321 さらば平安、鎌倉を超えて/初めまして江戸、そして新人類
まことに申し訳ありませんが、作者体調不良のため、来週はお休みします。
(もし体調が回復していた場合は更新します)
南雲 千弦
那須野の戦いからおよそ十年が経過した。
仄香・・・じゃなかった、得子はあの後すぐ、叡子以外の娘を連れて南宋へと旅立ったらしい。
一応念のため、この後はモンゴルがどデカい帝国を築いて日本を二度にわたり攻めてくることを紅葉を通じて伝えておいてもらったよ。
そうしたら今回のお礼も兼ねて、何十万隻だろうが何度でも追い返してくれるという約束をしていったんだそうな。
・・・まさかね。
元寇を追い返すのに風系列の魔法とか使わないだろうな?
いや、思い当たる魔法はあるけどさ。
あと、叡子さんと南雲伊之さんは向陵稲荷の前の門前町で夫婦として暮らしているんだって。
これも紅葉に頼んで、子々孫々面倒を見るようにお願いしておいたよ。
・・・まさか、南雲の先祖が叡子さんだとは思わなかったけどさ。
ってか、直系の先祖じゃん!
責任重大だよ!!
「千弦様。お加減はいかがですか?」
二階に割り当ててもらった寝室のふすまの外から紅葉の声が聞こえる。
「入っていいよ。・・・ええと、なんとかつながったかな。 ま、規格が完全に一緒だから何とかなるとは思ってたけどさ。」
私は今、AMC-4の中にいるんだけど、那須野で損傷した右腕にAMC-3のジャンクパーツをつないでやっと形にしたところだった。
ってか、斬り落としたのが右手でよかったよ。
左手だったら部品がないところだった。
あるいは両手とも右手とかだったら、使いづらさが半端ないことになっていたよ。
「・・・あら。随分ときれいにつながりましたね。もう・・・つないだ跡もないなんて。」
「まあね。おかげでAMC-3がかわいそうな状態になってるけどね。ま、もう使うことはなさそうだけどさ。」
両手両足を失い、完全に停止したAMC-3は、光を失った瞳を宙にさまよわせている。
埋葬しようかとも思ったけど、ほかにも使う可能性があるパーツがあるかもしれないからなぁ・・・。
「あ、そういえば紅葉って家名を名乗ることにしたんだって?何て名前にしたの?」
「お恥ずかしい限りですが、桜と私は明神と。蛍と雪菜は、白川と。」
「へぇ〜。いいじゃん。明神桜、明神紅葉。白川蛍、白川雪菜。うん、きれいな名前だ・・・ うん?明神?」
はて・・・?
確か、一の二葉お祖母ちゃんの実家の名字が明神じゃなかったっけか?
ええと、ひい祖母ちゃんが明神楓とかいう人で、無茶苦茶長生きだった上にずいぶん前に行方不明になって、いつ死んだかわからなかったとか・・・?
「どうかされましたか?」
「あ、いや、何でもない。 続けて?」
「はい。それともう一つ、問題・・・ というほどのものではないんですが、気になることがありまして。」
「え?なんだろう?もしかして、教会に私たちの居場所がバレたとか?」
「いえ、そんなことであれば返り討ちにしますので問題などではありません。それより、どうも私たちの寿命なんですが・・・だんだんと短くなっているようでして。というより、魔力が高い以外はだんだんと人間に近づいているような気が・・・。」
それは気になるどころか大ごとじゃないか!
いや、早死にする可能性をそんなに淡々と言われてもさ!
「ちょ、ちょっとそこに座りなさい。あ、座ってるわね、ええと、ラジエルの偽書、それから鑑定用のシューティンググラスは・・・!」
慌ててラジエルの偽書を引っ張り出し、鑑定術式をつないで紅葉を鑑定する。
ええと、健康状態、いや、レントゲン写真なんて出されてもわからないってば。
MRI?CT?私は医者じゃないっつうの。
ってか、琴音じゃないんだから分かるわけないでしょう!?
こう、なんていうのか、テンプレ異世界ものみたいにステータス画面とかでないのかい!?
・・・やっぱり出ないのかい!
