319 演目・金毛白面九尾の狐追討戦
??? (二代目サン・マーリー)
ダーヴィトから召喚獣による知らせを受け、この国にやってきてから半年がたつ。
ニールの働きにより、わらわはこの国の 巫覡 として、手勢が減ってしまった陰陽師を補うためという名目で従軍をしていた。
「寒いのぅ・・・夏はあれほど暑いというのに、これほどまでも冷え込むとは・・・。」
「摩利殿。白面の狐が那須野の原に潜んでいるところを発見したとの知らせを受けました。安倍泰成殿をはじめとする陰陽師が、その影をとらえ続けております。」
「ふん。あまりあてにはならぬな。南都の正倉で彼奴の眷属に襲われたときは、何の抵抗もできなかったというではないか。まったく、この国の魔法使いというのもたいしたことがないのう。」
ダーヴィトによれば、この国にはイスを消滅させた魔女が潜んでいるという。
それだけではない。
かつて、教皇猊下が先代の聖女と二人の聖者を率いて魔王ノクト・プルビアの国を滅ぼした折に遭遇した、黒髪の悪魔もいる可能性があるというのだ。
「摩利殿。まもなく、先行部隊が張った陣に到着します。その後は陣容を整え、一気に攻め入ります。」
三浦介と上総介の二人の将軍が指揮する騎馬武者が、雪が舞い散る高原へと進軍していく。
・・・おかしい。
魔女ともあろう者が、一人でこのような開けた場所に潜んでいる?
砦があるわけでもない、配下の軍勢がいるわけでもない。
何の準備もせずに?
この軍勢・・・およそ一万四千を迎え撃つ?
「三浦介殿。何かおかしい。 まずは様子を見るべきではないか?」
そう、言いかけた時だった。
「前方に死者の軍勢です! 百や二百ではありません! およそ三千!」
「ひるむな!こちらは数も負けてはおらん!死にぞこないは地獄に送り返してやれ!」
魔女が屍霊術 を使った!?
いや、あれは・・・グールか。
あれだけの召喚魔法を使えるということは、あそこに魔女がいることは間違いないようだ。
「上総介殿。 わらわも出る。 よろしいか。」
「おう、それはありがたい。方術を使われるか?」
「いかにも。先鋒を下がらせてもらえるか?」
雪煙の中で蠢く者どもを見て、目測で大体の数と距離を決めるため、目標に開いた手のひらを向ける。
わらわの腕の長さは、両目の間の長さのおよそ十倍。
グールどもの身長は、おそらくは5フィート5インチといったところか。
距離は対象の大きさ×1000を目標の視野角で割ったものになる。
「ふむ。およそ700ヤードといったところかのぅ。・・・者ども!口を開き、耳をふさげ!目を閉じ、その場に伏せよ!」
魔女よ、先手はいただくぞ。
「夜の三叉を分かちし冥府の女神よ!汝が影を開き、虚ろをつな ぐ門となせ!」
ゆらり、と頭上の虚空がゆがみ、 漆黒の穴が現れる。
これは、聖女の名を伯母上から受け継いでから血の汗を流して体得した、 自分以外を飛ばすための魔法だ。
そして、わらわは伯母上よりもはるかに大きなものを、大量に送り込むことができる!
虚空に空いた穴はズン、と腹に響く音とともに一瞬だけ広がり、刹那の時を置いて握り拳大に収縮する。
「・・・弾けよ。そして砕けるがよい!」
頭上に空いた風の穴は、地上にあるものを巻き上げるかの如く吹き荒れる。
そして、はるか前方に蠢 く人ならざる者たちは一瞬で空高く放り上げられ、手足を引きちぎられながら飛び散った。
◇ ◇ ◇
数分前
玉藻の前/藤原得子(魔女)
紅葉、そして桜の饗応を受け、不思議な温泉宿で二晩ほど過ごしたのち、彼女たちが勧めるままに那須野を私・・・いや、白面の狐の死に場所に決める。
彼女たちの言葉を信じるならば、私はこの火山性ガスが薄く漂う地に立っているだけでよいということだが・・・。
いや、考える必要などなかろう。
彼女たちは、クロを神と崇める者たちだ。
それも、実際に寝食を共にし、家族のように暮らした者たちだ。
彼女たちに裏切られることなどありえないだろうし、 万が一あったとしてもそれは裏切りではなく、クロを彼女たちから奪ったことに対する仇討ちのようなものだろう。
ならば、甘んじて受けるべきで、この首を差し出すことに異論などない。
真横に立つ、不思議な形の杖を革紐で提げるかのように構えた紅葉は、私に目配せをしながら誰かと話している。
・・・念話か?
