39 修学旅行 台湾② 中台海峡封鎖
魔女は暗算が得意なようです。
数学のレベルはまだわかりませんが。
実際、中学や高校で習った数学って、何の役に立つか教えてくれない教師がほとんどですよね。
教師によっては、何に使うか分からないまま教えてるようなヤカラもいるくらいです。
一部、誤字脱字を修正しました。
10月20日(日)
久神 遥香
身代わりをシェイプシフターに任せた後、魔法の箒に跨って南西に15分ほど空を駆けると、やっと海が見えてきた。
・・・さて、どうするか。いっそのこと、この海域を封鎖してしまうか。
高度3000ほどで周囲を見渡したが、台湾本土以外で召喚魔法を行うのに都合のよさそうな場所が見あたらない。
「参ったな。海岸線には市街地しかないじゃないか。」
海域を封鎖するために天候を司るような大型の眷属を呼び出そうと考えていたのだが、こっそりと召喚魔法の陣を張るためにちょうどよさそうな島がない。
それに、こんなところで召喚したら、どれだけ人的被害が出るか分かったものではない。
レヴィアタンやカリュブディスあたりの暴力的な眷属は、召喚の余波だけで正規空母が転覆するような騒ぎなのだ。
・・・いや、待てよ。今までやったことはなかったから考えなかったが、空母の上でも召喚魔法は使えたよな?
ということは、眷属の背中でも召喚魔法は使える、ということか。
よし、いい機会だ。試してみよう。
眼下に見える龍鳳港の近くで、一番高い場所を探す。工場のような建物の近くにある高圧線の鉄塔の上に箒を横付けした。
「よし、ここは海抜70メートルくらいか?ええと、地球の半径は約6378137mだったか。×2して70m足して、それにさらに×70、で、まとめて平方根は、ええと、30キロにちょっと足りないくらいか。」
水平線までの大体の距離を計算し、召喚時の出現ポイントの設定を行う。
「原初の蛇亀にして大洋を流れ揺蕩うものよ。大いなる太古の大地を背負いしものよ。汝が喰らいし船乗りの魂はここにあり。来たれ。アスピドケロン!」
じっと水平線をにらんでいると、深い霧のようなものが現れ、それが海風に散らされた時には、直径10キロ程度の緑の木々に覆われた島のようなものが水平線上に浮かんでいた。よし、これで澎湖諸島までいかないで済む。
「よし、足場ゲット!」
《誰が足場じゃ。》
頭の中に年老いた翁のような声が念話で響く。
《なんだ、アスピドケロンの爺さん、今日は起きていたのか。》
素早く魔法の箒に跨りながら念話で声をかけた。
《レヴィアタンの小娘が騒いでおったよ。久々に喚び出されたら、空から海に叩きつけられたってな。おぬし、眷属の扱いが雑になってやしないか?》
時速200キロを超えて飛ぶ箒にとって、水平線までの距離は本当にすぐそこだ。
木々が生い茂り、海水浴ができそうなビーチまである島のように巨大な亀の甲羅に降り立ち、近くのベンチに腰を掛ける。
《爺さん、南西方向に可能な限り急いでくれ。それにしても海水浴場なんて、いつの間にこしらえたんだ?》
《10年ほど前、あちら側でな。眷属の小娘どもが儂の背中に勝手に作っていきおった。こちらに来るときに使うんだとさ。おかげで潜れなくなったわい。》
アスピドケロンはウミガメとウミヘビの中間のような眷属だ。きわめておとなしい性格をしており、こうして浮いているとただの島と勘違いをしてしまう。
そのくせ、遊泳速度は軽く50ノットは出るので、今回のような用途にはもってこいなのだ。
《そうか、そのうち私もプライベートビーチとして使わせてもらおうかな。ちょっとしたコンテナハウスくらい、建ててもいいだろう?》
《マスターの命令であれば已む無しじゃが、できれば御免こうむりたいなぁ。》
気が付けば見渡す限りの水平線にかこまれ、燦燦と輝く太陽の下、紺碧の海が広がっていた。
「あ~。これはコンテナハウスじゃなくて、しっかりとした別荘を建てたくなるなぁ。」
《マスター。今気づいたんじゃが、家の形をしていればいいなら、マヨヒガでも喚べばいいのではないかの。》
そういえばマヨヒガは迷い家とも言い、日本の東北に伝わる、人に害をなさないという珍しい妖怪だが、確かに家の形をした妖怪だったな。
《それは妙案だ。爺さん、伊達に歳はとってないな。亀の甲より年の劫、てな。》
それにしても、マヨヒガのやつは日本家屋ではなく洋風の別荘にもなれるんだろうか。
