317 あともう少し/ある魔女の帰還
あの後、二号さんを呼び出し、安倍泰成に化けさせたうえで、他の陰陽師たちの記憶を強制忘却魔法で吹き飛ばし、適当に洗脳しておいた。
とはいえ、記憶を吹き飛ばす期間は数日から数か月の間でバラバラにしておいたし、今回の戦闘のケガについてはわざと治さないでおいた。
激戦の末、撃退したことにするには、ほどほどにボロボロであったほうが都合がいいのだ。
それに、二号さんがボロを出しそうになっても、他の陰陽師たちが輪をかけて記憶がめちゃくちゃであれば目立たないだろうからね。
「千弦サン・・・ボクの擬態能力をあまリ信じテいないノデスカ?魔力さえ分けてくれレバ、死体の記憶くらい読みとれマスヨ?」
・・・すげぇな!?
ま、とにかく、陰陽寮のほうはこれで何とでもなる。
「あ、そうだ。二号さん、陰陽師みたいに術って使える?」
「・・・アっ。ソレは難しイデスネ。術そのものノ構造や詠唱、作動方法は今読み取ってマスガ、陰陽師が使う術っテ、神聖魔法と黒魔法、それカラほんのチョットの屍霊術と死霊術なんデスヨネ。」
「ふぅ~ん。・・・あれ?前は何か魔法とか使ってなかったっけ?」
「ボクは単独ですト魔法は使えマセンノデ、魔法を使うトキハ必ずマスターの魔力回路を直結してもらっテ運用してマシタカラ。ですノデ、ボクが魔法を使うためニハ、まず千弦サンの魔力回路を貸してもらっテ、さらに使いタイ魔法を千弦サンが使える必要があるというコトデス。」
うーん。
これは・・・短期決戦にしてボロが出る前に片付けなくてはならなくなったかもしれない。
・・・・・・。
私は適当にその場を片付け、二号さんに任せてその場を後にしようとする。
「じゃあ、あとはお願い。何かあったら念話で連絡して。それと、適当な術式を置いていくから、いざという時は使っちゃって。・・・あ。痛っ?」
建物から出ようと振り向いたとき、足元に転がっていた太い木の枝に蹴躓く。
「なんだ、これ。壁が落ちたのでも梁が折れたのでもない。まるで流木の置物みたいね?」
長さが1.5メートル、太さが40センチくらいのソレは、なんとなくどこかで見覚えがあるような・・・。
「あ。これ、スラタヤサーヤナの幹だ。なんだってこんなところに転がってるのかしら。」
近くに砕けた箱があるところを見ると、ソレに収められていたようだけど。
ふわり、とバニラと土を混ぜたようなかすかな香りが、鼻腔をくすぐる。
あたりを見れば似たような箱がもう一つあり、その中には一回り小さなものが収められている。
「・・・せっかくだからもらっていこう。これ、対魔族・対幻想種用の毒ガス兵器になるんだよね。うん、役得役得。」
床に転がっているソレと砕けた箱のほうはそのままに、無事な箱に入ったままのものを担ぎ、前庭に出る。
箱なしじゃ運びづらいしね。
「じゃあ、二号さん、あとはよろしく。吉備津彦さん。みんな。行くわよ!」
忘れ物がないかを確認した後、私は全員と手をつなぎ、向陵の社に向けて長距離跳躍魔法を発動させたよ。
「ア、もう・・・アレ?ここって、正倉院正倉?ジャア、さっきのっテ・・・マサカ・・・。蘭・・・?」
二号さんが何かに気付いたようだけど、なんて言ってるのかは聞こえなかった。
でも、念話が来ないところを見ると問題はないだろう。
なんてことを考えつつ、私は家路を急いだよ。
◇ ◇ ◇
二号さんや吉備津彦さんたちに現状を任せ、私は再びコールドスリープに入る。
聖棺モドキで目を閉じ、すぐに目を開いたときには、季節は冬になっていた。
「お目覚めのようですね。お加減はいかがですか?」
雪菜が私の顔を覗き込み、冬用の着物と綿入れを差し出す。
・・・どれくらい経ったのだろう?
