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318 魔女の休日・不思議な温泉でひとやすみ

 南雲 千弦


 現代の仄香(ほのか)に確認した通り、紅葉に台本を渡して巫女装束を着せ、この時代の仄香(ほのか)・・・得子に那須野で討たれることを提案する。


 遠くから遠隔視(リモートビューワー)遠隔聴取(クレアオーディエンス)で確認したけど、その顔色はひどいものだった。

 風呂敷の中には洗面器と手桶、石鹸とシャンプー、それから手拭いとバスタオルを入れておいたけど、使い方はわかるだろうか。


 それと、温泉神社の地図はラジエルの偽書から自動書記述式でダウンロード、もとい、書き出しておいたよ。

 等高線と温泉マーク付きで。


 時間稼ぎのため、叡子さんと伊之(ただゆき)さんとの晩餐を提案し、明朝、明るくなってからの出発を提案したんだけど・・・。


 盲点が一つあったのだ。

 この時代、あのあたりに入浴できるような温泉施設がない、ということが。


「はあ、なんとも・・・また強行軍だわ。」


 ということで、いま私はせっせと温泉を掘っている。

 吉備津彦さんたちを呼び戻し、ゴーレムを使い、土砂を運び出し・・・。


「千弦さん。湯本と入浴施設はもっと離したほうがいいのではないですか?」


「あ、そうね。そのままだと熱くて入れないから、湧き出したお湯は川の水と混ぜて冷やすか・・・。」


「ここ、地下水脈がありますからいったん合流させて、そのあとくみ上げる方式にしたらどうでしょう?」


「そうね。ただ、魔術も人力も使えないから難しいわね。・・・そうだ。湧き出したお湯を滝のように空気にあてて冷やそうかしら。」


 時間がないというのに試行錯誤しながら温泉を掘り探す。

 ・・・原子振動崩壊術式と空間消滅術式で。


 でもまあ、三人寄れば文殊の知恵だ。

 サクサク進んでいるよ。

 弱冠一名、ゴーレムを制御しながら猫ちゅ~るを舐め続けているのもいるけど。


千弦サン(マスター)!掘り当てマシタ!うわ、スゴい水量デス!」


 猫ちゅ~るを片手に二号さんが噴き出したお湯を前に歓声を上げている。

 そういえば、呼び出す直前は琴音や父さん、母さんと温泉旅行に行ってる最中だったって言ってたっけな。

 ・・・かわいそうなことをしたよな。

 温泉ができたら一番風呂に入らせてあげよう。


 そんなことを考えているうちにも、じゃぶじゃぶと出るお湯がたまっていく。

 ・・・よし、この湯量なら十分に入浴できる!

 お、あっちからも湧き出した!


 泉質は・・・硫黄泉に、炭酸水素塩泉、そして塩化物泉・・・すごい!

 単純泉も入れれば6種類も!


 これは腕が鳴るわね!

 よし、ゴーレムの人員を増やして、山肌を崩して崖を養生して!

 ええい、元素精霊魔法で鉄筋コンクリートで養生してしまえ!


 建物の構造は当然ベタ基礎!そして鉄筋コンクリートとモルタル!

 どうせ地震の多い地域だ!

 制震設計は徹底的に!

 免震装置にはゴムが必要だけど、主成分の硫黄はそこら中にある!


 客室は当然のように畳敷き、廊下は床張りで赤い絨毯!露天風呂には目隠し用の杉を植えて!

 土足厳禁!カウンター横には観葉植物を!

 一階のラウンジには談話出来るスペースを!


 ふ、ふははは!腕が鳴る!


「千弦さん・・・?今、西暦何年だと思ってるんですか・・・?」


仄香(ほのか)の疲れをいやすための温泉よ!手抜きなんてするわけない!安心しなさい!電気やガスは使わないから!ええと、明かりは蝋燭?いや、ランプよね!」


 そうだ、客室の数はそんなにいらないから、10部屋もあればいいか!

