320 乙女と気合と精神感応
南雲 千弦
目の前にいる、薙刀を振り回しながら迫る女の正体はおそらく二代目サン・マーリーだということは分かった。
だが、今こいつ、なんて言った?
私は、コイツら相手に本名なんて名乗った覚えなんてないぞ!?
「おぬしの境遇は察するに余りある。 だが、わらわの伯母上を殺したことだけは許せん!」
まただ。
私の境遇なんてほとんど誰にも話したこともないのに、まるで知っているかのように・・・。
だが、そんなことを考えている暇はない。
二代目サン・マーリーは一瞬で私の懐に入り込み、薙刀の刃を突き入れ、一瞬で離れていく。
新型の術式振動ブレードはそのたびに超反応を返し、その切っ先を叩き落し、そして反撃する。
だが、攻撃と防御を一緒にできる剣など存在するはずがない。
そして、いくら自動撃剣術式があろうとも、それを振るうのは私の細腕だ。
いやいや、AMC-4の腕力はヒグマよりも強いというのに、そして強化骨格フレームはカーボン製で圧縮強度は驚異の110Gpaで、合成筋肉の出力は金メダルクラスのスプリンターをはるかに上回る4.2Mwだぞ!?
なんでこんな簡単に押し負けるんだよ!?
「く、くふふっ!やはり魔法使い、やはり魔導士! 己の肉体を振るう戦いは不得手と見える!力の流れが見えていないようじゃな!」
合気道じゃあるまいし、そんなもん見えるか!
・・・いや、こいつ、さっきなんて言った?
・・・境遇は察するに余りある?
私の名前を、正しく呼んだ?
「まさか!精神感応!?いや、サイコメトリーか!どこまで読んでるの!?」
「ふはは!さすがは黒髪の女!知識だけは大したものじゃ!それに直近の記憶だけは読めぬ!!まさか精神力だけで隠しておるのか!」
・・・!?精神力?
私みたいに理君や琴音、仄香に会えないだけでメソメソ泣いてるようなメスガキが、精神力!?
笑わせんじゃないわよ!
精神力ってのはね、一人で七千年近くを歩き続け、歯を食いしばって何人もの子供を育て上げた仄香のような女性に言うべきセリフなのよ!
と、喉元まで出かかったものの、それを言い返している暇はない。
「く!詠唱代替術式・・・!撃ち抜けぇ!」
ボ、という音がして空間消滅術式が線状に薙ぎ払われるも、二代目サン・マーリーはそこにおらず、一瞬で私の後ろに回り込んでいる。
「くははは!殺意だけは何としても隠せぬようじゃのぅ!」
「くぅっ!?」
ガギン、という音がして背中を袈裟懸けに斬られるも、ジャケットの内側にあるアリスベルトの金具が砕けるのと引き換えに、両断されることだけは防げた。
その場を飛びのきながら思わず吐き捨てる。
「・・・サイコメトリーで、戦場の力の流れを読み、魔法の発動の予兆を知り、転移で逃げ、あるいは攻撃する。マジで最悪クラスの敵だわ。」
「・・・ふん。これも躱すか。教皇ふぜいにはもったいない敵よのぅ。あのケダモノなんぞに仕えておった伯母上が哀れでならぬ。だが、伯母上は我が母に等しい。その首、斬り落として墓前に供えてくれようぞ。」
フッ、とその姿がかき消え、直後に私の右手にある術式振動ブレードが勝手に動く。
羽のように軽く、ダイヤモンドよりも強靭で、かつゴムのようにしなるその刃は、切っ先が音速を超えるほどの速度で勝手に動き回り、二代目サン・マーリーの薙刀を迎撃する。
「・・・く、気持ち悪い剣術じゃな!まるで意思が読めぬ!しかも体裁きはまるで素人だというのに!何という剣閃じゃ!」
「あー。うん。ちょっとチートだとは思ってる・・・。」
そうは言いつつも、腕が・・・もう、パンパンだよ。
柄を握っている手がそろそろ限界だ。
なんて思っていると、二代目サン・マーリーは少し離れたところに転移し、半身で薙刀を構え、こちらを睥睨する。
「・・・さすがは、黒髪の女神と呼ばれることだけはある。だがいささか時を費やした。そろそろ、勝負を決めようぞ。」
剣戟が止み、一瞬だけ音が止まる。
「・・・そうね。じゃあ、一つだけ。おまえは、サン・ジェルマンをどう思う?」
「言うまでもない。クソ男じゃ。・・・では、参る!」
うーん。
初代と違って友達になれそうなんだけどね。
ま、敵と馴れ合うバカにはなりたくはないわね。
「気が合うわね。来い!」
すべての詠唱代替術式を瞬間的に活性化。
一切照準をつけずに、四方八方へ持っているすべての攻撃魔術をばらまく準備は完了した!