「お休みになってから半年といったところでしょうか。京の町ではいよいよ戦が始まってしまったようです。紅葉と桜は、念のためこちらに戻らせました。」
「・・・そう。ええと、二号さんや吉備津彦さんは?」
「眷属の皆様は、楽々森彦様を除いて、京にいらっしゃいます。楽々森彦様の念話によれば、問題なく間諜を行っているとのことです。レポートはまとめてありますので、お時間のある時に。」
「ん。ありがと。・・・外が騒がしいね?もしかして・・・お正月?」
「はい。今日は元日です。それに、越後の国から移り住んできた一族の方々が、協力してこの辺りを開墾してくださったので、少し町が大きくなりました。・・・ああ、そういえば間もなく代表の方がご挨拶にお見えになるそうですよ。」
「ふぅ~ん。ま、その辺はお任せするわ。さて、今日の朝ご飯は何かな~。」
私は本殿を出て、社務所兼自宅の扉を開き、ダイニングへと向かう。
すると玄関の方から元気のある声が響き渡る。
「もし!どなたかいらっしゃいますか!俺は越後の国、那珂郷の南雲の荘園から参った南雲伊之と申します!我が妻、叡子と我が義母、得子殿とともに、詣でに参った!」
お?開墾してくれたとか言う人たちの代表の人?
それに南雲?
・・・うげぇぁ!?
と、得子って・・・仄香ぁ!?
「ゆ、雪菜・・・!あ、あれ、まずい!私の顔を見られるとタイムパラドックスが!」
「・・・かしこまりました。私が対応いたしますので千弦様は奥へ。紅葉。千弦様を二階に。それと、朝食は後ほど二階にお持ちして。」
雪菜は素早く紅葉に言いつけ、私は紅葉に促されて二回への階段を駆け上がる。
ヤバいヤバい!
世間は広いようで狭いけどさ!
こんなにも早く再会するなんて思ってもみなかったわよ!
・・・・・・。
何とかバレずに二階に逃げ込み、物音を立てずに朝食を食べる。
今日はおせち料理なんだね。
なんというか、もうすぐ現代だと思えると、ものすごく懐かしい味に思えてくる。
彼らの応対は雪菜と桜がしてくれたようで、私は紅葉が持ってきてくれたお茶を飲んで一息つく。
「あ、そういえば蛍は?」
「蛍なら、本殿に。奉納神楽を行っております。後ほど私も舞いに参りますが、いかがされました?」
うーん?何かを忘れているような気が・・・。
あ。
「そうだ。眼だ。蛍は魔族の眼を持ってるでしょう?今、下に来ている得子っていう女性は例の魔女なのよ。たぶん、この時代の魔女は魔族と敵対してるから、会わせないほうがいいわ。」
「・・・確かに。私たちの中で魔族の特徴を残しているのは蛍のみですね。魔石については千弦様が手を加えてくださったおかげで取り外して他の幻想種、あるいは希少種のふりができますが・・・。」
確かに魔石は取り外せるようにはなったけど、それって大ケガレベルでしょう!?