 事が済んだらさらに改装して蛍や雪菜、紅葉や桜が泊まりにこれるようにしてあげよう!

 そうよ、道を整備しなければ誰も来ないし!

 定点間高速飛翔(ファストトラベル)術式のマーカーも設置しておこう!


 外装も内装も超突貫作業で組んでいく。

 何のことはない、素材を作るときにブロック化しながらゴーレムにして、自力で移動させた後、ゴーレム術式を解除すればいい!

 一部屋作ったらあとは「繰り返し(リピート)!」の一言だけで完成していくのだ!


「・・・スゴイデス!速いデス!千弦サン(マスター)!まるでドラゴ〇クエ〇ト・ビル〇ーズのようデス!」


 ああ、確かにあのゲームは名作だ。

 現代に戻ったころには第三作が発売されているとさらに良い!


「全部終わったらみんなで温泉に入りに来ようかしらね。二号さん、吉備津彦さん。」


「そ、そうですね・・・ただ・・・これはいささか・・・やりすぎかと・・・。」


 吉備津彦さんの言葉に私はほとんど完成した温泉旅館を見る。

 軒下に吊るされたランプの明かりに照らされ、一階の鎧戸や二階の障子から暖かな光が雪の上に落ちている。

 あとは、庭と敷地の外とを隔てる塀を作るだけだ。


 まあ、さすがに今回は高圧縮魔力結晶を使えなかったし、恒久的な発電システムも維持できないだろうと思って自重したつもりなんだけど・・・?


 自動販売機も置いてないし。

 温泉の洗い場には湯温を調節できるシャワーヘッドはつけたけどさ。


 ・・・よし、庭石はこの辺で石灯籠と池は・・・とりあえずこの辺でいいか。

 松はこの辺に植えておこう。


 一通り工事が終わり、中に入って最終チェックをしていく。

 向陵稲荷の関係者だけで管理しなくてはいけない以上、あまり人員は割けない。


 とりあえず、桜と、彼女が選んだ3人くらいで維持できるようには作っておいたけど、こじんまりした最大客数30人くらいの旅館が完成した。


「ワァーイ!コレ、電気を使ってないノニ、なんでこんなに早く氷室で氷を作れるンデスカ!?カキ氷!あ、アイスクリームもつくれソウデス!」


「それはクーラーの原理そのものには電気はいらないからよ。地熱で発生した蒸気でタービンを回し、その動力をもって空気を圧縮したり膨張させたりして熱を移動させてるからね。もちろん、ちゃんと全館冷暖房にしてあるわ。」


 ふふん。食材を運ぶ手間を少しでも減らすために、定点間高速飛翔(ファストトラベル)術式と食糧貯蔵庫を組み合わせてあるのだ。


「すげぇな・・・手洗いは水洗か?それに・・・なんだこれ?上下水道が通ってるのか?」


 ふふふん。沢まで下りて水を汲んだり、寒いさなかに井戸からくみ上げる手間なんてかけてられるかっつうの。

 浄水設備は徹底したから水道から直接飲めるぜ!


 もちろん、トイレにも一切の自重はしない。

 地熱と河川水を利用した非温泉水循環式の温水洗浄暖房便座だ!


「・・・鎌倉時代にもなってないのに、全館冷暖房に真夏でも氷点下を維持できる氷室、スチームサウナに打たせ湯、果てはバブルジェットバスまで・・・。僕は何も見ていません。ええ、何も見ていませんとも。」