一瞬だけ腰を落とした二代目サン・マーリーの姿が一瞬で掻き消える。
その瞬間、私はすべての魔力を叩きこみ、AMC-4の両腕の魔力回路と表示器を全力で稼働させる。
左右の前腕から虹色の光が踊り、周囲の魔力が一斉に高まる。
風が巻き起こり、赤く熱した砂礫が踊る。
だが。
ゾブリ、という音が響き、右腕の詠唱代替術式の表示器から、金属の破片が飛び出し、起動しかけた攻撃魔術を木っ端みじんにしていく。
「ぐぅあっ!?な、何・・・!?」
ショッキングピンクの血液が飛び散り、意味を失った文字列が光りながら消えていく。
「ま、まさか、転移先を・・・私の体内に・・・!?」
「そのとおり。これで、終わりじゃな。」
きらり、と薙刀が光る。
・・・この、チート野郎め。
他人のことは言えないけどさ。
振り下ろされる刃の元、あ~あ、最近私、弱くなったなぁ、なんて心の底からため息をつきそうになったよ。
◇ ◇ ◇
吉備津彦
戦場管制を行っている桜さんが作った直通回廊を抜け、千弦さんが戦っているエリアへと飛び出す。
目の前には、右腕をほぼ全損し、ショッキングピンクの血で染まった顔で薙刀を持つ女を見上げる彼女の姿が・・・!
「千弦さん!せいやぁ!」
身体を弓なりに沿わせて、千弦さんから預かった術式振動ブレードを抜き投げる。
「ぬう!?新手か!」
一筋の矢となって顔面に叩き込まれたソレを、恐ろしいまでの反射で薙刀を振るい、女は弾き飛ばす。
だが。
圧倒的な素材強度の差を持つソレは、薙刀の刃を熱したナイフでバターを抉るかのように消し飛ばし、雪原に生えた太い木の幹に突き立つ。
「千弦さん!大丈夫ですか!・・・右手が・・・!」
「大丈夫。今、何とかする。」
千弦さんはズタズタになった右手をかばうこともなく、左手に持ち替えた黒い刃を振り下ろす。
ブン、と虫の羽音のような音が響き、右手は半ばから切断され、雪の上にボトリと落ちる。
「・・・さすがは黒髪の女。役に立たぬからと自分の利き腕を切り落とすか。それも何のためらいもなく。」
女の半ば呆れるような、あるいは理解できないものを見たかのような声と同時に、ボッと音がして、千弦さんの右手の断面が炎に包まれる。
「・・・ふん。邪魔なものはとっとと斬り落とす。傷は焼いて塞いだ。さて、まだ勝負は終わってないわ。」
・・・アレ、たしか生身と同じくらい痛いって言ってなかったっけ?
痛覚を遮断するような都合のいい構造はないとも言ってたと思うけど?
「吉備津彦さん。これを。自動撃剣術式はカットした。とっておきの仕掛けを使うまで、時間稼ぎをお願い。」
玉のような汗が浮かぶ顔で、震える声を押さえながら千弦さんは僕に戦いの続きを頼んでくる。
やっぱり、我慢しきれないほど痛いんじゃないか!
「・・・分かりました。任せてください。何分でも何時間でも。瞬きの間も相手には与えません。」
千弦さんが顎を引いてうなずいたのを確認する間もなく、僕は一足飛びに女の懐に飛び込んだ。
・・・・・・。
ガツン、ガツンと漆黒の刃を振るい、女の薙刀を弾き落とす。
恐ろしく軽い刃が、僕の剣閃を更なる速さに押し上げる。
「軽い!何だ、この剣は・・・!?」
思わず口にしてしまう。
まるで炭のように黒く、そして羽のように軽い刃は、まるで竹のようにしなり、あるいは金剛石のように鋭く女の薙刀を欠いていく。
「ぬうぅ!?心が読めぬ!まさか、貴様召喚獣か!それもさぞや名のある者か!」
「応とも!我が名は吉備津彦!第七代孝霊天皇の皇子にして四道将軍の一角!西道に赴き、出雲振根を誅殺し吉備国を平らぐる者なり!」
「・・・!まさか!古事記の英霊か!く!なんという剣速!だが!」
女はちらりと目線を泳がせる。
次の瞬間、姿はかき消え、千弦さんの正面に!
