36 修学旅行往路5 ホテル/シェイプシフター
鈍感な人って、とことん鈍感でいてくれたらわかりやすいのに、時々敏感に物事を察知することがあるんですよね。
ホント鈍感な人って察しがいい人より、扱いが難しい。
10月18日(金)
南雲 千弦
ホテルのチェックイン作業が女子の班だけ先に終わったので、カウンターでカギを受け取り、琴音と一緒に部屋に荷物を置きに行こうとエレベーターホールに向かった。
「お肉っ、お肉っ!」
遥香に化けた遥香二号がスキップをしながらエレベーターホール横の非常階段に向かって走っていく。非常階段下の出口の防火扉の陰になったところに大きな荷物を持った人影が見える。
猛烈に嫌な予感がしたので反射的に振り向くと、ちょうど琴音がこちらに歩いてくるところだった。
「何?姉さん、どうしたの?」
琴音がそう言って非常階段の方を見た瞬間、凍り付いた。
大変だ。遥香の秘密がばれてしまう。
「雷よ、敵を討て。」
可能な限り小さな声で詠唱し、琴音の首の後ろに向けてスタンガン程度の雷撃を叩き込む。
「あふん。」
バチンという音ともに、琴音の体が糸の切れた操り人形みたいにその場に崩れ落ちた。
「敵か!・・・何やってるんだ千弦?そっちは琴音か。なんで倒れているんだ。・・・おまえ今、雷撃魔法、使わなかったか?」
遥香を思わずジト目で見てしまう。
まったく、いまさら何言ってるのよ。魔女といえども、疲れて注意力散漫になってるのかしら。
「何やってるんだ、じゃないわよ。今、二人とも琴音に完全にみられていたわよ。とっさに気絶させたけど、どうやって誤魔化すのよ?」
「マスター。とりあえず、ワタシ、顔変えますネ。」
遥香二号が両手で顔を隠すと、一瞬で私?いや、琴音?いけない、自分でもわからなくなった。とにかく、どちらかの姿になった。
いつの間にか身長まで変わっている。
まあ、双子だし、同じ場所にいなければ、二人でも三人でもあまり変わらない、かな・・・?
・・・制服のサイズが合っていないのか、セーラー服がきつそうだ。胸元がパツパツになっている。
スカートに至っては、短くなりすぎて、かがんだだけでショーツが見えそうだ。
「ねえ、もっと身長とか体重とか、小さめに変身できないの?」
「千弦サン、ワタシは実際に見たことあるモノにしか変化できマセンヨ?」
マジか~。
靴だけはすでに脱いでいたようで靴下だけになっているが、それ以外のすべてのサイズが合っていない。
とにかく誰か来る前にこの煽情的な格好を何とかしないと、双子のどちらが痴女かと論争になってしまう。
「とりあえず、お前か琴音の靴で余っているものはあるか?裸足だとちょっと目立って仕方がない。」
遥香はそう言いながら何か術札のようなものを琴音の額に張り付けている。まるでキョンシーのお札のようだ。
まずはそんなことよりも着るものでしょうが。
無言で旅行カバンをあけ、宿泊初日にホテル内で着る予定だった、新品のちょっと可愛めの部屋着を取り出し、遥香二号に渡す。
「靴は自由時間用のスニーカーがあるけど、空港の荷物の中に入れっぱなしだから今ここにはないわ。ホテルのスリッパでも履いておいて。」
「よかったデス。さっきから腰回りがキツくてキツくて。琴音さん、もっとダイエットしたら良いノニ。」
なぜだろう。琴音のことを言われたのに、自分が太っているといわれたみたいでむかつく。
くだらないやり取りをしているうちに、男子生徒の班のチェックインの一部が終わったらしく、最初の団体がガヤガヤとこちらに向かってきた。
あ、館川君だ。うちのクラスでも人気なんだけど、ちょっと私の趣味じゃないっていうか、ひ弱そうに見えるんだよね。
やっぱり、男はもうちょっと筋肉が欲しいな、師匠みたいに。
まあ、それは無理か。だって師匠は現役の頃、訓練中に身体強化魔術なし、ナイフ一本でツキノワグマ、殺してたもん。
「ほら、余計なこと言ってないで早く着替えて。」
気絶した琴音を背負い、部屋に戻ろうとすると、二号さんがその場で素っ裸になって着替え始めようとする。
だめだこいつ早く何とかしないと。
残念ながら、那覇のホテルの部屋割りは、私と琴音、そして遥香の三人部屋だ。明日の朝までこの調子だと、神経が持ちそうにない。適当な理由をつけて咲間さんのところにでも逃げ込むか。