 まあ、これだけ施設が整っていれば仄香(ほのか)も心休まるでしょう。

 電源とインターネットを完備出来たら21世紀の旅館としても営業できそうだ。

 ・・・テレビ?そんなもんつける気はないね。


 楽々森彦さんと豊玉臣さんは作業が終わったのか、脱衣所前にある卓球台で早速遊び始めてるし。


 あ、のれんの柄は何にしようかな。

 せっかくだし、金の糸で刺繍して・・・。


 私は久々の刺繍でテンション爆上がりになりながら、夜が明けるまでに何とか温泉旅館を完成させたよ。


 ・・・・・・。


 眠い目をこすりながら、私は向陵稲荷と那須野の温泉を往復する。

 どうせ仄香(ほのか)長距離跳躍魔法(ル〇ラ)や飛翔魔法を使ってくるのだろうし、温泉宿の営業はすぐにでも始めなければならない。


 桜が門前の村の中で比較的付き合いの長い人たちに声をかけて、働き手を集めておいてくれたようだ。


 まだ夜が明ける前だというのに、境内には6人の女性と3人の男性が集まってくれた。


「あ、桜。この人たちね?温泉宿の運営を任せる人たちは。」


「はい。二つの家族が名乗りを上げてくれました。こちらが富蔵さんのご家族です。奥様、息子さん、娘さんです。そして源次さんのご家族です。奥様、娘さんがお二人、そして源次さんのお母様です。」


 総勢9名が私の前に並び、緊張した面持ちで一斉にひざまずく。


「ちょっとぉ!?いきなり何をやってるの!まるでどこぞの殿様相手みたいなことしないでよ!」


「・・・富蔵。源次。伝えた通り、こちらにおわすお方は殿様でも姫様でもありません。わが神社の御祭神です。無礼は許しませんよ?」


 ・・・あ、だめだ。

 桜のやつ、完全に目がマジだ。


 それから言葉に魔力を込めるなって。

 桜たち4人は完全女系魔族だから無茶苦茶魔力が大きいんだよ、魔法は教えてないけどさ。

 おかげで全員がプルプルと震えているよ。


「あー。神社での作法は、二礼、二拍手、一礼。ひざまずくのはなし。とにかく、あまり時間がないから移動するよ。準備はいいかな?」


 膝についた土を叩くこともなく起き上がり、必死に手を合わせる彼らを見て、発動の準備をしていた長距離跳躍魔法(ル〇ラ)を使うかどうか、本気で迷ったよ。

 

 ◇  ◇  ◇


 長距離跳躍魔法(ル〇ラ)での移動の興奮が冷めやらぬ中、何とか日が昇る前に温泉宿の説明をして、高速情報共有魔法を術式化した巻物を各自に渡し、営業開始にこぎつける。

 ってか、全館冷暖房とか温水洗浄暖房便座はやりすぎだったかなぁ・・・。


 それと、絶対に譲れないものは大量に用意した。

 おそらく、無駄なく使えば数十年は持つはずだ。


「千弦様。あの柔らか巻紙は、どこかで手に入るものなのでしょうか。」


「ん?トイレットペーパーのこと?うーん・・・。おしりを拭く紙自体はこの時代から存在するんだけどね・・・ロール式の紙ともなると・・・あと800年は待たないと発明されないんじゃないかな・・・?」


 確か、平安時代にも籌木(ちゅうぎ)と紙で用を足した後の処分をしていたはずだけど、庶民が紙だけでおしりを拭く文化ができたのは江戸時代以降のことで。

 それも使われたのは再生紙である浅草紙なんだよね。


 日本初のトイレットペーパーは、明治時代の超高級ホテルでほんの少し使われただけだそうだし、大正時代に日本で製造を開始したころの紙は吸水性も柔らかさも新聞紙並みだったって聞いてるし。


「ではこの柔らか巻紙は禁止しましょう。いつかなくなってしまうものに慣れてしまうのはいけません。千弦様がお泊りにいらしたときのみ、お出しするようにいたします。」


「え゛!?それは、ちょっと・・・だって、桜だって使ってるよね?それ・・・。なのに禁止するのは、ちょっと・・・。」


「人は感謝の心を忘れてはいけないのです。便利さになれれば、いつか必ず当たり前になります。有難いものが当たり前になる。これだけは受け入れられません。」


 ぐ・・・いや、たしかにそれはそうだけど・・・。


 私だって元素精霊魔法と立体造形術式なしでは、同じものは作れない。

 どうする?トイレットペーパーを作り続ける術式を組んだゴーレムでも作るか?