「甘い!させるかぁ!」
五間の間合いを一息で飛び、掬うように刃を振り上げる。
大地を切り、岩を両断しながら漆黒の刃は女の薙刀の穂先へと吸い込まれる。
ザン、と聞きなれない甲高い音が響き、ほとんど抵抗なく刃は振りぬかれる。
女は飛びのくも、その手にあった薙刀は完全に一本の棒になってい た。
「・・・鋼を、斬った、だと・・・!?」
穂先があったはずの場所は、まるで鏡のような断面になっていた。
女はその薙刀だったものを放り出し、後ろに飛び下がる。
「・・・すごい切れ味だな・・・この剣、本当に千弦さんだけで作ったのか?元は確か、ただの炭だって言ってたよな・・・?」
刃毀れ一つどこか、血の曇りの一つもない漆黒の刃は、まるで世界からその場所だけ光を奪い取ったかのような・・・。
だが、思わず見とれてしまっていたのが失敗だったのか。
勝ち誇ったような声が響く。
「ふん。甘いのはお前だ。・・・こちらもよい剣のようじゃの。遠慮なく使わせてもらうぞ。」
あ。それは、さっき投げた・・・。
女は幹に刺さったままになっていたオリハルコン製の術式振動ブレ ードを引き抜き、薄く笑いながらゆっくりと正眼に構えた。
「それを持って行かれたら本当にまずい!絶対逃がさないで!あとちょっとなのに!」
「え、あ、ああ!」
いや、逃げるどころかコイツ、やる気満々だよ。
と突っ込む間もなく。
一瞬の間をおいて第三ラウンドが始まった。
女には逃げるという選択肢は初めからないのか、黄金色に光る刃を振るい、千弦さんに向かって走り寄る。
「千弦さん!ちぃいっ!?」
大上段から千弦さんに唐竹割に打ち込まれた刃を、すんでのところで闇色の刃で迎え撃つ。太刀や打刀に比べてはるかに軽いその刃を、切っ先に円錐状の雲を纏わせながら渾身の力で突き出す。
ガツンっと、恐ろしく硬いものに当たった感触。
千弦さんの額のすぐ近くで黄金色の刃を突き飛ばす。
「ぬぅ!なんという突きの速さ!だが!剣の質はこちらのほうが良いようじゃのぅ!」
鋼より、あるいは金剛石より硬かったはずの闇色の剣の切っ先が、黒い粒子になって宙に舞う。
「く!相変わらずふざけた強度ね!吉備津彦さん!あと少し!5秒だけ!ええい、火付きが悪い!」
「5秒!?いや何秒でも!」
そうはいったものの、 女が剣戟を振るうたびにこちら側の剣が欠けていく!
なんという剣技!
まるで力の流れがすべて見えているような!
「ふん!」
ブン、という音ともに、女の姿がかき消える。
・・・だが。
黄金色の刃だけはその場に残され、慌てたかのように女が戻ってくる。
「・・・ぬぅ!?この剣、転移させられぬのか!」
「当り前よ!ソレにどれだけの魔力がぶち込まれてると思ってるの!・・・よ し、点いた!半自動詠唱!六連!風よ!吹き散らせ!」
パチパチ、という、まるで何かが燃えるかのような音のあと、あたり一面に不思議な香りが・・・土のような、蜂蜜やシナモンともつかない 香りが漂う。
「煙幕!?今更そんなものが!・・・ぐ!?げほっ!?ぐ、ぎゃあああ!?」
一瞬だが女はその香りを吸い込み、次の瞬間、その場で胸をかきむしりながらのたうち回り始める。
・・・この香り・・・むしろ良い香りだと思うのだが、一体何が・・・?
「ふ、ふふふ・・・まさかこんなに効果があるとは思わなかったわ。 スラタヤサーヤナって知ってる?ああ、二号さんに聞いたんだけど、この時代では『蘭奢待』 っていうんだってね。・・・ああ、いい香りだわ。歴史の重さを感じるわね。」
「く・・・か・・・は・・・や、やめ・・・て、転移・・・か、身体が・・・。」
見る見る間に女の顔色が変わっていく。
すぐに赤く、そして紫色になり、やがて白くなる。
・・・ちょっと待て。
いま、「蘭奢待」とか言わなかったか?
