぞ?確認したらどうだ?」
姉さんが三脚の上に乗ったビデオカメラを指さした。
「・・・いや、確認する必要はない。たぶん、遥香さんに酷いことをしたのは事実だろう。・・・だからと言って!こんなことをしてはだめだ!彼らは確かに久神さんを傷つけたかもしれない!でも復讐はだめだ!」
・・・館川君?何を言っているの?復讐?私たちは殺されそうになっていたのに?
「た、館川君?姉さんは遥香を助けるためだけに・・・」
「ここまでする必要があったのか!久神さん一人のために、ここまで殺す必要があったのか!」
いつの間にか半分金髪女と眉が細い女の二人は彼の後ろに隠れている。まるで襲われたのは自分であるかのように。
「館川君?たぶん事実ってなによ!ちゃんと確認しなさいよ!・・・彼らが何をしたのかまだ分からないの!?遥香が、私たちが一体何をしたっていうの!ただ家に帰ろうとしていただけなんだよ!?それを!」
「でも・・・殺す必要なんてなかったじゃないか!?」
「館川殿?まるでその物言いは我らにも非があるように聞こえるが?だいたい、一人も殺していない。まだ正当防衛だ。復讐の段階ですらない。」
姉さんの身体はまだ高密度の魔力と雷をまとったままだ。魔女は、まだ終わりにするつもりはないようだ。
「まだ、だって?やっぱり殺すんじゃないか!」
館川君が姉さんを睨みつける。
「琴音。だめだ。彼は奴らと同類だ。人の言葉を使うだけの獣だ。とっとと片づけるぞ。」
そういうや否や、姉さんは館川君に一瞬で迫り、その頭を鷲掴みにした。
同時に、あたり一面に氷の柱を次々と出現させ、残りの4人の下半身を氷漬けにし、拘束する。
「なっ、何を!ぐ、ぎゃああぁぁ!」
館川君の頭と姉さんの掌の間で青い光がチラチラと漏れている。・・・彼の制服のズボンに染みができ、床に黄色い水滴が垂れている。
「正義を語るなら、せめて命を懸ける覚悟くらいしてこい。・・・ふん。やはりこいつらと顔見知りか。そこの半分頭は幼馴染か。道場経営者の父親が保護司・・・。そこでこいつらと知り合ったか。まあ主犯・・・というほどではないようだが。ほとんど同罪だな。」
「姉さん?何をしたの?」
「私は千弦では・・・まあ、いいか。館川殿、いや、コレの記憶を覗いたんだ。やはり、こいつらと付き合いがあるようだよ。それもかなり昔からな。」
記憶を覗く?そんなことが可能な術式なんて聞いたことがない。これも魔女の魔法なのか?詠唱も術式の発動もなかったように見えたけど・・・。
「なんだ、顔に似合わず中身は真っ黒だな。素行の悪い連中と付き合って、そいつらを見下して偉くなった気になっていたのか。ふんふん。琴音。館川はどうやらこいつらがお前を連れて来ることをはじめから知っていたようだぞ。方法までは分からなかったようだがな。自分を振った女の泣き顔が見たかったようだ。」
姉さんは彼の頭を掴んだまま、記憶を読み続けている。
「え・・・。じゃあ、私をさらうのが目的で、この子は巻き込まれただけ?」
「そうだな。しかも、コレは責任すら感じてないようだ。僕は知らない、みんなが勝手にやった、そんなところにいたのが悪いってな。・・・ふん。いつの時代も自分は常に正しいと思いこむ連中は絶えんな。」
姉さんはつまらなそうに彼をガラクタの山に放りだし、続けて半分金髪女の頭をつかんだ。
「やはりな。こいつらの目的は、お前を脅して館川に差し出し、ついでにソイツを前科持ちに貶める。ああ、保護司にも含むところがあったのか。稽古と称してずいぶん殴られていたみたいだしな。男どもは遥香とお前の身体で欲望を満たしたい、ってところか。随分な友達をもったものだ。いや、お似合いか?」
「姉さん・・・いや、魔女ってそんなことまで分かるの・・・。」
「いずれにしても、こいつらろくなもんじゃない。館川も自らすすんで暴走族の抗争に参加していたようだし、父親の空手道場でチンピラを殴って悦に入るようなクズのようだな。」
「館川君、空手なんてやってたんだ。知らなかった。」
私は何も知らない相手に好意を抱いていたのか。なんと愚かだったんだろう。姉さんが彼に「一番大事なものが見えてない」といったらしいけど、それは私も同じかもしれない。
「さて、こいつら、どうしてくれよう。ケルベロスの餌にでもしてくれようか。」
姉さんが半分金髪女をその場に放りだし、つまらなさそうに言うが、私には館川君のことなど、もうどうでもよかった。
館川君は「正義感の人」です。遥香が本格的に毛嫌いする種別の人間です。
そういった人間を何人殺してきたかわかりません。むしろ都合が悪くなければわざわざ探して殺しに行くレベルです。
そういえば、教室で彼が琴音に話しかけたとき、めんどくさそうに対応していましたね。もしかしたらあの時点で気づいていたのかもしれませんね。