51 「遥香」の異変②
遥香が戻ってきました。一度死んだ人間が、たとえ身体が完全な状態で維持されていたとしても生き返ることに何か問題は起きないのでしょうか。
11月4日(月)
???
長い夢を見ていたような気がする。
バレンタインの日、彼がガラス越しにこちらを見て何か言っていたっけな。そのあと、どうしたんだっけ?あれから何日たったんだろう。
それにここはどこ?博物館・・・のようなところだと思うけど、こんな場所知らない。
身に着けているのは、去年の秋にパパに買ってもらった薄水色のワンピースと、初めて見る赤いエナメルの靴、それと・・・左薬指に金色の指輪?すごくきれい・・・
「遥香、どこか痛いところない?気分は悪くない?吐き気とか頭痛とか、大丈夫?それとも疲れちゃった?」
近くにあったベンチに座らされた私の顔を、ママが心配そうに見ている。
「うん・・・。大丈夫。どこも痛くない。気分も悪くないし、疲れたわけでもない・・・と思う。ちょっとおなかがすいてる、のかな?」
とても不思議なことに、さっきまで集中治療室のベッドで寝ていたとは思えないほど体が軽い。背中に羽でも生えたみたいだ。
突然、パパのスマホが名作RPGの序曲を奏でる。パパ、まだその曲を着信音にしていたんだ。
「はい、久神です。・・・どういう状況だ?まさかと思うが・・・今この体の中にいるのは・・・。」
なんだろう?仕事の電話かな?
「とりあえず、展示は全部見たから何か食べに行きましょうよ。遥香、歩ける?」
クリスマスの頃からずっと感じていた倦怠感や頭痛、吐き気といったものは一切なく、これまで感じたことがないような気持ちのいい空腹を感じていた私は、ママの言葉に力強く頷き、博物館を出ることにした。
◇ ◇ ◇
博物館の敷地を出ようとしたとき、向こうからメガネをかけて、白いブラウスの襟に緑色のリボンを結んだ、・・・緑と黒のまだら模様?のミニのフレアスカートを着た女の子が手を振りながら走ってきた。
それを見たパパがなぜか手をあげている。パパの知り合いかしら?
「あら、南雲さんじゃない。偶然ね。ええと、琴音さんのほうかしら?」
え、ママも知ってる子なの?それに「コトネさんのほう・・・」って何?
「お久しぶりです、千弦のほうです。その節はお世話になりました。」
・・・さっきから「のほう」って、いったい何だろう?
「遥香、学校の友達が来てくれたんだ、ちょっと話して来たら?パパたちは何か飲み物買ってくるからさ。」
パパはそう言うと、私をその場に残して、ママと二人で公園内の売店か自動販売機を探して歩いて行ってしまった。・・・どうしよう。こんな子知らないのに。
「さて、遥香。いきなりのことで、さぞ混乱していることだろう。幸い、私はその質問に対する答えの全てを知っている。何か聞きたいことはあるか?」
この子は突然現れて何を言っているんだ?・・・とにかく、混乱していることは確かだし、聞くだけ聞いてみよう、かな。
「ええと、あなたは誰?」
「私は、というよりこの体の持ち主は南雲千弦、君の今の友達だ。お互いの家に行ったこともあれば、泊まったこともある。」
この体の持ち主って、この子、中二病か何かだろうか。それに、男の子みたいなしゃべり方をする。
「ええと、今日は何日?ここはどこ?あれからどれくらい経ったの?」
言ってから気づく。「あれから」だなんて質問の仕方じゃ答えようがないじゃない。
それでも、その子は明確に答えてくれた。
「今日の日付は11月4日、月曜日だ。ここは上野公園、先ほどまで君がいた建物は、東京国立博物館の本館、そして平成館だな。あれ、というのが君が亡くなった日を指すのであれば、7カ月と3週間弱、経過している。」
・・・亡くなった?
「ちょっと!亡くなったって何よ!」
思わず千弦と名乗った子の肩に掴みかかってしまう。
「まあ、落ち着け。とりあえず今は生きているんだからいいじゃないか。」
掴みかかった私の手をやさしく外す彼女の左中指に、私とおそろいの金色の指輪があるのに気付いた。
「そういえばこれって・・・。」
指輪を外し、太陽の光に掲げてみる。とても高価そうだ。
思ったよりもズッシリとした質感を持つそれは、金だけでなく銀色の模様も入っていて、ところどころに魔法陣のような模様と、たくさんの文字か記号のようなものが刻印されている。
スリットにはめ込まれたガラス?の中には炎のような赤い光がチラチラと揺らめいていた。
「ねえ、千弦ちゃん、だっけ?これって何?おそろいの指輪ってことは、私たちってそういう仲なの?」
「それは、ええと、何と説明したらいいかな。とりあえずそれを指に嵌めたまま、前に突き出して神経を集中してみてくれるか?」
言われたとおりに前にかざして集中すると、一瞬だけだったけど、空中に緑色の五角形と六角形が組み合わさったような、半透明の壁が出た。
「うわ!なにこれ!すごい!魔法みたい!」
「正しくは魔術、だ。その指輪はリングシールドと言って、敵から攻撃を受けたときに今やったみたいにすると、バリアーみたいなものが出るんだ。とても貴重なものだからなくさないように注意してくれよ。」
うわ~。魔法ってホントにあったんだ。
調子にのって何回もバリアーを展開していると、その出し方にも慣れてくる。これってどれくらいの攻撃が防げるんだろう。いじめっ子のパンチくらい止められるかな?