「なんというか・・・私はアホの子か。駄目ね。まあ、自動書記述式で書き出しておこうかしら。あー。遺伝子構造なんて知らんっつうの。」
自分に呆れながら、わら半紙の上に鉛筆を走らせる。
・・・カルテみたいなものを書いてはいるけどさ。
これ絶対に役に立たないと思うんだ。
「千弦様。種族名が間違えていますよ。私はハイヒューマンではなくて魔族です。」
「うん?あ、ごめんごめん・・・うん!?」
なんだ、これ?
種族名がハイヒューマン、って。
「ええと?そもそもこれ、自動書記術式だから間違えることはないんだけど。魔族でもハイエルフでも人間でもなくって、ハイヒューマン?それと・・・なんだこれ?」
いまだに動き続ける私の腕は、紅葉の身体を輪切りにしたかのようなCT画像を書き続けているんだけど・・・。
お腹のところに、なにか違和感が・・・?
「あ。・・・ええと、これはですね。なんといえばいいのか・・・。」
CT画像を書き連ねるごとに、ソレはどんどん形がはっきりしてきて・・・。
「まさか!赤ちゃん!え?いつの間に!?あ、相手は!?」
「ええと・・・平泉から流れてきた源家の若様と少しいい仲になりまして・・・。ご紹介しようとは思っていたのですが、すぐに大事なご兄弟に会わなければならないと・・・。」
まじかよ。
ってか、体調不良って、それが原因なんじゃないの?
「と、とりあえず、桜を呼ぼう。桜はこのことを知っているの?」
「は、はい・・・千弦様以外は全員・・・。」
そうと決まれば宴じゃ!
私は何か大事なことがあったような気がしつつも、部屋を飛び出して階段を転げるように下って行ったよ。
丸一日のどんちゃん騒ぎが終わり、それぞれの部屋に戻っていく。
私は次に起きる時期・・・いや、時代の設定を行い、長期のコールドスリープに入る準備を始めていた。
「ええと、二号さん。ここに猫ちゅ~るとカリカリを作りためておいたからね。あと、吉備津彦さんと、犬飼健さんと、楽々森彦さんと、豊玉臣さんと・・・。それぞれの好物は缶詰や瓶詰にしたからそれなりに持つとは思うけど・・・。」
「気にしなイデも大丈夫デスヨ。ボクたちモそれほど頻繁に起きてイルわけでハないデスカラ。」
「ええと・・・僕たちはそろそろ帰ろうかと。マスター・・・魔女がそろそろ僕たちを召喚し始める時期ですし。」
そうか。じゃあ、吉備津彦さんたちとはここでお別れかな?
そういえば、二号さんって最近部屋から出てこないって桜が言ってたっけ。
それに、妙に電気の消費量が増えたような気が・・・。
まさか、延々とゲームをやっているんじゃぁ・・・?
「まあ、いいわ。ええと、本殿と奥宮、鳥居と塀、それから社務所と住居部分・・・水回り、特に排水、それから電気・・・だいたいOKね。」
ここから一気に江戸時代まで眠るのだ。
可能な限り建物は新品にしたし、コールドスリープルーム以外の建物については蛍と雪菜にメンテナンスと修繕の仕方を教えた。
それにしても・・・紅葉の相手の人って、結構無責任なのね。
ヤルことだけヤッて静岡の黄瀬川とかいうところに戦いに行っちゃったてさ。
しかも、噂では京から流れてきた白拍子の女性に浮気しているらしいし。
そんな男は源平合戦に巻き込まれて死んでしまえ。
コールドスリープ装置・・・ いまや完全に「聖棺」と呼ばれ始めたソレの寝床の下の収納を開き、私の身体と一緒に時を超えて持ち帰る必要があるものを一つずつしまっていく。
その私の後ろで、紅葉は少し震える声を私にかけた。
「千弦様。次にお目覚めになるのは、 何年後になるのでしょうか。」
「ええと・・・今は1180年で、江戸幕府がある程度安定してからにしたいから・・・最短でも大坂夏の陣の後・・・1615年? いや、1620年くらいかなぁ・・・?」
「440年後ですか。そうすると・・・ふふ。私はもし生きてても、お婆ちゃんですね。」
そうだ。
440年といえば、人間の8倍の寿命を誇る魔族でさえ、人間でいうところの55歳も歳をとってしまうのだ。
紅葉の外見年齢は十代後半だけど、次に会うときは70歳越えのお婆ちゃんになっているわけで・・・。
「ごめんね、私にもう少し時間があれば。でも・・・。」
フライングオールやラジエルの偽書をはじめとする、現代から持ち込んだものをは大体収納できた。
MASADA ACR・・・これも一応持っていくか。
ヤ○オクかなにかでバレルとハンドガードが手に入るかもしれないし。
ああ、あとレギウム・ノクティスで突っ返されたナギル金貨をば。
「わかっています。千弦様が眠っている間のことは、私たちと、この子にお任せください。」
紅葉はまだ目立たないお腹をそっと触り、力のこもった目で私を見る。
不思議と優しいその目は、なぜかとても安心できた。
「うん。よろしくね。あ・・・そうだ。お子さんの名前って決まってるの?」
さて、時間も押してきた。
コールドスリープが睡眠扱いにならない以上はどこかで睡眠時間の確保もしなけりゃならないし、本当にカツカツなんだよね。
「ええ。男の子なら、太郎と。女の子なら・・・楓と。」
コールドスリープ装置に横たわり、ふたを閉めようとしていた手が止まる。
・・・うん?それって?
