55 神降ろしと蹂躙
ちょっと千弦(魔女入り)が強すぎたかもしれない・・・。
11月5日(火)
南雲 千弦/久神 遥香
琴音からの念話の後、すぐさま長距離跳躍魔法で現場に向かったが、すでに犯人たちは現場を走り去った後だった。
そこで現場上空から半径2kmの車両をすべて走行不能にしたにもかかわらず、犯人には逃げられてしまい、琴音の魔力が完全に途絶えてしまった。
やむなく遥香が神格を降ろしたことにより、日本国内に存在するすべてのネットワークをリアルタイムで監視することができるようになったが、琴音と遥香のスマホは犯人たちにより電源を切られたか破壊されたかで所在が分からず、犯人の一人が遥香の映像をクラウドに上げるまで足取りをつかめなかった。
・・・再発見の糸口となったそれは、あまりの凄惨さに精神が見ることを拒絶したが、神格による情報処理はそれを許さない。私の考えが甘かった。遥香が慌てている理由をしっかりと理解するべきだった。
◇ ◇ ◇
《琴音!無事か!》
クラウドに映像データが上げられた場所に向かう途中、琴音の魔力と思念波を捉えた遥香が、素早くその位置を正確に特定する。
《遥香・・・魔女の方の・・・お願い、早く来て!遥香が死んじゃう!》
今まで聞いたこともない、琴音の悲鳴に近い声が脳内にこだました。
《任せろ!あと、5,4,3,2,1、いま!》
神格を降ろしたことにより、遥香が保有する魔法、魔術のすべては詠唱も術式も介さずに発動されている。それどころか、大気中の分子の一つ一つまでも知覚できるような全能感すら感じた。遥香はその意志のまま、長距離跳躍魔法すら詠唱せずに飛んでいた。
あそこに琴音と遥香がいる!
廃工場の屋根と、鉄鋼の梁、そして鉄筋コンクリートの床を左足一本で叩き割り、広い地下室と思しき空間に床を砕きながら着地する。
「琴音!おそくなった!助けに来たぞ!」
《琴音!遥香は!オリジナルは!》
琴音に、遥香と私がそれぞれの安否を問いただす。
琴音が指さした先には、目を背けてしまいそうなほど凄惨な姿になった遥香がいた。
《・・・遥香・・・。なんてこと・・・。》
・・・間に合わなかった。
何気ない日常を宝物を手に入れたかのように喜んでいた遥香。
一昨日まで見せたこともないような笑顔で朝の挨拶をした遥香。
放課後、友達と一緒に帰宅することを心の底から喜んでいた遥香。
男子に囲まれて、ラブレターを押し付けられて恥ずかしそうな遥香。
たぶん、もう見ることは叶わない。娘さんのことはお任せください、と琴音と二人で言ったのに、遙一郎さんや香織さんになんて詫びたらいいのか。
取り返しのつかない絶望に包まれていると、私の口が勝手に動いた。
「琴音、お前、その背中、どうした・・・?」
ああ、遥香がしゃべっているんだ。
「ああ、この背中?なんかテイザーガンのようなもの?を打ち込まれて・・・肩がこれ以上、上がらないけど、どうでもいいわよ、今はそんなこと・・・。」
琴音の言葉を聞き、私の中の遥香の殺気が膨れ上がる。
身体から、周囲の大気を震わせるほどの魔力と雷がほとばしる。
「おい!無視してんじゃねぇよ!」
耳ピアス野郎がマカロフを取り出し、こちらに向かって4発発砲する。
・・・遅い。
銃口から撃ち出された9×18ミリは、音速の一歩手前の速度であるにもかかわらず、まるでハイスピードカメラで撮影された映像を再生しているかのようにゆっくりだ。
・・・一発は琴音に向かう流れ弾になっている。
こいつ、やはり琴音や遥香をさんざん弄んだうえで、用が済んだら殺す気だったのか。ハエを叩くより容易く、その弾丸のすべてを右手だけで空中でつかみ取る。
遥香が私の声で怒りを込めて言い放つ。
「琴音・・・そのまま、動くな。遥香だけ頼む。あとは、私が、全部片づける。何も、しなくていい。」
遥香の怒りは、私の身体からあふれ出ていた。
「なんだ、こいつ!同じ顔!?」
「銃が!銃が効かない!」
マカロフを持っている耳ピアス野郎に、一瞬で肉薄する。
さらに顔面に向かって発砲されたが、遥香は躱すどころか瞬き一つすらしない。
額に当たったマカロフの9×18ミリは、その肌に跡を残すことすらできず、斜め前方へはじかれる。
マカロフの装弾数は8+1発。すでに5発の発砲を確認したから、最大でも残り4発。流れ弾の危険があるから、まずはこれを奪うべきか。
耳ピアス野郎がマカロフを構えている両手を、その上から左手で覆うようにつかみ、前に引く。
「うわっ!っ!ぎゃああぁぁ!」
たいした力も入れていないのに、たったそれだけで男の両手は粘土細工のように引き千切れ、そしてその手首から先はマカロフごと握りつぶされた。
大量の血が噴く両手首を顔の前に掲げ、魂消るような悲鳴を上げている男の足を蹴り払うと、払ったところから両足ともに引き千切れ、その体はブーメランのように回転しながらガラクタに突っ込んだ。