あわてて二号さんから福岡空港で受け取った、2枚の電磁熱光学迷彩の術札のうち、使いかけだった1枚を押し付け、それを起動したときにふと気づいた。
「はあ、初めからこうすればよかったんじゃん。」
おそらくは、琴音か私の姿ですっぽんぽんになっているであろう二号さんと、遥香や私たちの横を男子生徒たちが気が付かずにガヤガヤと通り過ぎていく。
男子生徒たちの一団が通り過ぎた後、ちょっとして術札の効果が切れたが、その時にはすでに着替えが済んだ後だった。
「はぁぁぁ。もうすぐに夕食の時間だから、二人とも早く移動して。」
ため息をつきながら、琴音を背負いなおし、二号さんと遥香を連れて宿泊する予定の部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
「琴音、起きて。ほら、疲れているのはわかるけど、すぐに夕食だよ!」
じんわりと脳がしびれる感覚がするなか、姉さんの声が聞こえる。
「いてて、なんか、体の節々が痛いんだけど・・・。」
肩や首をポキポキと鳴らして背伸びをしながら、ベッドから起き上がると、姉さんと遥香が夕食に行く準備をしていた。
「なんか、部屋に入った記憶がないんだけど・・・?」
エレベーターホールあたりから記憶がはっきりしない。こう、脳の中に靄がかかったような違和感がある。
それと、肉?血?何か生臭い匂いがする。誰かあの日なのかな。姉さんと私は常に同じだから・・・いや、何も言うまい。
「慣れない空の旅で疲れたんでしょう。部屋につくなり、ベッドに飛び込むように倒れてから10分ほど熟睡してましたよ。」
ぼーっとしていると、遥香が手を引いて起こしてくれた。
「ほら、もう夕食の時間が始まってるよ。バイキング形式だから、早くいかないといい席も美味しいものもみんな取られちゃうよ。」
姉さんがやたらと急かしてくる。そんなにお腹が空いたんだろうか。飛行機の中で結構はしゃいでいたからね。
「はあ、ぎりぎりだよ全く。」
「どしたの?何がギリギリなの?」
姉さんが疲れたようにつぶやいたが、何のことだろう。
三人でホテルの食堂に向かうと、まだ結構な人数の生徒たちが階段やエレベータで食堂に向かっていた。
「それほど遅れてないようですね。」
・・・いや、話し方は飛行機に乗っていた時の遥香が変だったけど、何かこう、遥香、すこし小さくなってない?そのくせ、少し胸、盛ってない?
いやいや、遥香は体が弱いのを気にしているはずだし、変なことを言うのはよくない。
遥香の身長が伸びたり縮んだりするはずないよね、と自分に言い聞かせた。
「コトね~ん。こっちこっち!」
咲間さんが手を振って呼んでいる。
「あ、咲間さん。この席、だれか来る?」
姉さんはそういいながらすでに席を引いて座っている。
「え?三人分の席を取っといてって言ったの、千弦っちじゃん。あれ、また制服に着替えたの?あれ?そうするとさっきのはコトねん?」
なんだ、急かしたくせに咲間さんに席の確保を依頼済みとは、姉さんも気が利くじゃない。
「あ~。彼女、意外に気が利くのね。」
「中身はオスですけどね。」
「うげ。」
姉さんと遥香が顔を見合わせて笑っている。
「オスって何の事?」
何のことだろう。気になるが二人とも笑って答えてくれない。
「ほら、席はちゃんと確保しておいてあげるから、好きな料理とっておいでよ。バイキングは戦争だよ?」
そう言った咲間さんは、すでにトレイの上に山盛りの料理を確保していた。
咲間さんを席に残し、三人で料理を取りに行く。
姉さんは肉ばかりを皿に盛りつけている。
「姉さん。野菜も食べなきゃだめだよ。」
「はいはい、琴音様はいつもバランスが取れた食事をしてらっしゃいますね。」
姉さんは茶化すように言うが、この人は本当に食事のバランスが取れていない。それなのに、なぜ私と体型が全く変わらないのだろうか。
スリーサイズはセンチ単位でほぼ完全に一致しているし、体重や体脂肪率に至っては小数点以下まで一致している。
これも双子のシンパシーなのだろうか。
「うわ、遥香、そんなに食べきれるの?」
姉さんの声に遥香のトレイを見ると、大量の料理を皿に盛っている。一つ一つの皿は小さいが、端から順に肉以外のすべての種類を盛り付けている。
・・・あれ?お肉食べたいって言ってたのは空耳?
