53 魔女、暴走
今回と次回の話にはショッキングな描写があります。苦手な方は、二話、飛ばしてください。
え?そんなのいつもだろうって。
いや、今回は書いてて作者も気分が悪くなりましたから。
11月5日(火)
南雲 千弦
手品部の面々が練習をしている部室から出て、トイレの便座に腰を下ろしている最中だった。
《姉さん、助けて!》
琴音の切羽詰まったような思念波が、イヤーカフから流れてきた。
《どうしたー。また漏らしたかー?》
つい茶化してしまう。
次の瞬間、琴音の絶叫するような思念波が頭の中に響き渡った。思念の内容がめちゃくちゃだ。
《く、あああぁぁ!》
何が起きている!?
遥香に教わったとおり、ただちに五感共有機能をオンにする。
これで向こうもオンにしてくれていればいいのだが・・・。
五感共有機能をオンにしてから2秒ぐらいだろうか、琴音側も五感共有機能をオンにしたのだろう。
全身にかなり高い電圧の電流が流れるのを感じた。
《あばばばばば!》
思わず一緒になって感電してしまう。
その直後、琴音は意識を失ったようで感電は止まったのだが、意識が飛ぶ直前に白いハイエースと何人かの男たち、そしておそらくは密造のテイザーガンらしきものが見えた。
正確な場所はわからなかったが、特徴的な並木道が見えたところを見ると、おそらくは遥香の自宅の近くだ。
《千弦!聞こえるか!》
遥香の思念波が頭の中にこだまする。トイレから飛びだし、部室に飛び込む。
《遥香!二人を助けて!私の身体を使って!》
遥香から先に思念波が来たということは、状況を理解しているのだろう。
各種武装が詰まったポシェットを腰に巻く。ポシェットには修学旅行後、魔女の知識を応用して作った複数の装備が詰まっている。
残念ながら、バイオリンケースとP90は師匠のところでメンテ中だ。
《わかっている!身体を借りるぞ!》
その声に身をゆだねると、遥香は私の身体を駆って手品部の部室の窓からそのまま飛び出し、電磁熱光学迷彩術式と、長距離跳躍魔法、そしてその他複数の術式を同時に発動する。
「術式束、519704329521発動!勇壮たる風よ!汝が翼を今ひと時我に貸し与え給え!」
文化部部室棟の二階にある手品部の窓から私の身体を操って飛び出した遥香は、瞬時に八個の術式を発動しながら長距離跳躍魔法を行使した。
体の中を流れる魔力の大きさに、一瞬で思考がはじけそうになる。
「発動遅延、セット・ワン!百連唱、光よ!集え!そして撃ち抜け!発動遅延、セット・ツー!二百連唱、大地よ!轟け!そして打ち砕け!」
《遥香、今のは!?》
《発動遅延詠唱だ!細かく説明している暇はない!》
「続けて発動遅延、セット・スリー!三百連唱、闇よ!踊れ!そして叩き割れ!発動遅延、セット・フォー!四百連唱、風よ!歌え!そして引き千切れ!発動遅延、セットファイブ!五百連唱、雷よ!、敵を撃て!」
・・・発動寸前で魔法が止まってる!?こんなことが可能なのか!しかも、遥香は五種類もの攻撃魔法をこの状態でストックできるのか!
◇ ◇ ◇
たった20秒もかからず、先ほど見えた、琴音と遥香が襲われたであろう場所が眼下に見えてくる。しかし、たった20秒でも、犯人の車がそこから走り去るのには十分すぎる時間だ。
ここからどうやって追えばいいのだろうかと思案に暮れてしまう。
ところが、遥香はその場所に着地する寸前、300メートルくらい上空で、さらに新たな魔法の詠唱を行った。
「勇壮たる風よ!我に天駆ける翼を与えたまえ!」
次の瞬間、背後で大きな何かが風をはらんだかと思うと、そのまま着地せず滞空した。
・・・一体いくつの術式、いくつの魔法を並列起動しているのか。魔力貯蔵装置も使わずに!
「目標、半径2キロ以内のすべての車両を捕捉!全解放!連唱!」
遥香の詠唱が終わると同時に、ストックされた5種類の魔法が眼下を走るすべての車に襲い掛かる。
ある車はエンジンブロックを光の槍で焼き切られ、または隆起した土の柱に激突し、または内側からはじけたように運転席が露出している。車軸を引きちぎられた車や、雷で外装を溶かされた車まである。
今、この一瞬で攻撃魔法何発分の魔力を解き放った!?百や二百じゃすまないよ!?っていうか、さっきの何とかクタ連唱って魔法を束ねて詠唱してるの!?
《ちょっと遥香!何人巻きこむのよ!》
《知ったことか!琴音さえ生きてればいい!》
・・・遥香に体を貸している、いや乗っ取られている状態だから分かる。コイツ、完全に暴走している!っていうか、遥香はどうでもいいのか?
《そうだ!琴音のイヤーカフ!追尾できるんじゃない!》
《っそうか!・・・琴音、どこにいる!》
遥香の認識している映像が私の脳裏にも流れる。いや、私の脳裏に流れているものを遥香が見ているのか。
「いた!クソ、首都高にもう乗っているだと!?・・・逃がすか!時の始原にありし鋭角を渡る獣よ!不浄なる青黒き猟犬よ!我は汝が王なり!来たれ!ハウンドオブティンダ・・・」
・・・遥香!何を召喚するつもりだ!
直感がそれは喚んではまずいものだと叫んでいる!
