32 修学旅行往路3/戦翼の箒
いよいよ戦争です。
10月18日(金)
久神遥香
シェイプシフターから、千弦が無事に機内に戻ったのを確認したあと、ロビーを出て近くの公園で上空待機させておいた魔法の箒を呼び出した。
箒に跨り、電磁熱光学迷彩をはじめとする各種の術式を起動する。
《シェイプシフター。これより追随する。そちらは異常ないか。》
《異常ありまセン。時間どおり、15時半に福岡空港を出発しマシタ。予定通りだと、17時半に那覇空港に到着するそうデス。》
とりあえず、異常はないようだ。これまでと同じようにチャーター機の後方7キロを維持することにした。
《マスター。先行するとか言ってませんでしたっケ?》
《気が変わった。もう少しこのまま同行したい。》
《マスター。思念波で楽しそうな感覚が伝わってきマス。何か良いことでもありましたカ?》
こいつ、とぼけやがって。
《まあな。那覇についたら、生肉でも食わせてやる。楽しみにしてろ。》
シェイプシフターはもともと肉食らしく、生肉や生魚を好む。調理済みの食品も食べられないことはないらしいのだが、香辛料や穀類が苦手なのだそうだ。
ここのところずっと人間の料理しか食べさせていなかったからな。
《やったー。マスター、約束ですヨ。》
チャーター機の左右斜め後ろ5キロを、春日基地から上がってきた2機の日本空軍所属の緋電改が護衛している。緋色の尾翼が鮮やかだ。
なんで護衛任務に迎撃機を上げるかね。護衛戦闘機に必要なのは航続距離だっていうのに他に選択肢はなかったのか。
迎撃機の胴体下に急ごしらえで取り付けられたような増槽が見える。戦闘になれば当然切り離すだろうが、帰りの燃料は足りるのだろうかと心配になってしまう。
しばらくたち、薩摩半島から海上に出て、左前方の水平線上に口永良部島の噴煙がうっすらと見え始めたころ、空軍西部方面隊の馬毛島空軍基地から震電2改が上がってきた。
案の定、不格好な増槽を付けた第三世代機は、チャーター機の左右を挟むようにゆっくりと飛行した後、燃料が尽きて帰投する緋電改と交代するかのように同じ位置についた。
《シェイプシフター。護衛機の交代を確認した。機内の様子はどうだ?》
《さっきから千弦サンが興奮しっぱなしデス。どこから取り出したのか、骨董品みたいな蛇腹式カメラで両側の窓に張り付いて撮影してマシタ。》
千弦のイヤーカフに交信を試みる。
《千弦、いい写真はとれたか?》
念話越しに興奮した声が聞こえる。
《あ、遥香!聞いてよ聞いてよ!ししょーが作ったフルカラー3Dポライドカメラで、春日基地航空隊の緋電改2機と馬毛島基地航空隊の震電2改の2機、ばっちりゲットよ!》
《3D・・・なんだって?ポラロイドって、まさかその場で撮ったものをカメラサイズで3Dプリントできるのか?》
すごいな、それ。・・・裏側とか見えないところはどうなってるんだろう。
《ふふ〜ん。うちのししょーはすごいんだから。焼き増しもできるのよ。それにしても、遥香でも知らない術式とか存在するんだね。那覇についたら合流できるんでしょ?その時に完成品、見せてあげるよ。》
《ああ、楽しみにしている。》
千弦と話していたら、魔法の箒のレーダー情報にアラートが表示された。
《シェイプシフター。アラートが表示された。現在の情報端末の状況は?》
《マップに表示させマス。空魚は4匹を展開中。空魚A1は当機を追尾、A2からA4はそれぞれ東海艦隊、米軍第七艦隊、海軍長崎艦隊上空で哨戒中デス。》
空魚はシェイプシフターに使役させた使い魔で、全眷属中、最速の飛行速度を誇り、その速度は音速の10倍を超える。その代わり、攻撃力は皆無で防御力はメダカ以下だ。
《空水母は3匹を展開中。B1は長崎県五島列島福江島南西約100キロ、B2は鹿児島県奄美大島北西約100キロ、B3済州島南西約200キロにそれぞれ高度7万2千で情報収集中デス。》
空水母は同じくシェイプシフターに使役させた使い魔で、全眷属中、実用上昇限度が最も高く、高度10万、ほとんど宇宙空間まで上昇できる。きわめて広い範囲を知覚できるが、やはりこちらも攻撃力は皆無で防御力はクラゲ以下だ。
