54 少年という名の悪魔たち
遥香のファンの方、もしいたらごめんなさい。
作者もハッピーエンドにしてあげたいキャラなんですが・・・。
11月5日(火)
南雲 琴音
頭が痛い・・・身体の中が焼けるように痛い・・・。動悸もひどい。体の中に大型のエンジンでも入っているような感じだ。それにひどい吐き気がする。背中がひきつるような感覚もある。
信じられないような体の重さの体を動かし、まとまらない思考を何とかまとめようとしながら目を開くと、そこはどこかの工事現場のような、地下室のような場所だった。
手を動かそうとして、初めて後ろ手に何か手錠のようなもので拘束されていることに気付く。
「ここは・・・。遥香?遥香!どこ!」
先ほどまで遥香と一緒だったことを思い出し、あたりを見回すと、何かの台や箱のようなものに腰を掛けている7~8人の男の姿があった。・・・女も2人いる。
「遅いお目覚めのようで。」
半分が金髪の、十代半ばくらいの女が煙草をくわえながら小馬鹿にするように言う。
「あんた、誰よ?」
半分金髪頭を睨みつけながら誰何すると、くわえた煙草を吐き捨てながら近寄ってきた。
火はついてないようだが。
「コトネちゃん、だっけ?そんなことより自分の心配したほうがいいよ?まっちゃんが時間どおりに来なけりゃアンタもああなるんだから。」
妙に上擦った声でニヤニヤしながら顎で指す方を見ると、ぼろぼろのセーラー服をまとい、一目見て男の体液に汚れたとわかる、髪の長い少女がうつぶせになって暗がりに倒れていた。
その左腕は変なところから折れ曲がり、何本かの指が欠損している。
・・・体のいたるところに痣や切り傷、焼きごてを押し当てられたかのような火傷まであるそれは、両足の間から大量の血を流し、身動き一つしていなかった。
・・・うそ。まさか、そんな・・・。
「お、コトネちゃん、目、さめた?待ちくたびれたよ~。あんまり待ちくたびれて、先にクガミちゃんと遊ばせてもらってたよ~。」
鼻ピアスの男が赤く濡れたナイフを片手にフラフラと歩いてきた。
・・・体育館で血だまりに沈んでいた遥香の姿がフラッシュバックする。いや、彼女の恐怖は、絶望はあの時の比ではない。
「あんまりあばれるからさ、思わず殴りすぎてさぁ?せっかくかわいいツラ拝みながらヒイヒイ泣かせようと思ったのに、ちっとも気持ちよくならないみたいだし、ヤってる途中から血とゲロしか吐かなくなっててさ。なんかムカつくからキザみながらヤってやったんだよ!」
鼻ピアスの男がそう言いながら、遥香の薬指がついたままのリングシールドを、近くのゴミの山に放り投げた。
「かわいそ〜。彼氏からもらった指輪かな〜。もう結婚指輪、一生出来ないね〜。」
「その前に死んじゃいそうだけどね〜?」
耳ピアスの男や、肥満気味の男はゲラゲラと品のない笑い声をあげながら、足で遥香の脇腹や頭を小突いている。
あまりのことに何も言葉が出ない。たった、一日。今年の2月14日から昨日まで、死の淵を彷徨って、やっとの思いで戻ってきた身体で、ずっと憧れだった日常生活に戻れて・・・。
彼女の笑顔は、太陽のようで、幸せそうな姿は、見ているだけでこちらまで楽しくなって・・・。
「途中までいいのが撮れたのに、花田と多賀が切り刻むから・・・。せっかくのビデオがポルノムービーじゃなくてスナッフムービーだよ、まったく。」
視界の隅で小柄な男が撮影機材のようなものを移動している。
・・・あの、可憐な、人を傷つけることも知らない遥香に、何をした?
「うるせーぞ、小野田!キザむ前におめーだって十分楽しんだだろうが!」
どう、しよう。遙一郎さんと香織さんに、娘さんのことはお任せください、って言ったのに・・・。
遙一郎さん、私にも、魔女にも感謝する、って言ってたのに・・・。
「せっかくの初物だし、もっと長く楽しみたかったんだよ、俺は。」
「アハハっ。しっかり過熱したバールで掻き回したから、妊娠の心配はないね!もう二度と出来ないかもだけど!」
半分金髪頭の近くにいた、眉が細い女が笑っている。
半分金髪頭でさえ、顔をしかめている。
胸が、痛い・・・。視界が、遠くなったり近くなったり、揺れている。
・・・遥香は、ママとパパと一緒に上野で食べたクレープがおいしかったって言って、今度は琴音ちゃんも一緒に行こうって誘ってくれて、冬休みスキーに連れて行く約束をして、そしたら、スキーは生まれて初めてだって花が咲いたように笑って喜んでくれて、それから、それから、それから・・・。
「最初のころは泣きわめいていたんだよ~?イタイイタイって。コトネちゃん、助けて~って。もうちょっと早く目が覚めれば、クガミちゃんと一緒に泣かせてあげたのにさ~?」
その時、うつぶせで動かなかった遥香の肩が少し動いた。・・・まだ生きている!
まだ、助けられるかもしれない!
「猛き風よ・・・我が身に集いて敵を討つ力となれ・・・堅き磐よ、此の身を纏いて砦となれ・・・。」
慎重に、可能な限りの丁寧さで、可能な限りの魔力を込めて・・・。
「あ?なんだって?何か言ったか?それとも恐怖でおかしくなったか?」
このクズどもが。一分、一秒でも早く殴り倒して遥香を助けてやる!魔女の力で、身体を新品にしてもらって、それから、記憶干渉術式でこの嫌な記憶を消してもらって、それから・・・!