明神・・・楓・・・ってこと?
だが、ゆっくりと強化ガラスのカバーが閉まっていく。
「ちょ、ちょっと・・ 紅葉、 あなたの娘って・・・!」
カシュ、とフタがロックされ、外側のカバーが閉じていく。
ガラス越しに見た紅葉の顔は、どこか二葉お祖母ちゃんのキリリとした顔に似ていて。
次の瞬間、 パチ、と光が明滅した。
◇ ◇ ◇
西暦1620年 (元和六年) 春
一瞬の間に光が閃き、ポン、という音ともに目の前のフタが開いていく。
先ほどよりもやや暖かい空気が流れこみ、聖棺モドキの表示機に1620・0405の文字が踊っている。
・・・停止空間魔法は正しく動作した、か。
残魔力量は・・・うん、現代まで十分な余裕がある。
でもまあ、念のためにこれ以上は魔力のチャージは止めておこう。
タイマーが壊れて気付いたら宇宙世紀になってました、ではたまらない。
・・・まあ、その時はアイツと同じことをするだけだ。
「・・・紅葉の話、最後まで聞けなかったな。・・・また、一人か。」
「おはようございます!千弦様!」
ぼそりとつぶやいた私の言葉にかぶせるかのように、 元気・・・いや、かなり威勢がいい声が響き渡る。
顔を上げると、一の二葉お婆ちゃんの若いころの写真にそっくりな女性が、私の顔を見てニコニコと笑っていた。
「あ・・・。ええと、 初めまして?千弦・・・です?」
「なぜ疑問形なんですか。千弦様のことは母から聞いていますよ。こちらこそ初めまして。明神楓です。楓、とお呼びください。」
「ああ、うん。・・・え?ええぇ!?」
ちょっと待て。
私は何年寝て、いや、飛び越えた?
目の前にいる楓の年齢は、どう見ても十代後半から二十代前半にし か見えない。
いや、楓は魔族の血を引いているから、人間でいうところの二十代だとしたら、160歳から200歳がいいところだ。
「ええと・・・ 今年は何年?」
「元和六年でございます。干支は庚申。西暦に直すと、1620年ですかね。」
聖棺モドキの故障ではなかったか・・・。
でも、やっぱりおかしい。
「失礼を承知で聞くんだけど、楓って・・・ 今年で何歳になるの?」
「440歳です。・・・まあ、二度ほどコールドスリープをしましたから、実際には100歳ほどですよ?」
・・・コールド・・・スリープ?
