316 ある陰陽師の最期
強制自白魔法を使い、自称「弥栄幸護」とかいう男の頭の中をかき混ぜる。
後でいろいろ確認したいことがあるので、なるべく命に係わるケガなどをさせるつもりもないし、セヴェリヌスから習った魔族用の回復治癒魔法だってどの程度効果があるのか分からない以上は、いらぬ損傷は控えておいたほうがいいだろう。
人権は認めないけど。
「・・・あ、そうだ。念のためアレも試そうと思ってたんだっけ。いきなりエリシエルの子孫に使うのは怖かったからちょうどいいや。」
魔族の男性が、魔族だけでなく他種族も含めた女性と性行為を行った際、相手の女性の子宮に魔石保護の内膜を形成させることにより、相手の女性が他の種族の男性との間に子供を作ることを防ごうとするアレをなんとかせねばと思ってたんだよね。
ええと、生殖器周りに何かあるのか?
それとも魔石のほうか?
セヴェリヌスの時は忘れて普通に埋葬しちゃったから今回は・・・。
「千弦さん。まだ敵地ですよ。」
「あ、ごめんごめん。ってか、きれいに片付いたねぇ・・・。人間は全員気絶させただけ?」
私はそこらへんに転がっていた刀を拾い、立体造形術式で変形させて手錠を作り、自称「弥栄なんとか」を拘束する。
・・・ん?
立体造形術式って・・・手錠突破にも使えるね?
「はい。それで、式神使いなんですが・・・。犬飼健。見つけたか?」
「はいよ。・・・ここから南南東、およそ九里のところにある大きな仏像の前で複数人が祈祷を行っているようです。少し、距離がありますね。」
「こんだけ距離があると逃げられちまうんじゃねぇか?」
犬飼健さんの言葉に楽々森彦さんが悔しげに言う。
ま、逃げられるだろうな。
普通なら。
九里・・・36kmくらいか。
南南西・・・奈良、おそらくは平城京の・・・東大寺か。
そういえば・・・・東大寺の境内ってこの時代から現代にいたるまでほとんど変わってないよね?
ということは、長距離跳躍魔法か定点間高速飛翔術式で行けるんじゃない?
ええと、何かあった時に備えて一番身軽そうなのは、と。
「・・・楽々森彦さん。先に東大寺に行って、コレ、設置してきてくれないかしら?」
「ん?東大寺?別に構わねぇが・・・俺だけが特別に足が速いわけじゃねぇよ?それに斥候をさせるなら・・・。」
首をかしげる彼に、私は懐から出した定点間高速飛翔術式の目的地マーカーを手渡す。
これがあれば、一度も行ったことがない場所でも安全に移動できるのだけど・・・。
「大丈夫、大丈夫。はい、ここに立って。いくよ!勇壮たる風よ。汝が御手により彼の者を在るべき処に送り給え!GO!GO!」
「ちょ、待て、う、うわぁぁぁぁ?!」
私が詠唱を終えるとほぼ同時に、楽々森彦さんがまるで電磁カタパルトではじき出されたかのような勢いで南の空に消えていく。
ごめんね、楽々森彦さん。
あなたの犠牲は無駄にはしない。
「・・・千弦さん?いや、楽々森彦があれくらいで死ぬわけはないんですけど・・・思い切ったことをしますね?」
南の空に指をさす私と、絶叫しながら飛んでいく楽々森彦さんを交互に見ながら、吉備津彦さんたちはため息をついてあきれていたよ。
あ、「弥栄なんとか」は停止空間魔法をかけて向陵稲荷の蛍たちのところに送っておこう。
・・・・・・。
ほんの10秒もしないうちに念話で怒りの声が届き、楽々森彦さんが無事に東大寺の前に着地したことを知った私たちは、すぐさま定点間高速飛翔術式を使って移動する。
「・・・千弦さん。次回からこう言ったことはやる前に一言お願いします。っていうか、豊玉臣に言いつけてくれれば、長距離斥候は可能だったんですけどね。」
