45 修学旅行 台湾⑦ 最終日 決意
中国語は簡体字、台湾語は繁体字・・・さらに店員さんの呼び方も違うらしいです。
筆者は外国語全般が不得意なので、翻訳、これであってるのか心配になります。
10月22日(火)
南雲 千弦
高雄市歴史博物館を出て修学旅行のフィナーレとして、哈瑪星の街並みを歩いていると、日本統治時代のものだろうか、いくつもの歴史的建造物が立ち並んでいた。
事前に遥香が作成してくれた地図をもとに、武徳殿や旧高雄港跡が改装された旧打狗駅故事館を巡る。
それにしてもよくできた地図だ。スマホで表示させたマップと全く誤差がない。
「ねえ、遥香。この地図って、もしかして例の方法で作ったの?」
「ええ。自動書記術式で作成しました。どこか記載漏れでもありました?」
・・・便利な術式だなヲイ。帰国したら頼んで教えてもらおうか。
「いや、正確すぎるなと思って。ノートの時も驚いたけど、自動書記って万能すぎないか・・・。」
「万能なんかじゃありませんよ。正確に暗記していること以外は書けませんし、術式が発動した後にできるのはせいぜい編集くらいで、新しいことを考えながら描く作業にはまったく向いてないですね。」
「そっか。宿題とかする時に便利そうだと思ったんだけどな~。」
知らないことが書けないんじゃ、あまり意味がない。
・・・ということは、遥香のやつ、高校の授業のノート、全科目分を丸々暗記しているのか。
そりゃ、転入試験も中間試験も全科目満点取れるわけだ。
哈瑪星を大体見終わり、レポート提出用の写真も十分そろったころ、日本家屋だったものが喫茶店に改装されて営業している店を見つけた。
「千弦っち、コトねん、遥香。集合時間までかなり余裕があるし、ちょっと寄ってかない?」
レトロな雰囲気が漂う喫茶店の前で咲間さんが立ち止まり、少し真面目そうな顔で提案してきた。
「いいですね。ちょっと歩き疲れたし、一休みしていきましょうか。」
歩き疲れたか、少し顔色の悪い遥香がそう答える。
あたりを見回すとほとんどが現地の大人ばかりで、同じ高校の生徒や教師は見当たらない。
ニュー台湾ドルに両替は済ませてあるけど、日本語が通じるか少し不安になった。
でも魔法使いに魔術師、果ては魔女までいるのだから最悪の場合でも何とでもなるか、とすぐに思い直すことにした。
「姉さん、何やってるの。入るよ。」
琴音はまるでそういったことは気にしていないようで、ドアの上についた銅製のチャイムを鳴らしながら店内に入っていく。
「你好,你幾位?」
若い男性の店員が台湾語で声をかけてきた。
「ええと、多少だといくつって意味だっけ?」
「四人。桌子位有無?」
琴音が返答に困っていると、遥香が流暢な台湾語で返事をする。
「啊,景觀位有空。你來--ê。」
スムーズなやり取りを終え、遥香は男性店員にぺこりと頭を下げると、そのまま街並みが見える窓側の席に向かった。
私と琴音は慌てて遥香の後を追いかける。
「え~。遥香っち、台湾語しゃべれたんだ・・・。」
咲間さんは驚きのあまり、口を開けたままに棒立ちなっている。
《ちょっと!どうすんのよ、遥香!?そりゃ、長生きしてるんだから台湾語が話せてもおかしくはないけどさ、咲間さんがいるんだから、まずいよ!》
頭の中に琴音の慌てたような声が響く。
そういえば、歴史博物館を出たときに琴音に何か渡していたな。
あれは念話のイヤーカフだったのか。
二号さんから受け取ったんだろうけど、遥香がいつ会っていたか全然気付かなかった。
どれくらい強いかは知らないけど、彼は人ごみに紛れると結構厄介な存在かもしれない。
それにしても琴音のやつ、使い慣れるのが早いな。
さては、受け取った後こっそりと二人で練習していたな。
それより、通話先の設定はどうするのよこれ?