「ど、どうやって?コールドスリープの仕方なんて、誰にも教えてないわよ!?ラジエルの偽書!・・・は、私と一緒に保管してあるし・・・?」
「それは、アレですね。見覚えありませんか?」
楓の指さす先を目で追うと、部屋の隅には乱雑に配線を繋げられ、もはや原型をとどめないほどになってはいるが、どこかで見たことがある金色の棺のようなものが鎮座していた。
「・・・レギウム・ノクティスに放置してきた、古いほうのコールドスリープ装置・・・まさか、直したの!?・・・でも、どうやって?レギウム・ノクティスの恩賜公園管理事務所の地下に置いてきたはずなのに・・・?」
そう、あのコールドスリープ装置は、最初に作った簡易的なシロモノを直してだましだまし使っていた、かなり昔に破棄したはずの・・・。
最後に使ったのは私がAMC-1を手に入れる前のホムンクルスボディを放り込んでおいて、ソレをワレンシュタインに汚されて、頭にきてヤツのマタ○キを吹っ飛ばした時のことだから・・・。
「母が千弦様を絶対に一人にするな、と常日頃から言っておりましたので。何、私は魔族の血をひいています。時間は有り余っていましたんでね。義満公や信長公、秀吉公をうまいこと騙し・・・じゃなかった、説得して世界をめぐって、レギウム・ノクティスや修復用の部品を見つけることもできたんです。それに、コレもありましたからね。」
楓は懐から二つの魔石を取り出す。
一つはすでにひび割れ、もう一つも光を失っている。
「それって・・・セラフィアの・・・エリシエルのも・・・。」
「ええ。ギリギリでしたが、レギウム・ノクティスにいたる道のりや、千弦様が眠っていた墓所の場所の記録も残っておりました。・・・ああ、あとこれ。お土産です。」
楓はそういうと、部屋の隅にあった漆塗りの箱から麻袋を取り出し、私の前でその口を開く。
ガラスよりも硬質のものがぶつかる音。
目視できるほどの赤い、濃密な魔力の気配。
「高圧縮・・・魔力結晶・・・。なぜ、こんなにたくさん・・・?」
麻袋の中には、100枚を超えるほどの高圧縮魔力結晶・・・ノクティス紅貨が低くうなり声をあげていた。
「遺跡の中にまだ生きている場所がありまして。機材をすべて持ってくることはできなかったんですが、延々とコレを作り続けていたんですよね。見るからに価値がありそうだったので持ってきたんですが、もしかして危ないものでした?」
いや、危なくは・・・ あるな、ものすごく。
とにかく、これは中々の収穫だ。
AMCシリーズといえども、魔力がなきゃただのダッチワイフだからな。
私は完全に起き上がり、AMC-1から4までを収納している容器を確認する。
・・・うん。AMC-3だけは惨憺たる状態だな。
「とにかく、江戸の町でも歩きませんか。大坂攻めが終わってから5年もたって、ずいぶんと世の中が落ち着いてきたんですよ。」
楓は私の手を取り、向陵稲荷の本殿を飛び出す。
すっかりと古くなった本殿と、知らぬ間に増改築された社務所、そして別棟に建てられた居住スペース。
瓦葺の屋敷の玄関から中に入り、廊下を歩いて畳敷きの広間に入る。
そこには大勢の、でも初めて見る人々が私のことを待っていた。
「おかえりなさい、千弦様。母から聞いていますよ。ここで数日過ごしたら、すぐにまた未来へと旅立たれるんですよね。」
「うん。ええと・・・ ただいま。それと、初めまして。」
ぎこちない、でもどこか懐かしい人々と、話が弾む。
どうやらこの時代では、誰とも戦わなくてもすみそうだよ。
楓やそのほかのみんなの話を聞き、現状を把握する。
まず、蛍、雪菜、紅葉、桜のその後について教えてもらった。
あのあと四人で話し合い、例の温泉旅館は桜が管理運営することになったらしい。
桜の子供たちは富蔵さんたちの子孫と一緒に、今でも那須野で温泉宿を盛り上げてくれているそうだ。
同時に府中新宿の一番大きな辻で茶屋を開いたとのことだ。
・・・あれ?
確かそこって、私と仄香が初めて会った場所の近くかな?
蛍は医学の道に進んだらしい。
向陵稲荷の名前をそのまま用いて「向陵社」という医学所を開いたそうだ。
今では、医学だけでなく算術や蘭学、歴史や天文など、様々な学問を学べる学校となっているそうだ。
雪菜は向陵稲荷の神職となったそうだ。
生まれた子供たちも、代々神主、あるいは巫女としてこの社を守っているらしく、いくつか分社を作り、それぞれで立派な神社を開いたらしい。
そして、紅葉。
楓の話ではかなり長生きしたらしいんだけど、関ヶ原の合戦の前の年に亡くなったらしい。
それまでの間は、楓を伴って世界中を旅して歩いたそうだ。
口癖のように、「千弦様を一人にするな。一人にすれば、あのお方は必ず無理をする。」と言っていたそうだ。
・・・いや、ごめんって。
右腕しかない状態のAMC-3を回収させたり、右腕がない状態のAMC-4で帰ったりしたから・・・さすがに自分の身体じゃ無理はしないよ?
