33 対空戦闘/科学vs魔法
魔法の箒で空を飛ぶのは少年少女の夢の一つだと思いますが、あれって戦争に使えないかな?と思ってしまうのです。
魔法の箒だけで他には一切魔法が使えなくても、歩兵並みの簡単さで配備でき,自動車以上の速度で、地形に左右されることなく、対人及び対非装甲車両攻撃を専門に行うことができたら、凶悪な兵科の誕生ですね。
10月18日(金)
南雲 琴音
チャーター機はしばらく前に屋久島上空を後にし、奄美大島上空へさしかかろうとしていた。
「ねえ、遥香。さっきからずっとボーっとしてるけど、もしかして飛行機酔い?」
先ほどまでスマホで音楽を聴いていたのに、今は何もせず中空を眺めてボーっとしている。
心なしか、焦点も定まっていない。
声をかけてから十秒ほどしてから、やっと返事があった。
「いや、ちょっと考え事をしていたのデス。那覇についたら、お肉とかお魚とか食べたいナ、って。」
遥香って痩せているのに結構肉食なんだね、と思いつつ、旅行のしおりをパラパラとめくってみた。
「那覇についたら、空港近くのホテルで夕食をとるから、他のお店でご飯食べるの難しいみたいだよ。」
「ソウ・・・デスカ。」
遥香がものすごく残念そうに眼を閉じる。この子、こんなに食いしん坊キャラだったっけ?
遥香といい、姉さんといい、今回の旅行では二人とも何か違和感がある。
遥香の隣の席でアイマスクをつけたまま、身動き一つしない姉さんを、旅行のしおりで突っついてみた。
「姉さん、遥香の様子が何かおかしいんだけど。何か知ってる?」
「さあ?前日はしゃいでたから疲れたんじゃない?ラブレター攻撃も続いてるしね。もともと遥香は体、丈夫じゃないからね。気になるようなら、私が見ているよ。」
「そう、それならいいんだけど・・・」
姉さんがそういうならそうなんだろう、と何か釈然としないものが残りながらも、席に座りなおした。
◇ ◇ ◇
久神 遥香
チャーター機の進路に交差するような形でこちらに接近する7機のJ20に対し、マッハ1.5で魔法の箒を飛行させる。
ありとあらゆる防壁や結界の術式を展開しているが、音速の壁を破った瞬間、衝撃でバラバラになりそうだった。
音速を突破してからは、不思議と結界も機体も安定している。
衝撃で体のいたるところが悲鳴を上げる中、回復治癒呪をかけ続けながら、シェイプシフターと交信を行う。
《シェイプシフター!今、念話が途切れたぞ。何か異常か?》
《イエ、琴音さんに声をかけられて、反応していただけデス。E11からE14、さらに接近!短距離空対空ミサイルの射程まであと10キロ!》
《了解!攻撃魔法で優先して落とす!》
《マスター!電磁熱光学迷彩術式に異常が出てマス!ミサイルに注意してくだサイ!》
先ほどの超長距離狙撃の影響で、異常が生じたようだ。
一般に短距離空対空ミサイルの射程は37キロ程度とされるが、回避性能が低く、チャフフレアも搭載していないチャーター機を本気で落とすのであれば、中距離以上のミサイルを装備してくるだろう。
この距離まで近づいても撃ってこないということは、このJ20は中距離ミサイルを装備していないか、示威行為に過ぎないということか?
しかし、爆装した機体を他国の領空に向けて航空母艦から発艦させるのは、間違いなく宣戦布告に準じる行為だ。
また、おそらく、いやかなり高い確率でJ20のパイロットは極度の緊張状態にある。
日本空軍の出方次第ではミサイルの一発や二発ぐらいは撃ってしまうような精神状態だろう。
《目標、確認!こちらの射程内に入った。これより空間衝撃魔法を撃つ!》
シェイプシフターにそう告げ、高速で詠唱する。
「闇よ!踊れ!そして叩き割れ!」
目の前の空間が陽炎のように揺らいだかと思うと、その揺らぎは一瞬で対象となる空間に転移し、その場で不可視の衝撃を解き放つ。
その衝撃に巻き込まれた2機のJ20は一瞬でバラバラになり、爆発した。
《マスター!E12及びE13、撃墜!残りの5機、散開します!》
電磁熱光学迷彩術式の作動状態を示すインジケータが黄色く点灯しているのを見て、光学迷彩については一応は動作していることを確認する。
J20のパイロットからは、光学的にはこちらは見えていないだろう。
《個別に撃破する!最もチャーター機の進路に近い敵機はどれか!》
《E11、さらに接近!当機まで残り40キロ!》
《安心しろ!こっちの射程内だ!》
箒の下に固定されたMG42の安全装置を外す。
これは千弦に無理を言って持ってきてもらった、例の健治郎のコレクションを参考に作成した、長大なバレルと膨大な装弾数、そして高い連射速度を生かした魔導砲だ。
薬室内の鉄球が複数の術式により音速の17倍まで加速され、同時に複数の効果が付与される。
それにより、ただの鉄でできた弾丸が、術式によりタングステン並みの比重と強度になる。
チャーター機に向かうJ20に対し、マッハ2.3以上の速度で後方から追い越しながら、その未来位置に数十発の術弾を叩き込むと、そのエンジンからコクピットに至るまで無数の穴が開き、航空燃料に引火し、空中で爆発、四散した。
《マスター!続けてE14、接近!先ほどと同じ進路デス!》
《了解!バカめ、僚機がどうなったか見ていなかったのか!?》
