38 修学旅行 台湾① ちょっとの日常
魔法使いとか魔術師って、戦争で使えたら相当役に立ったんじゃないかって思うんですが、現代戦においてはどの程度役に立つか考えると、ちょっと首を傾げちゃうんですよね。
実際のところ現用兵器って、本当にハイテクすぎてほとんど魔法の域に到達しているんじゃないかと思うくらいすごいんですよ。
そんな中に投入するんですから魔女レベルならともかく、そこら辺の魔法使いや魔術師レベルでは、貴重な人材をすり潰すだけで終わるような気がします。
10月20日(日)
南雲 千弦
昨日は桃園空港に到着した後、荷物をホテルに送る手続きをして、国家人権博物館、台北二二八紀念館を回った。
国家人権博物館のパンフレットには、「白色恐怖」と記載があり、白色テロ、すなわち政府による人権弾圧について、38年間にも及ぶ台湾の戒厳令の期間における各種資料の展示を行っていたらしい。
遥香曰く、台湾政府がこれほどまでに一党独裁を続けることができた理由は、政府側に強力な魔術師、魔法使いがおり、民衆側にはそれらが一人もいないことが原因だったそうだ。
・・・そんなこと博物館の資料に書けるわけないでしょうに。
戒厳令下において使用された魔法や魔術、数十万人に及ぶ逮捕者の中から政敵や活動家を正確に探し出す人探しの術式や、暴動を鎮圧するために使われた広範囲の人間の活力を奪う強制倦怠魔法など、そんな話を聞いていたら、博物館の展示が示す本来の目的が分からなくなっちゃったよ。
もう、班のレポートは遥香に任せておけばいいや。
次に回った台北二二八紀念館は、台湾放送協会のスタジオがあったところだそうだ。
二二八事件から50年目に開館された紀念館で、事件自体は台北市のタバコ売りの女性を、専売を取り締まる役人が銃剣の柄で殴打したのが始まりらしい。
その女性の家族に本家の宗一郎伯父さんみたいな人がいなくてよかったよ。
あの人は大の警察嫌いで、むかし川崎のどこかの警察署に、魔法で警察官にだけ感染する呪病という名の式神をバラまいて、警察官に限定したバイオハザードを発生させたことがあるらしい。
何が理由かまでは師匠も教えてくれなかったけど、被害者は600名を超え、そのすべてに重大な後遺症が発生し、さらには死者だけで100名を超えたそうだ。警察官限定で。
確かニュースで、神奈川県警の他の警察署からものすごい人数が応援に出され、さらに感染が広がったとマスコミが指摘していたっけな。ついでに応援を決めた本部長の首が飛んだ、とも言ってたな。
宗一郎伯父さんは、本家でやってる会合のたびに私たちに樋口一葉の肖像画を一枚ずつくれるし、毎年お正月には福沢諭吉の肖像画を三枚ずつくれる。
ついでに近くまで来たときは、必ずケーキとか買ってきてくれるくらい可愛がってくれている。
それだけに、私が遥香に左手を切り落とされたことについては、家族そろって秘密にしている。
バレたら確実に戦争になる。それも生物兵器解禁の。
絶対に黙っておかなきゃ。
話はそれたが、そんなわけで昨日は二か所しか回らなかった。那覇で一泊したとはいえ、おとといから飛行機に乗りっぱなしだったせいで結構疲れたよ。
それと、いつの間にか二号が荷物を持ってきてくれたらしく、ホテルの部屋にはL9とCURVE、それと術弾、術式榴弾が入ったポーチがそっと置いてあった。PDWは嵩張るからまだ持っていてもらうことにしたよ。
「おはようございます。よく眠れました?」
近くに琴音がいるからだろう、遥香の口調がお嬢様バージョンだ。
「おはよう、遥香。昨日は琴音とずいぶん夜遅くまで話していたみたいだけど、何の話だったの?」
「明日の自由時間の話ですよ。どこか雰囲気のいい場所はないかって。」
「なんて答えたの?」
「安平古堡の後、高雄市の市内で自由時間になる予定ですから、夜景の見えるスポットをいくつか。」
そう言いつつ、右耳をトントンと叩く。