チクリ、と吉備津彦さんに言われてしまった。
後で知ったのだが、豊玉臣さんは中距離、と言っても100kmくらいであれば一飛びで偵察ができるような能力があるらしい。
どちらかといえばいつも助っ人感覚でしかなくて、眷属を「使役する」という感覚がなかったから、事前に彼らの特性を調べなかった私が悪いんだよね。
「ごめんごめん、次回から気を付けるよ。あ~あ。楽々森彦さん、怒ってるだろうなぁ・・・。」
「まあ、僕がうまいこと言っておきます。バナナでもあればすぐに機嫌を直すんですけどね。」
吉備津彦さんの言葉に耳がぴくっとする。
そういえばバナナ、食べてなかったっけな。
今回のことがすんだら南の島にフライングオールで飛んでいこうかな。
ラジエルの偽書ならバナナの原産地くらい載ってるだろうし。
なんてことを考えているうちに、私たちは東大寺に北あたりに着地する。
そしてやはり、カンカンに怒った楽々森彦さんにベシベシと叩かれてしまったよ。
何とか謝り倒して落ち着いた後、私たちはいったん東大寺大仏殿の影に潜み、周囲の様子を探る。
「・・・気づかれていないようです。まさか式神使いどもは自分の場所が知れているとは夢にも思いませんでしょうな。」
「ああ。そもそもこの時代にあの速度で空を飛ぶものがあってたまるかよ。早馬で平坦な土地を行っても二刻、舗装されていないこの時代なら丸一昼夜だ。」
気を取り直した楽々森彦さんが在来馬の絵をかいて説明してくれる。
随分と小さな馬だな?
っていうか絵、上手いな!?
「それに最初に着地したのが身が軽い楽々森彦で、後から我々が来るときに使ったのが定点間高速飛翔術式というのがよかったですな。コレは着地の音が静かですから。」
うん、まあ、対地速度が遅いからね。
制動はかけやすいんだよ。
吉備津彦さん、楽々森彦さん、豊玉臣さんと話していると、犬飼健さんが顔をひょいと地面に近づける。
・・・ほんと、犬みたいだな?
「このにおい。かなり強力な式神使いです。それと・・・魔族?それも・・・女?それから・・・屍霊術・・・いや、死霊術か!?」
うん?まあ、やばい相手だとは思ったよ?
でもねぇ・・・。
今回はこちらが完全に先手を取ってるんだよ。
しかも、このメンバーで。
「犬飼健さん。その相手はあそこにいる。間違いない?」
「え・・・ああ、間違いないです。誤差があるとしたら数メートルでしょう。どうするつもりです?」
当然、不意を打つ。
この前のように遠隔視を使って気配を悟らせることはしない。
「各自、戦闘用意。」
「応よ。・・・今度はいきなりぶっ飛ばしたりするなよ?」
楽々森彦さんがツッコミを入れなが二振りの片刃の剣を引き抜く。
私は軽くうなずき、詠唱を始める。
「・・・タルタロスの深淵に在りしニュクスの息子よ!安らかな夜帷の王よ!汝が腕で彼の者を深き眠りに誘い給え・・・。」
まずは強制睡眠魔法。
・・・複数人の睡眠と少数による抗魔力での抵抗を確認。
と、いうことは・・・次はこれか。
「万界の舞台で踊る光と闇よ。神話奇譚の演じ手よ! 我は幻想の台本を閉じ幕間を告げる者なり! 今ひと時、漆黒の緞帳を降ろさん!」
これは新開発の魔法・・・神聖魔法や黒魔法と言った、精神世界に結像した存在からの力を完全に遮断する魔法だ。
二度とあのクソ女神・・ナギル・チヅラ擬きを召喚されることがないように開発したのだが、ちょっと構成に問題があったみたいで・・・事前に呼子鳥で実験して、召喚された眷属には影響がないことはわかってしまっているんだけどさ。
・・・聖釘どころか破魔のランタンも効かないし、これも効かないとか・・・眷属ってすごいわね!?