箒の計器からアラート音が鳴り響く。ミサイルの発射警告だ。
僚機を落とされたJ20の1機が、対空ミサイルをコチラに向け発射してきた。
目で見えないならばレーダーを信じて撃つ、か。敵ながらいい判断だ。
慣性制御術式を用いて超音速のまま、曲芸のような動きを行い、回避行動を行う。
体に加速度による重圧がかかり、操縦桿を握る左手と鐙を踏む足からブチブチと嫌な音がする。痛みは無視し、構わず回避を行う。
ミサイルがすれ違いざまに爆破。破片が防御障壁を貫通し、右肩にいくつも突き刺さる。
体の中に入ってしまった破片を取り出している暇なんてない。破片に構わず損傷を回復治癒呪で回復し続ける。
肺からごぼごぼと変な音がする。口の周りが血だらけだ。破片は肺まで届いたか。
追われる形になり、射線が取れない。魔導空中爆雷を選択し、操縦桿のボタンを押し込む。
《E14の進路上に魔導空中爆雷を散布する!安全装置、解除!》
魔法の箒の後端左側に設置されたウェポンベイが開き、千弦から拝借した術式榴弾を魔改造したものが十個ほど空中を舞う。
口紅ほどのサイズしかないそれは、一瞬滞空した後、接近するJ20に向かって磁石に吸い寄せられるように張り付いた。
次の瞬間、魔導空中爆雷が一斉に炸裂、空中に数百メートルの爆炎の塊が発生する。
「ゲホッ。一発につきTNT100キロ分の爆裂魔法だ。苦しむ間もなかっただろう。」
口の血を、肘から先が包帯で補われた右手で軽くぬぐう。
《マスター。後続のE15からE17は引き返していきマス。・・・通信を傍受しマシタ。「事故により、4機のJ20が失われタ」とのことデス。》
《事故ねぇ。中国人め、そこはメンツ優先ではなく、正体不明の敵機に落とされた、だろうが。》
胸の痛みに咽せると赤い霧のようなものが口から出る。
《マスター。当機に接近する敵勢航空機は無シ。どうしマス?追撃しマスカ?》
《護衛戦闘機はどうした。まだエスコート中か?》
《ハイ、何もせず当機の5キロ後方を維持していマス。》
あきれたものだ。敵機が50キロまで接近しているのに、何もせず、か。
空軍司令部からどんな命令を受けているのかね。
これほど命令に忠実なパイロットはあまり見たことがない。・・・まさか、無人機か?
《シェイプシフター。空魚A1で護衛戦闘機のコクピットを確認しろ。私はこのまま追撃に入る。》
《護衛戦闘機のコクピットを確認、デスカ?了解しマシタ。・・・速報デス。ソビエト連邦ユジノサハリンスク極東軍管区所属、第55諸兵科連合軍が黒竜江省に侵入、現在アムール川を4個師団が越境中デス。》
《ははっ。中国め、二正面作戦になりやがった。三竦み状態ってのは最後に動いたやつが戦況を決めるんだよなぁ!》
すくなくとも、これで中国が日本へのちょっかいを続ける可能性が減った。
・・・まともな考え方ができるやつが上にいれば、だが。
だが、この機会に東海艦隊を何とかしておかないと、すぐにでも中国軍は勢いを立て直すだろう。
修学旅行の復路でゆっくりできなくなってしまう。
《よし。追撃は変更なし。ただし、作戦目標を変更。空母“青海”を含む東海艦隊中核7隻余を撃沈する。》
《正気デスカ、マスター?その箒の装備では火力が足りませんヨ?》
《いいや、敵空母の艦上で、限定召喚魔法を行う。空魚A2及び空水母B3で誘導しろ。》
そういいながら、全長300メートルを超える空母を一撃で沈められる眷属について考える。
候補はいくつかある。戦闘力で沈めるか、重量で沈めるか。
レヴィアタンか。それとも、カリュブディスか。
・・・どうせ限定召喚だ。1時間もしないうちに送還されるんだから、両方とも喚んでしまえ。
《マスター。護衛戦闘機のコクピットを確認。無人デシタ。遠隔制御用ユニットらしき物も確認しマシタ。》
人手不足ここに極まれりか。
すくなくとも、空軍の護衛戦闘機が役に立たないことだけは分かった。
《シェイプシフター、当機の座標は31.09721, 128.39338、E1の座標及び距離を知らせろ。》
《E1の座標、31.83148, 126.734528、先ほどより南東に39.2キロ進出、マスターからの距離173キロ、方位297°58′54″!》
《よし、急ぎE1に向かう!E15からE17の所在地は?》
《同方位、85キロ地点を亜音速で巡行中。着艦間際を狙えマス!》
《これより超音速巡行を行う。念話が乱れるが気にするな。異常があったら空水母経由で緊急電を入れろ。》
そう念話でシェイプシフターに伝え、魔法の箒の魔力炉の出力を全開に引き上げた。
待ってろよ、千弦。こんな戦争なんか朝飯前、じゃなかった。晩飯には間に合わせるからな。
魔法の箒で空を飛べたとしても、速度や高度によっては乗員に相当の負荷ががかかるはずです。
遥香(魔女)といえども、気圧差や加速度によってボロボロになっています。
ところで、RPGゲームには回復魔法ってものがありますが、鎧や盾、またはマントなど、身を守る装備は使っているうち、特に攻撃を受けた時などは傷だらけになったり破損したりするでしょうが、平気で連続して使用しています。
もしかしたら、鎧や盾などの装備品にも回復魔法って効いているのでしょうか。