「ひぃっ!く、来るな!化け物!」
ひょろっとした背の高い男が、木製のバットに釘を打ち込んだものを振り回している。
赤い血が付いたそれは、遥香を殴った跡だろうか。
正面から接近し、バットの中ほどを握り、そのまま顎に叩き込む。
握ったところから砕けるように折れたそれは、ひょろ男の下顎を引き千切り、後ろの壁に突き刺さった。
間髪入れず、男の左手をつかみ、床に向かって叩きつける。軽く引っ張ったところで、スカッと腕が抜けてしまった。文字通り、つかんだところの少し上から。
なんという、脆さ。こんなものを頼みに人の幸せを踏みにじったのか。
ちぎり取った左手を床に叩きつけると、水風船が割れたように飛び散った。
次は誰だ。一歩踏み出そうとした瞬間。バン!という音とともに、背中に何かが当たった。・・・せーラー服に引っかかったこれは・・・?電極か。
「これでもくらえ!」
後ろを向くと、チビ男が、パチパチと不快な音を立てる銃のようなものを構えている。
密造のテイザーガンか。
電極から確かに電流が流れてきてはいるのだが、たかだか100万ボルト程度だ。雷神の神格を降ろした私に効くはずがないだろう。
つながったワイヤー越しに、チビ男に魔力と電流をかるく叩き込む。
ワイヤーを一瞬で溶かし蒸発させるほどの電流は、一瞬でチビ男の腕と密造テイザーガンを焼き切り、両腕を炭化させたチビ男は数度痙攣した後、動かなくなった。
《遥香!殺しちゃダメ!》
ただ殺すなんてもったいないよ。こいつらにはもっと生き地獄を味わってもらわなくてはいけないんだ!
「安心しろ、手加減はしている。殺さないように、だけな。」
いつもは無表情な遥香も、私の身体を使っているときは表情豊かなのだろうか、ニヤッと笑っているのが分かる。
「さて、あと男が三人。女が二人。どうする?せめてもの抵抗でもしてみるか?それとも命乞いでもしてみるかね?」
・・・魔女は命乞いなんて聞く気もない癖に。
「お、俺は抜ける!こんな化け物に付き合ってられるか!」
「おい!お前だって散々楽しんだだろうが!」
「いや!来ないで!謝るから!許して!」
「アタシは遅れてきたんだ!だからまだ何もしていない!」
「ちょっ!お前ら!逃げんじゃねーよ!たかが女一人だ!」
許すわけないでしょ。これだけのことをしておいて。・・・ほぉう?一人だけ殺る気の奴がいるわね?
「俺に任せろ!」
一番ガタイがよさそうな大男が、どこに置いてあったか知らないが拵の立派な日本刀を抜き放つ。
・・・珍しいな。あれは打刀ではなく太刀だ。
正眼に構えられたそれは、互の目の刃文に柾目肌の地鉄、血曇りなど一切なく、それなりに良い刀だと遥香の知識で分かる。
・・・どこで盗んできたのか。
いい得物を持ったからと言って強くなれるわけではないんだよ、と。
しかし、刀を持っているのに腰が引けていないということは、コイツ、人を切ったことがあるのか?神降ろしさえしていなければ、いや、装備がL9だけならば、それなりに苦戦したかもしれない。
「イェヤー!」
意外に素早い踏み込みと、袈裟懸けに振り下ろされたそれは、確かに普通の人間ならば大ケガ、いや、致命傷くらいにはなるかもしれない程度の斬撃ではある。
しかし、私は構わず左手のみでそれをつかみ取る。ふふん。示現流の真似事かな。確かに二の太刀要らずだ。お前もこれで終わりだしな。
「!なっ!コイツ!素手で!」
「この身体を傷つけたければ、布都御霊剣か草薙之剣でも持って来なさい。こんなナマクラ、物の数ではないわ。」
そのまま、指の力だけで握りつぶす。
鳴くような音を立てて、握りつぶされた刀は、その刃渡りの三分の二を失い、へし折れた。
「さて、勇敢にも向かってきたあなたにはご褒美をあげましょうか。」
へし折った切っ先をそのまま男の下腹部に刺し入れ、円を描くように動かす。
「ぎゃああぁぁ!」
「どうせ死ぬんだからもう使わないと思って、汚いところを先に切り取ってあげたわ。感謝しなさい。」
大男は、股間を抑え、その場にうずくまった。逃げないように両膝を踏みつぶしておく。
《・・・おい、千弦。いつの間にか、お前が口だけ主導権を握り始めているんだが・・・?》
お。・・・いわれてみれば、結構私の思い通りに口が動いている。いけない、遥香にコントロールを預けておかなくては。神降ろしの性能なんて知らないし。
「姉さん!急いで!遥香がもう持たない!」
琴音の声が響き渡る。
《・・・そろそろ終わらせようか。》
遥香にコントロールを預けなおそうとした時だった。
「おい!お前ら!ここで何している!」
声のしたほうを見ると、階段室のドアが開いたところに館川君が立っていた。
・・・今さら何しに来たのよ?
