49 廃工場 悪意
本当にホンモノの悪人というヤツは存在するんですよ。
どんなに心を込めて接しても、感謝しない、妬む、裏切る。何かあっても人のせい、自分の欲望を満たすためだったらどんなことも正当化するけど、他人の権利はそれがどれだけ法の下に、あるいは社会的に正当性があろうと一切聞きたくない。
自分を助けてくれた相手でも、些細な欲を満たすために、だます、盗む、そして傷つける。
それでいて、自分に対する加害行為には敏感で、それが勘違いであっても根拠のない正義を振りかざし、わめく、脅す、殴る。
自分が損すると思えば、子供の養育費だろうが、不倫の慰謝料だろうが、自分がケガさせた賠償だろうが、なにかと理由をつけて払わない。
そんなクソ野郎は結構身近にいます。あなたの隣とかにね。
ゆめゆめ警戒を怠らぬよう。
11月3日(日)
館川 優裕
「まっちゃんさ~。女に振られたんだってぇ?こんなにかわいい顔してんのにさ。」
ガラの悪い男女が集まっている廃工場の倉庫で、僕は揶揄われていた。
「うるさい。お前らに何が分かる!」
「無理すんなって。まっちゃんはまだ童貞だろ~。女の気持ちなんて分からなくても仕方ないって。」
両耳に複数の大きなピアスをつけ、左の頬に大きな切り傷のある男がそう言って揶揄っている。
こいつらはうちの道場で世話をしている、暴走族とかヤンキーとかで保護観察になったり少年院から帰ってきた連中だ。
こいつらは父さんが保護司をやっている関係で知り合った。みんな悪人面をしているけど、話してみれば見た目のわりに気のいい連中だ。
見た目は強そうで、ガタイはいいくせに、道場の組み手では誰一人として僕に勝てない。それでいて、腕っぷしと反比例するかのように声と態度だけはやたらと大きい。
以前、近くの暴走族と抗争があった時には、僕まで呼び出された。仮面をしたままの喧嘩だから結構大変だったけど、こいつらの代わりに暴走族の連中をぶちのめしてやった。父さんにはバレていないと思う。
「まっちゃんほど強くて頭のいいイケメンを振るなんてさ、大した女じゃないって。なんならさ、もっといい女紹介しようか?」
幼馴染の半分金髪の娘がそう言って僕を慰めると、ますますみじめになった。
そういうお前は昔、僕が好きだって言った直後に他の男と付き合ってただろ。僕の言うことも聞かずに、そいつに騙されて変なクスリにハマって警察と父さんの世話になったんだろ。
「琴音ちゃんは、優しい良い子なんだ。そこに惚れ込んだ男子たちがわざわざ飛行機酔いして背中を撫でてほしくて行列するくらい、良い子なんだ。あんな子は他にはいないよ。」
我ながら、未練たらたらだ。
「でもさー。まっちゃんを振っただけじゃなくてクラスの連中にシカトまでさせたんだろ?ろくな女じゃないって。」
鼻のピアスが目立つ、大柄な男がそう言う。こいつ、婦女暴行と薬物で少年院に行ったんだよな。
・・・こいつが言うのもなんだけど、そのとおりだ。修学旅行から、いや、真愛碼頭から帰ってきてから、クラスのみんなの態度がおかしかった。クラスどころか、他の学年、いや教師の態度までおかしかった。
昔、琴音ちゃんのお爺さんは九重和彦総理だって噂を聞いたことがあるけど、もし本当ならそっち方面から変な圧力でもかかったんだろうか。
「まっちゃんさ~。いつも荒事で世話んなってんじゃん?今回は俺たちに任せてみない?」
「何をするつもりだ?」
「呼び出して、まっちゃんが話すチャンスを作るだけだって。まだ好きなんだろ~。変なウワサ流したのだって、その女が謝れば許してあげたくなるだろうしさ。」
ふと、琴音ちゃんが泣きながら謝ってる情景が頭に浮かび、軽い興奮を覚えた。
「いいよ、みんなに任せる。でも、ケガさせたりしたらだめだよ。」
「じゃあさ、その子のこと教えてよ。名前と顔、わかるものある?」
いわれるままに、スマホから修学旅行の時に隠し撮りした写真を送る。
「ヒュゥ!すげー美人!これがコトネちゃん?」
「いや、それは琴音ちゃんの友達の久神さんだ。琴音ちゃんは隣にいるメガネをかけている方だ。」
「おれ、この子のこと好きになりそう。コトネちゃんとクガミちゃんは下校するときはいつも一緒にいるん?」