ああ念話のイヤーカフね。
《で、どこに行くって?》
歯ブラシを口に突っ込みながら念話で聞いてみる。
《真愛碼頭に向かうらしい。あそこはハート形の埠頭があるからな。雰囲気的にはばっちりだろう。》
《遥香、もしかして前に台湾に住んでいたことある?》
《いや、実際に住んでいたことはない。玉山、当時のニイタカヤマのパワースポットに用事があって何度か来たことがあるくらいだ。》
へぇ~。ニイタカヤマって、今じゃ玉山って呼ばれているんだ。
口をゆすぎながら考える。
《で、明日当たりなのよね?琴音が思い出すのは。》
《ああ、そうだな。それなんだが、放置しておいて構わないんじゃないかと考えている。》
「ゲボッ、ゴフッ。」
思わず咽てしまった。
「うわ、姉さん汚いなぁ。」
いつの間にか、後ろで琴音が洗面所の順番待ちをしていた。
「ごめんごめん、ちょっと変なところまで入っちゃってさ。顔拭いたら代わるよ。」
《遥香。放置するって、どういうことよ!》
《いや、昨日の夜、琴音に聞かれたんだ。那覇のホテルの非常階段のところで何やってたのかって。鏡があったから、前髪のチェックをしてたって誤魔化したら何とかなったんだよ。》
《マジ?琴音は察しが悪いとは思っていたけど、そこまでとは・・・。でも、万が一のことがあったらどうするつもり?琴音のやつ、魔女の腕の一本くらい切り落とすつもりでいるよ?》
《安心しろ。たとえ切り刻まれても、お前の妹を傷つけるようなことは絶対にせんよ。》
《遥香が切り刻まれるのも私は嫌なんだけどな・・・。》
「琴音さん、洗面台、空きましたよ。」
遥香はそう言いつつセーラー服に着替え始めた。
「あれ?遥香、メイク直さないの?」
「いつもメイクはしてませんよ。年齢的にもまだ必要ないかと思いますし。」
まさかのスッピン宣言。
おいおい。その整った形の眉も、長くてきれいなまつ毛も、その桜色の唇までも自前かよ。そういえば、昨日寝る前にもメイク落とししてなかったな。
・・・まさか、化粧いらずの術式とか使ってなかろうな?後で白状させよう。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
今日は少し忙しい。早くに出発して艋舺龍山寺に行き、剝皮寮歷史街区、台湾同志ホットライン協会、九份の順で巡る予定だ。
やっと読み方を覚えたよ。
昨日の夜、館川君との事を遥香に相談したら色々なことを教えてもらえた。高雄市のデートスポットとか、台湾のおいしいスイーツとか。
「今日回るところ、最初は艋舺龍山寺だっけ?誰を祀っているんだっけか。」
咲間さんが地下鉄板南線の中で旅行のしおりをぱらぱらとめくっている。
「本尊は観世音菩薩だったんですが、孔子、関帝、媽祖、他100柱くらいが祀られているらしいですよ。」
「なにそれ。まるっきり合同墓じゃない。」
遥香がせっかく説明してくれたのに、姉さんが身も蓋もないことをいう。
年配の乗客がチラチラとコチラを見ている。
「姉さん、それは言いすぎだよ。」
小場先生が、台湾の人は日本語がわかる人が多いから、変なことを言って怒らせないように気をつけろ、と言っていたけど、さすがに合同墓はないだろう。
「へーい。」
そんなことを言いながら、龍山寺駅に到着して3分くらい歩くと、ものすごく立派な門が見えてきた。
「うわぁ。日光東照宮の陽明門みたい。」
・・・だから、ヤメロって。
現地の案内所で、引率の脇坂先生がもらってきたパンフレットを、班ごとに1枚ずつ受け取り入館する。入館料は無料だ。
みんなで話し合った結果、パンフレットの管理は咲間さんがすることになった。
ちなみに班ごとのレポートは、遥香が作成してくれるとの事だった。
姉さんはカメラを使って撮影。私はメモを取って記録。
そんなことを考えながらいたら、ふと姉さんが普段から使っている黒いポーチが目に付いた。たしか、中にホルスターが入ってるんじゃなかったっけ?