「さて、魔法の存在も信じてくれたみたいだし、続きの話を・・・おーい。あまりリングシールドを使いすぎると、魔力が尽きてすぐバテるぞ。」
「ごめんごめん、千弦ちゃんが私の今の友達で、魔法使い?ってことは信じるよ。で、どんな相手と戦ってるの?地球を侵略しようとしている悪の組織でもあるの?私も魔法使いなの?」
思わず興奮して千弦ちゃんの話にくらいついてしまう。
千弦ちゃんは面食らったような顔をしている。
「遥香って・・・こんな性格だったのか・・・。とりあえず、時間が無くなりそうだから手短に説明するぞ。地球侵略をもくろむ悪の組織もいないし、君も魔法使いではない。・・・まあ、魔法なら使おうと思えば使えると思うがな。とにかく、君は今年の3月14日に亡くなって、今生き返った。病気で壊れた体は全部私が治したし、死んでいる間の維持と管理もしていた。」
「うわあ。やっぱり死んでたの、私。」
「・・・君は明日から高校に通学しなくてはならない。私立開明高校2年1組、出席番号7番。」
「よかった、高校留年しなかったんだ。・・・って、え!?開明高校って・・・東京大学合格者数が毎年150人を超えるっていう、あの開明?」
「どの開明だか知らんが、塾のパンフレットの一番前に載っていたからな。適当に選んだ。転入試験は満点だったし、学年順位は1位だから、勉強もがんばれよ。」
千弦ちゃんが妙に生暖かい目をしている。っていうか、私の頭でそんな超進学校で1位なんて取れるわけないじゃないか!
・・・まさか塾のパンフレットに載っていたのって、偏差値順なんじゃない?あそこって偏差値80近くだったような気がするけど・・・。
「呆けているところ悪いが続けるぞ。同じクラスにいる友人は、隣の席が南雲琴音、この顔と同じ顔だ。後ろの席が咲間恵。身長170cmのちょっとパンクなイメージのクールビューティだ。休み時間はいつも三人でいる。魔法使いだっていうことは話してあるから何でも相談しろ。」
ふんふん、ナグモコトネちゃんにサクマメグミちゃんね。・・・同じ顔ってなんだ?
「あれ?千弦ちゃんは?それに、同じ顔って?」
「琴音は千弦の双子の妹だ。そっくり同じ顔をしている。それから、千弦は隣の2年2組だ。千弦にも話しておくから、もし何か困ったことがあったら相談しろ。」
さっきから千弦ちゃんの一人称がおかしい。「私」になったり「千弦」になったり、一定しない。
「ねえ、あなたって・・・千弦ちゃんでいいんだよね・・・?」
「ああ、悪い。もう二人が帰ってきた。細かいことは後で電話するが、新しいスマホの暗証番号は知らないよな?面倒だからお前の誕生日の4桁にしてある。その他のパスワードはスマホの中のメモ帳にあるから確認してくれ。」
向こうからペットボトルのお茶とクレープのようなものを両手に抱えたパパとママが歩いてくる。
慌てるように話を打ち切った千弦ちゃんはベンチから立つとママとパパのところに行き、一礼してその場を去っていった。
「ええぇ~。まだわからないことだらけなのに・・・」
その場に取り残された私は、二人からチョコレートのクレープと、冷たいお茶を受け取り、食べ終わるまでボケーっとベンチに座っていた。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
今日は朝から災難だった。
いきなりイヤーカフから遥香の思念が流れたと思ったら、そのまま体を乗っ取られてしまった。
イヤーカフにそんな機能がついてるなんて聞いてないよ。・・・あれ?遠隔で身体制御の機能があるって言ってたっけか?
・・・乗っ取られてる最中もずっと意識があるのね。とうとう長距離跳躍魔法の詠唱と魔力制御、覚えちゃったよ。あんな絶叫魔法、よほどのことがない限り試してみる気もしないけどさ。
オリジナルの遥香に一通りの説明をしたあと、長距離跳躍魔法で私の部屋に戻ってきたところで遥香が身体のコントロールを返してくれた。乗っ取られているときにそんな大魔法を使われたせいで、身体に何か異常が出るんじゃないかと心配したけど、何も異常は起きていないようだ。
《ねえ、遥香。なんで身体がないのにこの念話のイヤーカフで話ができているわけ?》
・・・遥香と遥香、紛らわしいな。どっちか花子に改名しない?