ああ、もう、本当に綱渡りだよ。
「とにかく、今のうちに蛍と交代してきましょう。では、私はこれにて。」
そう言うと紅葉は立ち上がり、食べ終わった食器をまとめてお盆に乗せていく。
「・・・紅葉。もし、魔族だということが知られて問題が起きたら、迷わず私の名前を出しなさい。『クロ』または『ナギル・チヅラ』と言えば魔女もわかるはずよ。」
「はい。ですが、私たちにお任せを。それより、せっかく正月で元の身体に戻られたのに、申し訳ありません。お昼はお雑煮ですから、ぜひ楽しみになさってください。」
彼女たちの献身が心に痛い。
どこかで解放してあげることを考えないといけないかもしれない。
・・・・・・。
玄関の引き戸を開けて誰かが出ていく音が聞こえ、何とか無事、帰ってもらったようで胸をなでおろす。
足音を忍ばせ、恐る恐る階段を降りると、神楽舞の衣装を着た蛍がリビングのソファーに所在なさそうに座っていた。
「あ・・・ごめん。せっかくの神楽舞なのに。」
「お気になさらないでください。そろそろ疲れてきていたのでちょうどよかったかな、と。そもそも奉納先の神様は千弦様ですし。ところで、楽々森彦様から伺ったのですが、彼女が例の?」
「うん。そう。私の大事な友人で、二人目の母親。だから・・・。」
そうだ。
現代で待つ仄香は、私にとって本当の母さんの次くらいに大事な母親で・・・。
「・・・うーん。この後どうしたらよいか、なんですけど・・・・ひとつ気になることがありまして。」
蛍は唇に手をやりながら考え、何かに思い当たったようで・・・。
「何か良い案でもあるの?よかったら教えて?」
「あ、いえ、以前、千弦様が未来の魔女様と念話でお話ができるようになったとおっしゃっていたじゃないですか。でしたら、直接聞けばいいんじゃないかと。先方も事情をご存じのようですし、一番手っ取り早いかな、と思いまして。」
・・・なんという、グッドアイデア。
そうだよ。
歴史を変えないようにするためには、知ってる人に聞きながら歴史をなぞればいいんだよ。
「すばらしい。蛍君。君は天才だよ!」
「え、えぇぇ?なんですか、その口調・・・!?」
あ、いかんいかん。
どこかで聞いた漫画だか何だかのセリフが出てしまった。
とにかく、善は急げだ。
仄香に電話を、じゃなかった、念話をしよう!
◇ ◇ ◇
仄香(千弦に変身中)
現代 南雲家
ある程度の制限はあるが、千弦と念話で会話することができるようになり、目に見えて琴音や遥香の様子が明るくなった。
こちらは半日と開けずに念話を行っているが、向こうでは短くても数日、長ければ半年以上の時間が流れているようで、無事に千弦が現代に向けて歩みを進めているようで、みな安心している。
私は今、シェイプシフターが不在にしている部屋を開き、少したまったほこりを払い、彼がいつ帰ってきてもいいように掃除をしているところだ。
「さて。これくらいでいいかしら。そういえば、吉備津彦もあちらに行ったままだから、ドラクエのレベル上げが完全に止まってしまっているのよね。帰ってきたら少し手伝ってあげたほうがいいのかしら。でも、大学受験ももうすぐなのよね・・・。」
などという、どう考えても平和極まりないことを考えている時、耳の後ろにピリっという感覚が走ったことに気付いた。
「あら。随分と早い念話ね。何かしら。」
《あ、もしもし。仄香?ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど。今、時間は大丈夫?》
《ああ。今は二階の掃除をしていたところだ。何かあったのか?》
私の思考の構造上、何をしていても念話に対応できないなんてことはないのだが、毎度毎度、律儀なことだ。
《ええとね、正確な年月は分からないんだけど、仄香が南雲伊之っていう人と叡子っていう人と一緒に向陵稲荷神社に来た日のことって覚えてる?》
来た、ということは千弦は今、向陵稲荷にいるということか。
《ああ。ずいぶん昔の話だ。確か、私が金毛白面九尾の狐として朝廷から追われているころの話だな。安倍泰成率いる陰陽師と、三浦介、上総介を総大将にした官軍に追われていてな。だがその神社に詣でてから何もかも上手くいってな。いや、本気で神仏に感謝してしまったんだよ。》
《え?どう上手くいったの?聞きたい聞きたい!》
