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40 修学旅行 台湾③ 邂逅/遥香と魔女

 

 10月21日(月)


 南雲 千弦


 今日は朝から遥香の様子がおかしい。明るくなる前から時々トイレに行って嘔吐していたようだ。


 今もバスの隣の席で顔を青くしてぐったりとしている。だが、決してバスに酔ったわけではないと思う。だってあの棒切れに乗って羽田から沖縄まで飛べるのだから。


 前の席に琴音や咲間さん(サクまん)がいるので口頭で聞くことはできないが、念話を用いれば二人に知られることなく確認できるので、イヤーカフをはめて聞いてみることにした。


《遥香、聞こえる?》


《ああ、感度良好だ。どうした?》

 ・・・念話だとすごく元気なんだよな。


《かなり体調が悪いように見えるけど、大丈夫?》


《ああ、昨日まで相当無理をしていたからな。どうやらこの体の限界出力を超えて魔法を使ってしまったみたいだよ。まだしっかり馴染んでなかったのかな。おかげで魔力回路(サーキット)がズタズタだ。》


魔力回路(サーキット)がズタズタって・・・大変じゃない!いったい何やったのよ?》


《まあ、私なら半日も寝てれば治るよ。ちょっと召喚魔法を連発してしまってな。そんなわけでちょっと動きたくないから、千弦はほかの二人とゆっくり楽しんできてくれ。》


《召喚魔法って・・・。あれ?もしかして二号さんも召喚魔法で()んだの?》


《なんだ。気づいていなかったのか。召喚魔法もシェイプシフター程度のサイズだと全く負荷はかからないんだがな。ちょっと大きいのを()びすぎたよ。》

 大きいの、とはどれぐらい大きいのだろう。クジラぐらいだろうか。


《ところで、何を喚んだの?ドラゴンとか?》

 まあ、さすがにドラゴンなんていないだろう。ちょっと言い過ぎたかな?


《レヴィアタンを二回、カリュブディスとアスピドケロン、セイレーンを各一回ずつだな。さすがに神格までは降ろしていないから、少し余力を残せたよ。》


「ヲイ。」

 いけない、思わず声に出てしまった。


「千弦っち、どしたの?」

 斜め前に座っている咲間さん(サクまん)が席から身を乗り出して覗いてきた。

「遥香、もしかして吐いちゃった?」

 琴音が縁起でもないことを言っている。


 遥香がエチケット袋を口に当てながら慌てて答えた。

「いえ、まだ大丈夫です。」

 遥香がうまいこと合わせてくれる。


「ごめんごめん、ちょっと遥香がヤバそうだったから。ね、もう吐くものなんて胃液しか残ってないよね。」

 

「姉さん、ものには言い方ってものが・・・。」


「私は大丈夫ですから・・・。」

 琴音が何か言おうとしたが、遥香が青い顔をしながらそう答えると、二人ともあきらめたような顔をして席に座りなおした。


《カリブ何とかと、何とかケロンはよくわからないけど、レヴィアタンって、あのリバイアサンのことだよね?ゲームとかによく登場する、すごく長い蛇みたいなやつ。》


 座りなおしながら念話で聞いてみる。


《そうだな。旧約聖書のヨブ記とか詩編に出てくるアレだな。現代ヘブライ語だと、そのままクジラという意味になるのだが、実際は蛇っていうより馬鹿でかい龍だな。全長は、ええと、5キロくらいかな?》


《なんてもん()び出してんのよ・・・。っていうか、そんなもん()び出して一体何をする気だったのよ?》


《アスピドケロンとレヴィアタン、それとセイレーンは現在進行形で中台海峡の南で嵐を起こして海峡を封鎖しているよ。中国海軍の東海艦隊が非常に怪しい動きをしていたんでね。》