となると、召喚獣と会話しているのか。
やはり、かなりの技量を誇る魔法使いだったのか。
「得子様。まもなく敵の第一陣が那須野の原に侵入します。・・・ こちら、紅葉。最終防衛線の準備を完了。」
「紅葉さん。私は簡単には死にませんから、危ない橋を渡ること必要なんて・・・。」
「いいえ、得子様。我々は、必ずこの仕事をやり遂げます。これはわれらが主人から命令された最後の仕事です。次の命令はありません。ですから、これだけは。」
なんといえばよいか、母親を失った娘のような目が私の胸を射抜く。
「わかりました。 すべてお任せします。」
期せずして弔い合戦のようになってしまった。
ただ、負け戦だけどな。
「はい。・・・いよいよ始まりました。では、こちらでごゆっくりなさっていてください。」
彼女が勧めるがままに、用意された椅子に腰を下ろす。
霞むほどの遠くから武者たちの声が聞こえたとき、ふわり、と何か幕のようなものが見渡す限りに舞い降りる。
「・・・幻灯術式の展開を確認!桜! 作戦を第二フェーズへ!」
『すべての据え置き型術式の作動を確認!「八門金鎖アドバンス」、スタート! 』
・・・ん?
今、念話が漏れ聞こえなかったか?
そんな疑問に答える者はだれもおらず、突然舞い降りた天幕は見渡す限りの高原を覆い隠していく。
やがて、私の目の前では戦争とは名ばかりの、盤上の遊戯のようなものが始まった。
雪原を進む鎧武者の先鋒がゆっくりと迫る。
紅葉に言われるままに召喚したグールを進軍させ、所定の位置におく。
すぐさま何らかの術式が作動し、グールの姿がはるか前方へ投影される。
「囮を設定。グール、八門金鎖内へ投影開始・・・投影よし。」
『敵兵の侵攻停止を確認。』
「・・・遠隔攻撃を誘う。・・・これは・・・弓矢ではなく魔法?衝撃、3、2、1、 今!」
広大な雪原の中、雪が積もった下草をかき分けながら走るグールたちの上空で見えない何かが炸裂する。
一拍遅れて、投影されたグールたちの中央に見えない波が落ち、彼らは木っ端みじんに吹き飛んでいく。
『大規模な範囲攻撃を確認。ダミーは消滅。八門金鎖Basicの障壁は無効。繰り返す。八門金鎖の障壁は無効。』
「・・・八門金鎖の障壁が効かない?これは・・・亜空間系攻撃魔法と推定。八門金鎖、Act.2へ。・・・次元隔離術式の展開を。」
おいおい、亜空間系攻撃魔法って・・・私しか使えないと思い込んでいたが、ほかにも使えるものがいるのか?
それどころか、対抗する手段まで存在するのか?
『次元隔離術式を展開。以降はフィールドの見通しが制限される。監視は幻灯術式を活用されたし。』
「こちら紅葉。了解。以降は幻灯術式を活用する。視程が短くなるので各自十分注意のこと。」
『桜、了解。』
『雪菜、了解。』
『蛍、了解。・・・敵勢力本体の前進を確認。八門金鎖に侵入!繰り返す! 八門金鎖に侵入!』
・・・間違いない。
これは、念話ではない。
魔力も感じないところを見ると・・・。
それに、紅葉が背負っている箱は一体・・・?
「ねえ、紅葉さん。先ほどから聞こえている皆さんの声って・・・念話じゃないわよね?」
「あ、はい。これは我々の主人が作ってくれた無線機というものです。詳しいことはわかりませんが、音は波の一種らしくて、光も波の性質があるので、音をみえない光に変換して遠くまで届けているとか・・・。」
「音を、光に? 機巧が音を光にして出して、光を受けた機巧が再び音に戻している?・・・さっぱりわからないわね。」
それほど不可思議なことを、魔法も使わずに?
・・・どこかでそんな話を聞いたことがあるような・・・?
私の疑問をよそに、雪原は吹雪のような霧に閉ざされ、やがて遠くに兵どもの声が響き、金属がぶつかる音が響き始める。
だが、私は紅葉が背負う不思議な箱のことばかり気になっていた。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
いよいよ出来の悪いサバイバルゲームが始まった。
いや、勝負が初めから決まっているのだから、コレはヒストリカルゲームと呼ぶのが正しいかな?