 いや、それってどうなのよ!?


 私はブルドーザーのように雑草を摂取して粉砕し、加工してトイレットペーパーを吐き出すゴーレムを想像して思わずげんなりとする。

 なんという・・・シュールな光景。


 だが、私の近くで生活している人が気持ちよくおしりを拭けないのは・・・なんというか、ヤダ。


「ぐ・・・。木べらとか貝殻でおしりを拭くのも、ゴワゴワする紙で拭くのもやだなぁ・・・。トイレットペーパーが切れないようにするからさ。何とかならない?」


「・・・わかりました。では、最低限の数を配給制に。それ以上の分は、対価を要求するものとします。これでいかがですか?」


「あ・・・うん。まあ、それなら。」


 まさかトイレットペーパーでひと悶着あるとは思わなかったよ。


 ◇  ◇  ◇


 玉藻の前/藤原得子(藻女)(魔女)


 叡子や伊之(ただゆき)殿と別れを済ませ、向陵の「御社(おやしろ)様」とやらの神託に従い、私は那須野への道を急いでいた。


「さすがにここからは徒歩は無理ね。仕方がない。飛翔魔法を使うしかないか。」


 紅葉という名の巫女から受け取った地図を片手に、ひたすら北へと向かっていた私はあることに気付く。


「この地図・・・地形は多少違うけど、恐ろしいほど方位と距離が正確ね。まるで、真上から見て描いたような・・・?」


 これほど正確な地図を描く技術など、存在するのだろうか。

 いや、長距離跳躍魔法を使い、記憶補助術式を用いて真下の景色を目に焼き付け、自動書記術式で描けば何とかなるか?


 それにしても、この貝殻の断面のような線はなんだろう?

 私は飛翔魔法を使って飛びながら、地図を何度も確かめる。


「・・・まさか、これ・・・山の形?まるで、山をこの線で水平に輪切りにしたような・・・?」


 間違いない。

 これは、山の場所ごとに高さを示しているのだ!

 ということは、数本の線ごとに記された文字は・・・これは・・・(ゼロ)だ!?

 まさか、インド数字、いや、これは・・・ナギル数字か!?


「まさか、これ・・・海面からの高さ!?これほどの山々をすべて、海から高さを測ったの・・・!?」


 思わず空中で止まり、魔術で地磁気の方向と眼下の地形を照合する。

 山の形が一部違うが、この地図はおそらくはナギル文明のころに作成されたものを写したのだろう。


 いつしか年月を数えるのをやめてしまったが、間違いなく五千年以上経っているのだ。

 多少は山が崩れても川の流れが変わってもおかしくはない。


 だが、ここはナギル文明の本拠地から見ればほとんど星の裏側だぞ!?

 まさか、あの少女は、この星の地形のことごとくを知っていたのか!?

 五千年も前に、魔法も・・・使わずに・・・?


「なんという文明。五千年以上経ってもなお、まったく色褪せないなんて。・・・クロ。あなたを失ったのは痛恨の極みだったわ。」


 胸の中にこみあげる何かを殺しながら、地図にある、クラゲを逆さにしたような印のある場所を目指す。


 雪をまとい、色彩が全くない山の稜線を越えると、そこには小さな町といっても過言ではないほど屋敷が立ち並ぶ村が見えた。


「いや、これ・・・廊下でつながっている。まさか、丸ごと一つの屋敷なの?」


 ふわりと漂う硫黄のにおい。

 なるほど、確かに温泉があるようだ。

 屋敷の庭の、比較的開けた場所に降り立つ。


 挿絵(By みてみん)


