37 修学旅行 いざ台湾へ
ミリオタ女子って一言で言っても、どれだけディープなのかは人によりますよね。
千弦はかなりディープなミリオタです。
自分でCADを用いて設計したデータと、自室にある3Dプリンターでエアガンパーツを作ったり、術式榴弾を開発したりしています。
ただ、そのせいか男女問わずクラスメイトからは「残念少女」や「戦争バカ」などと言われることもあるようです。
ちなみに。夏休みなので今回は増量です。
台湾修学旅行編、全部公開します。
10月19日(土)
南雲 琴音
今は、那覇空港の国際線ターミナルで保安検査を終えた後、引率の教師がパスポートと同行者の情報の確認を行っている。
「はい、A班から順に出国審査、搭乗手続きです。」
脇坂先生が大声を張り上げている。
「ほら、姉さん、出国の手続きだってさ。」
ボケーっとしている姉さんを肘で突っつく。
今回の修学旅行は、台湾桃園国際空港からスタートして台湾を北から南に縦断し、エコだかSDGsだかを体験するのが目的なんだそうだ。
たぶん、ほとんどの生徒がよくわかってないと思う。
私の班は、6日のうち、那覇で宿泊する日を除く5日の行程はこうだ。
1日目は桃園空港を出発して国家人権博物館、台北二二八紀念館を巡る。
紀念館は、台湾放送協会のスタジオがあったところだそうだ。
2日目は少し忙しい。早くに出発して艋舺龍山寺に行き、剝皮寮歷史街区、台湾同志ホットライン協会、九份の順で巡る。
3日目は、余裕ができる。総統府を見学。安平古堡に行った後は自由行動だ。
4日目は、鼓山洞、高雄市歴史博物館、哈瑪星で終了する。
5日目は、高雄空港からそのまま帰国する予定だ。
旅行のしおりによると、半島有事に備えて、余裕を持つために去年までの修学旅行と比べて各班ごとに選択できる行き先を厳選したとのことだ。
そういえば、PTAと教職員でどこを巡るか論争になったらしく、やたらと長い会議をしていたよ。
私の班は、現地に到着した後は姉さんや遥香、そして咲間さんと一緒なんだけど、館川君の班は3日だけ私の班と同じ行程らしい。
「ねえ、姉さん。3日目の自由行動なんだけど・・・、館川君に二人で回ろうって誘われたからそっち行っていい?」
ダメもとで言ってみる。男子の班に女子がこっそり合流しているのがばれたらちょっと問題になるかもしれない。
姉さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして遥香と顔を見合わせたあと、ニヤリと笑った。
「姉さんにまかせなさい。その恋、何とかしてあげよう。」
恋、なのだろうか。どちらかというと、高校生のうちに彼氏くらい作りたいという、見栄のようなものなのかもしれない。
あるいは、熱中できるものを持っている姉さんへの嫉妬からくる焦りなのかもしれない。
ミリオタになりたいわけじゃないけど。
じゃあ、この胸の高鳴りはどう説明したらいいんだろう。
「ふふ~ん。今度の護衛戦闘機はなんだろな~。ふふ~ん。」
「立体写真撮ったら私にも焼き増ししてくださいね。」
そんな葛藤をよそに、姉さんと遥香は二人そろって鼻歌を歌いながら搭乗ゲートに進んでいった。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
昨日は二号さん・・・もうニ号でいいや、ニ号が私のベッドを占領していたおかげで、朝まで部屋に戻れなかった。
今日になってから知ったけど、ニ号が化けていたのは私ではなくて琴音だったらしい。
遥香とニ号は琴音が二人いることに誰も気づかないといって声を押し殺して笑っていたよ。
そういえば、ニ号が言ったのは琴音の体型のことだったっけな。
・・・悪かったな。私だって気付かなかったよ。
今は出国手続きと搭乗手続きが終わり、ガヤガヤと騒ぐ生徒たちとともに飛行機の中で離陸を待っている。
「ええと、遥香、でいいのよね?」
斜め前に琴音がいるので、あまり大きな声では話せない。
「はい、遥香です。彼は先に台湾に向かいましたよ。」
彼、というのはニ号のことだろう。
「飛行機で?」
「いえ、箒で。」
ふーん。あの箒は遥香でなくても乗れるのか。
それとも、ニ号も人間じゃないから乗れるのかな。
「帰ってきたら、千弦さんも乗ってみます?」
「ごめんこうむる。」
空を飛ぶときに乗るのは飛行機だけでいい。
生身で棒切れなんぞに跨って飛んでたまるか。
「姉さん、何の話してるの?」
いけないいけない、話の内容が聞こえていたか。
「遥香は絶叫マシンが好きなんだってさ。」
慌ててごまかした。
