34 対艦戦闘/軍隊vs怪獣
10月18日(金)
空母“青海”の艦橋はパニック状態だった。
「飛行長!先行した第一航空隊の4機の墜落の原因は分かったか!?」
艦長らしき男ががなり立てる。
「申し訳ありません!未だ原因不明です!」
飛行長と呼ばれた男が苛立ちながらそれに応える。
「本国から実施した東風21Dによる攻撃は失敗したそうだ。戦力的に劣るわが軍は、本隊が到着するまでの間、遅滞戦闘を余儀なくされる。すでに4機のJ20を失った今は、これ以上の被害は受け入れられん。」
「緊急事態です!空警2000がレーダーロスト!応答もありません!」
レーダーを凝視していた男がそう叫ぶと、艦長が目の前にあるコンソールパネルをこぶしで強く叩いた。
「敵影は!敵の欺瞞工作か!なんでもいい、情報はないのか!」
「敵影、ありません!レーダーもソナーも各艦ともに正常に作動しています!」
「我々は何と戦っているんだ!」
◇ ◇ ◇
久神 遥香
全長が50メートルにも迫る、背中に円盤を乗せた鈍重な機体が高空に潜んでいるのを見つけ、真下から魔導砲で数十発の術弾を叩き込んだ。
目標に吸い込まれるように当たった術弾は、その機体の内部で巨大な火力を解き放ち、近くをかすめた術弾は近接信管のように破片をぶちまける。
操縦士を含め20余名の精鋭を乗せた中国が誇る空の眼は、その乗組員すべてが何が起きたのかを理解することもなく、木っ端みじんになって南の海の空に砕け散った。
《マスター。東海艦隊の無線を傍受しマシタ。これより遅滞戦闘に移りつつ、海域を離脱するそうデス。》
《黒龍江省の方はどうだ?》
《第55諸兵科連合軍に対し、中国は人民武装警察部隊と民兵、義勇兵で対応していマス。・・・まったく歯が立たないヨウで、すでに前線は黒龍江省の奥深く、鹤岗市と双鸭山市に迫っていマス。失陥 は時間の問題デス。》
なるほどね。露助らしいというか、負けてるほうを攻めるのは戦の常道というべきか。
《では、予定通り、“青海”には沈んでいただこう。》
帰艦する敵戦闘機を追っているうちに、魔法の箒は水平線上に敵空母“青海”を確認できる位置まで進出しており、今すぐにでも攻撃を始められる体制を整えていた。
《マスター。あと10分で当機は那覇に着陸しマス。乗降を行うため、しばらく念話の対応が難しくなりマス。準備はよろしいデスカ。》
《ああ、任せろ。これが終わったら、ホテルのロビーで落ち合おう。》
《マスター。ご武運をお祈りしマス。》
シェイプシフターとの交信をいったん終了し、水平線上の“青海”を目指し、超音速巡行を続ける。
すでに防寒着はズタズタで、体のいたるところから赤いものが流れ出ている。
痛覚鈍麻術式でも抑えきれない痛みにもかまわず、艦隊に接近すると空母を含む大型艦艇が3隻、072型揚陸艦を含む中型鑑定が4隻。小型艦艇が数隻の編成を確認できた。
敵艦隊の上空で不安定な電磁熱光学迷彩術式を展開させたまま、眼下を見下ろす。
「随分と貧弱な編成だな。総数は10隻、いや、12隻か。大型艦の影にまだいたのか。まあいい。術式束9797停止、続けて術式束10158731発動!」
それまで展開していた電磁熱光学迷彩術式を解除し、反復術式をかけた状態で防御障壁術式を4重起動する。
電磁熱光学迷彩術式を解除したとたん、それまで何も反応がなかった巡洋艦が即座に反応し、主砲がこちらを向いた。
「おお、やばいやばい。あんなにでかい砲で撃たれたら木っ端みじんになってしまう。」
レーダーには映っていたはずだが、ターゲットが小さすぎてゴーストと判断したか、近すぎて確認なしで発砲できなかったか。
慌てて撃ち落そうと思ったのだろうが、もう遅い。
真っ直ぐ“青海”の飛行甲板を目指してほぼ垂直に降下すると、彼らは失った哨戒範囲を補うために艦載機のKJ600を発艦させようとしているところだった。
発艦しようとしているKJ600にも構わず、魔導砲で直上から術弾を撃ち込みながら、 “青海”甲板ギリギリで魔法の箒を水平に戻し、強硬着艦する。
魔導砲はKJ600を爆発・四散させ、その機体だけでなく甲板を貫通し甲板下の何か重要な部品も破壊し、大穴を開けた。
炎上した機体を何とか消火しようと甲板員がパニックになって飛び出してきたのを尻目に、限定召喚魔法の準備に取り掛かる。
複数の乗員がこちらに気づき、誰何する声が聞こえ、取り押さえようと近寄ってくる者が見えた。
改めて自分の姿を見てみると、右手はボロボロの包帯がまかれているように見え、防寒着は吹き飛び、赤く染まったセーラー服と、左しか履いてないローファーに、破けたスカート。われながらひどい姿だ。
銃を持った兵隊なんぞを相手にしている暇はない。外側2層の防御障壁の半径を回転させながらドカンと広げ、乗員と瓦礫を吹き飛ばす。