 すると、待ち構えていたかのように屋敷の中から歩み出る一つの影があった。


「いらっしゃいませ。ご予約いただいた得子様でいらっしゃいますね?お荷物をどうぞ。おひとりでいらっしゃいますか?」


 建物の中から私を出迎えた娘は、清潔な着物を着ており、洗練された姿勢で首を垂れる。

 そういえば、この娘・・・確か、クロの遺体を受け取りに来た・・・。


 それに、彼女の後ろの軒下にかけられた暖簾には、濃い赤に金の刺繍が・・・。

 七芒星を二つ重ねて、船の櫂をあしらったような印が施されている。


「桜さんだったかしら。ということは、このお屋敷は向陵稲荷のお社の・・・?」


「はい。末社は分社となっております。ですが今、御社(おやしろ)様はご不在にしております。また、本殿には別のご祭神をお祭りする予定です。」


 ふと振り返ると、屋敷を囲む塀の向こうに、雪がうっすらと積もった石造りの鳥居がある。

 まるで、昨日か今朝がたに完成したかのような真新しい鳥居だ。


 私は桜のあとを追って屋敷に入り、玄関の引き戸が閉じられると、ふわり、とあたたかな風を感じた。

 火を焚いている気配はない。

 だが、風が暖かい。

 いや、足元から暖かさが登ってくる。

 床そのものを何らかの方法で温めているのか。


「こちらがお部屋の鍵でございます。どうぞ、お部屋までご案内いたします。」


 赤い絨毯が敷かれた廊下を歩き、屋敷の門のような飾りをあしらった木の引き戸を開けると、そこはランプのような明かりに照らされた部屋があった。


「畳を敷き詰めている?それにこれは・・・四角い布団(座布団)?」


 それほど広くはないにもかかわらず、襖の上には精緻な欄間が施され、部屋の四隅にはガラス製の容器の中で火が揺らめき、十分な明るさが維持されている。


 まるで貴族の屋敷をそのまま小さくしたかのようで、板張りの空間には素晴らしく大きく、さらには映りが良い鏡が置かれ、座り心地のよさそうな椅子までおかれている。


「お部屋でのお召し物はこちらをどうぞ。大浴場はご自由にお使いください。湯上りはこちらのお召し物をどうぞ。お夕食は、いつお持ちいたしますか?」


「え、ええ・・・先に湯浴みをさせてもらうわ。夕食はそのあとで結構よ。」


「かしこまりました。では、ごゆるりと。」


 桜は背を見せずに後ろに下がり、音もなく襖を閉めていく。


「そういえば、入り口の暖簾の印・・・どこかで見たような・・・あっ!?」


 そうだ、あの印は!

 城塞都市国家群、中核都市ナギル・チヅラの市章ではなかったか!?

 まさか、この宿はその流れをくむ宿なのか!?


 私は驚きのあまりしばらく動けなかったが、くくぅ~と鳴く腹の虫にせかされ、まずは汗を洗い流すことにした。


 ・・・・・・。


 肌触りの良い衣に着替え、部屋を出てすぐの壁に記された地図に従い、宿の地下にある大浴場とやらに足を運ぶ。


 ひらがなで大きく「ゆ」と記された赤い暖簾をくぐり、いくつもの棚が並んだ部屋に入ると、そこにはすでに先客がいた。


「あ。得子様じゃないですか。お風呂の入り方をお教えしましょうか?」


 

 確か、向陵の社で私にこの宿に向かえと教えてくれたはずだが・・・。

 どうやって追い越したのだろう?


「紅葉さん、だったかしら。教えてもらえるとありがたいわ。ところで・・・この宿って・・・?」


「ええと、詳しくは知らないんですが、私のご主人様が作った宿で、珍しいものを集めたり、すごく古い文明の構造をまねしたとかで・・・。」


 途端にしどろもどろになる彼女を見て、ああ、やっぱりこれはクロが作ったナギル文明の残り香なのだと納得する。


 とくに、これだ。

 水差しの先端のようなものが壁に刺さっており、その上についた十字の握りを回すと水が出る。

 こんなものは、あのナギル・チヅラにしかなかった。

 ・・・うわ、これ・・・お湯も出るのか。


「と、とにかく、そこはお化粧台だから体を洗った後で使う場所で・・・まずは服を脱いで、それからかごに入れて。石鹸とシャンプーは・・・ああ、持ってますね。じゃあ、入りましょうか!」


 浴場と思われる場所へと続く扉を見て再び驚く。

 一枚の、ガラスの、板だと・・・!?