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
姉さんが戦っている。いや、戦いなんてものではない。一方的な蹂躙だ。
時折聞こえる念話からは、二人の心を焦がすような怒りの感情が流れてくる。
遥香の口調も姉さんと話している時のものになっている。これは、相当キレている。
それに、私は彼女が戦っているところをこの目で見たことはなかったが、これほどまでに強いのか。
素手で銃弾を掴み取り、額に銃弾を受けても眉一つ動かさない。
片手でバットを引きちぎり、触れるだけで人体が千切れ飛ぶ。
電撃を受けても一切意に介さず、逆に雷を相手に落とす。
まるで当然のように刀を受け止め、折るどころか握りつぶす。
・・・真剣だよね!?日本刀って握りつぶせるものなの!?
何より、見た限りでは魔法の詠唱も魔術の術式も一切使っていない。肉眼でも見えるほどの高密度な魔力と、蛇のようにうねる雷光をまとって男たちを無力化していく。
私の方は、両手で遥香の身体を抱きしめながら、回復治癒魔法を使うのが精いっぱいだった。
左腕は何か所も形が変わるほど砕かれていて、場合によっては付け根から切断しなくてはならないかもしれない。腕も大事だけど、まずはそれより、失血死をしないように体中の止血を・・・。いや、まずは診察のために鑑定系の魔法を・・・。
「ううっ。」
遥香の意識が戻ったのか。慌てて顔を覗き込むと、形の整っていたはずの、今はボロボロになった唇から、続けて言葉が紡がれた。
「もう・・・いや・・・ゆるして・・・。」
「遥香!頑張って!絶対助けるから!」
「ことねちゃ・・・わたしはいいから・・・にげて・・・。」
こんなになってまで他人の心配を・・・。
何本か歯が欠けた口からは、何か響くような音まで聞こえる。
慌てて鑑定魔法を使って診断を行う。
「大いなる豊穣を見守りし神の案山子よ。天地を見定めし久延毘古神よ。今一時奇跡の神眼を我に貸し与え給え。」
いけない!折れた肋骨が肺を傷つけている!
外傷性肺気胸!?
空気を逃がすための穴をあけなきゃ!
それだけじゃなくて、これは・・・外傷性大血管損傷!それに・・・外傷性心タンポナーデまで!
魔法で心肺機能の代替をしなくちゃ!あと、麻酔、それから、止血・・・、いや、血中のミオグロビンとカリウムの濃度が上昇している!ああ、手が足りない!間に合わない!
「こと・・ね・・ちゃ・・」
遥香の意識が戻ったと思ったらすぐに混濁し始めた。
「姉さん!急いで!遥香がもう持たない!」
もう、だめだ。私だけの力では、心臓と肺を動かし続けるので精いっぱいだ。
「おい!お前ら!ここで何している!」
声のしたほうを見ると、階段室のドアが開いたところに館川君が立っていた。
もし、魔女in千弦より先に館川君が先に到着していたらどうなったのでしょうか。彼は、自分の正義に従って琴音や遥香を守ることができたのでしょうか。
・・・たぶん、無理でしょうね。彼の本性は次話、明らかになります。
ちなみに遥香がされたことを千弦はすべて見てしまっています。
神格によるフィルターがあるので千弦は実感していませんが、フィルターがない琴音がそれを見た場合、深い傷になるでしょう。
意識を失っていたのは、ある意味幸せだったのかもしれません。