「ああ、教室では隣の席だし、いつも一緒に下校しているのをよく見るよ。」
あれ?琴音ちゃんが下校する時間は、剣道部か保健委員のある日はもっと後だったようなような気がする。お姉さんの千弦ちゃんの方かもしれないけど、今更どうでもいいか。
さすがに、僕の好きな人だって聞いてケガとかさせたりはしないだろう。それに、ちょっとくらい怖い思いをしたって、クラスのみんなにシカトさせた報いだ。僕が颯爽と現れて助けてあげたらきっと感謝して泣きつくだろうさ。
そう言って、僕は廃工場の倉庫を後にした。
◇ ◇ ◇
廃工場 倉庫内
まっちゃんと呼ばれた育ちのよさそうな高校生が去った後、その場に残った十人の男女の雰囲気は一瞬で変わり、それまで変わって悪意に満ちたものとなった。
「俺はまっちゃんのこと、けっこう好きだけどさ。あいつ、いいとこのボンボンじゃん?たまには俺たちのところまで下りてきてほしいと思うんだよね。」
ピアスの、左の頬に大きな切り傷のある男ニヤニヤしながらつぶやく。
「わかるわかる。館川のおじさんには感謝してるけどさ、なんか、いつも安全地帯から言われるのってモヤっとしない?」
頭半分金髪の娘が同意する。
一度道を踏み外した人間は気軽にまた道を踏み外すのだろうか。
彼らの言う「安全地帯」とやらを維持するためにどれだけ社会の理不尽と戦っているのか理解できないのだろうか。
あるいは、この場にいる連中は自らが進んで道を踏み外そうとしていること、世間一般に「悪いこと」を自分がしていることに気づいていないのかもしれない。
だから「たまには」という浅い考え方で、「安全地帯」、「モヤっと」などとといった自分本位な感情だけで他人を害することができてしまう。
一度道を踏み外すことに「たまには」などないというのに。
「で、どうすんのよ?」
「その『コトネちゃん』だったっけ?この人数がいれば簡単にさらえんだろ。ハイエースかなんか用意してさ、ココに連れてこよーぜ。まっちゃんが来るまでちょっとだけ楽しませてもらえりゃそれでいい。おまえら知ってるか?まっちゃん、ココの地下室、知らないんだぜ?」
「へえ、ウケる。大好きな大好きな『コトネちゃん』がドロドッロのグチャグチャになってるのを見て、まっちゃんがどんな顔するか楽しみだな。それにもしまた捕まったら、今度はまっちゃんに脅されたってみんなで言ってやろうぜ。」
「オレ、クガミちゃんの方がいい。」
「人数があるんだから二人じゃ足りないって。」
「このロリコンやろうどもめ。」
鼻ピアスの男がゲラゲラ笑っている。
「まっちゃんが捕まったらさ、館川さん、どんな顔するんだろうね。」
「いつも上から目線でウザいんだよな、あのオヤジ。」
「しかもクソ強いから族仲間に襲わせても返り討ちだしさ。仕方なくガキのまっちゃんに大ケガさせてやろうと思ったらさ、族の連中、全員返り討ちにされてやんの。マジウケる。」
「『コトネちゃん』がグチャグチャにされて、主犯として学校もクビんなったら、まっちゃんマジざまあってカンジ。」
「どうせ捕まらないように撮影して脅すんだろ。警察に言ったらこのビデオ、ネットに流すぞ~ってさ。」
「アハハハ。この前のヤツは結局流したくせに。マジ鬼畜。流されたのがわかった時の女の顔、最高だったね。」
「じゃあ、さっそくさ。そこら辺のハイエースか何か、盗んでくるよ。」
ひとしきり妄想が終わった後、小柄な男がそう言うと、肥満気味の男がそれに付け加えるように言った。
「色は白な。」
「なんだよそれ。」
「こだわりだよ。女さらうハイエースは白ってな。」
ひとしきり下卑た笑い声を響かせた後、八人の男と二人の女はビールやタバコ、何らかの薬物を楽しみ、東の空が明るくなったころ、散り散りに消えていった。
遥香は、いつも教室では琴音と一緒にいますが、下校時はいつも千弦と一緒です。
帰りは、わざわざ千弦と一緒に健治郎叔父さんの家にまで行き、そのあと長距離跳躍魔法で帰宅しています。
ちなみに、健治郎叔父さんの家は千弦たち双子の家のすぐ近くです。
遥香は特に部活に入ってはいませんが、足繫く健治郎叔父さんのところに通っているようなので。
健治郎叔父さんのことが気に入っちゃったんでしょうかね。
それとも術式に興味があるのでしょうかね。