《遥香、どうするの?まさかと思うけど、咲間さんにも教えるつもり?》
遥香に確認すると、意外な答えが返ってきた。
《千弦さん、琴音さん。あなたたちの魔法も含めて、もう咲間さんは察しがついているようです。あとはどこまで話すか、ですが・・・。》
もたもたと席について、荷物を座席横のボックスに入れながら念話で相談している間にも、鼻の下を伸ばした男性店員がメニューを片手に遥香に話しかけている。
「來,菜單喔。妳真可愛耶。妳來玩喔?住叨位啊?」
「謝謝你給我菜單喔。我從日本來的啦、現在是畢業旅行中耶。
我住哪裡是祕密喔。你有什麼推薦的嗎?」
「阮這間店對豆子攏有講究喔。咖啡咱足有信心!」
遥香はメニューを受け取りながら、男性店員と何かやり取りをしている。
なんだろうか、クラスの男子生徒が遥香にラブレターを渡しているときのような気配を感じる。
「多謝你喔,我會介紹。予我的朋友試看覓。」
「欲點啥物決定好咧,就叫我一聲喔!」
妙にしつこい男性店員は、手を振りながらカウンターに戻っていった。
「遥香っち、まるでネイティブみたいだねぇ・・・。」
咲間さんは驚きっぱなしのようだ。
「咲間さん。南雲さんたちのことは、どこまでご存じですか?」
遥香は適当に男性店員をあしらった後、唐突にそう切り出した。
「うーん。これは言っていいものかどうなのか迷うなぁ・・・。当然、遥香も気付いてるんだろうけど・・・。多分二人は超能力者か魔法使いだね。そうでなきゃ説明がつかない。」
「・・・っ!・・・いつから気付いていたの・・・?」
琴音は、咲間さんの確信しているような言葉に、思わず否定することも忘れてそう答えてしまった。
「あはは。確信したのは今だね。」
うん。マヌケは見つかったようだな。
「ヲイ、琴音。・・・あちゃ~。九重本家の爺様になんて言い訳しようかしら・・・。」
二人して頭を抱えていると、咲間さんが笑いながら言った。
「最初にそう思ったのは高校一年のゴールデンウイーク明けかな。運動会の練習であたしが転倒して脇腹を強く打った時、コトねんが治してくれたでしょ。あれ、倒れた時に骨が折れる音がはっきり聞こえたんだよ。あとで病院に行ってレントゲン撮ってもらったら、治療したみたいだと言われてね。」
私たち姉妹は内部進学だから、中学一年からこの学校に通っているけど、咲間さんは高校から入ってきている。
・・・ってことは、入学後わずか一か月のクラスメイトにバレたってことか。
「琴音ぇ・・・。こうなるのが嫌だから、回復治癒魔法をむやみに使うなってあれほど言ってたのに・・・。」
「だって・・・。咲間さんの肋骨、折れて肝臓に刺さりかけてたんだもん・・・。」
琴音が借りてきた猫みたいに小さくなってる。
「コトねん、言いそびれてたけどさ、あの時はありがとね。・・・っていうかヤバいじゃん。あたし、死にかけてたじゃん。コトねん、命の恩人じゃん。」
《ねえ、遥香。魔女のことはバレてないみたいだよ。黙っていようか?っていうか、この念話、通話先の選び方がわからないんだけど・・・。》
《念話を伝えたい相手を限定して念じるだけで選択できますよ。・・・それより、体育館で私が致命傷を受けたあと、その場で身体を修復するところを彼女に見られたようです。あれを琴音さんの回復治癒魔法の効果だ、というのは後々問題になるのではないかと思いますが。》
致命傷をその場で修復って、魔女の魔法ってどんだけすごいのよ・・・。
《え~。致命傷っていうか私、3時間くらいなら止血と人工心肺装置の代わりくらいならできるよ?その場にいればだけど。》
琴音・・・。
魔女に対抗しようとするなよ・・・。
まあ、十分すごいんだけどさ。
《琴音さん、あの時の私のダメージは、頭蓋骨陥没、頚椎粉砕骨折、脳挫傷、両肺挫滅、脾臓破裂、そして左肩甲骨複雑骨折です。これらのすべてを無詠唱で5秒以内に完治、10秒で体力まで全快させられますか?》
《・・・。》
・・・二人そろって絶句。
遥香が回復治癒魔法の達人だということについては理解したつもりになっていたけど、そこまでとは思わなかった。
っていうか、魔女を殺すのって、アメリカとソ連が開発中って噂の新兵器でも使わなきゃ、不可能なんじゃない?
遥香は念話で私たち二人を同時に相手しながら、咲間さんにメニューの翻訳をしている。
ご丁寧に、メニューは台湾語版と英語版しか用意されていないのだ。
…店員の相手をしながら二人と念話、ついでにメニューの翻訳までして、まったく頭の中、どうなってるんだろう。
「咲間さんと私は、店員さんおすすめのコーヒーと、チーズケーキにしました。二人はどうします?《もうこうなったら、彼女には私が魔女だということを明かしてもいいと思いますが・・・。》」
遥香の質問が念話と完全に重なった。
「いいと思うよ。」
あ、琴音がオーバーフローした。
念話のほうに返事してるよ。
《琴音。念話念話。》
「そうだね、私も同じものでいいと思うよ。」
あわててメニューの話にすり替えたが、誤魔化しきれたかわからない。
「服務生,我欲點餐,會使無?」
「當然啦,妳決定欲點啥?」
「好啦,四杯推薦的咖啡。逐人再加一塊起司蛋糕。」
「好。!咖啡四杯,起司蛋糕四塊。」
遥香はまるで常連のように注文をすると、続けて念話で私たちに告げた。
《今夜、私のすべてを話しましょう。》
実は、この世界では核兵器と原子力発電はまだ実用化されていません。
試験的には作られているんですが、そのことごとくが何らかの事故、または事件により計画が頓挫し、あるいは断念されています。
その背景には魔女がいるんですが、描かれるのはしばらく後になります。