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42 修学旅行 台湾④ 曝露

 10月21日(月)


 南雲 琴音


 午後3時くらいに、バスは高雄(カオシュン)市のホテルに到着した。ホテルの各部屋に荷物を置いたら、残りの時間は自由時間になる。


 7時から8時くらいまでに各班順番で夕食をとるためホテルに戻らなければならないが、私の班は最後から2番目だから遅くとも7時30分までに戻ればいい。


 荷物を部屋に置くと、姉さんがどこからともなく私と全く同じデザインの眼鏡を取り出して、それをかけながら言った。

咲間さん(サクまん)は保健委員の関係で遥香と一緒に脇坂先生の部屋にいるよ。今のうちにすり替わろう。」


「姉さん、すり替わってどうするのよ。一人二役でもするの?」


 双子なんだから代役はできると思うが、今度は姉さんがいないといって問題になってしまう。


 姉さんは気持ち悪く笑いながら、荷物の中から認識阻害術式の刻まれたワンピースを取り出し、私に押し付けた。


「まあまあ。遥香があんなだから咲間さん(サクまん)は手が離せないし、うちの班は自由時間なしってことで脇坂先生に了承を得てあるから。私がホテルの中にいる限りわかりゃしないって。あと、これ。館川君の荷物にでも(くく)り付けておいて。」


 姉さんは認識阻害術式と(おぼ)しきものが刻まれた、黒地に金銀の刺繍が施されたお守りのようなものを取り出し、紐を引っ張って作動するか確認した後、ひょいと投げてよこした。


「あとは姉さんにまかせなさい。ほら、前髪もなおして。」

 そういわれた瞬間、頭の中に何か、映像のようなものが次々と浮かび上がった。

 姉さんから受け取ったワンピースに着替えながら、首をかしげる。


 ・・・非常階段。那覇のホテル。前髪?鏡なんてあったっけ?

 遥香にそっくりな女の子。サイズが合っていないセーラー服。身長も少し低い。

 バチンと体中を巡って私の意識を奪った青い光。


 腰回りにフレキシブルソードをホルスターごと付け、リングシールドを左手中指にはめる。


「それにしても、琴音がね~。館川君って、すごく人気があるんだよね。私にもいい人、できないかな~。」

 姉さんがそんなことを言いつつ、私の制服にそでを通している。


 ・・・気持ち悪い。何か変な記憶がフラッシュバックする。これから館川君とデートだってのに、そんなのどうでもいいのに。


「館川君は姉さんのタイプじゃないでしょ。前に健治郎叔父さんみたいな、細マッチョな人がタイプって言ってたじゃない。」


「いや、ししょーみたいな男の子がいるわけないじゃん。ししょー、ああ見えて元陸軍の空挺部隊出身だよ?ついでに軍大学次席卒業、演習中の事故さえなければ今でも参謀部付の情報将校、順当にいけば少佐、下手すりゃ中佐か大佐だよ?そんな男の子なんているわけないじゃん。」


 健次郎叔父さんの言葉を思い出す。『ああ、スイカもな。ところでさっきの子、魔術師か?』そして、あの後調べて知ったクロウリーの一筆書きの六芒星。


 次々と思い出す、脈絡のない場面。頭から振り払おうと話題を変える。


「ああっもう。姉さんは健治郎叔父さんの話になると自分のことみたいに語りだすし。それより館川君とどこに行こうかしら。夕食はホテルでとらないとだから、あまり重いものは食べられないし。」


 飛行機内での遥香のしゃべり方。いつもと違う、ちょっと舌足らずのような感じ。

 那覇でのありえないような食欲。那覇のホテルで嗅いだ血のようなにおい。


「お肉、お肉・・・」

 お肉を楽しみにしていたはずなのに、肉料理を選ばない遥香。


 なんだろう。この、のどに引っかかるような感じは。


「館川君なら、きっといいお店とかもう探してるよ。琴音は何もせず、彼に任せればいいんじゃない。恋は当たって砕けろ、よ。」


 体育館で柱が崩れ鉄筋が曲がるほどの勢いで叩きつけられ、血だまりに沈んでいた遥香。


「そうね。恋は初めから魔法、魔法使いの魔法は不要、っていうしね。」

 翌日には、ケロッとして私のお見舞いに来た遥香。あのケガが一日で治るはずがない。


「まぁ、館川君の心を捕まえたきっかけは、琴音の回復治癒魔法だけどね。」


 バスの中で回復治癒魔法をかけたときの感触・・・。効かなかったんじゃない。押し返された?姉さんや私を上回る魔力量のせい?


 頭の中で嫌なパズルが組みあがっていく。

 間違いない。遥香は魔術師だ。もしかしたら魔法使いかもしれない。


 姉さんに近づいて何をするつもりだ。左手を切り落としたり、体育館で私を襲って吹き飛ばしたりした連中の仲間かもしれない。


「じゃあ、帰ってくる前にメールか何かで連絡ちょうだい。ホテルの中に琴音が二人いるとおかしいからね。」

 姉さんは気づいていない。どうしようか。このまま旅行を続けてもいいんだろうか。


 ・・・今遥香はどこにいる。先生の部屋・・・か。


「わかった姉さん、それじゃあ、行ってくるね。」

 部屋から出ると同時に、ワンピースに刻まれた認識阻害術式を作動させ、フレキシブルソードを確認し、遥香が寝ているであろう別館の脇坂先生の部屋に向かって走り出した。


 ◇  ◇  ◇


 久神 遥香


《もしもーし。遥香、聞こえる?》


 脇坂先生の(すす)めにより、班ごとに割り当てられた部屋ではなく引率の先生方の部屋のベッドで横になり、体中の魔力回路(サーキット)の修復に(いそ)しんでいると、念話を電話と勘違いしたかのような、間の抜けたイメージで千弦の声が頭の中に響いた。