身体強化魔法と防御魔法を順番に発動し、後ろで拘束している何か、金属のようなものを力の限り引き千切る。
金切り声のような音とともに引き千切れたそれは、やはり鉄製の手錠のようなものだった。
「こ、このアマ!素手でスチールの手錠をぶっ壊しやがった!」
「まっちゃんが来るまで逃がしちゃだめ!」
チンピラどもの男女が、癇に障る声で叫んでいる。
しかし、フレキシブルソードは手元になく、リングシールドでは威力が足りない。腕の一本、いや、手足の4本くらい引き千切ってやらないと気が済まない!
・・・強制身体制御魔法は、魔力の消費が激しすぎて連発できない・・・。私に使える魔法は、あと、何がある!?
・・・そうだ!
強化した足で、鼻ピアス野郎に肉薄し、その首を掴んで素早く魔法の詠唱を行う。これならどうだ!
「勇壮たる風よ!汝が翼を今ひと時彼の者に貸し与え給え!」
地下で、行先をポイントで設定せず、距離で設定してやれば!行先を直上30万キロにセットして、詠唱の一部を改ざんして長距離跳躍魔法を行使する。
・・・飛ぶのはお前だけだ・・・月軌道まで飛んでいけ!
次の瞬間、鼻ピアス野郎は恐ろしい勢いで地下室の天井にたたきつけられた。鉄筋コンクリートの天井を叩き割り、天井に張り付いた後、重力で落ちてくる。
「かっ・・・。ぐ・・・。」
鼻ピアス野郎は頸椎が折れたか、首を直角に曲げたまま痙攣している。くそ、加速が足りなかったか。まだ生きていやがる。さて、あと・・・9人か?
「おまえ!今、何をした!」
よし、次は水平にとばしてやるか・・・。
続けて床を強く蹴り、すぐ近くにいた肥満男に肉薄する。
踏み出すとともにコンクリートの床は大きく砕け、宙に破片が舞う。
「勇壮たる風よ!汝が翼を今ひと時彼の者に貸し与え給え!」
肥満男の顔面を鷲掴みにし、同じことを繰り返す。ただし、今度は水平方向、30万キロ。
ズン!という音とともにノーバウンドで壁に叩きつけられた肥満男は、崩れた壁に右肩から突き刺さるような姿勢で動かなくなる。
「ブタが人の言葉を喋らないで。こっちまで恥ずかしくなる。」
心のそこから軽蔑し、吐き捨てる。
・・・それにしても、なぜ死なない?まさか、長距離跳躍魔法には跳躍する者を保護するガードでもあるのか?
それでも構わない。ただ殺すだけでは足りない。産まれたことを後悔させてから殺してやる!
「遥香、いま、助けるから!」
あと、8人。
周囲を見回せばフレキシブルソードのホルスターが落ちているのに気付いた。
素早く拾い、魔力を流す。
力強く現れた銀色の刀身は、今私にとって何よりも心強く感じた。
さあ、お前たち、コレで切り刻んでやる。あの子が受けた傷の何倍でも!
そんなことを考え、フレキシブルソードを正眼に構えたとき、何キロも走ったような、腕が抜けるような感覚が来た。
・・・こんな時に!魔力が半分近くになっている!なんで、こんな時に、少ない魔力が足を引っ張るんだ!なんで、私は姉さんより魔力が少ないんだ!
遥香の生命維持のために、これ以上の魔力の無駄使いは出来ない。
あと、8人。コイツらを殺すだけなら簡単なのに!
《琴音!無事か!》
突然、イヤーカフから遥香の声がする。ハッとして倒れている遥香を見たが、うつぶせになったままかろうじて呼吸をしているだけのようだった。
《遥香・・・魔女の方の・・・お願い、早く来て!遥香が死んじゃう!》
《任せろ!あと、5,4,3,2,1、いま!》
そのカウントダウンどおりに、肉眼でも見えるほどの超高密度の魔力と、青白い雷光を何本も身にまとった姉さんが地下室の天井を叩き割りながら目の前に降り立った。
「琴音!おそくなった!助けに来たぞ!」
《琴音!遥香は!オリジナルは!》
遥香が姉さんを動かしている、のか。何も言わず、暗がりにうつぶせになっている遥香を指さす。
《・・・遥香・・・。ひどい・・・なんてこと・・・。》
「琴音、お前、その背中、どうした・・・?」
遥香と姉さんが別々のことに反応する。
「ああ、この背中?なんか、テイザーガンのようなもの?を打ち込まれて・・・肩がこれ以上、上がらないけど、どうでもいいわよ、今はそんなこと・・・。」
「おい!無視してんじゃねぇよ!」
耳ピアス野郎が銃のようなものを取り出し、姉さんに向かって何発も発砲する。
しかし、姉さんがその右手をブンっという音ともに動かした瞬間、その手には何発かの銃弾が握られていた。
「琴音・・・そのまま、動くな。あとは、私が、全部片づける。何も、しなくていい。」
姉さんの身体が、雷鳴のような音とともに消えたと思うと、一方的な蹂躙が始まった。
魔女が千弦に神格を降ろしましたが、これは遥香の身体ではできないようです。
千弦の身体ならではの芸当だったんですね。あれ?だったら琴音でも同じことができるような気が?