「ち、千弦さん・・・まさか、 この煙って・・・?」
「ああ、これを燃やしたのよ。それにしても・・・すごい効果ね。ま、現代に戻れば神香堂の九さんが再生してくれてあるけど、この時代にはもうスラタヤサーヤナは絶滅してるのよね。ほんと、もったいないわ。」
「も、もったいないって・・・ そ、それ、一体いくらすると・・・いや、値段なんてつかないんじゃ・・・?」
パチパチと音を立てて燃える、まるで焚き木のように燃やされたソレを、僕は茫然と見下ろす。
「・・・?値段がいくらだろうが、消耗品よ?蚊取り線香と同じで火を点けないと意味ないでしょう?無駄になったわけじゃないんだから気にしない。さて。全部が灰になる前に少しとっておこうかしらね。」
千弦さんは女から奪い返した黄金色の剣をつかい、左手一本で器用に燃えているそれを叩き切り、雪を魔術で溶かして作った水をかけ、消火する。
ゆっくりと煙は薄くなっていくも、倒れ伏した女は、もはや息もしていないようだ。
「ふぅ~ん。なるほど、スラタヤサーヤナは樹液から人工魔石を作ることができるけど、たしか魔族や幻想種の魔石と成分が完全に同じなのね。だから魔石に直接干渉するのかしら? で、魔石がないと死んでしまう魔族にとっては致命的になるのね。・・・理解したわ。」
「はあ・・・。 で、彼女、どうします?」
僕は倒れたままの女を指さし、千弦さんに確認する。
このまま放置するのもなんだし、かろうじて生きてるんだったら手当てを、亡くなっているならせめて埋葬をしなくてはならない。
だが、千弦さんはいきなり黄金色の刃をその胸に突き立てる。
「ちょっと! 何してるんですか!」
思わず叫んでしまったが、ズルリ、と引き抜いた刃は正確に彼女の魔石を砕き、その心臓を貫いていた。
「吉備津彦さん。敵は死ぬまで敵のままよ。まあ、死んだからと言って、その事実がそのまま次の敵につながるだけでしょうけど。・・・私は綺麗事なんかで私とその周りの命を危険にさらすようなことはできないわ。」
顔色一つ変えずに刃を洗い流し、鞘に納める。
・・・なんといえばいいか。
エルと一緒に千弦さんに初めて会ったときは、こんなんじゃなかった。
「・・・とどめの大事さは、分かっています。ですが、それは、僕がやるべきことで・・・。」
千弦さんは一度振り向き、悲しそうに笑うと、手首から先がない右手をかざし、雪霧の中へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
玉藻の前/藤原得子(魔女)
紅葉の隣に用意された椅子に座り、戦場の様子を遠く聞いていると、不意に紅葉から声がかかる。
「誘導する敵の選別と舞台の支度が整いました。得子様。ご準備はよろしいですか?」
「ええ。それで、私は何をすれば?」
「私たちの眷属の一人が得子様をそちらの石に封印するための魔術を使います。・・・まあ、そんな便利な魔術なんて存在しませんから、幻惑魔法を駆使してそう見せるだけですけどね。ご安心ください。この場におびき寄せる者のうち、三浦介と名乗る者と上総介と名乗る者のみが朝廷のもので、他の者はすべて我らの差し向けた者でございます。」
「・・・召喚魔法? 眷属を、複数差し向けた?」
「ご準備を。まもなく、霧の門を開きます。・・・召喚魔法は、我らの主人の召喚符によるものです。申し訳ありませんが、詳細は分かりませんのでお答えできかねます。」
やはり、クロが作った召喚符によるものか。
しかし・・・亡くなった後も複数の眷属をこれほど長時間召喚し続けられるとは、なんという技術を持った魔法使いだったのだろうか。
・・・いや、あの血液の色から察するに、そもそも人間ではなかったのかもしれないが。
「得子様。こちらを。」
「え?・・・台本?」
「得子様の出番は最後のほうです。セリフはアレンジしても構いませんが、進行に影響しないようにお願いします。では。」
ブワッと霧が流れ、八角形に区切られた空間が開けていく。
気付けば、目の前には完全武装の武士が六人、そして陰陽師らしき格好の中年男性が一人、太刀や槍、錫杖のような得物を手に相対していた。
・・・・・・。