《聞こえている。感度良好だ。何かあったか?》


《琴音が出かけたよ。帰ってくる前に連絡くれるって。早速だけど二号さん、スタンバってる?》


 (かたわ)らに座る、琴音に化けたシェイプシフターをちらりと見る。

《ああ、いつでもOKだ。すぐにそちらに行かせよう。》


 脇坂先生は打ち合わせだとかで、同僚の先生方と出かけている。咲間さんと二人になってしまうが、横になっているだけだし、特に問題はない。


 シェイプシフターに目配せをして、部屋に戻るように合図する。

咲間サン(サクまん)、私、ちょっと部屋に戻ってもイイ?」


「あ、コトねん。戻るんだったらついでにこの荷物、一緒に持ってって。」

 立ち上がったシェイプシフターに、咲間さんが荷物を渡そうとする。


「咲間さん、私はもう大丈夫ですから、自由時間を楽しんできてください。せっかくの修学旅行が私のせいで楽しめなくなっては申し訳なくて。」


 少し顔色がよくなったはずだし、実際に申し訳ない気持ちがあるのでそんなセリフが自然と出る。


「あ~。いや、遥香っちの気持ちはわかるんだけどさ。あたしとしては、具合の悪い友達を放り出して楽しんだ修学旅行の思い出なんてのは願い下げなのよ。それにさ、こんなかわいい娘の寝顔が堪能できるなら、読めもしない漢字だらけの台湾を右往左往するより、よっぽど貴重な時間だって。」


 今すぐにでも飛び起きて、咲間さんの大きな体に抱き着きながら具合がよくなったと言いたい衝動に駆られる。

 長くともあと3時間あれば魔力回路(サーキット)の修復が完了するので、夕食は一緒にいけるかもしれない。


 そんなことを考えていたら、部屋の入り口でシェイプシフターの驚くような声がした。

「エエッ。なんでこんなところニ!」


「それはこっちのセリフです。姉さん。いつの間に追い越したんですか?」


 ベッドから重い体を上げると、部屋の入り口でシェイプシフターと琴音が鉢合わせしている。非常にまずいことになった。


「あれ?今、姉さんって言った?じゃあ、今までここにいたのは千弦っち?」

 咲間さんが混乱している。


 琴音は赤みを帯びた瞳で部屋の中を一瞥すると、咲間さんに声をかけた。

「ねえ、咲間さん(サクまん)。姉さんがここに来たのはいつかしら?」


 咲間さんは首をかしげながら答える。

「いや?ずっとコトねんだと思ってたけど、千弦っちだったってこと?どっちでもいいけど、遥香がここに運び込まれてからずっと一緒にいたよ。」


 琴音の目がよりいっそう赤みを帯び、すうっと細くなる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 琴音は身体強化魔法を発動すると、そのままシェイプシフターから間合いを取るように離れ、腰の後ろに右手を回し、左手を前にかざす姿勢をとる。


「もしかしてあなたが?・・・あなた、何?」

 そう冷たく言い放つと、琴音はシェイプシフターに向かってフレキシブルソードを抜きはなった。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 琴音に春が来た。遠い異国の地で。


 あとは二号さんとうまいことやって、ホテル内に双子がそろっているように見せておけば、万が一館川君側から情報が洩れても誤魔化しきれる。


 館川君が義理の弟になるのか~。ちょっと細くて頼りなさそうだけど、悪くはないかな。っていうか私たちの区別、つくかな。どうやってからかおうかな。

 琴音のふりしてほかの男子と仲良くしてたらどんな顔するかな。


 鼻歌を歌いながらそんなくだらないことを考えつつ、二号さんが部屋に来るのを待っていると、イヤーカフから頭が割れるんじゃないかっていうほど大きな思念波が発せられた。


《非常事態発生だ!琴音にバレた!フル装備で今すぐ来い!》


 ・・・一瞬何を言っているのかわからなかったが、師匠に仕込まれた体は考えるよりも先に動き、L9(ステアー)と予備マガジン、そして術式榴弾(ハンドグレネード)の入ったポーチを腰に巻き付け、P90が入ったバイオリンのケースを左手に()げて部屋を飛び出す。


挿絵(By みてみん)


《バレた!?どこまで!?》

 念話で遥香に連絡を入れると、遥香からの返事の前に二号さんからの念話が飛んできた。


《千弦サン!マスターが停滞空間魔法を使いましたガ、もってあと2分デス!早く来てくだサイ!》


《わかってる!あと90秒!》


 スカートの裏の使い慣れた高機動術式と、二号さんからパクって早速刺繍した電磁熱光学迷彩(ステルス)術式を起動する。


 廊下の窓を見ると、ガラスに私の姿だけが映っていない。

 見よう見まねで作った術式で、無理やり魔力バッテリーにつないだものだったが問題なく作動しているようだ。


 エレベーターホールを飛び越え、別館への渡り廊下を走る。

 他の宿泊客の間を縫うように進み、または飛び越え、ときには壁を道のように使って直角に曲がる。


 念話で宣言した通り、90秒弱で脇坂先生の部屋に飛び込む。


 そこには、椅子からずり落ちて気を失った咲間さん(サクまん)、青い体液を背中から流してベッドに倒れこむ二号さんと、そして口から血を流し、左腕を付け根から失い、下半身を露わにした遥香と、その首を乱暴につかみフレキシブルソードの切先を押し当てている琴音がいた。

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