315 幻惑結界・悪夢を映す霧
本業多忙の為、来週からは水曜日のみの更新になります。(今週は火曜日と木曜日の更新です。)
よろしくお願いします。
南雲 千弦
ついに現代が見えてきた。
琴音とも話ができたし、その翌日には遥香とも話ができた。
これで理君の声が聞けたらなんて幸せなんだろうと思いながらも、私は現実に引き戻される。
「千弦サン。犬飼健と楽々森彦、豊玉臣の召喚が成功しマシタ。早速京都に行きマスカ?」
二号さんと吉備津彦さん、そして犬、サル、キジにあたるお供の人たち。
吉備津彦さんが仄香からもらってきてくれた召喚符で、早速その全員を喚び出させてもらったけど、そうそうたるメンバーだな?
「さて・・・敵は陰陽師と伺っておりますが、式神・・・ですね?」
犬飼健さんが数百キロはありそうな斧槍を担ぎながら、犬歯をむき出しにして笑っている。
「式神・・・ね。式鬼、または式鬼神ともいう・・・ま、要するに鬼だな。どの程度使いこなせているのかは知らないが、気持ちのいいもんじゃねぇな。」
「そうだね。式鬼はつまるところ、召喚術の一種。神楽や祈祷で降ろすのは和御霊の直霊、そして式鬼術は荒御魂の神霊、いわゆる『荒ぶる神』や『妖怪変化』の類いである悪霊を呼び出し、使役するものだ。・・・丑の刻参りと大差ない。」
楽々森彦さんと豊玉臣さんが続けて言う。
「式神がどういったものかはわからないけど、安倍泰成の存在は仄香の妨げになることは間違いない。特に、白面の狐とかいう濡れ衣を着せたことだけは許せない。・・・お待たせ。準備できたわ。それから二号さん。留守をお願い。」
私はAMC-4を起動し、装備を付けて境内で待つみんなに合流する。
念のためではあるけど、今回は半自動詠唱機構は装備せず、抗魔力増幅機構の増強版を装備しておく。
これ、魔力貯蔵装置外付けタイプだから今まで使わなかったのよね。
念のため念話のイヤーカフも付けていこう。
念話に使えなくても魔力タンク代わりにはなるし。
「ハイ。ご武運をお祈りシテイマス。留守中はお任せヲ。」
私の姿をした二号さんに軽く手を振り、私は長距離跳躍魔法の詠唱にかかる。
「よし、行くよ・・・勇壮たる風よ!汝が翼を今ひと時、我に貸し与えたまえ!」
ドン、と強い加速の後、落下するかのような浮遊感が始まる。
およそ380kmの道のりを、私たちは音よりもはるかに速く駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇
ふわり、と陰陽寮の前に降り立つ。
あまりにも早い時間であるせいなのか、町の中は静まり返り、道行く人もいなければ物音ひとつしない。
「静かすぎる・・・それに、朝霧?張り付くような感じで嫌ね・・・。」
それに、何かおかしい。
以前来たときは、それなりの魔力を感じたはずなのに、なぜか全く魔力を感じない。
「・・・吉備津彦さん。犬飼健さん。周囲の警戒を・・・吉備津彦さん?」
・・・?
おかしいな?同じ場所に降りたはずなのに。
近くにいないということは・・・離れたところに着地しちゃったのかしら?