《亀の儂が言うとシャレにならん。それより、そろそろいいのではないか?》
《お、そうだな。では衝撃に備えろ。》
《この巨体だ。レヴィアタン程度ならびくともせんよ。》
よし、それじゃあそろそろこの海域を封鎖しようかね。
まずは一体。
「太陽に呪いをかけるもの、主が戯れに御技を示すものよ。汝を呼び起こす力ある者は己を呪わん。汝は審判の日まで永らえ、主の御手により殺されるだろう。来たれ、レヴィアタン!」
海中に召喚されたそれは、大きな咆哮を上げながら海面に姿を現し、そしてまた消える。全長が数キロあるとは言え、純粋な重量ではアスピドケロンに遠く及ばない。
《よし、来たなレヴィアタン。今度はちゃんと海中で喚び出したぞ。》
《もっと頻繁に喚んでほしいとは言ったけど、働かせろって意味じゃないのよ。》
レヴィアタンが不満気に言う。そういえば、こいつは雌だったっけな。
《分かった分かった。今度人型で喚び出して、南国の別荘にでも連れて行ってやるから。とりあえず、嵐を起こして海域を封鎖してくれないか。もちろん潜水艦は沈めても構わないから。》
・・・なぜかこいつ、潜水艦のことが大嫌いなんだよな。下手すると日本の潜水艦まで沈めかねんな。
《バーベキューも希望する!》
こいつ、完全にミーハーじゃないか。
さて、海域封鎖が目的となればもう一体くらいほしいところだが、すでに大型の眷属を一昨日に二体、今日も二体と連続で喚び続けている。
そして、どういうわけかこの体は大きな魔力を行使するたびに体調を崩す。たしかに、たった半年ではまだ体中の魔力回路がなじんでいないのもわかるが、これほどの事は初めてだ。
実は、眷属はこちら側の世界に存在させ続けるだけで魔力を消費し続けるのだ。
いくら際限ない魔力を持っているとはいえ、あまり大きな眷属を喚び続けると、体のほうの最大出力を超えてしまう。
実際、度重なる魔力の行使に体が悲鳴を上げ始めている。やはりこの体はあまりにも虚弱だ。
もう少しくらいなら問題ないが、リミットを超えれば精神的な疲労が重なることによる集中力の低下と、それに伴う魔力暴走の危険性がある。
超大型の眷属は避けて、中くらいのやつを喚んで終わりにするか。
・・・いや、そうだ。せっかくアスピドケロンがいるんだから、あいつを喚ぼう。
「アケローオスの娘にしてペルセポネーに仕えし娘よ。ハーデースに拐されし主を追い翼を得し者よ。汝が嘆きの海はここにあり。来たれ。セイレーン!」
魂まで持っていかれそうなほど美しい歌声とともに、目の前に半人半鳥の美女が顕現する。
「久しぶりだな。セイレーン。喉の調子は万全のようだな?」
「50年ぶりですね。マスター。お任せください。喉は鍛えてありますから。」
《よし。それでは聞いてくれ。アスピドケロンの爺さんには、これから西南西に向かって150キロ進んでほしい。》
《心得た。正確な方位はわかるかの?》
《方位は、243°36′54″だ。距離は150キロちょうどでいい。》
「セイレーンは、爺さんの背中で歌っててくれ。可能な範囲でいい。船を沈めるのが目的ではないからな。」
「かしこまりました、マスター。」
《レヴィアタン、お前は海上に嵐を起こしてくれ。》
《りょーかい。でも、潜水艦は海上がどんなに荒れても関係ないよ?》
《ああ、潜水艦は全部沈めていい。どうせ、潜水艦の所属が中国かアメリカか、はたまた日本かなんてわかるまい。例外なくこの海域に入ったら沈めていい。》
《日本の潜水艦も?》
《ああ、別に私は日本の味方ってわけじゃない。共産主義者を語る論理破綻者どもは気に入らないがな。》
「さて、諸君。作戦開始だ。作戦終了は10月22日12時0分、明後日の正午だ。それまで頑張ってくれたまえ。」
作戦の開始を告げ、魔法の箒に跨ると、アスピドケロンとその背に乗ったセイレーンはゆっくりと、レヴィアタンはかなりの速度で南西の海に消えていく。
箒の上で水平線を一瞥し、千弦たちと合流すべく、速度を上げた。
水平線までの距離は、3570×√(2h)でも近似値が出るそうです。
ちなみに、hは観測者の目の高さです。
・・・で、数学の授業中にt(時間)だとかh(高さ)だとかm(質量)だとかv(速度)だとかのアルファベットが出てきますが、これらを何の略か教えてくれない数学教師がいます。
教えた方が、勉強捗るのにね。