48 ある男の日常
ドアを開けたらそこにはゴジラよりやばい女が立っていた。
・・・冗談です。
後日、魔女がゴジラよりやばいことはしっかり判明しますけどね。
11月2日(土)
九重 健治郎
朝から自宅の研究部屋で、高杉から受け取った角2封筒から暗号資料を出し、復号※していると、久神遥香という人間が「魔女」で間違いないことが分かってきた。
仕事柄、上からの情報も正確ではないことが多いため命令について一々疑う癖がついているが、今回に限っては何かの間違いであって欲しいと思っていたところだ。
今年の3月以前は、世界中のいたるところで魔女に関する事件がたびたび起きていた。
有名な事件でいえば、ボスポラス海峡凍結事件、中台海峡大怪獣事件、武漢壊滅事件、アドリア海赤変事件、ベイルート大爆発事件・・・。
俺がまだガキの頃だが、1994年だったか、シューメーカー・レビー第九彗星消滅事件なんてのもあったな。
地球近傍を超大型の彗星が通過するっていうことで、世界中の天文ファンが望遠鏡を購入したのに無駄にされた事件だ。
まあ、一部報道では地球に直撃するなんて話もあったが。
その時に落とされた人工衛星の数だけでも、新興国が一つ二つ潰れるレベルらしい。
そう考えると、今年の8月の府中通り魔事件、9月の開明高校体育館爆発事故・・・。
妙に規模が小さいのが気になるところではある。
ただ、開明高校の体育館の裏山を調査した人間の話では、えぐり取られた地面が一面ガラス化しており、通常ではありえないほどの高温にさらされたことが分かっているらしい。
また、現場に残された魔力残滓は、全人類最高の魔法使いと謳われる魔法協会の賢者エルリック・ガドガン卿の100倍を優に超えるという。
◇ ◇ ◇
思い悩んでいると、玄関のチャイムが鳴り、勝手にカギを開けて誰か入って来た。
「ししょー。いる~?遊びに来たよ。」
「お邪魔・・・します・・・。」
慌てて資料を封筒に入れ、近くのカラーボックスの後ろに放り込み玄関に向かうと、千弦と、遥香と名乗る魔女がそこに立っていた。
突然のことに驚きながらも、努めて平静を装い、二人に挨拶する。
「やあ、いらっしゃい。千弦、今日来るって言ってたっけ?」
魔女のほうをちらりと見ると、無表情にこちらを見上げている。
人畜無害そうな顔、いや、むしろ男性ならば問答無用で魅了されそうな可憐な姿をしているが、有史以来何人、いや何万人の命を奪ってきたのかと思うと、背筋が凍り付く。
「ししょー?そこに立ってると邪魔。遥香がかわいいからってじろじろ見すぎ。とりあえず上がってもいい?」
「っ!ああ、いらっしゃい。狭いところだけどゆっくりしていってよ。」
来客用のスリッパを出し、二人の足元に並べると、魔女はぺこりと頭を下げてスリッパをはき、研究部屋のほうへ入っていった。
雑多な物が散らばっている部屋だが16畳はあり、真ん中には大きな会議室用テーブルとビジネス用のイスが8脚おいてある。
常時防犯カメラは作動しているが、魔女のことだ。
何らかの対策をしているに違いない。それにしてもいきなりここに来るとは思わなかった。
「で、千弦。こんなところに友達、しかも女の子を連れてきてどうした。ここにはエアガンとか模型しかないぞ?」
二人に背を向け、術式を刻んだエアガンや、術弾印刷をするレーザー刻印機を片付けようとすると、千弦がいきなりとんでもないことを言いだした。
「あ、おじさん。大丈夫だよ。魔術関係や魔法関係のものを隠さなくても。」
その言葉にビクッと体を震わせ、思わず立ち止まる。
「おまえ、何を言ってるのかわかってるのか?」
背を向けたまま、左脇に吊っているSFP9に手をやり、薬室に初弾を送り込む。当然、実銃だ。
この術弾は、千弦に渡した術弾とはわけが違う。
一発で主力戦車を含む、すべての地上及び空中目標を破壊することができるクラスの術式を組んでいる。それがたとえ旧ナチスドイツのラーテでも、だ。
「この子、すごい魔法使いで、かつ熟練の魔術師なの!前に同年代の魔術師の友達が出来たら連れてこい、新しい術式があれば知りたいって言ってたよね?」
確かにそう言ったことは覚えている。
実際、魔法技術が科学技術に押されている今、魔術師同士で親交を深めることは普通にするし、昔と違って術式を隠匿し続けるのが合理的ではないと考える魔術師同士が術式を教えあうことはそう珍しくはない。
薬室に装弾したまま、左脇にSFP9を戻す。
この距離でこんなもん撃ちたくはないんだがな。
確かに魔女であるならば「すごい魔法使いで、かつ熟練の魔術師」だろうよ。
確かに魔術師の友達が出来たら連れてこいと言ったよ。
でも、せめて最初の一人くらい人間を連れてこいよ!