《私の念話は呪いだ。魔法をベースにしていないタイプのな。それに、身体がないことには慣れているからな。いつもそんなに都合よく適合する身体が落ちているはずはないだろう?》
《身体がないのに慣れているって・・・どういう状況でそうなるのか、少しもわからないんだけど?》
《魔女だって身体が消し飛ぶようなダメージを負うことだってあるさ。最悪、首と胴体だけでも残っていれば何とかやりようもあるんだがな。火山噴火に巻き込まれたり、至近距離で自爆魔法を炸裂させられたり・・・。そうそう、自分で自爆したこともあったっけな。とにかく、それほど珍しい事態じゃあない。》
《私たちとは次元が違うわね・・・。それより、どうするの?このまま誰か別の子が死ぬのを待つの?それとも、だれか探して、あー・・・。》
遥香と別れるのはとてもつらい。同年代で魔法や魔術の話ができる友人はこの年齢になるまで一人もいなかった。
琴音は妹だし、もう一人の自分のようなものなので友人、というのとはちょっと違うと思う。
そんなことより、魔女にとって一番手っ取り早いのは適合する少女の命を・・・。
《何を考えてるかわかるぞ・・・。さすがにそこまでするつもりはないが・・・。今はそんなことよりもな、遥香の身体をそのまま放置するわけにはいかないんだ。》
《どういうこと?やっぱり遥香の身体をもう一度乗っ取るの?》
《いや、それが目的じゃない。聖釘の製法を覚えているか?》
《ああ、あの気持ち悪い杭のこと?遥香の、いや魔女の肋骨が材料って・・・。あれ?材料って、最初の身体の肋骨じゃなくて憑依先の身体の肋骨?》
《さすが、琴音と違って察しがいいな。正解だ。一度でも私が憑依した身体は、聖釘の材料足りうる。聖釘だけでなく、教会が保有する遺物の大部分はそうやって材料を確保したものだ。》
・・・教会って、ほんとクソ野郎だわ。魔女を殺すためと称して魔女の死体から遺物を作っているなんて。・・・あれ?だから「遺物」っていうのか?
《あれ?でも私にも憑依したよね?ってことは・・・》
それに思い当たると、背筋がいきなり凍り付いた。
《それは大丈夫だ。イヤーカフを通じて身体制御と魔力譲渡を行ったに過ぎない。前にも話したと思うが、憑依先に人格情報のデータが残っていると、はじかれて憑依できないんだ。》
遥香の言葉に、胸を撫で下ろす。
《じゃあ、今の遥香の身体ってもしかして・・・。》
一難去ってまた一難、いや、そんなレベルではすまないか。
《ああ、そうだ。全身余すところなく遺物の材料、万が一教会の連中に知られたら、生きたまま切り刻まれるか、下手すりゃアンデッドにされるぞ。》
なんということだ。あんな可愛い女の子を生きたまま切り刻むとか、腐臭の漂うアンデッドにするだなんて・・・。しかも、中身は魔女じゃない、普通の女の子なのに。
《ああ、そうだ。時間があるときにでも健治郎殿に連絡を取ってくれ。一つ、試したいことがある。》
遥香が突然、思い立ったように言った。
《試したいことって?》
《この間の修学旅行で琴音に切断された左腕なんだが、つながずに新しく生やしたんだ。何かの役に立つかと思ってとっておいたんだが、教会に先んじて一つ遺物を作ろうかと思ってな。》
《あんた、遥香の身体をなんだと思ってるのよ・・・。》
うん、やっぱり魔女もどこかおかしい。
《それと千弦。しまってあるのは遥香の部屋のタンスの中だ。一応、腐敗防止の停滞空間魔法をかけてあるが、そろそろ切れる頃合いかもしれん。すまないが今すぐ取りに行ってくれ。》
「ちょっと!なんて場所に隠してんのよ!」
「姉さん、うるさい!」
思わず声が出てしまった。廊下を挟んで隣の部屋から琴音が文句を言いに来たけど、私は悪くない。
そうだ、琴音にも全部話して手伝わせよう。
嫌がる琴音を何とかなだめすかして、遥香(魔女)の長距離跳躍魔法で取りに行ったよ。腕を。
琴音は初めてだったっけ。双子はよく似ているね。案の定、漏らしたけど私もそうだから笑えなかった。・・・琴音、下着とスカートは用意しておいたから。
幸い、遥香とご両親はまだ帰宅していなかったから、堂々と玄関のカギを開けて入り、堂々と帰ってこれた。
電磁熱光学迷彩術式に強制開錠魔法だと・・・?レム〇ルとアバ〇ムじゃねーか。なに?ラ〇ホーも使えるって?どんな犯罪でもし放題だな?これでリ○ミトが使えれば満点だ。
・・・似たようなのがあるだと?うらやましくなんかないやい(嘘)。
琴音と遥香を襲おうとしているヤツらにとってみれば、この状況はまさに天祐としか言えません。
だって、魔女が入っている遥香を襲おうなんて、裸で野生のティラノサウルスを襲おうとするよりも危険でしょうから。
まあ、どうせ逆鱗に触れるのは分かっているんですけどね、