まあ、琴音や理君の命がかかってるときなら、たとえオリジナルの手足の一本ぐらいも気にしないけど。
ただ、桜と紅葉は私がボロボロになっているところを何度も見たせいか、かなり心配症になっているみたいで、とうとう紅葉は自分の娘の人生まで縛ってしまったようだ。
私が作ったテーブルはすでになく、しっかりとした畳敷きの座敷になった居間で、各自のもとに箱膳が運ばれてくる。
おそらくは私の好みに合わせてくれたんだろう。
江戸時代の食事といえば大量の白飯と漬物、場合によっては魚が出るくらいだと思うけど、目の前にあるご飯は鶏肉の炊き込みご飯だ。
そして、揚げたての天ぷらまである。
「なんというか・・・豪勢だね。わざわざ支度してくれなくてもよかったのに。」
「あ・・・いや、これは何といえばいいか・・・。」
楓が口ごもっている。
そこに、食卓の端にいた少年が笑いながら突っ込むを入れる。
「楓姉ちゃんったら、海の向こうに長くいたせいで白飯だけじゃ満足しなくなっちゃったんだよ。おかげでうちの食費がかさんでたまんないよ。」
・・・ああ、舌が肥えていたのは楓か。
「余計なこと言わない!ってか、あんたたち、私の土産物に目が眩んで何をしたか覚えてないとは言わせないわよ!」
ま、いいか。
こんなに平和なら、江戸時代で何か起きる心配はないでしょう。
・・・・・・。
一日しっかりと布団で眠り、翌朝楓に着物を借りて江戸の町に出ることになった。
オリジナルの身体で出かけようとしたら、操縦をかなり忘れてしまったみたいだったのでやむなくAMC-4を使っている。
「千弦様。そのお体なんですけど、少し髪が伸びてきましたね。結いますか?」
「うーん。どうしようかな。こうして江戸の町を歩いてみても、後ろで束ねているだけの女性が多いんだよね。」
「そうですね。 あれは垂髪というらしいんですが、最近では根結いの垂髪が多くなってきていますね。あとは・・・宮中では大垂髪という髪型が流行っているらしいんですけど、 庶民の間では邪魔にしかならないのか、見たことはありませんね。」
うーん、コールドスリープから目覚めるタイミングを間違えると、あの面倒な髪型にしなきゃいけない可能性があったのか。
ええと、なんとか髷とか言ったような?
江戸、というにはまだまだ田舎の匂いしかしない道を歩き、ずいぶん前から見えていた城に近付く。
外堀を渡ったあたりから急に街並みが活気づいてきて、まるで時代劇のような建物が並び立っている。
町屋とかいう商店のようなものが並び、裏通りには長屋が並んでいる。
意外にも、ヨーロッパのどこぞの町のような悪臭はない。
「お。これって・・・ 日本橋じゃない?」
「ええ。五つの街道の起点として17年ほど前に架けられたと聞いています。・・・さすがは千弦様。眠っている間のこともご存じとは。」
「あ~。・・・いや、400年後には真上に首都高が走ってます、なんていってもわからないだろうしなぁ・・・。あ、そうだ。」
二号さんの言葉をふと思い出し、腰に下げた巾着から一枚の金貨を取り出す。
「それは・・・どこの国の金貨ですか?」
「これはナギル・チヅラで使ってた貨幣の最高額通貨なんだけど、これと同じものが100枚ちょっとあるから、それでありったけの土地を買っておいてよ。それで、400年後に私と私の家族に相続してほしいんだ。」
「・・・ええ、わかりましたが・・・それ、 かなり大きいですよね?まさか、金の無垢材ですか?」
楓は私から受け取った金貨を光にかざし、重さを確かめている。
まあ、最高額貨幣というだけあって、直径が7.2cm、厚さの平均が1.3cmの純金の塊だからね。
というか、もともと材料として使うための金のインゴットとして作っておいたのがいつの間にか貨幣として流通しただけなんだけど。
っていうかアレ、ちょうど1kgの原器でもあるんだよな。
「一枚で大体266匁くらいの重さかな。まあ、難しければ金のまま置いておくのもいいと思うよ。それに、何か困ったことがあれば使っちゃっても構わないし。」
「これが、100枚以上?いや、いくら何でもそんな・・・。」