大鎧をまとった壮年の武士が二人、山賊のようないでたちの若い二人の武士を連れて、陰陽師とこちらに向かって構えている。
それに対し、二振りの小太刀を持った小男と、大弓を持った少年が私を守るかのように相対している。
「得子様・・・いえ、玉藻の前様。黒い鉢巻をしているその二人は、こちらの味方です。そして、白い鉢巻をしている二人と、そこの陰陽師は敵のふりをしている味方です。くれぐれも、まとめて吹き飛ばされないよう。」
紅葉がそっと耳打ちする。
ということは、あの壮年の武士二人だけが敵ということか。
「やあやあ我こそは相模国が住人、三浦大介義明なり! 三浦氏宗家が当主、義継が嫡男にして三浦介と号するものよ!治世の君をたぶらかし、世に悪行をなす狐よ! 義によりて我が弓が汝を討たん!」
「やあやあ我こそは上総国が国司の次官にして桓武天皇を祖とする上総介八郎広常なり!常澄前権介が嫡男にして源頼明が郎党、義平十七騎の一騎!卑怯にも婦女子を攫いて食らうとは!我が刀の錆びとしてくれようぞ!」
「くだらない。・・・様ならもう撃ってますね。闘争の作法がまるでわかっていない。」
「え?今なんて?」
「・・・何でもありません。・・・来ます!」
壮年の武士が名乗りを終えるとほぼ同時に四人の武士が雄叫びを上げ、一斉に切り結ぶ。
大弓を構えた少年が打ち出す矢を、槍とも斧ともつかぬ長柄の得物を振り回す大男が叩き落し、二振りの小太刀を振り回す小男を、闇色の剣をふるう少年が目にもとまらぬ剣捌きで受け流していく。
「うわ!?桃・・・大将!いい剣持ってんな!?どうしたよ、それ!?」
「いいだろう?借りものだけどな!」
「楽々森彦!くっちゃべってるひまがあったら犬飼健も押さえてくれ!はっきり言って僕とは相性が悪い!」
「馬鹿言わないでください!豊玉臣!君、さっきから急所狙ってるでしょう!?怖くて手加減なんてできませんよ!」
・・・この四人、なぜか楽しそうだな?
いぬかいたける?ささもりひこ?とよたまおみ ?
それと・・・桃と言いかけたか?
「・・・まさか、吉備津彦を召喚した?」
ってか、古事記の登場人物だよな?
あれって精神世界に結像するほど有名になったのか?
おおっと。感心している暇はない。
私のほうもやるべきことをやらねば。
「術式束、41,847を発動。続けて術式束、5,913,157を発動。」
思考加速、身体強化、感覚鋭敏化、乱数回避。
防御障壁、精神防御、物理防御、抗呪抗魔力。
・・・というか、この陰陽師の魔力、こちらの防御を微妙に貫いてくるな?
「・・・こまりマシタネ。マスターと魔力が完全に一致してイルカラ、どうしてモ汚染系の魔力が通りヤスイデス。普通は自分の魔力で自分を攻撃させル召喚主はいないデスカラ・・・どうしマショウ?」
何を言っているのかは知らんが、魔力波長を私の波長に完全に合わせているのか?
なんという熟練度だ!
「二号さん・・・アドリブが効きすぎです。っと。油断も隙もない。あなた方の相手は私ですよ。」
紅葉は黒い塊のようなものを突き出すように構えると、右手の人差し指で軽く操作する。
ダラララ、と太鼓を早く叩くような音がすると同時に、上総介と三浦介の足元で雪と泥が跳ねまわる。
なんという攻撃の回数!
だが、なぜ当てない!?
「・・・さすがは・・・様の神器。PDW?いや、銃さえあれば私でも!」
銀色の光が舞い、風を切る刃の音が響き渡る。
その中で私は台本にある通り、なるべく派手で殺傷力がない魔法をばらまいていく。
「やりマスネ!さすがはマス・・・じゃなカッタ、白面の狐!者どモ!これヨリ彼奴を封印スル!押しコメ!」
「オウよ!」
陰陽師の声に、なぜか四人の武士が声を上げる。壮年の武士は・・・すでに息が切れて肩で息をしている。
「いよいよです。合図をしたら後退してください。・・・3、2、1、今!」
「オン・クルラ・マク・シャラ・ヴァジュラ・ベイラ・ソワカ!」
紅葉の声と同時に陰陽師が真言の力を解き放ち、あたりが霧と揺らめく陽炎で満たされる。
これは・・・大和真言か!?
真言は文法が正しくないから効果を読みにくい!
サンスクリット語だと渦または変化・・・壁、矢または炎、金剛、そして混乱または迷い!?