警戒しながら、目の前に白く見える建物に向かって一歩足を踏み出す。
「んっ!?・・・なに、これ・・・。」
足元に違和感を感じる。
砂利でもない、土でもない。ましてや、草むらでもない。
硬質で、平らで、そして歩きやすい感覚。
思わず目線を落としたところにあった地面は・・・。
アスファルトで舗装された、歩道。
「ンなバカな!?霧が・・・晴れる?」
震える手でフライングオールを引き寄せ、MASADA ACRを構える。
ゆっくりと霧が晴れ、私の目の前に現れたのは・・・。
5年半の間、通い続けた我が母校。
私立開明高校の正門だった。
・・・・・・。
慌てて飛びのき、校門の裏に身を隠す。
コンクリート製の校門横の壁に触ってみる。
間違いない。
たしかにここにある。
それに・・・「開明学園」とある銘板のさび具合も、私が時間遡行に巻き込まれる前の状態と全く同じだ。
「これは・・・幻?それ系の魔法を、誰かにかけられている?」
いや、琴音から幻惑系の魔法について聞いたとき、「術者が知らない景色を相手に見せることはできない」って言ってなかったっけか?
私は銃を構えたまま、校内に入っていく。
ちらほらと生徒たちの姿が見え始め、こちらを見てヒソヒソと何かを言っているようだが、気にしない。
どうせ私は不思議少女呼ばわりされていたし、戦技研に入っていることも知られている。
毎朝必ず買う自動販売機の前を通りすぎる。
ポケットの中には現代の貨幣など入っていない。
あれば買ってみるのだけど、それは幻惑の中でも機械が動くかどうかの確認くらいで、こういう状況では飲むバカはいないだろう。
校舎外壁にかけられた時計で時間を確認し、まっすぐ部室棟に向かう。
この時間なら、時岡君と近衛君、そして菊池君と高橋君のうちの誰かは必ずいるはずだ。
部室の扉を開けると、そこには近衛君と西園寺さん・・・近衛明彦と西園寺公子の二人が朝マックを食べているところだった。
「よお。こんなに早い時間にどうした。もしかして部室の3Dプリンターでも使うのか?」
「千弦の格好を見てみなよ。朝練がてら装備を担いで走ってきたんでしょう?・・・それにしても変な装備ね?もしかしてPMC装備?」
この二人は私の知っている通りの話し方をする。
目線の動き、口角の上げ方、言葉の抑揚。
一切異常はないように見える。
ならば・・・。
私は銃を下ろし、西園寺さんのほうにつかつかと歩み寄る。
当然、リングシールドは全力展開したままだ。
「公子ちゃん。ちょっとごめん。後ろにあるものを取りたいから明彦の方に寄ってくれる?」
「うん、いいよ。・・・明彦、ちょっとそっちに寄って。」
二人が立ち上がり、私から見てほぼ直線に並んだ瞬間、私は小声で詠唱する。
「天空にありしアグニの瞳、天上から我らの営みを見守りしミトラに伏して願い奉る。日輪の馬車を駆り、彼の者の真実を暴き給え。」
もしこれが幻惑なら、術者が知らないはずの景色を私に見せることはできない。
だが、何らかの方法で「私が知っていることを抽出して幻惑を展開できる」としたら?
つまり、この世界が私の願望で展開されているものだとしたら?
ならば、私が知らないことを聞いて、それに矛盾がなければ現実。
矛盾があれば幻。
わかりやい解決策のはずだ。
だが・・・。
明彦のふところで軽い抵抗があった後、強制自白魔法はしっかりと二人にかかり、私の知らないことをペラペラと話し始める。
・・・さっきの抵抗は、明彦とのお見合いの時と同じ直霊の言霊の護符か?
それに・・・二人で行った鶯谷のホテルの話なんかどうでもいいのよ。
ってか、今年の戦技研の合宿に来ないから何をやっていたかと思えば、二人そろって温泉旅行に行ってたとか・・・。
おい、やめろって。
友達のアブノーマルなプレイ内容なんて聞きたくないよ!
慌てて私は解呪し、二人の状態を元に戻す。
「ん?今、少しクラっとしたような・・・?」
「え?明彦も?もしかして酸素、足りてない?」
首をかしげる二人に、私は適当なことを言っておく。
「・・・私が来る前に何かいかがわしいことでもしてたんでしょう?お邪魔したわね。続きをどうぞ。」
「お、おまえ、それは!」
「え、ええっ!もしかして、聞こえてたの!?」
慌てる二人を放置し、私は次の場所に向かうことにする。
二人は私の知らないことまで話した。
しかも、それに矛盾はない。
・・・これは・・・幻術ではないのか?