ぶつぶつと言っている楓の手を引き、私は江戸で一番高い場所として有名な愛宕神社に向かうことにしたよ。
ってか、私がコールドスリープに使ってる聖棺モドキなんて、金どころかプラチナとかロジウムだのパラジウムだの、果てはイリジウムまで数十キログラム単位で大量に使ってるんだよね。
それに術式の中央演算素子は紫雨君からもらった4kgのブルーダイヤモンドだし。
・・・たぶん、あれ一個で銀座のど真ん中にビルが建つよ。
夕暮れ時になり、担ぎ屋台で天ぷらを食べ、すし屋に梯子し、重くなったお腹をさすりながら家路に急ぐことにする。
どうせ今日明日を過ごせばまたコールドスリープだ。
次に目覚めるのは西暦1900年。
いよいよ仄香が仄香の身体を手に入れる時期だ。
「千弦様。楽しかったですか?」
「うん。っていうか、てっきり行きかう人がみんな刀を腰に差してるかと思ってたけど、そうでもないんだね?それに、髪型もちょんまげまかりだと思ってたけど。」
「千弦様が期待していた江戸の町というのがよくわからないですけど。まあ、後世に伝わる様子というのは歪むものです。・・・あら?」
屋台の中に珍しい串焼きがあったのでそれを頬張っていると、遠くから男の怒声のようなものが聞こえてくる。
「うわぁああ!?こいつ、抜きやがった!だれか!町奉行所に!」
「くそ!いつもこいつも!俺のことをバカにしやがって!俺はな、俺はな!時岡直心流の免許皆伝なんだぞ!血反吐を吐いて剣の腕を磨き上げたんだ!なのに、なんで仕官できないんだ!」
夕闇が迫る中、一人の男・・・おそらくは酔っ払いが腰の刀を抜き放ち、振り回している。
・・・あれ、酔っぱらって振り回してはいるけど、斬るつもりはなさそうだな。
というか、酔っているくせに刃先が人に当たらないようにしっかりとコントロールしてるし。
捕まることが目的なのか?
それに、体幹もしっかり鍛えられている。
あの男、かなり真摯に研鑽を積んだのではないか?
それに、いま、時岡とか言わなかったか?
「千弦様。別の道を通りましょう。・・・千弦様?」
「楓。この時代の酒に酔っての刃傷沙汰の罪の重さは?」
「死罪です。よくて切腹、場合によっては打ち首、獄門。・・・まさか、助けるつもりですか?」
「そのまさかよ。それともう一つ。抜いた刀が竹光だった場合は?あるいは刀身がなかった場合は?」
「竹光であれば、重罪ですが死罪にはならないでしょう。刀身がない場合は・・・ せいぜい重追放、あるいは入牢程度かと。」
「OK。じゃあ、行きますか!・・・奈落より滲み出ずる泥濘よ。仄暗き困憊の毒酒よ!我は鈍色の盃を掲げ、その穢れを振り撒く者なり!」
私は思いっきり手加減して、それでも最低限の行動力を失わせる程度の魔力を込めて強制倦怠魔法を解き放つ。
続けて右手に防御障壁術式を展開。
左手には空間消滅術式を最低出力でストック。
両足に高機動術式を展開する。
「ぬ!?う、く・・・酔いが・・・?うおっ?童、危ないから近寄るなって・・・。」
ふふふ。それは酔っているんじゃなくて、 強制倦怠魔法で気怠くなっているんだよ。
右手の防御障壁術式で刀身を受け止め、左手の空間消滅術式で刀身をごっそりと抉り取る。
「ぬ!?な、なにが・・・!」
その青年浪人は一瞬で刀身が消えた刀を捨て、脇差に手をかける。
・・・なかなか戦いなれているじゃないか。
それでも今、私が子供だからと逡巡したね?
「そこまでにしなさい。あなた、死ぬつもり?」
素早く懐に入り込み、抜きかけた脇差を足で蹴り飛ばす。
「・・・ぐっ。俺は、もう死んでいるも同然だ。せめて兄上に一泡吹かせったのだが・・・ならばいっそ、この場で腹を・・・。」
カクっと力が抜けたかのようにその場に崩れ落ち、その浪人はうなだれる。
もう、戦意はないようだが・・・。
「御用である!・・・神妙に・・・これは、楓様?それに、そちらの娘は・・・?ええい!とにかく引っ立てい!」
同心だか与力だか知らないが、十手を持った連中が雁首揃えて私たちを取り囲む。
相変わらずこの国の警察機構は・・・相手がやる気ならもう斬られているよ。
・・・ん?楓 様?