《あ、ええと・・・たしかその神社の巫女で名前は『紅葉』と言ったかな。彼女とはそれよりも前に京にあった私の屋敷で知り合っていたんだが・・・そう、海苔や鰹節を商いに来ていたんだよな。で、初詣の日の夜、伊之殿と叡子を残して京に戻ろうとしたんだよ。形だけでも討たれようとな。》
《元日の夜・・・うん、それで?》
《たしか、向陵の坂を下りたところの辻のところで、私が長距離跳躍魔法の詠唱を始めた瞬間だった。彼女が現れ、突然言ったんだ。「御社様の神託が下りました。」ってさ。》
《うわ・・・ベタだね。それで、信じたの?》
《まあ、私もちょうど、同じように長い時を歩いていた友人を失くした直後で、藁にもすがる思いだったんだ。それにどうせ朝廷に殺されに行くなら、急ぐこともないだろうと思ってさ。》
《友人・・・?ああ、『クロ』のことね。安心して。しっかり生きてたわよ。》
ああ、今なら分かる。
『クロ』は、千弦だ。
《で、さ。彼女が言うには、「陰陽師たちは御社様がなんとかする。だから、周りを気にせず戦える場所を目指しなさい。できるだけ派手な魔法が使える場所がいい。」ってね。半信半疑ではあったが、「それなら那須野かしら。」と何気なく答えたんだ。そしたら、彼女はその答えを事前に知っていたようで、懐から一枚の地図を出したんだ。》
そうそう、紅葉はかなり優秀な魔法使いだったようで、温泉には先回りされていたんだよな。
おそらくは長距離跳躍魔法を使ったんだろう。
《地図?那須野の?》
《いや、那須野近くの温泉の場所を示した地図だったと思う。今考えると変な地図だったな。そう、等高線が書かれていたんだよ。あの時代に。》
《あ~。うん。それは、ただの凡ミスね。それで?》
《彼女はなぜか私に風呂敷を渡してくれて、「まずは温泉で疲れをいやし、戦いに備えなさい。その間に私たちが場を設えます。ただし、適当なところで負けること。そうしたら、こちらの手の者が幻術を用いて、あなたを石に封じたふりをする。そうしたら、南雲の子孫は私たちが引き受ける。」って。彼女の言うとおりにしたら、なぜかまるで台本があるみたいに上手くいってね。》
あの温泉、当時としては神々の湯ではないかと思うほど不思議な温泉だったが、今思えばあれは全部千弦が作った温泉だったんだろうな。
それにしても・・・少しやりすぎだと思うが。
《ふ~ん・・・その後は?》
《あとは日本自体が源平合戦に突入してさ。源義経や平清盛、その他大勢がひっかきまわしてくれている間に残る娘たちのもとを巡って、人に化けられる眷属に差し替えていって・・・娘たちを連れて日本を出た。こんなところかな。》
《ありがとう。完全に理解した。・・・温泉ねぇ?うーん。あの辺に温泉なんてあったかしら?》
《さあ・・・当時のことはあまりよくは知らないが、とにかく食事は豪勢だったな。そうそう、今は温泉神社と呼ばれる社が建っているよ。そこの祭神は私だが・・・座標データを送ろう。・・・よし、どうだ?》
《ん。受信した。ああ、殺生石の近くじゃない。旅行で行ったことあるわね。》
《何に使うかは知らないが、くれぐれも無茶なことはするなよ?あと少しで現代に戻れるんだから。》
《あ~・・・。うん、わかった。気を付ける。》
だめだな。
これは、無理はするけど無茶はしないくらいだろうな。
《琴音や遥香とも話すか?まだ魔力には余裕がありそうだし、なんならこのまま繋ぐが・・・?》
《大丈夫。これが終わったら長期のコールドスリープに入る予定だし、その後でもいいかな。じゃ。》
千弦はそう言うと、念話の回線がプツンと切れる。
今のところ、私の知っている限りでは大きな歴史の狂いはない。
つまり、サン・ジェルマンと千弦が時間遡行する直前に、おそらくは七千年の旅路を終えた千弦が琴音を守った事実がある限りにおいては、千弦は無事に現代に帰還するのだろう。
「・・・いや、待って。現代にも、千弦さんがいる?琴音さんとの年齢差が生じないように、コールドスリープをしているということ?・・・困ったわね。停止空間魔法によって時間が停止している領域には、尋ね人の魔法が届かない。せめて、何かの手がかりがあれば・・・。」
どこかに千弦がいるということに思い当たった瞬間、心臓が大きくはねる。
途中だった掃除を急いで片付け、掃除機を持って廊下に出る。
「あ。ほの・・・姉さん。そっちの掃除が終わった?自分の部屋は?」