本当に、現代に戻されたのか?
だれが、いったいどうやって?
とにかく、異常事態であることは間違いない。
もし幻なら吉備津彦さんたちとも合流しなきゃならないし、そうでないなら理君の顔を一目でいいから見たい。
増え始めた生徒をかき分けながら、私は高校3年生のフロアに向けて走りだした。
・・・・・・。
3年2組の教室に飛び込むと、私の顔を見た生徒の数名が目を丸くした後、馬鹿にするかのように笑ってから目をそらす。
そりゃあね。
制服も着てないし、緑のジャケットに黒のズボン、MASADA ACRをぶら下げて腰にショートソードをぶら下げているような格好で教室に入ってきたらそんな反応もされるだろうさ。
それに、このクラスの半数とはそもそも普段から口をきいていないんだよね。
だからこいつらはどうでもいい。
理君がいないことを確認した後、同じ階の1組の教室に入り込む。
「あ。千弦っち。走り込み?朝から元気だねぇ。でもそろそろ片付けたら?せめて制服に着替えないと、三先生がうるさいよ~?」
「咲間さん・・・琴音と遥香は?まだ来てない?」
「え?一緒じゃなかったの?・・・おかしいな。じゃあ、あれは仄香さん?それとも・・・二号さん?」
その一言で琴音たちの構成を理解する。
少なくとも、咲間さんは琴音、私、遥香の三人がそろって登校しているのを見たということ、そして・・・「私」の役を仄香か二号さん、あるいは「誰か」がやっていること。
「どっちかなぁ?それと、理君がどこにいるか知ってる?」
適当に濁した私の言葉に咲間さんは一瞬言い淀み、すぐに不思議そうに聞いてくる。
「いや、千弦っちと一緒に登校したよね?あれ?おかしいな?千弦っち、いつ着替えたの?そんな時間、なかったよね?それに少し・・・幼いような?」
だめだ、咲間さんが警戒し始めた。
・・・ともあれ、理君が近くにいる。
それも、着替えてから移動することができない程度の距離に!
「咲間さん、ありがと!・・・銀砂の海原に揺蕩う者よ。幽明の澱みに浮かぶ影よ。我は祈念の言霊を以て汝が心魂と交わりを紡ぐものなり。その慈悲深き御手により、我を彼の者の住処へと導き給え。・・・いた!」
私は小声で尋ね人の魔法を発動し、1組の教室から走り出す。
・・・みつけた!手品部の部室?
なんでそんなところに?
「ちょっと!・・・姉さん!?なんでこんなところに!」
「千弦ちゃん!?」
すれ違いざまに何かを叫んでいる琴音と遥香を置き去りにして、私はその反応のあったところに向かう。
今の琴音は、間違いなく琴音のように見えた。
遥香は、あの感じなら仄香は入っていない。
と、なると、私の役をやっているのは仄香か二号さんか?
いや、二号さんは向陵の社で私の代わりをやっているはずで・・・。
まるで現代に戻ったようだけど、何か違和感がある。
やっぱり何かおかしい。
でも、足元から頭の先までのすべての感覚器官を疑っても、全力で魔力検知をおこなっても、これが幻惑だという解析結果が出ない。
それどころか、何もかもが現実であるかのような反応が・・・!