ラジエルの偽書を端から端までひっくり返して調べたら、ガドガン先生が使っていた八門金鎖の陣の術式について載っていたのにはびっくりした。
せっかくだからさっそく改造して使わせてもらうことにしたよ。
今回の八門金鎖の陣は、妙高にあったやつと違ってダメージ部屋がない。
また、部屋と部屋を隔てる扉もない。
代わりに一部屋の大きさを対角長がおよそ三十間の正八角形にして、それらを隔てる霧を抜けた瞬間、隣のエリアに移動したと認定される構造に作り替えた。
各部屋の門の位置は、 正八角形の各辺の中央に置いてある。
そして、その中を私、楽々森彦さん、豊玉臣さんが巡回しているという寸法だ。
仄香の護衛は紅葉が行い、戦場監視を二号さんが、戦場管制を桜が、通信管制を雪菜が、そして作戦統合を蛍が担っているのだが・・・。
みんな妙に気合が入っているね?
『千弦様。イの一から四に敵雑兵が侵入。ホの三に吉備津彦様、トの五に犬飼健様を確認しました。グールはロからこの全域に配置済みです。』
「了解!私はどこに向かえばいい?」
『しばしお待ちを・・・ヘの二に向かってください。 敵勢力の中で明らかに反応が異なるものがいます。』
「反応が異なる・・・?召喚獣?それとも怪異?」
『おそらくは・・・教会所属の魔族と思われます。くれぐれもお気をつけて。』
そうか、魔族か。
例のセヴェリヌス・モルタリエやニール・アルトゥールの魔石や肉体をいろいろと調べて、魔族などというたいそうな名前がついてはいるものの、しょせんは人類の一形態に過ぎないことが分かっている。
臆することなく、かつ、油断することなく対応しよう。
それと・・・ 例の三聖者のような魔法にも魔術にも属さない力を持っているのならば、十分に注意する必要がある。
私は桜の戦場管制に従い、 指定されたエリアへ迷うことなく一直線に向かっていく。
雪霧の門をくぐり、躍り出たところには・・・。
どこかで見たことがある魔力波長。
はっきりと見覚えのある、縦に割れた瞳。
日本人離れした、彫りの深い人相。
明らかに魔族であることがわかる女が薙刀を手に、陰陽師と武者を一人ずつ連れ、一体のグールを切り伏せた場面だった。
「む?新手か!・・・なんじゃ?女?いや、子供か?」
槍を手にした武者が私を見て鼻で笑う。
まあ、別に恨みもないし、無益な殺生をするつもりもないけどさ。
あまり殺しすぎると歴史の修正力を超える危険性があるしね。
「三浦介殿。こやつ、並々ならぬ妖力をまとっておりまする。油断召されるな。・・・それにしても、妙ないでたちじゃのう?」
狩衣を着て、その上に腹当て・・・いわゆる軽装鎧を付けた妙な風体をした陰陽師が、私の格好を見て眉をしかめる。
うっさいわ。
刻んである術式が一番安定してるから持ってきたのよ。
もうすぐ戻れそうだしさ。
それに、セーラー服に緑色のジャケットってのが変だっていうのはわかるけど、お前らの「妙」ってのは違うんでしょうよ。
「・・・きさま、 黒髪の!」
魔族の女が薙刀を中段に構える。
魔法使い・・・ではないのか?
ならば、十分に間合いがある今のうちに!
「半自動詠唱!氷の刃よ! 敵を・・・っとぉ!?」
女の姿が、ブンっという音ともにかき消える。
同時にゾクリと首筋が冷える。
私は反射的に、左手で腰からグラフェン・ナノチューブ複合材製の術式振動ブレードを引き抜くも、 鞘から抜き切る前にガツン、と何かが当たる音がした。
「ちぃっ! 読まれたか!!大したものよ!」
今、 何が起こった!?
私は敵から目線なんて外してないぞ!?
ってか、20メートル以上、間合いが空いてたよね!?
あと少し抜くのが遅ければ、私の首はなかっただろうし、鞘から抜き切ってしまっていれば、そのまま胴を薙ぎ払われていたかもしれない。
くそ、息が切れる!・・・いや、この感覚。
二号さんが私の魔力回路を使って魔法を使ってる?
