52 初登校・急転直下
さて、厄介なことになりました。遥香と遥香、呼び分けが大変面倒なことになりそうです。
え?作者なんだからどうにかしろよって?もちろんどうにかしますよ。でもストーリーの根幹にかかわってくるのであと数話、お待ちください。
11月5日(火)
久神 遥香
昨日の夜、晩ご飯が終わって部屋に戻ったころ、千弦ちゃんから電話がかかってきた。LINEとかメールとかではなく、音声通話の。
千弦ちゃん、いや、後でわかったんだけど魔女さんの話だと、私が3月14日に死んでからずっと私の身体を使っていたんだって。
知らない人に勝手に身体を使われるのは、普通は気持ち悪いんじゃないかと思うけど、どういうわけか私はほとんど気にならなかった。
そもそも、急性骨髄性白血病で脳まで壊れていた人間が、朝起きて登校できるだけでも感謝しなきゃ。私の身体を治してくれた魔女さんには感謝している。
そういえば、2月14日からの記憶がはっきりしない。なにか、こう、気持ちの悪い夢を見ていたような気がするんだけど、思い出せない。大事なこと・・・のような気がするんだけどな。
初登校の支度を終えて玄関に向かうと、玄関チャイムが鳴った。
「おはよう、遥香。通学経路が分からないと困るから、迎えに来たよ。」
・・・?
千弦ちゃんが二人いる?
あ、妹の琴音ちゃんか。でも、どっちが千弦ちゃんでどっちが琴音ちゃんだろう?メガネ以外には全く区別がつかない。
「おはよう、千弦ちゃん。ええっと、おはよう、琴音ちゃん?」
昨日、千弦ちゃんはメガネをかけていたから、こっちが千弦ちゃんでいいんだよね?
「遥香、千弦はそっち。私は琴音だよ。」
うわぁ、逆だった。
「ごめんなさい、琴音ちゃん。メガネをかけてないほうが千弦ちゃんだね。コンタクトにしてるの?」
「いや、私はコンタクトは嫌いで・・・。」
「姉さん、コンタクトが怖くてできないくせにメガネもかけないのよね。・・・なんでかしら?」
そういえば、魔女さんが入っていた時に比べて目つきが少し悪い・・・いや、鋭い気がする。これは視力が悪いせいだったんだ。
「しばらく毎朝迎えに来てあげるから。ただ、私は手品部の部長としての活動があるから帰りは琴音と一緒ね。」
千弦ちゃんがそう言うと、琴音ちゃんは頭をポリポリとかきながら言った。
「遥香・・・いや、魔女がいないから長距離跳躍魔法を使えるのは今のところ私だけなのよね・・・。姉さんが先に詠唱も魔力制御も覚えたのに、どういうわけか私しか成功しなかったし。」
「いや、たとえ使えても使いたくないわよ。あんな絶叫魔法。」
「姉さんはもともと魔術師だし、魔力回路側で無意識にセーブでもしてるのかしらね?」
長距離跳躍魔法?絶叫魔法?なにかすごそうな響きだ。私も使ってみたい。
実は、昨日家に帰ってからあのリングシールドを使っていろいろ試してみたんだけど、一向に魔力が切れる気配がないのよね。魔女さんは魔力が尽きてすぐバテると言っていたけど。
日暮里・舎人ライナーの上りに乗って終点の一つ前で降りると、駅から歩いて1分もしないところに私が通っているらしい高校があった。
中高一貫の超進学校であるこの高校は、中学入学組と高校入学組の二種類の生徒が通っているらしく、千弦ちゃんと琴音ちゃんは中学から入ったらしい。
千弦ちゃんと別れて教室に入ると、斜め後ろの席に大きなピアスとトゲのついたチョーカーを付けた背の高い女の子が座っていた。
「お。遥香っち、コトねん、おはよう。」
「咲間さん、おっはー。」
この人が咲間恵さんか。魔女さんの言った通り、背が高くてパンクなイメージのクールビューティって感じの人だ。新高って言われてるけど、高校から入ってきた人のことらしい。