どちらの使い魔ももともと知能なんてものはないが、シェイプシフターにリンクさせることで、その目となり耳となる。
《東海艦隊の状況は?》
《現在位置はそのまま、東シナ海上、済州島南約150キロの公海上、微速で南下中デス。》
《よし、ではこれより貴機から離れて隠密行動で東海艦隊に接近する。正確な座標を送れ。》
《座標、送りマス。旗艦と思しき大型艦の現在位置は北緯31.918937, 東経126.614294、これを航空母艦“青海”と推定、指標E1とプロットしマス。随伴艦2隻を蘭州級駆逐艦と推定、指標E2及びE3とプロットしマス。1隻を072型揚陸艦と推定、指標E4とプロットしマス。以下不明の中型艦を指標E5からE10とプロットしマス。》
《同海域を飛行中の敵性航空機は?》
《E1を中心に12機展開中。うち、5機がJ15、3機がJ20デス。》
《残りの4機は?》
《不明デス。3機は速度から対潜哨戒中の回転翼機と推定、1機は高度からKJ2000と推定しマス。》
《5機しかない虎の子の空警2000を出してきたか。やつら本気で戦争するつもりなのか、それとも本気で威嚇するつもりなのか。》
外交上、軍事兵器というものには二種類の目的がある。
当然、戦争で使って相手を殺すことが大きな目的だが、もう一つ重要な目的とは威嚇だ。
高性能な兵器を製造し、その威力や性能を国際社会に示すことで、それが相手の兵器の性能を上回っているか、または対処が困難であれば、通常兵器であっても抑止力足りうる。
今回、中国海軍は最新鋭の空母と最新鋭の早期警戒管制機を引っ張り出してきたが、どちらも実戦証明のない兵器だ。
最新鋭であることは抑止力足りうるが、実戦証明も確認できていないのに、いきなり攻撃に使う可能性は低いのではないだろうか。
・・・ちなみにだが、秘密兵器ほど最悪なものはない。秘密にするということは、抑止力を期待せず、実戦証明もなしに敵を殲滅することだけを期待しているということだ。つまりは、実験すら省いた急造品を、それでも使うということだ。
秘匿するから実験もできず、計算上の威力や効果しかわからない。それを使ったらどれだけの被害をもたらすか、あるいは役に立たず、国費を浪費し味方の兵隊を無駄にすりつぶすか。
そういったギャンブルを、敵味方両方の国民まで巻き込み、その命を掛け金に行う狂人の兵器だ。
・・・いかんいかん。いやなことを思い出した。もう50年近く前の話ではないか。
雑念を振り払い、チャーター機から大きく離れ、東海艦隊に向けて魔法の箒の速度を上げようとしたところだった。
《状況に変化あり!A2がE1からの新たな発艦を確認。機数は2、J20デス!》
《まさか本気で戦る気なのか?》
《情報を更新、指標E1の現在位置は31.860518, 126.711068、南東に向けさらに11キロ進出中!さらなる発艦を確認、機数は2、いずれもJ20デス!まっすぐこちらに向かっていマス!》
《J20の進路に割り込む!こちらに向かってくる空中目標だけプロットしろ!》
まずいまずいまずい!
J20の作戦行動半径は2000キロ、空母“青海”からここまでは300キロ、J20が亜音速、時速1000キロで巡行したとして、わずか18分でここまで来る!
《マスター!B3より緊急!本土より2発の弾道ミサイル発射を確認!空母キラーのようデス!》
《弾頭は!?着弾予想は!?》
間違いない!やつら、戦る気だ!
《弾頭不明!奄美大島北東85キロ、及び坊ノ岬南東15キロ、着弾予想地点には米軍と長崎艦隊が展開中デス!着弾まであと3分!無線傍受、長崎艦隊の艦隊防空システム、間に合いマセン!》
《A4及びB2にダイレクトリンク!坊ノ岬行きの方に収束光撃魔法と空間衝撃魔法による超長距離狙撃を行う!》
米軍兵士諸君には申し訳ないが、光撃魔法の射角が悪くてそこまでは届かない。
躱すか、耐えるか、撃ち落とすか。とにかく頑張ってくれ!