味方のうちはいいけれど、敵に回したら地獄だわ。
なんてことを考える暇もなく、詠唱が終わるや否や、高く掲げた私の右手から鈍色の緞帳が広がっていく。
・・・これは・・・思いのほか魔力の消費が激しいな。
AMC-4を使っているからいいようなものの、生身では絶対に使えない魔法だ。
風が止まり、先ほどまで鳴いていた鳥のさえずりが消える。
流れていた雲すらも止まり、日の光を覆い隠す。
まるで自分の吐息だけが、あるいは心臓の音だけが聞こえるような静寂があたりを包み込む。
・・・今、私の力が及ぶところは、神も仏も悪魔も、その一切の手が及ばぬ異界と化し、目に見えぬ不気味な口を開いていた。
「千弦さん。いつでも行けます!」
静寂を切り裂き、吉備津彦さんたちが刀の鯉口を切り、あるいは弓に矢をつがえる。
それを合図に、私たちは東大寺北西にある、どこか見覚えがある建物の中に駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
安倍 泰成
およそ半刻前
東大寺北西 正倉院正倉
襲撃を見越して陰陽寮には十分に布石を打ち、並大抵の方術士や陰陽師、あるいは妖魅の類いでさえも抑えきれる布陣を敷いていた。
常備している兵を周囲に朝夕の二直で立たせ、馬防柵を張り巡らし、四方の社で護摩を焚かせ、複数の結界を張り巡らした。
辻には術数術策を駆使した遁甲式を敷き、辺りに妖の式をばらまいた。
だというのに!
あの少女の姿をした小鬼は、いきなり空から降ってきおった。
おかげですべての結界、遁甲式が無駄になってしまった。
それだけではない。
弥栄殿の渾身の幻術によりその身体の自由を奪えたというのに、小鬼を取り巻く4体の鎧武者の強さときたら・・・!
矢を射かけようがすべて切り払われ、術をかけようがすべて振り払われ、しまいには平の一門から借りてきた武者たちまでもが撫で切りにされてしまった。
「あの人間離れした動き・・・まさか式神か?いや、鬼神でも使役しているのか。まあ良い。京の都に詰めていた者どもには悪いが、われらは式神を身代わりにしておいたからな。」
「しかりしかり。あの小鬼がどれほど強かろうが、我らが南都にいる限り、我らの影も見えまいよ。・・・古来、式神使いその人をその目に捉えて倒せたものなどおらぬからのう。」
ともに式神を放っていた数人の陰陽師たちが笑いながら冷えた渋茶をすする。
確かにあの4体の鎧武者の強さはすさまじかった。
我らの式神がどのようにして倒されたのかすら分からなかった。
それに、あの少女の小鬼が使う妖術ときたら、理屈どころか何があったのかすらわからない。
はっきり言って怖気が止まらない。
だが、あれはしょせん力押しだ。
古来より練り上げた陰陽の技が、過分な力を振るう小鬼などに負けるはずもない。
なにより、我らがここにいることは何があっても分かるまい。
「む・・・。アルトゥール・・・弥栄の力が途絶えたか。やはり、まだまだ青二才ということだな。」
弥栄殿が連れてきた大柄な女がぬっと顔を出す。
彼の態度からすると、姉か、あるいは本家筋の女か。
とにかく、かなり位が高い女らしい。
それに、驚くほどの霊力を秘めている。
「摩利殿。弥栄殿の力が途絶えた、とは?」
「おそらく殺されたか、あるいは魂を抜かれて拐わかされたか。どちらにせよ、五体満足ではおるまい。さて、わらわはこの辺りで手を引かせてもらおうか。どうも、魔女よりも厄介な女がおるようだしのう。」
そういいつつ、摩利殿は立ち上がる。
どうも、この女の顔が気になる。
まるで倉井殿と同じように彫が深く、それでいて目を離せばその顔を覚えていられないという、不可思議な面相で・・・。
「待たれよ、摩利殿。弥栄殿の幻術が破られた?そのようなことが果たして可能なのか?」
誰かがそう、疑問を口にする。
だが、摩利殿はそれに答えることもなく、ただ一言、憎々しげにつぶやく。
「あの女・・・黒髪の悪魔さえおらねば、われらは魔女にも魔女の子孫にも、集中できようものを・・・だが、伯母上の仇。もとより、ただですませる気など微塵もない。」
やがて摩利殿の姿が掻き消えていく。
文字通り、背景に溶けるように。
「式神だったのか!?そのような気配、微塵もなかったぞ!?」
誰かがそう、叫び声をあげる。
だが、次の言葉は続かず、ドサリ、ドサリと人が崩れ落ちる音が響く。
「これは・・・!妖術で眠らされているのか!オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!大日如来よ!我らを妖の術から守り給え!急々如律令!」
飛びかけた意識を気合でつなぎ留めながら、何度も唱え、身に染み込ませた真言を詠む。
光輪の如き光で辺りは照らされ、眠りに落ちていたものが腰や頭をさすりながら起き上がる。
これほどの眠りの術を操るとは、いったい何者か。
あの小鬼には、他に配下の鬼がいたということか!?