「待ちなさい!その者の身柄、わが社でもらい受けます。・・・なにか文句でも?」
ギロリ、と楓が十手持ちたちを睨みつける。
まるで水戸黄門の印籠でも見たかのように彼らは後ろに飛び去った。
いやいや、すごい目力だね?
「千弦様。これでよろしいですか?・・・はあ・・・犬や猫を拾うんじゃないんですから。とにかく貴方。立ちなさい。それとも酔い覚ましにそこの川に叩き込みましょうか?」
「あ、ひゃい!・・・はい!」
刀身がない刀を鞘に納め、千鳥足を頑張ってごまかそうかとするかのような足取りで、浪人は楓の後に続く。
そこに残されているのは、何か触れてはいけないようなものを見たかのように表情が固まっている十手持ちたち。
「う~ん?もしかして楓って有名人?」
私は首をかしげながら彼女と浪人の後についていったよ。
◇ ◇ ◇
青年浪人(時岡 安二郎)
関ケ原の戦いが終わり、世の中が安泰となった。
俺は、完全に油断していたのだと思う。
何せ俺の一族がつかえていたのは小藩ながらも譜代の大名だ。
それが、若君が病で亡くなり、後継ぎがいなくなったことでお取り潰しが決まってしまった。
長男の兄貴はいい。
殿様の口利きでそのご親戚の藩に仕えることが決まったのだから。
次男坊の俺は・・・そんな口利きなどなかった。
子供のころから剣術でも算術でも兄貴に負けたことがなかった俺は、ここぞとばかり兄貴に馬鹿にされた。
それからというもの、飯は土間で食わされた。
祝言の日取りまで決まっていた幼馴染は、その親に無理やり別の男に嫁がされることが決まった。
思わず家を飛び出し、仕官口を探して方々を歩き、江戸まで来たが・・・いよいよ路銀が尽きて首が回らなくなった。
なけなしの金を使って買った酒で酔って、暴れて家名に傷がつけば少しは兄貴もヒヤリとすると思ったのだが・・・。
あれよあれよ言う間に、俺はお城の北東にある神社に連れていかれることになったのだ。
「ねえ。楓。さっきの岡っ引き?ずいぶんと驚いていたみたいだけど?」
「それは私が向陵稲荷の巫女だと知っているからですね。徳川がいくさで勝てたのは、実質うちの御社様の力によるものだと万人が認めていますから、町奉行程度ではうちに手出しなんてできませんよ。」
「ヘー。そういえばうちのご利益って、いくさに勝つ、だっけ?ほんとに効くの?」
「・・・ご祭神本人がそれを言いますか。・・・まあ、例のレギウム・ノクティスで発掘された魔法の中に、戦勝祈願に効く魔法がありましてね。絶対防御城壁魔法、っていうんですが・・・。」
「うげ。まさか、それって・・・。」
「ええ。 女神ナギル・チヅラの神格から力を借りる魔法で、燃費の悪さが問題だったんですけど。応仁の乱のころにはなんとかデチューンに成功しまして。出力を七分の一まで落として一般防御魔法として使えるようにはなりましたよ。」
女神?魔法?この二人は何を言っているんだ?
それに、ご祭神本人って?
「なあ、あんたら。俺はこれからどうなるんだ?それに、さっきの刀を消したのって・・・?」
「黙りなさい。そもそも、お前が暴れなければ千弦様がご慈悲を賜ることもなかったというのに。」
「まあまあ、楓。そう怒らないで。それに、この人はもしかすると私の友人の先祖かもしれないんだよ。・・・ええと?時岡・・・さん?」
「あ、ああ。拙者、時岡安二郎と申す。千弦殿には命を助けていただき、かたじけのう・・・。」
「千弦様とお呼びしなさい。または御社様と。」
おや・・・しろ様?
「まあまあ。千弦でいいよ。それより、ごめんね。武士の魂を消し飛ばしちゃって。あとでなるべくいい刀を見繕って・・・。」
「うちにはありませんよ。」
「うげ・・・じゃあ仕方がない。作ってあげるよ。あー。せっかくだからアレ、普通の人にも使えるように改造してみるか。ぶつぶつ・・。」
それからというもの、「ぐらふぇん」とか「なの」とか自動なんとか術式とつぶやき続ける娘と、妙に機嫌の悪い巫女に挟まれておれは古い社に連れていかれたよ。