 それも、水滴がついていなければ分からないほど透明度が高い!


 そんな驚きをよそに、紅葉は私の手を引き、洗い場まで連れていく。

 洗い場には・・・再び巨大な鏡が・・・それも、椅子の数だけ配置されている!

 そして、この湯舟。


 まるでローマのテルマエを、そのままこの国の風情に置き換えたような・・・いや、泉が丸ごとひとつ、湯船になったかのような・・・!


「あ。雪がやみましたね。ほら、星空が見えますよ。冷えないうちに湯につかりましょう」


 しかも、屋根もなく周囲の山々を見下ろしながら湯につかるなど、いったい誰が考えたのか。


「ふぅ・・・本当に、驚かされることばかりだわ。クロ・・・生きていてくれたら、いつか色々と話もできたでしょうに・・・。」


 体の芯まで温まりながら、今は亡き友人のことを思う。

 おそらく、二度と彼女のような者には出会えまい。


 だが、今はもう少しこの湯につかっていたい。

 束ねた髪から滴り落ちる水滴が、まるで涙のようで。

 でも、なぜかそれを消し去るかのような心地よさに、私は包まれていた。


 ・・・・・・。


 紅葉に促され、蒸し風呂や岩風呂、そして泡が噴き出す不思議な風呂をひととおり体験し、最後にもう一度洗い場で体を洗う。


 濡れた体を魔法のように水気を吸い取る「バスタオル」で(ぬぐ)い、濡れた髪を温風の出る筒で乾かしてもらう。

 ・・・魔力の流れを感じないが、これはナギル文明の遺物なんだろうか。


 火照った体に肌触りの良い衣を身に着け、部屋に戻ると、すでに夕食の支度がそろっていた。


「得子様。本日のお夕食は、近海の牡蠣(かき)の揚げ物、ふぐの刺身、そして北海で獲れた蟹と白菜、長ねぎの鍋でございます。お酒は清酒・・・諸白を飲みやすくしたものでございます。また食後のデザートに蜜柑と苺、そしてチョコレートがけアイスクリームをご用意しております。おかわりもございますので是非お申し付けください。」