そう絶叫したいのを抑えて、部屋に据え付けられた小型冷蔵庫から、三ツ矢サイダーのペットボトルを三本取り出し、どうぞ、と一声かけてテーブルに置いた。
11月に入ったとはいえ、まだ外は暑かったようで三人そろってペットボトルに手を伸ばす。
「いただきます。」
魔女のみがそう言い、三人で一斉に口をつけた。
「遥香さんだっけ?『すごい魔法使いで、かつ熟練の魔術師』って言ってたけど、どれくらいすごいんだ?」
何気ない話をしようと思い、サイダーを飲みながら聞いてみる。
「伝説の魔女くらい。」
「「ブフォォォ!」」
思わず口の中のサイダーを噴き出してしまう。この馬鹿、いきなり何を言っているんだ。
・・・なぜ魔女までサイダーを噴き出している。
タンスからタオルを出し、魔女に渡すと、何度も礼を言いながら一生懸命口の周りや胸のあたりを拭いていた。
・・・魔女と知らずに話していると、すごく素直でいい子そうなんだけどな・・・。
「まあ、わかったわかった。お前がそんなに褒めるんだから、相当すごいんだろう。何か、オリジナルの術式とかあるかい?」
ニヤリと笑った千弦が、テーブルの上にF35Cの模型とコントローラーのようなものを出す。
あれって、俺の作ったフルカラー3Dポラロイドカメラで作ったやつか。
中空だからラジコンでも組んだか?
さすがにそのサイズで飛ばすのは無理だと思うが。
何も言わず見ていると、そのF35Cは音もなく浮かび上がり、空中で安定したかと思うと、青い光の尾をひきながら部屋の中をゆっくり旋回し始めた。
千弦は、最初だけコントローラーに触っていたが途中から触っていない。
「これは・・・浮いている?浮遊・・・いや、気流制御?まさか、ゴーレムか!?ロストテクノロジーじゃなかったのか!」
「正確にはゴーレム作成および制御術式と慣性制御術式、です。青いのはただのLEDですけど・・・。」
説明する魔女がなぜか恥ずかしそうだ。
ゴーレムでさえロストテクノロジーなのに、それどころか慣性制御、だと・・・?
それって、下手すりゃ現在の科学の教科書が書き換わるレベルのものじゃないか・・・。
「それだけじゃないんだよ!見てて!」
千弦に言われ、空中で停止したF35Cを見ると、だんだん背景に溶け込むかのように透明になっていき、ついには消えてしまった。
「なん・・・だと・・・。」
驚きのあまり、魔女の前だというのに硬直してしまう。
「・・・電磁熱光学迷彩術式、と言います。レーダー、サーモグラフィ、肉眼、いずれに対しても強い欺瞞効果を持ちます。」
・・・だから、なぜ恥ずかしそうに説明するんだ。
「この術式について、他に知っている人間はどれくらいいる?」
「う~ん。私は琴音を含めて、他の誰にもしゃべっていないけど、遥香は誰かに言ったことある?」
「そうですね・・・。この術式を作ったのは五十、いや五か月前ですが、特に誰かに教えたってことはないですね。」
今、五十年って言いかけたな?・・・まあ、それはさておき。
「遥香さん、この術式なんだけど、結構やばいレベルの術式だと思う。下手したらこの技術欲しさに戦争が起きるレベルだ。出来たら、もう誰にも教えないほうがいいと思うんだけど。」
・・・なぜ千弦がニヤニヤしているんだ。
「ししょー。これ全部、遥香に教わって私が組んだ術式なんだよね。・・・ししょー。教えてほしい?」
「ぐ、千弦先生、教えてクダサイ。」
何たる屈辱!・・・ていうほど別に悔しくはないな。若い奴は年寄りを踏み台にしていくものだ。
「よろしい!教えてしんぜよー。遥香に感謝しなさい!」
千弦・・・他人のふんどしで相撲を取るんじゃないよ。
「健治郎おじさまのフルカラー3Dポラロイドカメラの術式だって、すごいと思いましたよ。だってあんな構造式、思いつきもしなかったですもの。」
クスクスと魔女が笑いながら、とてもかわいらしい声でほめてくれる。
・・・まさかあの暗号を復合したのか!?
その後、すっかりあたりが暗くなるまで魔術談義を三人でしつづけ、魔法の杖やら魔女の箒など、様々な術式の話に興じて、相手が魔女だということも忘れはじめたころ、彼女は帰っていった。
思わず魔女であることを忘れ、「夜道は危ないから車で送ろう」とか言っちゃったよ。
結局近くの駅まで送っていったけど。
・・・それと、魔女がやたらとリングシールドに興味を持っていたので、予備に作っておいた新型のリングシールドをプレゼントしたらものすごく喜ばれた。
顔は無表情だが、頬を紅く染めて、目を輝かせて「おじさま、この指輪、一生大事にしますね。」だってさ。
ヲイ。
・・・リングサイズは自動調整だって言ってんのに、なぜ左手の薬指にはめるんだよ。
子持ち中年を誘惑するなんて、別の意味でも魔女かもしれないな。・・・今日の接触については上司に報告するしかないよな。
はあ、報告書、何て書こう。一応、高杉に言って二人に護衛兼監視でも張り付けておくか。
実は、遥香(魔女)の男の好みは、妙齢の、無駄のない実用的な筋肉で覆われた健康な体を持っており、頭がよく忍耐力に優れ、包容力のある男性、だったりします。
健治郎叔父さんはまさにドストライクだったりします。
その生い立ちから、恋人を作る気が毛頭ないはずの遥香(魔女)でも、異性の好みというものは一応存在するんですね。
※復号とは、暗号化された文章などを元に戻して読めるようにするなど、の意味です。