 東海艦隊とは、いきなり話が大きくなったな。東海艦隊っていえば、最新鋭空母の“青海(チンハイ)”が今年の春先に就役したってニュースになっていたっけな。

 実際、鉄のカーテンの向こうの話だから、性能どころか艦影くらいしかわからないけど。


《ええ・・・。じゃあ、もしかしてこの暴風雨って、そのせいなの?》


《ああ、すまないね。いちいち出向いて相手にするのも疲れるものでね。召喚した眷属に任せてゆっくりさせてもらってるよ。》


《そう。ならいいんだけど・・・。》


「ちょっと姉さん。さっきからずっと黙ってるけど、遥香の具合はどうなの?」


 さすがに遥香のことが心配になったのか、バスが走行中なのに琴音が席から立ち上がって遥香の横まで来た。


「琴音、保健委員だったよね。ちょっと看病してあげてよ。」


 このままだと琴音がうるさくなりそうだ。いちいち説明できることでもないし、保健委員であることを理由に丸投げすることにしよう。


 遥香の隣の席を琴音に譲ると、バスの騒音に紛れるかのように小さな声で回復治癒系と思しき魔法を発動し、遥香の背中をさすり始めた。


 ・・・ほんと、最近は周りの目も気にもしないで魔法を使うようになってるよ。本家の爺様にバレたらなんていわれることやら。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 午前中に総統府の見学が終わり、台南市の安平古堡(アンへイコホウ)に向かって移動している途中、雲一つない青空だったのにまるでゲリラ豪雨のような雨が降り始めた。


 三立電視台とかいうテレビ局のニュースによると、中台海峡の南海域あたりでいきなり台風が発生したそうだ。


 日本と違って本土近くで台風が発生するとは、やはり台湾は南国なのだな、と感じさせられる。

 ・・・安平古堡(アンへイコホウ)に着く頃には雨が止んでほしいが、台風ともなると少々厳しいだろう。


 それよりも、今日は朝から遥香の体調がすぐれないようだ。顔が青く、軽い嘔吐の症状まで見られたため、バスの中で座席を倒して休ませている。


 実は、姉さんにも内緒でさっきから回復治癒魔法をかけ続けているのだ。

 ・・・何故かわからないが、一向に効果がないのだが。

 それどころか、回復治癒魔法が押し返されるような手応えすらある。


「遥香ぁ。那覇で食べ過ぎたんじゃないの?」

 姉さんが緊張感のない声で前の席から遥香をからかっている。


「姉さん、三日も前に食べたものが影響しているわけないでしょう。それに、遥香には食中毒や感染症の気配はないわよ。」


 実際にそうなのだ。鑑定系の魔法で和香先生仕込みの診察を行ったが、細菌やウイルスの反応も、毒素の反応も全くない。

 であるにもかかわらず、乾嘔(からえずき)を繰り返している。体温は低く、35度前後しかない。


「ごめんなさい、せっかくの修学旅行なのに迷惑をかけてしまって。」

 真っ青な顔をした遥香が、弱々しく謝罪している。


 バスが台南市に入ったところで、私たちの班の引率の脇坂先生が、遥香が休んでいる席までやってきた。

「そろそろ安平古堡(アンへイコホウ)に到着するのだけど、久神さんの具合はどう?」


 脇坂先生は心配そうに遥香の顔を覗き込みながら、その額にそっと手を当てた。

「熱はないみたいね。ちょっと体が冷えすぎかしら。」


 そう言って保健委員の荷物の中からブランケットを取り出し、そっと遥香に掛けた。


「さて、安平古堡(アンへイコホウ)の見学なのだけれど、台風の影響で足元が非常に悪くなってるわ。人数分の傘は用意されているけど、さらにひどくなるようなら安平古堡(アンへイコホウ)記念館の中だけ見学して後は高雄(カオシュン)市に移動になりそうね。」