いや、そもそも、なぜ我らがここにいることを知っている?
今上にすら知られぬよう、細心の注意を払って正倉に集ったというのに!
だが、驚きはそれだけでは済まなかった。
突然、あたりが暗くなる。
真昼だというのに、まるで初虧(日食)が起きたかのように周囲は暗くなり、それまで聞こえていた小鳥のさえずりも木の葉の擦れる音も、一切の色調も消えていく。
「これは!日の禍か!ノウマク サンマンダ バザラダン センダマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!不動明王よ!我に仇為す障害を取り払いたまえ!急々如律令!」
「我らをなめるな!オン ベイシラ マンダヤ ソワカ!毘沙門天よ!我らに及ぶ災厄を取り払いたまえ!急々如律令!」
不動明王慈救呪に毘沙門天救世真言!
陰陽博士の二人がかりの破邪の法ならば、いかな災厄もモノではない!
だが、そんな思いも空しく・・・。
「・・・なんだ!?なぜ、真言が・・・力を持たぬ!?いや、神仏に声が届かぬような・・・!」
「・・・!馬鹿な!そのようなこと、あろうはずが!まさか幻術?いや、ならば光明真言で祓えるはず!」
渾身の霊力を込めて印を切りながら、おそれの声を上げる我らをあざ笑うかの如く。
やがて正倉の門が崩れ落ちる音が響く。
目をやれば、真一文字に切り落とされた門。
大太刀を振りぬいた若武者、そして3人の鎧武者。
そしてその中央に控えるのは・・・式神越しに見た、あの少女の姿をした小鬼だった。
「ハロー。陰陽師のみなさん。はるばる会いに来てあげたわよ。さて・・・。ご挨拶はこれくらいで。魔法抜き、術式と体術、そしてこの剣のみで・・・相手をしてあげるわ。」
身体にピタリと合った、緑色の上着、そして黒い下衣を身に着けたソレは、音もなく黄金色の小剣を抜き放った。
◇ ◇ ◇
戦いは音もなく始まった。
鎧武者たちが滑るように入り込む。
一瞬のうちに二人の陰陽師が殴り倒され、あるいは吹き飛ばされた。
「馬鹿な!お前たちは先刻まで京の陰陽寮にいたはずだ!まさか、お前たちも式神を!?」
「なめるな!我らは貴様ら如き卑怯者とは違う!このお方の力で空を駆け、この地に舞い降りたのだ!」
斧とも槍とも違う長柄を振り回し、柱をへし折りながら迫る武者が、床ごと陰陽師を叩きのめす。
「てめぇらみたいな阿保が何も考えずポンポンと鬼をつくってやがるんだよ!ちったあ人様の世を乱さないことくらい考えろ!」
猿の如き素早さで小男が迫り、九字を切ろうと印を組んだ陰陽師の手を切り落とし、あるいは呪符を取り出した陰陽師の足を切り払う。
「はい、逃げないでねー。あたると痛いじゃすまないから、大人しくしてほしいんだけどな。」
緊張感のかけらもない少年が、身の丈ほどもある強弓から放つ鋼矢が骨を砕き、躍り出た武者や随身を床や壁に縫いとめていく。
「・・・もはやこれまでか。だが、小娘風情が術抜きとは慢心したか。我とて帝に使える身。太刀の心得くらい・・・!」
備えの太刀を抜き、小鬼に斬りかかる。
だが、黄金色の剣閃が光り、刃同士がぶつかった瞬間。
キンっ、と甲高い音がして太刀が軽くなる。
見れば、帝から拝領した太刀が半ばから無くなり・・・!