最近妙に琴音が私と遥香の関係を気にしているようだ。
遥香は結構無頓着なところがあるから、一層気を引き締めないと、遥香の正体がこの旅行中にバレてしまうかもしれない。
今のところ、琴音は館川君に夢中のようだ。確かに、顔も言動もイケメンで私のクラスの女子の間でも人気が高い。
琴音と私は外見も能力も、学校の成績までほとんど同じだが、それぞれの趣味や嗜好、特に好きな男のタイプが決定的に異なる。
そういえば、琴音はあんなのが好みだったよな。
そんなことを考えているうちに、私たちが乗るジャンボジェット機は、力強く滑走路を蹴って那覇の空に飛びあがった。
「千弦さん、今度の護衛戦闘機は海軍のF35Cですって。護衛前に一度真横につけてくれるらしいですよ。」
いつの間にか遥香が護衛戦闘機について調べておいてくれたようだ。
「よし、じゃあそっちの窓の撮影は任せた。」
ポーチの中から師匠特製の3Dポラロイドカメラを取り出す。
遥香のほうを向いて、イヤーカフを見せながらそれをトントンと叩くと、コクンと遥香が首を縦に振った。
《遥香、後で彼にお願いがあるんだけど。》
少し慣れてきた念話で遥香に声をかける。
《なんだ?やっぱり魔法の箒に乗りたくなったか?》
そんなに私を乗せたいのか。あの棒切れに。
《違うよ、琴音のことだよ。三日目、別行動したいんだって。先生とかにバレないように何とかならない?》
一瞬悩むような間を置いた後、遥香が答えた。
《妙川殿、だったっけか?彼は琴音以外に同行者はいないのか?》
《館川君、ね。二人で回ろうって言われたらしいからそうなんじゃない?》
《シェイプシフターに琴音に化けさせて、我々と行動させたらいいんじゃないか?本人と館川殿には認識阻害の術式でもかけておけば、だれも不思議には思わないだろうし。》
《館川君のほうの班の人たちはどうするのよ。》
《彼らには、記憶干渉術式で一時的に館川殿のことを忘れてもらえばいい。》
ときどき思っていたんだけど、遥香って結構力業が好きなのね。
《便利な術式があるのね。・・・もしかして那覇のホテルで琴音に使ってなかった?》
《お前は琴音と違って察しがいいから助かるよ。非常階段のところで使った術札だな。術式が簡単だからあとで教えてやろうか?相手が魔力持ちだと効果が低いけどな。》
へぇ、便利な術式があったものだ。・・・あれ?何か今、フラッシュバック的なものが来たような気がする。
《まさかと思うけど、それ、私には使ってないでしょうね?》
《何を言っている。府中の交差点のところで使っただろう?転校初日に私の顔がわからなかったではないか。》
油断も隙もあったものではない。
《マジか~。逆光で見えなかっただけだと思ってたよ。他には使ってない?》
《逆光で見えなかっただと?・・・いや、本当にそうかもしれんな。安心しろ。魔力持ちだと、きっかけでもあれば三日もしないうちに思い出せるようになるからな。》
そ~か。それなら安心。
「じゃあなくて!」
いけない、慌てた拍子に声に出してしまった。
「姉さん、寝てたと思ってたけど、いきなり大声出してどうしたの?」
琴音が驚いている。
「いや、寝ぼけてただけ。うん、変な夢をね、見てただけ。」
慌ててごまかしたが、そろそろ限界かもしれない。
《遥香ってさあ、5000年以上も生きているのに結構抜けてるよね。》
《失礼な。いきなり唐突になんだ?》
《非常階段のところで琴音に記憶干渉術式を使ったって言ったよね。琴音、あれでも魔法使いだよ。》
「あっ。」
遥香が唐突に変な声を出した。
「今度は遥香?二人とも、後ろで何かいかがわしいことでもしてるんじゃないでしょうね。?」
琴音が席の上からのぞき込んでくる。
「いえ、ちょっと、そう、家のガスの元栓を閉めてきたか心配になって。」
なにその苦しい言い訳。
「ええー。遥香の家にはご両親がいるでしょうに・・・。」
琴音が胡乱な目でじーと見つめている。
「いえ、私の修学旅行に合わせて二人とも出かけるって言ってまして。大丈夫かなって心配になったんです。」
「そう。ならいいけど。」
琴音は一応は納得してくれたようで、席に座りなおした。
《千弦。困ったことになったぞ。琴音のことだから、多分、3日目あたりで思い出すかもしれんぞ。》
そんな無責任な。
「はぁ~。」
「今度は姉さん?何なのよもう!」
我ながら、恰好つけて「姉さんにまかせなさい。その恋、何とかしてあげよう。」キリッ。とか言ってんじゃないよ。
どうするのよ。3日目でバレるって最悪じゃない。もう。
遥香はもうちょっと活躍します。
え?琴音が活躍してないって?
大丈夫、しっかり活躍しますよ。そのうち。