大きな穴が開き、完全に修復不能になった飛行甲板上で目をつぶり、限定召喚魔法の詠唱に入った。
「遠きメッシーナに在りしポセイドンとガイアの娘よ。ゲリュオンの牛を食らいし飽食の女神よ。汝が飢えを満たす糧はここにあり。来たれ。カリュブディス!」
艦が一瞬大きく持ち上がる感覚と、耳をつんざくような雄たけびが真下から響き渡る。
一体では足りない。大きく傾いた飛行甲板の上で、次々と砕けては再生を繰り返す防御障壁に銃弾がバラバラと当たる音を無視して、続けて限定召喚呪文の詠唱を行う。
「太陽に呪いをかけるもの、主が戯れに御技を示すものよ。汝を呼び起こす力ある者は己を呪わん。汝は審判の日まで永らえ、主の御手により殺されるだろう。来たれ、レヴィアタン!」
艦の右舷前方、上空約千メートルに目の覚めるような青色の、蛇のような、龍のような、数キロの巨体を持った何かが現れ、そのまま着水する。
さすがにこの二体がいれば、空母やイージス艦ごとき紙装甲の軍艦なんて30分も持つまい。
・・・?何故か妙に疲れた。いつもならば、限定召喚魔法二回でこれほどの疲労感を感じることなどないのだが・・・。
やはり超音速飛行は疲れるものなのだろうか。
レヴィアタンが海面に落ちたことによる衝撃で、傾斜中の艦がさらに大きく傾き、複舷力をほぼ失って艦上の航空機や牽引車などが次々と海に落ちていく中、傷だらけの魔法の箒に跨り、甲板を蹴って宙に舞う。
「術式束9797、再起動。」
切ってあった電磁熱光学迷彩術式をオンにして宙に舞い上がり眼下を見ると、触手で黙々といくつもの艦を襲い、沈めているカリュブディスと、高さ数千メートルから海面に落ちたのが相当痛かったのか、のたうち回っているレヴィアタンが見えた。
《うまうま。船がいっぱい。うまうま。》
《背、背中がぁぁ!マスターぁぁぁ。なんで海の中で喚んでくれないのぉぉぉ!》
カリュブディスが黙々と敵艦ごと中国軍将兵を食らっている横で、高空から海に落とされたレヴィアタンが念話で抗議してくる。
《悪かったよ・・・。甲板が水平じゃなかったせいで上にズレたんだが、まさか千メートル近くも上にズレるとは思わなかったんだよ・・・。》
《待遇改善を要求する~。もっと頻繁に喚び出せー。》
そう頻繁にお前みたいな奴らを原身で喚び出していたんじゃ、地球は破滅するだろうが。
《・・・そのうち人型でなら喚び出してやる。だから、今日はお前ら1時間くらいで帰れよ。それと、くれぐれもその海域以外の人間を襲うなよ。》
人間サイズで喚ぶなら、さほどの問題も起きまい。
適当に飲み食いさせて返そう。・・・カリュブディスは呼ばないでおこう。多分、あいつが食い始めたらファミレス10軒や20軒じゃすまない。
のたうつ波とともにレヴィアタンが艦を沈め、逆巻く渦の下でカリュブディスがそれを食らう。
洋上に無傷の艦が一隻もいないことを確認した後、シェイプシフターに連絡を入れる。
《シェイプシフター。作戦終了した。そちらはどうか。》
《マスター。ご無事でしたカ。こちらは予定通り那覇空港に到着しテ、ホテルのチェックイン待ちデス。》
眼下の海で爆発が起きる。
あ、潜水艦だ。094A型だ。晋級だったっけ?珍しいものを見た。
072型揚陸艦に加え、弾道ミサイル発射搭載型非大気依存動力潜水艦まで随伴させているとは、侵略の意図アリアリじゃないか。
艦隊編成については何を考えているのかわからないが。
《マスター。どうかしマシタカ?》
《いや、珍しいものが見れたと思ってな。後で話すよ。それより、長距離跳躍魔法でこのまま那覇に向かう。跳躍先は那覇空港近くの田原公園だ。》
《了解しマシタ。ホテルの中で待ち合わせでよろしいデスカ?》
《ああ。この格好を誤魔化してからそちらに向かうよ。人目につかない場所についたら念話で連絡する。》
ふう、とため息をつくと、それまで“青海”の沈没地点を周回していた複数の対潜哨戒機や回転翼機が、あきらめたかのように中国本土に向かって飛んでいくのが見えた。たしか、J15とJ20もまだ飛んでたよな。
対潜哨戒機ならまだしも、すでに長時間の飛行を行った後の回転翼機や艦載機では航続距離が足りないだろう。
本土近くの洋上に不時着をするつもりなのか、あるいはこの海域に向かってヘリが着艦可能な艦が向かっているのか。
東海艦隊分遣隊の中核である空母機動部隊をまるごと潰され、ソ連軍が黒竜江省に侵入しているこの状況では、中国といえども、しばらくは東シナ海に手を出すことはできなかろう。
さて、そろそろ行くか。
「勇壮たる風よ。汝が翼を今ひと時我に貸し与え給え。」
一瞬、強い加速度が身体を包み、すぐに慣れた浮遊感が身を包む。
召喚された二体にその場の始末を託し、魔法の箒にまたがったまま那覇に向け風を切って飛翔した。