三浦介と上総介は慌てて後ろに下がるが、ほかの者は一切動じていない。
「さて。いよいよクライマックスデスヨ。・・・紅葉サン、準備はよろシイデスカ?」
「ええ。衣装はここに。」
先ほどまで真言を唱えていた陰陽師が、その狩衣を脱ぎ捨て、私が来ている衣と同じものに袖を通し始めて・・・。
そうか、コイツはプロテウスやセリドウェンと同じ、変身するタイプの眷属だったのか!
変身能力はまるで次元が違うようだが。
「ヨシ。あとはこれだけデス。・・・どうデス?」
彼・・・いや、彼女は小袖の上から打掛を纏い、その場でクルリと回る。
「・・・相変わらず見事ですね。では、得子様はこちらへ。」
私は紅葉に手を引かれながら、先ほどまで完全に男の姿だった陰陽師の顔や声が完全に私のソレになっているのを横目に、再び生じた雪霧の壁へと体を躍らせた。
???(三浦介)
白面の狐は、異常なほどの強さの眷属を三体も従えていたが、雇い入れた少年と大男の二人の野武士は最後まで十分に戦い抜いてくれた。
何より、俺よりも弓が達者なガキを押さえ、猿のごとく飛び回る小男を叩きのめしてくれたのは何よりの戦功だった。
「三浦介殿!泰成様が妖力封印の真言を使われました!今です!」
少年の声が雪の上に鳴り響く。
「応!弓矢八幡!願わくばこの矢はづさせたまふな!神仏照覧!」
渾身の力を込めて引き絞った弓から、祈念を込めた矢が走り出でる。
矢は違うことなく紺色の打掛の上から脇腹を射抜き、白面の狐を真後ろにある大岩に縫い付ける。
「ゲハァ!?ウ・・・ イテテ・・・もう、こんなんバッカリデス。く。ドラクエ、スイッチ2・・・我慢デス。」
何かを唱えている!?
まさか、この期に及んで呪いをかけるつもりか!?
唱えさせはしない!素早く矢を放ち、その首筋を貫く。
「上総介!縫い留めた!止めを!首をはねろ!」
「任せろ!せいやぁ!!」
ガツン、と上総介の長刀が岩に当たる音とともに、女の形が崩れ、獣のようになった首が宙を舞っていく。
やはり狐の妖だったか!
吹き出すような鮮血・・・いや、これは!?
「なんと、毒々しい・・・ 血なのか?人に非ずと思っていたが、そもそもこの世のものですらなかったか。・・・ 泰成殿!大儀であった。・・・泰成殿?」
不気味に光る青い血に染まるあたりを見回せば、泰成殿の姿がない。まさか、狐の呪いに当たったのか!?
「・・・泰成殿なら、先ほどお帰りになりました。こちらを。」
少年の野武士がそっと雪の上を指さすと、そこにはヒトガタに切りぬかれた紙が・・・。
「なんと。これほど大事な戦いすら式神任せか。もはや臆病者を通り越して、芸の域に達しておるな。」
上総介の声にうなずきながらも、泰成殿らしいというか、なんというか。
「さて・・・首は・・・いかんな、これは。これでは犬を斬ったのか狐を斬ったのか。まるでわかるまいな。」
「しかりしかり。仕方があるまい。その打掛を持っていくとするか。女首は誉に非ず。」
げらげらと笑う上総介に誘われて俺も思わず喉から勝手に笑い声が出る。
ああ、そうだ。
この少年と大男にも、褒美をやらねばなるまい。
狐の眷属どもは煙のように消えてしまったところを見ると、すべて妖術だったのだろうが、なかなか手ごわい者どもであったよ。
「ん?笑っておらぬな。童。おぬしの働きは見事であった。いやはや、おぬしらほどであれば是非にも召し抱えたいものよ。・・・ん? どうした?」
「いえ・・・このにおい。 まさか!なんというタイミングで!?」
たい・・・みんぐ?
それは何のことだ?と聞くために息を吸い込んだ瞬間、卵が腐ったか、悪いものを食べた後の屁のようなにおいが周囲に立ち込めていることに気づく。
「三浦介!毒気だ!あの狐め、最後に毒の呪詛をまき散らしていきおったわ!」
視界がくらり、とゆがむも、俺たちは構わず山を下る。
頭が割れるように痛い!
目からは際限なく涙が流れ落ち、喉は焼けるように痛み、咳が止まらなくなる。
やがて、けもの道が踏み固められた道に出たその時。
目の前が大きくゆがみ、膝をつき、崩れ落ちてしまった。