バン、と手品部の扉を開く。
そこには・・・。
セーラー服の前をはだけ、スカートをたくし上げ・・・。
その左足には見覚えのあるショーツがひっかけてあり。
そんなあられもない姿をした、私そっくりの誰かが。
嬌声をあげ、両足を広げ、腰を打ち付ける理君に、抱かれていた。
◇ ◇ ◇
《何やってるのよ!!仄香!確かに私は『理君に気持ちのいい夢でも見せてあげてくれれば』とは言ったけど!やっていいなんて一言も言ってないわよ!》
思わず念話で絶叫してしまう。
いや、私は興奮しているのか、視界がゆがみ、奥歯がカタカタと鳴っているせいで声らしい声を出すことができなかった。
信じていたのに!
他の誰が裏切ることがあっても、仄香や琴音だけは信じていたのに!
「えぇっ!?琴音さん!?どうして、いや、その恰好!まさか、こっちが琴音さん!?」
理君は慌てて腰を引き、前を隠しながらズボンのチャックを上げている。
・・・避妊すらしていない。
そもそも、こんな場所でヤルとか、何考えてるのよ!
「い、い、いったい・・・どういう、つもり、なの!」
声が震える。
息が思うようにできない。
そこは、私のいるべき場所だ。
絶対に、譲りたくない。
なのに、なんで、どうして!
「琴音?なんでそんな恰好なんてしてるのよ。それに・・・いきなり来て邪魔するなんてひどいじゃない。」
・・・な、なにを、言って、いるのよ・・・!?
琴音は、さっき教室で、いや、仄香は、私と琴音の区別がつくはずで、それに、この、魔力の質は、気配は・・・!
もう攻撃魔法をストックしてる!?
今からじゃ不意も打てない!?
「は、はな、離れて・・・そいつは、私じゃ、ない、理君、私が、本物の千弦、だから・・・。」
言葉がまとまらない。
でも、お願い、信じて。
「・・・あれ?でも君、琴音さんより少し幼いよね?中学生、くらいかな?ねえ、千弦。二三さん以外に同い年の親戚なんていたんだ?ヤバいところを見られちゃったなぁ・・・。」
お、理君、お願いだから、そんな赤い顔で恥ずかしそうにしないで。
「あら?琴音じゃないわね?もしかして二号さん?それとも、仄香の眷属?どちらにしても先生に知られたら停学か退学か・・・ねえ、あなた。お願いだから黙っていてくれない?さもないと・・・。」
ゆっくりとその女は私に近づいてくる。
セーラー服がはだけたまま、左手の・・・半自動詠唱機構に魔力を流し、さらには髪をかき上げ、左耳のピアスを見せつけながら。
・・・そうか、私の今の体はAMC-4だから、千弦にも琴音にも見えないんだ。
それに、その、半自動詠唱機構。
二葉お祖母ちゃんからもらった勲章のピアス。
さらには修学旅行の時に仄香から正式にもらった、大粒のスタールビーが輝く念話のイヤーカフまでつけている。
・・・術式は・・・ああ、くそ・・・本物だ。
私の、帰る場所が、ない。
そうか、私の旅の果ては、7000年の道の果ては、現代ではなく、並行世界に・・・つながって、いたのか。
《千弦!何があった!私が何をやった!?話が見えない!》
気付けば、私の念話をスクルドさんが経由してくれて・・・。
・・・ん?
スクルドさんが経由?
現代と過去ならいざ知らず、なんでわざわざ?
《仄香・・・今、どこにいるの?・・・誰と一緒?》
藁にもすがる思いで、仄香の声に応える。
《3年2組の教室だ!後ろには理殿が座っている!泣いているのか!?何があった!思念がぐちゃぐちゃだ!》
つまり、この世界は、そっちにつながっていない、と。
完全な並行世界、だと。
私は変えるべき現代に向かって歩いていなかった、のか。
頭が破裂しそうな事実に吐き気を覚え始めると、目の前に立つ私・・・モドキか本物か走らないけど、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
・・・まちがいない。こいつは私だ。
その証拠に、まったく油断していない。
伸ばした手は左手でリングシールドの防壁は展開済みだし、右手には何種類かの攻撃魔法が「実行」の一言で解き放たれる状態でストックされている。
「とにかく、ここはあなたがいていい学校じゃないから、自分の中学校へ帰りなさい。ほら、お姉さんの言うことを聞いて。」
なるほど、これが私、か。
敵に回すと最悪だ。
魔法だって発動寸前の不安定さがない。
まさか、ヤることヤッてる最中も油断してなかったのか!