この家には今、どうせ私たちしかいないのだから言い直さなくてもいいのだけれど。
まあ、日ごろの慣れもあるからな。
「あ、うん。最初に終わらせた。ねえ、ちょっと・・・。」
琴音に千弦のコールドスリープ場所について、彼女が思い入れがありそうな場所を聞こうと思った瞬間、階下からドアチャイムが鳴る音が響く。
「あれ?お母さん・・・は鍵持って出かけたし、何か通販でも買った?」
「さあ?でも母さんの結界に敵性反応もないみたいだし、出てみようか。」
そう言って二人そろって玄関に向かう。
まあ、私の防御を貫通できる者など、教会無き今ならほぼいないだろうし、琴音の抗魔力を超えて攻撃できる状態異常系魔法の使い手などいるはずもないか。
そんなことを考えつつ、玄関のドアを開ける。
だが、そこにいたのは・・・。
右眼がエメラルドグリーン、左眼が、サファイアブルー。
まるで、ジェーン・ドゥをそのまま鏡合わせにしたかのような。
かつて何度も鏡で見た、あるいはあの戦いで失ったはずの身体を身にまとい。
無表情なまま私を見つめる・・・一人の少女だった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
・・・一瞬、何が起きたのかわからなかった。
だが、私は反射的に腰からフレキシブルソードを抜き放つ。
「仄香!バックアップをお願い!」
「ええ!術式束、167,973を発動!続けて術式束、923,521を範囲で発動!」
仄香が術式束を発動する。
おそらくは思考加速と身体強化、高機動あたりか。
さらに防御障壁を私にかけてくれる。
「----(空気圧縮、解放)!命の泉よ、あまねく溢れよ!傷を癒し、血を満たせ!されど、我が声に従い、限りを超えて芽吹け!生の鎖を、食らい尽くすまで!」
速攻でカタを!
ガドガン先生から受け継いだ高速詠唱による圧縮空気で吹き飛ばし、そのまま暴走回復治癒魔法を叩きつけようとした瞬間、ジェーン・ドゥ擬きが慌てたかのように声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと待って!私たちは敵じゃない、敵じゃないから!そんなの喰らったらせっかくの身体が壊れちゃう!」
敵じゃない?!でも、その恰好で!?
・・・あれ?この子、魔力回路が・・・ない!?
「琴音さん!彼女、魔法使いでは・・・いえ、魔術師でもないようです。ですが・・・これは・・・いったい・・・?」
「ふ、ふぅうぅ・・・し、死ぬかと思った。いや、実際にはとうの昔に死んでるんだけど・・・。と、とにかく、人に見られる前に上がらせてもらえると助かるんだけど・・・ほら、危険なものは持ってないし、魔法も魔術も使えないから。」
私は発動寸前の魔法を散らしながら、その子の顔を眺める。
見れば見るほどジェーン・ドゥにそっくりだ。
いや、左右完全に反対だけど。
「どう見ても怪しいけど。で、あなた、誰?」
「私たちはアストリッド。またはミレーナ。あるいは、そのコピー。好きな名前で呼んで。千弦さんとリリスさんに頼まれて、この身体を届けに来たの。ええと・・・どっちが魔女さん?」
・・・アストリッド?ミレーナ?どこかでその名前は聞いたような覚えが・・・?
「まさか、そんな・・・でも、どうして・・・。」
いまいちピンとこない私と違って、仄香がほんの少しだけ青褪めた顔で彼女の顔を見ている。
「私たちのお願いは一つ。この身体を魔女さんにあげるから、ママの身体を開放して。そして、魔女さんが持っているバイオレットの左眼と一緒に、埋葬してほしいの。千弦さんのとりなしで法理精霊の力を借りて一時的によみがえっただけだから、時間がないわ。今すぐ返事をしてほしい。」
「姉さんのとりなし!?姉さんは、生きてるの!?どこにいるの!今すぐ会わせて!」
姉さんがいる!
どこかに、いや、すぐ近くに!?
会いたい!
会って、いっぱい話して、それから!
「ええと・・・理君の誕生日の前日には戻るって言ってたわ。最後の調整をしてるとか・・・。それと、琴音さんと仄香さんにもお土産があるって言ってたんだけど・・・そのお土産と私たちの身体がちょっとカブって・・・だから無理を言って先にしてもらったんだけど・・・。」
ええと、理君の誕生日って・・・11月23日だから・・・来週の日曜日?
土曜日には戻るってこと?
え?あと4日しかないじゃん!