「お、おはようございます。」
つい、おずおずと挨拶をしたが、咲間さんはあまり気にしていないようだ。魔女さんが全部話を通してくれてあるって言ってたっけ。
1時限目の授業が始まってすぐ、超進学校のカリキュラムについていけるかどうかという心配は全部吹っ飛んだ。だって、不思議と全部わかるんだもの。
これって、魔女さんの置き土産なのかしら。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
昨日は災難だった。いきなり隣の部屋から姉さんの絶叫が聞こえたと思ったら、何か回収するものがあるとかで、そのまま遥香の家まで往復させられた。姉さんに憑依?した遥香の長距離跳躍魔法で。
修学旅行の最後の日、遥香が咲間さんを納得させるのと、姉さんの武器とお土産をこっそりと持って帰るのとで長距離跳躍魔法を使うのを見たけど、台湾と東京の間を30分もかけずに往復するのを見て単純にすごいと思っていた。
・・・実際に移動してみるのとは大違いだったよ。下着とスカート、汚しちゃったよ。・・・なぜ姉さんが替えの下着とスカートを持っていたのかは知らないけどさ。
回収してきたのは、古い布に包まれた杭のようなものと・・・私が切り落とした遥香の左腕だった。
和香先生のところで、回復治癒魔法の練習で人の切断された手足を何度も繋いでるから気持ち悪いとは思わなかったけど、暴走状態とはいえ自分で切り落とした腕を運んでいるのは、何か犯罪者になった気分だった。
災難は続くもので、姉さん、遥香、私の三人で相談したところ、しばらく遥香の様子をしばらく見るために長距離跳躍魔法を習得しようという話になった。
・・・姉さんは魔術師だから、私が使うことになったよ。やっぱり。
っていうか、遥香と遥香って紛らわしいな。どっちか花子って改名しよう?
「琴音ちゃん、授業のほう、なんとかなりそうだよ。」
お昼休みになって、姉さんと合流してからいつもの四人で学食の券売機で並んでいると、遥香が唐突にそんなことを言い出した。
「遥香、一応学年で一位なんだからそういうことは大きな声で言わないの。・・・で、ここって結構、偏差値の高い進学校だからね。そこで一位を取る遥香も大概なんだけど、半年勉強してないのに何とかなりそうって、もしかして天才なんじゃない?」
そうなのだ、遥香は今年の2月14日から一切勉強していないはずなのだ。やっぱり、遥香の置き土産なんだろうな。
「なあ、久神さんってあんな風に笑うんだ。すげーかわいいよな。」
「おまえは琴音さん推しだろ?推し変する気か?」
「可憐だ・・・もう一回アタックしよう・・・。」
券売機でラーメンの食券を買っていたら、後ろのほうからそんな男どもの声が聞こえてきた。
またラブレター&告白攻撃が始まるのか。・・・遥香、耐えられるかな。
食事中、遥香が妙なことを言い出した。
「ねえ、私の指紋ってもしかして変わった?家にある古いパソコンを使おうとしたら、指紋認証で引っかかって使えなかったんだけど・・・。」
「指紋が変わる?そしたら何か悪さができそうな感じだね。」
咲間さんがはやし立てる。
「琴音、指紋って変えられるものなの?」
・・・指紋が変わる?ああ、もしかするとアレのせいか。
「ああ、それはたぶん、遥香の両手は一度失っているのを再生したからじゃないかな。たしか、修学旅行中に右手は炭化して、・・・左手は切り落とされているよね。もともとの腕を繋いだんじゃなくて、新たに生やしているから、指紋が変わったんじゃないかと思うけど・・・。」
・・・そういえば、暴走して遥香の左腕を切り落とした話だけはしていなかったな。黙っているけど、いつか話したほうがいい、かな?