そのはだけたセーラー服の前を合わせることもしない。
スカートをまくり上げ、ショーツも脱いでしまっているから、ヤバいところまで丸見えだ。
だというのに、それを隠すどころか気にもせず、腰を落として完全に戦闘態勢だ!?
《あと850年くらいなんだろう!?どうした、お前らしくもない!そっちで何があった!?くそっ!私は助けてもらうばかりで助けに行けないのか!》
・・・なぬ?
あと、何年っつった?
私は正面にいる私から目を離さず、かといって攻撃の意思を示すこともせず、ゆっくりと後ずさりする。
《ねえ、仄香・・・。私がいる時代って、そっちから分かるの?》
《ん?あ、ああ。ウルズの権能で大体の年代はわかるが・・・どうした。前回の念話から一週間もたっていないと思うが・・・?》
・・・ビンゴ。
ここは現代じゃない。
並行世界でもないし、これは間違いなく幻術だ。
ならば・・・私の状態を誰かが見ていることは間違いない。
せいぜい絶望した風を装って、油断を誘ってやろうか。
その上で、腹の中から喰い破ってやる。
《仄香・・・低威力、低コスト、かつ、無差別で超広範囲の魔法が放てる方法はあるかしら。何なら、召喚魔法でもいいし、術式でもいい。》
《ええと、少し待て。検討する。》
仄香に念話を送りながら、私はさも絶望したかのように震える声を出す。
「やだ・・・私の、帰るところが、なくなっちゃう。そんなの、やだ。」
わざとこちらからは一足飛びに踏み込めない位置に移動しながら、ゆっくりと腰に手を回す。
・・・私のことを完全に再現しているのであれば、こちらが銃を抜いたり、切りかかれる間合いで刃物を抜いたりすれば、確実に致命傷につながる攻撃をしてくるはず。
だが、攻撃が自分に向いていないなら・・・。
不必要に理君の前で人殺しはしたくないはずだ。
腰から、術式振動ブレードをゆっくり抜き、柱の陰に隠れる形をとりながら、自分の首に押し当てる。
「やめなさい!理君の前でそんなことさせるわけないでしょう!?」
慌てるかのように私モドキが叫ぶ。
ふむ。よしよし、反応が大変分かりやすくてよろしい。
それでいて攻撃魔法や攻撃魔術のストックを解除しないあたりがさすがは私だ。
《よし、あった。これから召喚魔法を教える。これは呼子鳥という魔法の詠唱を代わりにやってくれる眷属を召喚する魔法だが、一羽当たりの魔力容量が極端に少なくてな。使わせるとしてもせいぜい雷撃魔法か風刃魔法がいいところだ。いいか、続いて詠唱しろ。》
《ありがと!準備OKよ!》
《声なき声に宿る影よ。姿なき歌鳥よ。我は汝に言霊を預けし者なり。集いて呪言をさざめけ。来たれ、呼子鳥。》
「声なき声に宿る影よ!姿なき歌鳥よ!我は汝に言霊を預けし者なり!集いて呪言をさざめけ!来たれ、呼子鳥!」
詠唱が終わると同時に、風は止まり、葉擦れも、校外を走る車の音も、山手線の音も、すべてが遠ざかっていく。
まるで世界が「聞く準備を整えている」かのように静まり返る。
次の瞬間。
ひぃ・・・と鈴とも笛ともつかない、細く遠い音が心の奥に直接触れるかのように響く。
召喚されたはずの呼子鳥の姿はない。
いや、そもそも、この眷属に姿はない。
だが、気配だけは薄く、そして四方八方、いや、認識できる空間内のすべてに微かな羽音が騒めく。