後ろを向くといつの間にか、席にも肉以外の料理が大量に並んでいるところを見ると、気づかないうちに一度テーブルまで往復したようだ。
「ええ、ちょっとたんぱく質とカルシウム以外が絶望的に不足していまして。」
私が席に戻った後も、遥香は料理を取りに往復していた。
「あ・・・ありのままに今起こったことを話すわ!
私は遥香よりも先に食べ始めたのに、遥香がさらに往復して大量の料理を持ってきたと思ったら、いつの間にかなくなっていたのよ。
何を言ってるのかわからないと思うけど、私も遥香が何をしたのか、分からなかったわ。
料理が消えていくのを見ているだけでお腹がどうにかなりそうだった。
痩せの大食いとか、早食い女王とかそんなチャチなもんじゃ断じてない。
何か恐ろしいものの片鱗を味わったわ。」
「琴音、どこ向いてしゃべってるのよ?」
いけない、ちょっとトリップしてた。姉さんの声で正気に戻ったけど、つられてトンデモナイ量を食べるところだった。
このあと館川君と甘味デートに行くのに、何も食べられないようじゃもったいなさすぎる。
「ふー。お腹いっぱい。もう入らないよ。」
どうやら咲間さんは遥香に釣られてしまったようで、動けなくなるくらい食べていたよ。そのほとんどがフルーツやケーキなどの甘いものばかりだ。
身長は170cmもあるらしいけど、それでも多すぎだよ。ベルトだけじゃなくて、首のチョーカーまでキツそう。
いつも太るんじゃないか、とも思うけど、咲間さんは軽音部だからか、ものすごくよく歌うし、エレキギターを持ってよく飛び回る。ロックミュージックやメタルなどの音楽はダイエットの秘訣なのだろうか。
小一時間ほどかけて夕食を済ませて、部屋に戻ろうとすると姉さんがスマホを取り出し、どこかに連絡をしている。
「姉さん、どうしたの?何か用事?」
「いや、ちょっと寄り道するところがあるから、先に部屋に戻っててよ。」
「姉さん、消灯の時間までには帰ってくるんだよ。」
姉さんはひらひらと手を振りながら、咲間さんと一緒にロビー横のお土産コーナーに向かっていった。
「琴音さん、そろそろ私たちも部屋に戻りましょうか。」
あれだけの量を食べたのにも関わらず、まったく体型が変わっていない遥香と一緒に部屋に戻ってみると、すでに着替えた姉さんが自分のベッドでいびきをかいていたよ。
いつの間に追い越されたのか。部屋の中は妙に血なまぐさいし、この旅行中は理解できないことだらけだ。
眠りこける姉さんを放置して遥香と大浴場に行った後、館川君と時間通り待ち合わせをして甘味処に行った。
館川君は優しいし、顔も言動もイケメンだった。
甘味処と言いつつも、とってもコーヒーがおいしい店だったよ。
そのあと二人で夜景とか眺めたりして結構いい雰囲気になったよ。
旅行の三日目の自由時間にも一緒に行動しようって誘われちゃった。
生まれて初めて男の子と恋人つなぎした手のひらが、まだ熱い。
なんかドキドキする。
女の子の方から次のステップに誘う時って、どうしたらいいのかしら。
初めて感じる胸の感覚が、なんと形容していいか分からなかった。
だけど、姉さんと遥香の怪しい行動が気になってしっかり楽しめなかったよ。
部屋の中で何かいけないことをしてるんじゃないかと心配になって早々に戻ったけど、何もなかったよ。ちくせう。
察しが良く何手も先を読む千弦に比べて、琴音はかなり鈍感です。しかし、鈍感な割に物事がうまくいくことが多いのは、人柄でしょうか。それとも千弦を上回る計算高さがあるのでしょうか。
実はそのどちらでもありません。ただ運がいいだけなのです。
そして、鈍感な癖に突然物事の本質や裏側を察知してしまうことがあります。
それを、千弦は嫉妬と羨望を込めて「天啓」と呼んでからかっているとかいないとか。