 ・・・さすがに鈍感な私でもわかる。

 これは・・・この時代の料理ではない。


「これは、もしかしてあなた方のご主人様からのご厚意かしら?」


「申し訳ございませんが、そのご質問にはお答えいたしかねます。どうか、ごゆるりとお楽しみくださいませ。」


 我ながら何を言っているのだか。

 クロはもういない。

 だが彼女を主人と、あるいは神と崇める彼女たちの饗応を受け取らねば、クロの顔に泥を塗るようなものだろう。


 あの向陵の社で、桜から宿代はいらないと言われていなければ、(ざる)一杯の黄金をもってしてもこの宿代には届かないかもしれないな。


 ◇  ◇  ◇


 紅葉


 得子様・・・いや、魔女と一緒に温泉に入り、お互いに背中を流しあい、サウナで汗を流しながら、いろいろなことを話した。


 魔女の存在はお婆ちゃんやお母さんからも聞いていたけど、実際に話してみると優しいお姉さんという感じだった。


 彼女は私のことを魔法使いだと思っているのか、ほとんど隠さず話をしてくれた。

 千弦様・・・彼女にとってはクロと名乗る少女とどのように出会ったか、そして、その正体はどれほど素晴らしい存在か、と。


 どうやらレギウム・ノクティスのことは知らなかったみたいだけど、さらにその前のナギル文明の話をしてくれた。


 そのまま飲めるほどの水が出る上水道、真昼のように輝く照明、舗装された道路。

 大地を走る鉄の箱、帆もないのに進む船。


 一日働けばたらふく食べられて、その生活を三年続けるころには家が買えるほどのお金が貯まるような暮らし。


 人さらいも泥棒もなく、女子供が安心して夜、出歩けるほどの治安。

 そして、ほとんどの子供が読み書きだけでなく、算術までできるほどの教育水準。


「もしかして、千弦様は、自分がいた未来を再現してる?確かに、この便利さは一度体験すると元には戻れなくなるけど・・・。」


 いや、それ以前に自分の生活環境を丸ごと再現できることのほうが驚きなんだけど。

 桜が千弦様のことを神様扱いするのがわかるような気がする。


 二号さんや吉備津彦さんたちの話によれば、もうすぐ千弦様は過去の世界で活動することが限界になるらしい。


 だからか、私たちが安心して生活できるようにと、生活の糧をいくつも作ってくれている。

 この温泉旅館もその一つだそうだ。


「まるで子供のような人だと思ってたけど、同時に母親のような人でもあるのよね。自分の行く末だって大変なのに、気にしすぎなのよ。」


 予定では、この旅館は桜と雪菜が引き継ぎ、向陵の社は私と蛍が引き継ぐことになっている。


 京の都で拓いた坂東の海の幸の販路は、これから戦乱が続くことからあまりあてにしないことになっているけど、販売は私と桜が、製造は蛍と雪菜が担当する。


「まあ、この旅館が知られるのは当分先になるだろうし、私たち専用ということで楽しませてもらいましょうか。」


 さて、明日以降は例の作戦、いや、演目の準備で忙しくなる。

 せいぜい、ゆっくりとさせてもらいましょうか。


 ・・・・・・。


 翌朝


 宿の廊下に響く、ボーン、ボーンという音で目が覚める。

 まさかと思うけど、向陵の社にあるのと同じ柱時計までおいてあるんじゃ・・・?


 日の出からしばらく経っているからか、外はすでに明るくなっているようだ。

 顔を洗い、口をゆすいで廊下に出ると、桜が朝食の配膳を行っているところだった。


「紅葉。朝ごはんができたから運ぶの手伝って。」


「はーい。ってか、得子様だけだよね、宿泊客って。」


「・・・それが、千弦様と眷属様たちが、別棟に泊まってるのよ。鉢合わせしないように気を付けてくれているし、千弦様は変化の術を使っているから顔を見られても大丈夫とは言っていたけど・・・ちょっとヒヤヒヤするわね。」


 千弦様の部屋にもっていく朝食が入ったカートを受け取り、ゴロゴロと転がしていく。

 今朝はパンなんだ。

 それから、ハムと目玉焼き、オニオンのスープ。

 ジャムと、はちみつ。


 それからこれは・・・何かの乳と、乾燥した・・・実?それとも芋?


 よくわからないまま、千弦様の部屋の前であいさつをしてから扉を開ける。


「あ。紅葉。せっかくだから一緒に朝ごはん、食べてかない?一人分、余分に用意してもらったからさ。」


「・・・はい、ご相伴にあずかります。それで、これは?」


「やっふぅー!ボクの朝ごはんは牛乳とカリカリ!よく分かってるじゃナイデスカ!さすがは千弦サン(マスター)!ウーン。この香りがタマラナイ。」


「・・・この時代に牛乳を手に入れるのがこれほど大変だとは思わなかったわ。それに、二号さん。牛乳はちゃんと牛乳瓶に入れたわよ。別にコップでもいいでしょうに・・・。」