折られた?いや、斬られたのか!?
まさか、この腕に振動すら感じなかったぞ!?
「ふん。やっすい刀ね。鉄が悪いんじゃない?それか、鉛でも混ぜた?」
「鉄と鉛は合金にはなりませんって。・・・で、我々は見ているだけでよろしいので?」
いつしか立っているのは俺と女の小鬼、そしてその取り巻きの武者のみとなった。
「ええ。こいつは私じゃなくて彼女の獲物だけどね。でもまあ、代わりに倒しても怒らないでしょう?私たちの仲なら。」
何を言っているのかは知らないが、安い太刀だと!?悪い鋼だと!?
三条小鍛冶宗近の名刀ぞ!?
それを、折るではなく、斬った、だと!?
「・・・小娘。それで勝ったつもりか?どのような方術で我らの力を奪ったのかは知らぬ。だがその随身、そしてその剣・・・『あんさらぁ』、だったか。すべておぬしの力ではなかろう。」
足元にある、他の者が取り落とした太刀を拾い、再び構えながら挑発する。
とにかく、なんでもいい。
この小鬼のことを少しでも話させないと。
術か、剣か。
師匠か、刀匠が分かれば、何とか呪術に持っていくことが・・・!
「・・・なるほど。呪術に持っていくつもりね。悪いけど、お話にならないわ。貴方はきっと自分のことをこの国で最高、おそらくは・・・安倍晴明の才覚を引き継ぐ史上最強の陰陽師とでも思ってるんでしょうけどね。」
その小鬼は目をスイっと細めた後、愉快そうな声を上げて笑い出す。
「何がおかしい!お前が一廉の者であるというならば名をもって勝負しろ!この・・・!」
名さえわかれば、まだ縛ることが!
「卑怯者め、と言いたいのかしら。く、くくく。あははは。ははははは!出来損ないの式神で身を隠し、どこで拾ったのかわからない鏡を使い、小さな子供たちがいる母親を狐と断じ、国のためと詭弁を尽くしてその娘を襲う。まやかしの神仏の力を我が権能のように振るい、あまつさえ、妖魅を用いて関係ない人間まで巻き込み・・・。」
こ、こいつ、何を・・・。
「それは、卑怯者というより、外道。そして、臆病者。・・・あの世で野村〇斎に詫びてこい。」
ブブ、と蚊か蠅が羽ばたくかのような音をまとい、黄金色の剣閃がきらめく。
キン、とあの音が聞こえ、次の瞬間、天地が逆さになる。
声が出ない。
霊力を練り上げることもできない。
だが、貴様の顔は覚えた。
決して忘れぬ。
赤い何かが見える。
そして、自分の身体も。
やがて、頭に何かが当たり、すべてが闇に包まれた。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
歴史に名前を残しているはずの陰陽師の一人の首を切り落としたにもかかわらず、私の心にはさざ波の一つもたっていなかった。
「さて。外道で臆病者は切り殺したし、あとあと呪われてはたまらないから、専門家を呼ぶことにしましょうかね。」
「専門家?人間の怨霊をどうにかできる人なんていましたっけ?」
「ん?まあ、人ではないんだけどね。」
吉備津彦さんの言葉に軽くウインクを送りながら、私は心の中で自称友人の名前を呼ぶ。
《オルテア。お願いがあるんだけど。頼まれてくれない?たぶん、あなたの権能が及ぶところだと思うから。》
【お・・・さっそくのお願いだね。うんうん。分かってるじゃないか。まさしくそれは僕の権能だ。というより、僕の本来の役目だね。】
《本来の役目?怨霊をどうにかしてほしいのは私の勝手なお願いなんだけど?》
【そもそも、死んでこちら側に来た人間が、自分の判断だけでそちら側に関与することが禁忌なのさ。というより、単に僕にとって都合が悪い。だから、そちら側からの働き掛けがある場合を除いては、基本的に取り締まらせてもらっているよ。】
現世からの働き掛けがある場合を除き、か。
つまり、私が生きている限りにおいては働き掛けはできるということか。
こちら側からの働き掛けを禁止することができないのはなぜだろう?