「私が両手を・・・失った?生えるもんなの?手って?」
遥香が目を丸くして両手を見ている。やっぱり黙っていよう。
「へー。再生すると指紋って変わっちゃうんだ。」
「ああ。だから私の指紋と琴音の指紋が違うんだ。」
咲間さんと姉さんは妙に納得している。まあ、私と姉さんは遺伝子レベルでは完全に一致しているけど、指紋や光彩紋、声紋も違うしね。
そんな感じで女子高生としては微妙な話をしながら昼食を終え、姉さんと別れて教室に戻り、午後の授業を受けた。・・・午後の授業は遥香のやつ、途中から寝てたよ。
◇ ◇ ◇
午後の授業が終わり、咲間さんに保健委員の仕事をお願いしてから、遥香と一緒に下校する。
「さて、一日学校に通ってどうだった?大丈夫そう?」
「大丈夫そうだよ。最初は授業についていけるか不安だったけど、何とかなりそうだし。」
遥香はそう言うけど、ウチの高校って結構しっかりと教えてくれるから、まじめに授業を受けていればそれなりの成績はとれるんだよな。
日暮里・舎人ライナーに乗って揺られること約20分。
終点で降りて、閑静な住宅街を歩き、遥香の家まであと100メートルちょっと、というところで、いきなり白いワンボックスカーが進行方向をふさぐように停車した。
「なに?いきなりなんなの!?」
ワンボックスカーのドアが開き、中からガラの悪い男が4人、降りてくる。
遥香が驚きの声をあげるのも気にせず、その手をつかみ、つれていこうとする。
なんだ?誘拐か?
「猛き風よ!我が身に集いて敵を討つ力となれ!」
素早く身体強化魔法を唱え、スカートの裏地に刻まれた高機動術式を起動する。
背中のホルスターに手をやり、フレキシブルソードを引き抜こうとした瞬間だった。
バン!という音とともに全身に電流が流れる。
倒れながら後ろを見ると、男が銃のようなものに2本のワイヤーがついたものを構えて立っていた。
「あぁぁ!」
テイザーガンとかいうやつ、だ。流れる電流で体が硬直して、背中に刺さった電極を抜くことができない。
自分の口から変な声が息と一緒に出る。横隔膜が痙攣しているのか。
視界のいたるところで、パチパチと火花のようなものが飛んでいるような気がする。
自分が感電したことはないけど、感電した患者は見たことがあったな。電紋ってなかなか消えないのよね・・・。
くだらないことを考えている暇はない。何とかしなければ。
《姉さん、助けて!》
姉さんに念話のイヤーカフで助けを求めると、すぐに間延びしたような声が返ってきた。
《どうしたー。また漏らしたかー?》
《く、あああぁぁ!》
全身に走る電流のせいで思念が安定しない。息もできず、パニックになっている。
せめてこの状況を知らせなければ!
念話のイヤーカフの五感共有機能をかまわず使い、今の状況を姉さんに共有する。
《あばばばばば!》
念話の向こうで姉さんも感電しているようだ。
テイザーガンの使い方を知らないか、そもそも密造品のテイザーガンなのかは知らないけど、延々と電流を流し続けられたおかげで、防御系の魔法を詠唱することも、術式を起動することもできず、そのまま視界が暗転した。
・・・スタンガン系で意識が飛ぶって、どんだけの電気を流してるのよ・・・。
実は、スタンガンを使っても人間を気絶させることは通常できません。
スタンガンには通常9Vの箱型乾電池が1個~2個程度使われており、昇圧回路を用いてボルトを上げ、アンペアを下げる形で相手の皮膚や洋服を貫通して電気を打ち込む構造になっているため、人体に対するダメージはわずか乾電池1個~2個分です。
ところが、この構造を知らない人間がスタンガン=電気ショック、だったら弱い乾電池じゃなくてカーバッテリーを使えばいいじゃん、とか、キャンプ用モバイルバッテリーを使えばいいや等、非致死性兵器であることの理由を忘れて密造することがあります。
これは極めて危険で、感電した人間は良くて後遺症、下手すれば死亡、なんてことがままあります。
琴音が食らったのはどちらのタイプなんでしょうか・・・。