《コマンド、ユーハブ!リンク確立しマシタ!目標固定、いつでもドウゾ!》
「術式束7049770、重ねて100発動!」
術式強化、術式収束、多重詠唱、身体強化、抗呪抗魔力、指向性エネルギー制御の6個の術式を同時起動、さらに強化と収束を二度重ね掛けする。
左手で操縦桿を握ったまま、右手を空にかざす。
「全リミッター解除!光よ、集え!そして撃ち抜けぇ!」
安全装置を解除したうえでの全力での光撃魔法と空間衝撃魔法の同時二重詠唱だ。
シェイプシフターからコントロールを受け取った空水母B2と空魚A4のデータリンクを用い、光速の攻撃といえども発生する誤差を暗算で補いつつ、弾道ミサイルが再突入をする直前を狙い撃つ。
闇色の陽炎に包まれて散乱光とエネルギーの散逸を抑えた光の柱が、南海の空に斜めに突き立つ。
そして、通り過ぎた分厚い雲が次々と蒸発して消し飛び、数キロにわたる稲光が後を追う。
光の柱が消えた後、雲が加熱され高温になった水蒸気が海水にふれ、さらに水蒸気爆発を起こし、遅れてきた雷鳴と衝撃波が轟音を響き渡らせながら北西の空を白く塗り潰した。
魔法を詠唱した直後に、至近距離で発生した爆風と衝撃波にバランスを失い、制御を失いかけた魔法の箒を止めようと、操縦桿を両手で握ろうとしたが、その時初めて右腕の肘の上あたりから先が炭化して消失していることに気づいた。
「くそ、右腕が・・・。」
分厚い大気の壁をも打ち抜いたそれにより、魔法の箒に内蔵された防御術式と、身体強化、抗呪抗魔力術式を使ってもなお、体が耐えられなかったようだ。生身だとこんなもんだろう。
そのうち頑丈な魔法の杖(砲撃用)でも作るか。
簡単な会話ができるやつがいいな。
イテテ、だんだん痛感が戻ってきた。
術式8番、痛覚鈍化、っと。
魔法の箒を空中で停止させた後、防寒着のポケットから墨で術式が書かれた包帯とペットボトルを取り出し、包帯を右手の炭化した断面に押し当て、その上から水をかけた。
「水よ。我が腕となれ。」
詠唱を終えると、包帯はギチギチと軋むような音を立てて右腕の形になる。
グーパーと右手を動かすように神経信号を送ると、包帯で作られた右手がまるで自分の右手のように動く。
「よし。触覚は微妙だが、なんとか使えそうだ。那覇に着いたら急いでその辺の肉屋でタンパク質とカルシウムを調達しよう。」
む?電磁熱光学迷彩の術式に異常が出ている。
さっきの魔法の煽りを食らったか。少しレーダーに写ってしまうかもしれない。
《マスター!長崎艦隊への弾道ミサイルの迎撃に成功しマシタ!》
《ちょっと!今の衝撃なに!?》
シェイプシフターからの報告に千弦の声が割り込んでくる。
《何でもない。口永良部島でも噴火でもしたんだろ。もしそうなら、噴煙が上がるまでは結構かかるし、そのうち機内アナウンスでも流れるよ。》
左手だけで操縦桿を握りながらなるべく平静を装う。
《本当に大丈夫なの!?那覇についたときにケガしてたら怒るからね!》
焦燥にかられたかのようなイメージが念話から伝わる。
ハハハ。千弦は念話に慣れていないから、心配している気持ちまで垂れ流しだ。
《大丈夫、大丈夫。安心して空の旅を楽しみたまえ。ちょっと気象の影響か、念話が途切れるかもしれないけど、心配は無用だ。》
そう言って千弦との念話の回線をオフにする。
ああ、今回は本当に居心地がいいな。私が魔女であるとわかっていても、感謝し、心配してくれる友がいる。
この身を心配してくれる父母は“遥香”のものだが、魔女を心配してくれる友は魔女だけのものだ。
それを思うだけでこの身から信じられないほどの力が湧き上がってくる。
《シェイプシフター、こちらに向かってくる空中目標のプロットは?》
《終わっていマス。マップを送りマシタ。J20、E11からE17までの7機のみデス。あと2分で会敵シマス。・・・あと、米軍は迎撃に成功したようデス。》
よしよし。視程内ミサイルの射程は37キロだったか。まだ10キロ以上余裕がある。それに中国製のコピーステルス戦闘機なんぞ、私の敵ではない。こちらは多少の不具合はあっても、電磁熱光学迷彩搭載の魔法の箒だ。ロックオンもマトモにできないお前らなんか左手一本で十分だ。
《よし、こちらに向かっている航空機はすべて叩き落す。お前は食いたい物でもネットで検索しておけ!》
そう言って機首を北西に向け、箒の魔力炉を全力稼働して一気にマッハ2まで加速した。
魔女は遥香の体に入る前から、身体の一部又は大部分を失うことは頻繁だったようです。
普通の人間のような感覚ではなく、「もげたら新しい部品を作って繋げれば良い」くらいの感覚なんですね。
ところで、再生医療についてはあまり詳しくないのですが、失った体の一部をクローンで再生できるようになったとして、指紋や静脈認証はどうなるんでしょうか。