「姉さん、そのポーチ、まさかとは思うけど銃とか入ってないでしょうね?」
姉さんの肩に手を置いて顔をじっと見る。
「え?なんでわかったの?L9と予備マガジン2本、バックアップにCURVE。あと術式榴弾が5本。備えあれば憂いなしよ。」
本当にこの人何を言っているんだろう。
「まさか、持ってくるとは思わなかったわ。どうやって空港の保安検査、突破したのよ。」
「まあまあ、堅いことは言わない。ほらこれ。持ってないと不安でしょ?」
そう言って私のフレキシブルソードを差し出してくる。
確かに、フレキシブルソードは魔力を込めなければ懐中電灯にしか見えないし、実際に懐中電灯としての機能もある。
でも、拳銃と術式榴弾はダメでしょ。さすがに。台湾で職務質問があるかは知らないけど、身体検査でもされたらアウトじゃないの。
どういうわけか、姉さんはいつも何かしらの銃器を持っていないと安心できないらしい。確か、こち亀でそんなキャラがいたような気がする。
ものすごく納得がいかないままフレキシブルソードを受け取ったが、装備するためのホルスターがない。
「琴音、あとこれも。ホルスターね。」
・・・あいかわらず抜け目がないわね。
ホルスターを腰に回し、フレキシブルソードを腰の後ろに装着する。
心なしか、少しの安心感があるのは、やっぱり姉妹だからだろう。
「コトねん、まじめに見学しようよ・・・。」
咲間さんに注意されてしまった。私は悪くないもん。
◇ ◇ ◇
久神 遥香
龍山寺の後、剝皮寮歷史街区、台湾同志ホットライン協会と回って、今は九份にいる。
以前、ここに来たときは金鉱脈が見つかったとかで大騒ぎをしていたっけな。そのあと、二二八事件を題材にした映画のロケ地になったことで有名になって、町おこしして観光地化したんだっけか。
それにしても戒厳令が解かれてわずか2年で映画を公開するとは、この国の人間のバイタリティには恐れ入る。
「遥香。前にここに来たことあるの?」
懐かしい思い出に思いをはせていると、千弦がひょいと左から顔を出して来た。近くに琴音もいるから、余計なことは言わないでおこう。
「いえ、なぜか懐かしい景色だな、と思いまして。」
「あ、ここ知ってる。有名なアニメのモデルになったところだよ。女の子が神隠しにあって名前を奪われるってやつ。」
今度は琴音が反対側から顔を出してくる。
「えぇ~、琴音。それって公式が否定してたよ。」
「そうなの姉さん。じゃあ、あれって・・・?」
琴音が指をさす先には、「神隠少女 湯〇婆的湯屋」と看板が立っている。
それって著作権的にどうなのよ、と思いつつ、日本統治時代の面影が残る街並みをめぐり、豆花を食べている時だった。
《マスター。今お時間よろしいデスカ?》
突然、シェイプシフターから念話が入った。
《私は構わんがどうした。何かあったのか。》
《中国東海艦隊本隊の旗艦長春と主力級空母一隻を含む残存艦艇30隻余が中台海峡へ向けて移動中デス。》
原因もわからず10隻以上沈められてもまだ動くか。中国軍は艦隊の湧き出るツボでも持っているのか?
《米軍と日本軍の動きはどうだ。》
《米海軍第七艦隊第三空母打撃群は与那国島北西150キロに展開中デス。日本海軍那覇地方隊沖縄艦隊第四空母打撃群はすでに中台海峡北部に展開中デス。》
くそ、どいつもこいつも戦争狂どもめが。少しはゆっくり旅行くらいさせてくれよ。
《シェイプシフター。すぐに来い。現在位置は?》
《台鉄宜蘭線の瑞芳駅前デス。すでにそちらに向かって魔法の箒を使って移動中デス。あと2分程度で到着しマス。》
《よし。電磁熱光学迷彩術式を忘れるなよ。陽光味宿の裏手で待つ。場所はわかるな?》
《ハイ。着替えだけお願いしマス。》
「すいません、ちょっとお手洗いを借りてきます。」
「わかった。ここで待ってるから気を付けて。」
琴音にそう告げて立ち上がり、傍らにあったバッグを背負い、陽光味宿の裏手へと急いだ。
超常的な力を持つ人間たちが権力と結びついたとき、恐怖政治が始まるというのはフィクションの中だけでしょう。
だって、権力というものは我々庶民からすれば既に超常的なものですから。
ただ日本のような、精緻極まる官僚機構によって国家が運営されている場合は、一人の権力者がそのシステムに介入し、好きなように操るのは結構難しいかも知れません。複数人だったり、大きな派閥だったりすれば別ですが。
我々庶民にとって重要なのは、システムの根幹を成す法律が正しく作られているか(立法)、そのシステムが正しく動いているか(行政)、そして正しく監視されているか(司法)をチェックすることだと思います。
だから、まずはしっかり勉強して理想論や耳障りの良い言葉に騙されないように準備し、選挙に行きましょう。