《ちょっと待って!琴音まで巻き込むつもり!?》
《ぐっ!くそ、遠すぎる!狙いが定まらん。収束光撃魔法でも琴音まで巻き込む。・・・琴音の魔力が完全に途絶した。クソ、見失ったか。・・・しかたがない、少々無茶をしてもいいか?》
《遥香と琴音が無事ならそれでもいい!》
《寿命が数年は縮むかもしれないが、覚悟しろよ!・・・神格を降ろすぞ!》
《・・・琴音の、ためなら!》
私の言葉に、遥香は意を決したかのように近くのビルの屋上に降り立つと、平文で何かを唱え始めた。
「かけまくもかしこきたけみかづちのおおかみの・・・・きよきこころのまことをさきとし・・・たたえごとをえたてまつるこのさまを、・・・のびさいわいまどかにして・・・かしこみかしこみももうす・・・。」
・・・祝詞?たけみかづち?どこかで聞いたような・・・?
詠唱らしきものが終わった次の瞬間、ズドン!という雷が落ちたかのような衝撃とともに私の目の前は真っ白い光で満たされた。
◇ ◇ ◇
久神 遥香
息切れしない胸、すっきりした頭、どれだけ歩いても痛くならない足・・・。魔女さんに会わなければ、絶対に手に入れることができなかったことを噛みしめながら、仲の良い友達と下校する。
誰もが当たり前に手に入れているのかもしれない、でも私にとっては何物にも代えがたい日常に、心の底から感謝しながら、琴音ちゃんと一緒に歩き慣れた川沿いの並木道を自宅に向かって歩いていた。
家まであと100メートルくらいになった所で、白いワンボックスカーが進行方向をふさぐように停車する。
「なに?いきなりなんなの!?」
私の言葉を無視して、止まった車から顔をスカーフのようなもので隠した体の大きな男の人が飛び出してきた。その男は私の腕を乱暴につかみ、すごい力で車の中に引きずり込む。
「猛き風よ!我が身に集いて敵を討つ力となれ!」
琴音ちゃんが聞いたことがない、でもとても力強い声で何かを叫んだ。きっと魔法だ!
これで大丈夫、と思った瞬間だった。
バン!という爆竹か何かが破裂したような乾いた音とともに琴音ちゃんの悲鳴が響き渡った。
「あぁぁ!」
琴音ちゃんは大きな悲鳴を上げ、全身を硬直させながらそのまま地面に倒れこむ。
倒れこんだ拍子に頭を打ったのか、額から赤い筋が垂れている。
「琴音ちゃん!誰か!もがっ?」
慌てて助けを呼ぼうとするも、口に何かを押し込まれ、それ以上叫ぶこともできずに車の中に引きずり込まれた。
鼻に大きなピアスをした、体の大きな男が顔を近づける。
思わず顔をそらそうとするが、大きな手で強く顎を掴まれて動かすことができない。
「クガミちゃ~ん?写真で見るよりかわいいね~?泣きそうな顔がまたソソるね~?」
体を硬くして抵抗しようとするけど、鼻ピアスの男はそんなことはお構いなしに私の肩を乱暴につかみ、頬を舌で舐め上げた。そのまま唇に顔を近づけてくる。
恐怖で声が出ない。カチカチと自分の歯が鳴る音が聞こえる。
・・・臭い。いやだ、ファーストキスの相手がこんな汚い男だなんて!
もう少しで唇が奪われそうになった瞬間、肥満気味の男が鼻ピアスの男の肩を掴んで私から引き剥がした。
「花田ぁ!お前、さっきじゃんけんで負けたろぉ?順番は守れよぉ!」
「そうそう!お前の後んなるのは臭くてヤだからな!」
花田と呼ばれた鼻ピアスの男は、乱暴に私の頭を座席に向かってたたきつけると、向き直って耳にたくさんピアスをつけた音につかみかかって文句を言っている。
「誰が臭いって!?殺すぞ、多賀ぁ!」
「てめえら!車の中で騒ぐな!事故ったら面倒なことになるんだぞ!」
・・・お願いだから私を家に帰して!
「どーでもいい、順番だ、俺からヤるぞ!」
そう言うや否や、肥満気味の男がセーラー服を力ずくで引き裂き、下着に手をかける。
いやだ、こんなのが初めての相手になるなんて。そう思って暴れたとき、ウィンドウガラスに左手が当たって硬い音を立てた。
・・・そうだ、魔女さんからもらった、リングシールド!
左薬指にある金色の指輪を確認し、肥満気味の男に向かって構えると同時に神経を集中した。
ボン!という音ともに緑色の六角形と五角形を組み合わせた、緑色の半透明の障壁が現れる。
障壁は、肥満気味の男を強く押し、そのまま運転席と助手席の間に押し出した。
「てっ、てめえ!今何しやがった!」
鼻ピアスの男と耳ピアスの男が怒鳴りながら私につかみかかる。
目を瞑りながら運び込まれたまま動かない琴音ちゃんを強く抱きしめ、もう一度リングシールドに神経を集中しようとした瞬間だった。
パン!という、さっきとは違う音が社内に鳴り響き、左脹脛に衝撃があり、すぐに熱くなる。
「おい!宝田ぁ!車の中でマカロフ撃つんじゃねーよ!」
左足に目線をやると、左脛から噴き出している赤い何かが左の靴下を濡らしていた。
「ひぃ!あっ。あ、あ・・・。」
パニックで声も出ない。鉄砲?私、鉄砲で撃たれた!?
「このアマ!殺してから犯してやる!」
「おい!顔はやめろよ!不細工なツラだと勃つモンも勃たなくなる。」
前の座席から戻ってきた肥満気味の男がそう叫んで私に馬乗りになると、腹を何発も、何発も殴られた。あまりにも強く殴られて、胃の中にあった何かが口からあふれてすぐ、息ができなくなり視界が暗転した。
直接的な性的描写はなるべく避けています。
暴力描写は避けようもありませんが・・・。