「とにかく、中に入ってもらいましょう。琴音さん、それでいいですか?」
「あ、うん。でも・・・。」
引っかかるところはない。
というより、姉さんが戻ってくるなら、理君の誕生日プレゼントに用意したアレの代金を払わせなきゃ!
「あ、それと・・・千弦さんのふりをしているのは魔女さん?それとも琴音さん?」
「姉さんのふりをしているのは私だけど・・・どうして?」
「千弦さんからコレを預かってて。停止空間魔法をかけてあったから劣化もしていないし、傷もついていないと思うんだけど。理君から預かったままになってたんだって。」
彼女はそう言いながら、カバンの中から一丁の拳銃を取り出す。
それは、水色の握りやすそうなグリップに、無骨さと優美さを併せ持ったかのようなデザインで。
それは確かに、姉さんが彼に贈ったカイデックスとかいうプラスチック製のホルスターに収められていたはずの銃で。
スライドには、「CZ SHADOW2」と打刻されていた。
・・・・・・。
アストリッド、またはミレーナこと、ジェーン・ドゥ擬きをリビングに通し、彼女の話を聞く。
どうやら、その身体は姉さんが時間遡行の最後あたりでこっそりとハバロフスクまで行き、仄香・・・いや、当時の三好美代の身体を失った直後の彼女が双子の身体を復元する直前に部品を回収し、誰かの力を借りて修復、そして最近まで保管していたらしい。
「何をやってるのよ、姉さんたら・・・。そんなにジェーン・ドゥの身体が気に入ってたの?」
呆れかえる私をよそに、エレオノールの姿に戻った仄香と彼女の話は進んでいく。
「うわぁ・・・ママの身体だ・・・本当に生きてるの?」
「ええ。一度はアンデッドになっていましたが、しっかりと蘇生してあります。本当にこのまま埋葬してしまってよろしいのですか?それは・・・すなわち殺すことと同義なのですが?」
「あ・・・うん。今の私たちもそうなんだけど、一度あちら側に魂が順応すると、本当はもう出てこれないのよ。だから、ママも私たちも、もう死んでるの。今、話ができるのは奇跡みたいなものなの。・・・そろそろ、限界みたいね。じゃあ、私たちはあちらに戻るわ。この身体をよろしくね。それと、ママのことも。新品だし、千弦さんがいろいろ手を加えてるから、百年くらいは持つと思うわ。じゃ・・・。」
「あ、埋葬場所はどこに?」
「ハバロフスクのディアモ公園近く。きれいな花が咲く丘が・・・その、一番大きな・・・木の・・・近くに。おねがい・・・。」
彼女は仄香の問いに答え、目を閉じると、まるで糸が切れた操り人形のようにソファーから崩れ落ちる。
「・・・逝ってしまいましたね。ならば、彼女たちの遺志の通りにしましょう。」
仄香はソファーに深く腰を沈め、ゆっくりと目を閉じ、呼吸を止める。
そして再び目を開いた時は・・・。
ジェーン・ドゥの、三つ目の身体だった。
・・・・・・。
仄香が新しい身体を手に入れた後、リリスさんを呼び、エレオノールさんの身体を回収していった。
リリスさんは以前、誰かに召喚されていた時に姉さんに会っていたみたいだけど、前の召喚主のことを話してはいけないというルールにも影響する話らしいので一切聞き出すことはできなかった。
「埋葬は、今夜私たちだけで行います。・・・人間を一人、殺して灰にして埋めるところは誰にも見せたくありませんし。それにしても・・・この身体、まるで新品のような・・・。」
「うーん。まあ、目の色が左右反対なのが気になるけど・・・それって誤魔化せないの?」
「それくらいなら常時発動型の術式でどうにでもなります。おかげ様で遥香さんに迷惑をかけずに魔女として活動ができますね。千弦さんには世話になりっぱなしです。」
「姉さんが?仄香の世話を?う~ん?何かしてたっけ?」
「ふふふっ。それは千弦さんが帰ってきたときのお楽しみですね。あと少し。また会えるなんて思わなかったから、とても楽しみです。」
心の底から嬉しそうに笑う仄香を見て、私は思わず姉さんに嫉妬してしまった。
でも同時に、心の底から姉さんの妹であることがうれしくなったよ。