 脇坂先生の言葉に姉さんと顔を合わせるが、ただでさえ身体の弱い遥香をこの暴風雨の中連れて歩くことはできない。

 だからと言ってバスに置き去りにするのも気が引ける。


「久神さんの様子は私が見ているから、あなたたち三人は心配しないで安平古堡(アンへイコホウ)の見学に行ってきなさい。」


 とりあえずは脇坂先生の指示に従い、回復治癒魔法を打ち切り、バスから降りる準備にかかろうとすると、また遥香が乾嘔(からえずき)を始めた。


「大丈夫?病院に行ったほうがいいんじゃない?」

 咲間さん(サクまん)が心配そうに遥香の背中をさすっている。


「私は大丈夫です、横になっていればそのうち治まりますから。心配せず皆さんは修学旅行を楽しんできてください。」


 遥香がそう言ったあとすぐにバスが曲がり、バスガイドが癖のある日本語で安平古堡(アンへイコホウ)にまもなく到着することを告げた。


 ◇  ◇  ◇


 久神 遥香


 養護教諭の脇坂先生とバスの中で待つことになり、三人がバスから降りていくのを見送った後、念話で眷属たちに連絡をしてみることにした。


《レヴィアタン、そちらの状況は?》


《洋上の艦艇は一切中台海峡に入ってこないみたいだよ、民間船舶も含めて。ただ、潜水艦は七隻沈めたけど。》


《どこの国のものかわかるか?》


《南から来たのが5隻。北から来たのが2隻。どこの所属かはわかんない。》


《そうか。引き続きよろしくたのむ。しばらく眠るが、何かあったら起こしてくれ。》

 中台海峡はしばらく大丈夫なようだ。あと半日も海上封鎖しておけば、日本海軍の連合艦隊が戦域に到達する。そうしたら後は放置でよいだろう。


 ・・・そんなことを考えながら、うつらうつらと微睡(まどろみ)に落ちていった。


 ◇  ◇  ◇


 ・・・深い林の中、あたり一面に雪が深々と降り積もっている。また、ここか。この夢ももう見飽きたというのに、いつになったら見ないですむようになるのか。


 ふと手を見ると、雪焼けした上に(あかぎれ)だらけの汚れた手が目に入る。


 いつもどおり、(なめ)した獣の皮に穴を開け、蔓紐を巻き付けただけの粗末な貫頭衣に、(わら)を編んだ粗末なサンダルのようなものを履き、麻のような植物を叩いてほぐした繊維で作った布を体に巻き付けている。


 どうせ、この夢はどこまで歩いても誰もいない。魔法も使えないし、目覚めるまで走っても林を抜けることもできない。


 開き直っていつもどおり、雪の上に腰を下ろしてたところで、今までにないことが起きた。


『私の体を返して。』

 深々と降る雪の中、よく聞く透き通った声が響く。


 突然のことに驚きながら声のする方向を見上げると、そこには病院の寝衣を着た長い黒髪の色白な少女が立っていた。遥香だ。


『お前、あの時からずっといなかったじゃないか・・・?』

 

 初めてのことに驚いていると、涙をこらえた目で遥香がこちらを(にら)み、ぽつりとつぶやいた。

『いなかったんじゃないわ。あいつに追い出されたのよ。』


『あいつって誰だ?』


『・・・その体は絶対に、絶対に誰にも渡さないわ。約束したのよ。彼からまだ答えを聞いてないんだから。』

 とても強い執着を感じる。だいたい、「あいつ」と「彼」って誰なんだ?


 今までのどの体と比べても、この体の制御が覚束(おぼつか)ないのはこれが理由か。

 蛹化術式と併用した肉体改造術式が全く動作しなかったのも、遥香のせいだろうか。


 突風が吹き、雪が舞い上がる。


『待ってて。必ず会いに行くから・・・』

 遥香はこちらの問いには答えず、エコーのかかった声でそう告げながら、舞い上がった雪の中で消えていった。


「遥香、大丈夫?ずいぶんうなされていたみたいだけど。」

 バスの中で夢から覚め、倒した座席の上で起き上がると、安平古堡(アンへイコホウ)の見学を終えてきたらしい琴音達三人が心配そうにこちらを見ていた。

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