自分自身の演算能力にかなりの負荷がかかっているのがわかる。
これ、もしかするとかなりヤバいんじゃ!?
私は体勢を崩しながら、飛びのく女を追うように右手のMASADA ACRのトリガーを引く。
バレルに刻まれた加速術式が正しく作動し、軟弾頭に設定した術弾を秒間15発以上の間隔でばらまいていく。
「ぬ! 魔法!? いや魔術か!」
当たらない!
ってか、また消えた!
「まさか・・・転移、能力・・・それも、サン・マーリーよりもクールタイムが短い・・・?」
「・・・やはり、間違いないのぅ。黒髪の女。初代聖女、いや、伯母上の仇。討たせてもらおうぞ。」
伯母上・・・?それに、この転移能力。
こいつは、サン・マーリーの姪か?
女は一瞬で私の側面に回り込み、薙刀の刃を後方に、引き絞られた弓のような脇構えのまま、ゆっくりと足に力を入れた。
その女魔族・・・おそらくはサン・マーリーの姪らしき女は、薙刀を振り回しながらおよそ3秒間隔で転移を繰り返し、私に斬撃を浴びせ続ける。
「く!照準を行う暇が!?」
射撃管制術式はギリギリ間に合うんだけど、照準補正術式が前線追い付かない!
そもそも、視界の外、つまりは側面や後方、あるいは頭上に転移されたのでは照準以前の問題だ!
私はやむなくMASADA ACRを背に回し、抜き放った新型の術式振動ブレードで打ち合う。
「ふん!大した剣じゃ!腕が悪くとも打ち合えておるわ!」
「うっさい!ちょろちょろと、ホントむかつく!」
く、くそ!
もしこれが、新開発の術式振動ブレードじゃなかったら!
自動撃剣術式を付与した術式振動ブレードでなかったら!
恐ろしい速度で突き出される薙刀の技。
振り上げ、持ち替え、振り返し、そして石突と刃が変幻自在に回り、一呼吸の間に4、いや6回の攻撃が繰り出される。
それも、転移しながら四方八方から!
だがグラフェン・ナノチューブ複合材製の刃は決して負けていない。
それどころか、鋼の石突と正面から打ち合った時には、石突の一部を切り飛ばしていく!
「大したものよ!さすがは悪魔の二つ名を持つ女!その剣も神器級か!」
「うっさい!お前みたいなサルに!材料工学がわかってたまるか!」
万が一に備え、ラジエルの偽書片手に炭の塊に延々と元素精霊魔法・立体造形術式を使って良かったよ!
オリハルコンは魔力の塊だから振動させるくらいしか術式が組めないけど、グラフェン・ナノチューブならナノレベルで術式を刻めるからね!
女魔族が振るう薙刀の間隙をついて、武者が振るう槍が何度も突き出され、体勢が崩れそうになるたびに明後日の方角から薙刀の刃が襲う。
ええい!リングシールドに魔力を・・・!
・・・ギリギリ間に合った!
攻撃魔術は詠唱がいらないというのに、詠唱代替術式を起動している暇もない!
それにさっきから魔力回路が二号さんと干渉しっぱなしだ!だというのに・・・!
私は闇色の刃を振るい、真向斬り、袈裟斬り、一文字斬り、逆袈裟斬り、左袈裟斬り、左一文字斬り、左逆袈裟斬り、突き・・・。
「オン・バヤベイ・ソワカ! 風神よ!仏敵を斬り伏せたまえ!」
「半自動・・・詠唱!風よ、逆巻け!」
かろうじて起動した半自動詠唱で迫る風の刃を振り払い、ありとあらゆる斬撃を繰り出すも、女魔族の動きには届かない。
砕け散った風の刃がチリチリっと頬に当たり、あるいは太ももに赤い線を刻んでいく。
まあ、出てくるのはショッキングピンクの液体だけどさ。
「ぬぅ!?先ほどからかなり打ち込んでおるというのに!この娘、やはり化け物か!」
AMCシリーズの防御力をなめるなよ!?金属バットで殴られたってへっちゃらだ!