「イヤ、別にコップでもいいデスヨ?ただ、ボクは琴音サンやママさん、パパさんを忘れないヨウにあの牛乳瓶を大事にしてイルだけデスシ。」


 吉備津彦さんや犬飼健さん、その他眷属の方に手伝ってもらい、配膳し、座布団に座る。


「いただきます。」


 場所は違うけど、いつも通りのあいさつ。

 私たち一族から神様のように思われているけど、こんなに楽しそうにパンをほおばる横顔を見ていると、この人はやっぱり人間なんだな、としみじみと思ってしまったよ。


 ・・・・・・。


 朝食が終わり、この宿を任せている富蔵さんの奥さんに洗い物をお願いする。

 さて、いよいよ例の演目の準備をしなければならない。


 宿の事務室に作られた会議室で、千弦様、二号さん、桃太郎組の皆さん、そして桜と作戦を立てていく。

 私たちは裏方だけど、得子様に直接伝える役は千弦様や眷属の皆さんができない以上は、しっかりと作戦を把握しておく必要がある。


「まず、二号さんは安倍泰成に化けて、京から那須野に向かってもらっているわ。」


「あれ?二号さんや皆さんって、今ここにいていいんですか?」


 思わず口をはさんでしまう。

 でも、千弦様は嫌な顔の一つもせずに答えてくれた。


「ええ。泰成は陰陽師だから、本人は京にいて式神だけ送っているという設定ね。だから要所要所で出るだけでいいことになってるわ。他のみんなは傭兵役だしね。」


 続けて犬飼健さんが質問する。


「例の三浦介と上総介とかいう将軍に当てる敵役は?予定では吉備津彦様と私が同行する予定ですけど。」


「そっちは敵役を楽々森彦さんと豊玉臣さんに頼んであるわ。大将が一番槍を務めるんじゃなくて、部下であるあなた方二人が一戦交えて、二号さん扮する安倍泰成を仄香(ほのか)・・・白面の狐が迎撃する形ね。あ、もちろん、幻灯術式を展開するから、派手になるわよ。」


「で、僕と楽々森彦がマスター(仄香さん)側の戦力になるわけですね。」


「ええ。ちゃんと仄香(ほのか)を守ってあげてね。」


 普段とは違う、まるで山賊のようないで立ちに着替えた吉備津彦さんと犬飼健さんが、鎧や武具を確かめる。


「千弦さん、このヒヒイロカネ(オリハルコン)製の剣なんですけど・・・本当に僕が持っていてもいいんですか?」


「さすがにこれほどの乱戦になると、私のにわか剣術は何の役にも立たないからね。大丈夫、ソレには及ばないけど、少し良い剣は作っておいたわ。グラフェン・ナノチューブ複合材製の術式振動ブレードよ。まあ、この時代の鉄には負けないわね。」


 その後も、いくつもの状況に応じて作戦を立てていく。


「・・・よし。二号さんのスカイフィッシュとスカイゼリーで、敵の進軍経路は丸裸だわ。」


「そもそもボクが式神のふりをして従軍してイマスカラ、行先は事前に全部分かるんデスケドネ。」


「・・・よし、こんなところかな。じゃあ、紅葉。仄香(ほのか)・・・魔女に説明するのはこっちね。了承が取れれば、作戦は次の段階へ移行よ。全部終わったら、私はゆっくりと眠れるわね。」


 ゆっくりと眠る・・・。

 つまり、この作戦が終わったら、千弦様は・・・。


「紅葉。なんて顔をしているのよ。私たちは千弦様を無事、未来に送り届けるためだけに存在しているの。だから、覚悟を決めなさい。」


 桜の言葉に、顔を縦に振るも声が出ない。

 そんな私のことを何と思ったのか知らないけれど、千弦様は部屋の奥から大きな木の箱を持ってきた。


「・・・紅葉。四姉妹の中で最も銃の取り扱いが上手な貴方に贈るものがあるわ。これを、受け取ってくれる?私の大事な人が使っていた銃よ。」


 千弦様はそういうと、その箱を畳の上に置く。

 そしてゆっくり開けると、その中には鉄と木でできた四尺(1.2メートル)を超える銃が・・・。

 弾倉や二脚、そして革製の負い紐などと一緒に、収められていた。


挿絵(By みてみん)

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