屍霊術のようなものを防げないことと何か関連があるのだろうか。
《とにかく、今・・・あ、いや、私がこれまでに殺した相手から呪われるのは、まっぴらごめんなのよ。私だけじゃなく、仄香や紫雨君、それから遥香や咲間さん、その他、親戚や友人にも影響が出ないようにしてほしいわ。》
【範囲が大きいね。ま、お安い御用だ。・・・・よし、捉えた。ふむ。ずいぶんと質が悪い男だね?こいつは。だが今後、君と君の周りには死者の呪いは届かない。ふふふっ。これからも安心して殺したまえよ。】
まったく、人聞きの悪いことを・・・。
と、いうより、オルテアにとっては人間の命も虫の命も同じなんだろうな。
《ま、お礼だけは言わなくちゃね。ありがと。感謝してるわ。》
【ああ。また困ったことがあったら言ってくれ。いつでも相談に乗るよ。】
プツっという感覚とともに、彼との会話が終了した気配がする。
「・・・千弦さん。いつの間に法理精霊と知り合ったんですか・・・?」
吉備津彦さんが目を丸くしている。
ほかの三人もだ。
「ああ、ずいぶんと長くコールドスリープしてたからね。肉体と魂が離れている時間が長すぎたからか、向こうから声をかけてきたのよ。レギウム・ノクティスの末期だったから・・・今から900年くらい前かしらね。」
そういえば「あちら側」は精神世界とは違うって言ってたけど、オルテアの力を使った魔法ってどういうものなんだろう?
ま、機会があれば考えてみましょう。
・・・・・・。
私たちは生き残った陰陽師や警備の武士たちを一か所に集め、尋問を始める。
いや、尋問とは名ばかりで、強制自白魔法を使って無理やり知っていることを吐かせていくだけだから、本当に楽なものだ。
「うーん。以外に大したことがないわね。何のことはない、ただの権力争いに巻き込まれただけじゃないの。」
ただの色と出世欲に狂った愚かな男たちの話。
鳥羽上皇はカッコいいところを見せようと、一度は即位させた実の息子である崇徳上皇を押しのけて近衛天皇を即位させた。
仄香がそんなことを望むはずもないのに。
やがて身体が衰え始めると、色ボケどころではなくなったか、その不調をオカルトのせいにしたあげく、陰陽師のようなエセ科学に騙され、手っ取り早く敵を作って済ませようとした。
そんな折に忍び込んできた、崇徳上皇や白河法皇の取り巻きの残党に騙されて、一番自分を大事にしてくれていたはずの女を裏切った。
これを機に、力を示したい陰陽師たち。
朝廷に貸しを作り、実権をもぎ取りたい武士たち。
・・・そして、何の巡りあわせか魔女に出会ってしまった魔族たち。
もう、ぐちゃぐちゃだよ。
「とにかく、これで大体のことはわかったわ。この場にいるクソ馬鹿ドブカス男どもには、もうひと働きしてもらいましょう。仄香とその子供たちのためにね。」
早速、洗脳魔法の準備に入る。
当然、詠唱なんてさっぱり分からないからすべてラジエルの偽書任せだ。
「・・・もうひと働き?根切りではなく?」
楽々森彦さんが不思議そうに聞いてくるけど、さすがに全員殺したら収拾がつかなくなるんじゃないの?
「仄香・・・この時代の魔女がまだ追われているわ。だから、一芝居打つのよ。無事、どこかで討伐しました、ってね。仄香のことだからこの芝居に乗ってくれると思うけど・・・困ったわね?『クロ』はもう死んでる扱いなのよね。」
「うーん・・・。誰か共通の知り合いとかいませんかね?」
無茶なことを・・・。
そもそも、私自体がこの時代の異物だってのに、共通どころか知り合いなんているわけないじゃない。
私の知り合いと言ったら、蛍とか雪菜とか、あとは桜と紅葉、それから鰹節を売ってる業者のおっちゃんくらいだよ。
「とにかく、二号さんを呼んで、安倍泰成に化けてもらおう。首も身体もきれいに残してあるし、何とかなるでしょう。」
いや、ほんと、二号さんに感謝だよ。