「しっかり痛いわよ!こっなくそぉ!過負荷重力子!42G!」
槍を突かずに振り下ろし、叩いてくる武者に対し、やっとのことで起動した詠唱代替術式で、過負荷重力子加速術式をぶち込む。
「ぐげぇ!?」
槍の武者が吹き飛ぶも、鎧陰陽師がすぐさま詠唱を行う。
「ぬ!オン・バサラ・ウン!鳴神よ!雷槌を!」
くそ、ずいぶん短い詠唱だな!なんて思っている間もなく。
あたり一帯に轟雷が降り注ぐ。
「ぐうえっ!?リングシールドの防御を抜かれた!?」
・・・ヤバい!
腰から下が、麻痺して・・・!腕も!?
「その首、 もらった!」
私は反射的に丸くなり、背中のMASADA ACRを盾にする。
ガシャァン、という音ともに、そのハンドガードから先が折れ飛んでいく。
「く、 高かったのに!ってかこれ、絶版だからもう手に入らないのよ!?」
ハンドガードとバレルだけでは止めきれなかったのか、刃が入った左の肩口がジンジンと痛い。
だが、左腕は・・・よし、 動く!
麻痺も、ほぼ収まった!
私はくだらないことを言いながら起き上がり、背中のMASADA ACRを放り出す。
現代から持ってきたものが一つ消えた。
でも、もうすぐ、戻れる!
正眼に術式振動ブレードを構え、再び女魔族の転移に備えた瞬間、誰かの声が木霊する。
「いたぞ!白面の狐だ!大きな石の前にいる!・・・この臭気、 毒か!」
この声・・・吉備津彦さん演じる追討軍の主力か!
「摩利殿。三浦介殿の手のものが白面の狐の尾を捕らえたようでござる。この女は捨て置き、ともに向かいましょうぞ。」
ああ、行ってくれ。それで、適当に戦って仄香を殺生石にでも封じてくれ。
などと私が思った時。
その・・・摩利と呼ばれた女魔族は、ただ一言、吐き捨てた。
「勝手にすればよい。わらわは、伯母上の仇をとる。そのためにこの国に来た。黒髪の女。・・・いや・・・南雲、千弦。いざ、尋常に・・・勝負!」
槍武者と鎧陰陽師が背を向ける中、その女は薙刀を振りかざし、再び私に挑みかかってきた。
◇ ◇ ◇
吉備津彦
千弦さんが命じた通り、安倍泰成に扮したシェイプシフターが僕の横で陰陽道に見えそうな魔法を使っている。
「雷ヨ、敵を討テ!風ヨ! 姿なキ獣の牙ヨ!集いて我が敵ヲ切り刻メ!」
時々それっぽい魔法を使い、あとは呪符を真似た術札を使って・・・。
なぜかものすごく楽しそうだ。
「・・・シェイプシフター。楽しそうだね?」
「ハハハ、何ヲ言ってルノデス!僕、いや私ハ大陰陽師、安倍晴明の後継タル安倍泰成デス!断じてストレスが溜まっテル、マスコット眷属ではありマセン!」
あー、なるほど。
ストレス、相当たまってるんだね。
「なあ、この戦いが終わったら一度召喚契約を切ってもらって、現代まで往復したらどうだ?ニンテンドースイッチ2くらいの質量ならもって来れるだろう?」
実際のところ、僕たち眷属・・・いや、召喚獣は飲み食いもするし、何ならトイレにだって行く。
そして召喚主から何らかの物品を与えられることもあるし、それを持ったまま精神世界に戻ることもできれば、あるいはそれらを持ったまま召喚されることも可能だ。
もちろん、前の召喚主が許可した場合に限るけど。
「・・・マジ、デスカ?やふー!ドラクエ3!1&2!プレミアムカリカリ!猫ちゅ~る!目一杯仕入れるノデス!吉備津彦!アナタは天才デス!」
「一応、千弦さんに許可を取ってからにしてね・・・。っていうか、鎌倉時代前に最新世代のゲーム機を持ち込むのもどうかと思うけど・・・。」
完全に目の色が変わったシェイプシフターが、さらに気合を入れて魔法を使っているところを見ると少し心配になってくる。
それより、まさかとは思うけど大型液晶ディスプレイも持ち込んだりしないだろうな?
自分で言っておいて少し心配になるけど、まあ、千弦さんならあまり気にすることはなさそうだし、きっと大丈夫だろう。
何しろ、紀元前五千年に蒸気機関や発電設備、果ては真空管まで持ち込んで無線通信を作るほどの人だし。
僕はシェイプシフターの背中にある笈(仏具などをおさめる箱)を見てため息をつく。
「桃太・・・親分。いよいよ指定のポイントです。もうすぐ楽々森彦と豊玉臣が・・・来ましたね。」
山賊にしか見えないような装備を身にまとった犬飼健がそう言うとほぼ同時に、雪霧の向こうから大量のグールを引き連れた楽々森彦と豊玉臣が顔を出す。
「いよぉ。犬飼・・・じゃなかった、追討軍の猪武者ども。遠路はるばるご苦労なこったなぁ。・・・ ええと、次、なんだっけ?」
楽々森彦・・・つかえてもいいから台本を手に持ったまましゃべるな。
「・・・あ、僕の番か。僕・・・じゃなかった、俺様がメイドの土産に目一杯この矢をぶっさしてやるよ!・・・メイドさんの土産ってなんだ?ああ、オムライス食べたい。」
・・・ああ、もう、グダグダじゃないか。
こんなことなら豊玉臣をメイド喫茶になんて連れていくんじゃなかった。
思わず頭を抱えてしまうと、 ばさりと狩衣の裾をはためかせてシェイプシフターが前に出る。
「遠からんモノハ音ニモ聞ケ、近くば寄って目ニモ見ヨ、これこそ安倍晴明ガ末裔、驚天動地ノ陰陽師、安倍泰成とは我のコトヨ!オン・アビラウンケン・ソワカ!」
ああ、もう。こっちはこっちでノリノリだよ。
やる気のない楽々森彦と豊玉臣、犬飼健が大仰な動きで適当に戦う中、なぜかシェイプシフターだけはノリノリで魔法を発動し、あるいは魔術を発動する。
次々と呪符のような状態になった術札を懐から取り出し、あるいは千弦さんから借りた二つの魔力回路を運用して、出力を調整しながらまるで陰陽師のように魔法を使っている。
「フフフフ。ハハハッ。吉備津彦!ボクってまるで魔法使いのようじゃないデスカ!?楽しいデスネ!千弦サンやマスターはズルいデス!」
「借り物の魔力回路であまり無茶はするなよ。・・・あれ、絶対に千弦さんのほうに影響が出てるんじゃないか?後で助けに行かないとマズイ・・・よなあ?」
轟音が鳴り響き、マスターの召喚したグールたちが吹き飛んでいく。
精神世界ではあまり付き合いがないけれど、ほとんど一方的にぶっ飛ばしてるわけで、あっちに行ったら絶対に謝っておかないとまずいだろうなぁ・・・。
「いかんなぁ!これは参った、一旦退くぞ、豊玉臣。」
「そうだね、多勢に無勢。これはもう、お方様においでいただかなくては!」
大根役者を通り越して、どう見てもセリフを読んでいるようにしか見えない豊玉臣と、完全に台本を片手に読みながらセリフを言っている楽々森彦が大きく飛びのき、雪霧の中に消えていく。
「見たカ!我が天をも騒がす神通力ト、七十二般の変化の術デ・・・。」
「はい、ストップ。・・・シェイプシフター。それくらいにしておきなよ。それにそのセリフは訴えられるからやめてくれ。」
「・・・〇ガもアト〇スもこの時代ニハありマセンヨ?」
「そういうことを言ってるんじゃない。・・・とにかく、ここはもう任せてもよさそうだな? 僕は千弦さんに合流する。犬飼健。あとは上手くやってくれよ?」
「・・・はい、わかりました。・・・鬼がいないし、グールどもはやる気がない し・・・むぅ・・・。」
僕は彼ら眷属に少し呆れながらも、戦場管制を行っている桜さんにシェイプシフターの背中の無線機で話しかけた。
「こちら、吉備津彦。これより千弦さんのところに向かう。誘導を頼む。」
『桜、了解しました。 誘導を開始します。・・・ 千弦様の現在位置を確認。チの3にて戦闘中。敵数、魔法使い1、 戦士1、 分類不明1。・・・いえ、この反応 は・・・魔族!?いけない!押されています!吉備津彦様の真後ろに 直通回廊を形成します!大至急援護を!』
「了解!これより吉備津彦は千鶴さんの援護に向かう!通信、終わり!」
千弦さんが押されている!?
あの、魔法や魔術による戦闘だけならマスターに匹敵しそうな大魔導士が?
どうせシェイプシフターが借りた魔力回路を無茶苦茶に使ったせいだろうけど、僕は一抹の不安を胸に、大鎧を翻し、真後ろに開いた直通回廊に一足飛びに飛び込んだ。