それも数千や数万ではきかないほどの数、それでいて知覚できるかどうかギリギリの小さな羽音が。
そして一斉に声なき声を奏で始める。
ひぃ、ひぃ、ごぅ、ごぅ・・・。
人の耳で拾うことができないほどの高音、そして重低音を。
「ふ、ふふっ。ふふふ、あはははは!なるほど、これは私と相性がいい。最高だわ。」
術式振動ブレードを首から離し、幻の私を見る。
・・・さすがは私だ。
何かが起きていることに、すぐに気付いたらしい。
「理君!この子、様子がおかしい!私の後ろに!」
そうだよな。
私なら、我が身を犠牲にしてでも理君を守るよな。
・・・絶対に。
《召喚に成功したな?以降は呼子鳥はお前の口になる。自分の口で声を発するように、自由に詠唱できる。大きな魔力を流し込むと一瞬で焼き切れる。その反動は少ないが、魔法は発動しないから気をつけろよ。》
《わかった。ありがとう!》
「ち、千弦・・・何が起きているんだ!?」
「わからない!とにかく、リングシールドの防壁の中に!九連唱!雷神の乳山羊、アマルティアの皮を張りし霞の盾よ!蛇神の首を飾りし無敵の盾よ!我らに仇なす邪悪と災厄から我らを守り給え!」
・・・光膜防御魔法。
それも自分の攻撃魔法にギリギリ影響しない九連唱。
確実に理君を守り切ろうとする。
幻じゃなかったら例の女神ナギル・チヅラよりもやりにくい相手だ。
だが、私の相手はお前じゃない。
〈〈〈〈雷よ!敵を討て!〉〉〉〉
私の口になった呼子鳥たちが、一斉に雷撃魔法を、それも初歩の初歩、スタンガン程度の出力で幾何学模様で発動する。
一瞬で空中に構築された術式回路は、すなわち反魔法。
この場に存在する私以外の、ありとあらゆる魔法、魔術、呪術、そして超能力の類いを捉え、逆唱できるものは逆唱を、できないものは解呪を、そして未知なるものには解析と破壊を。
バチバチと空間そのものが帯電し、その場にある、ありとあらゆる術式が砕ける音が響く。
そしてゆっくりと私の姿が、そして誰よりも見たかった理君の姿が薄れていく。
やがてしばらくして幻が晴れると、かなりの人数の陰陽師の姿が現れ、そしてその後ろには縦に割れた魔族特有の顔をした男が一人、脂汗を流しながら立っている場に出る。
そして私の周囲を、吉備津彦さん、犬飼健さん、楽々森彦さん、そして豊玉臣さんが守っている。
そうか、私が幻術をかけられている間、私を殺そうとするやつらから私を守っていてくれたのか。
後で礼を言わないといけない。
でも、今はそんなことより。
「・・・見つけた!お前か。お前たちが、私にコレを見せたのかぁぁ!」
AMC-4が、私の怒りを受けて唸り声を上げる。
合成筋肉がこわばり、強化骨格が軋む。
魔力を帯びた人工血液が全身で沸騰し、身体強化術式と加速術式、防御術式の出力が勝手に上がっていく。
「幻惑結界が破られた!?まだ寸刻もたっておらぬぞ!」
「騒ぐな!白面の狐の眷属ぞ!幻術などで抑えきれるわけがなかろう!」
私たちを囲むのは鎧武者、陰陽師、そして・・・魔族。
黒い、短杖。
教会か!
〈〈〈〈半自動詠唱!音よ!叩き割れ!〉〉〉〉
私は音響攻撃魔法を最低出力、かつ最大範囲で発動する。
呼子鳥が一斉に反応し、すべての空間に陽炎が立つ。
池の水は常温で沸騰し、瓦は砕け、庭の玉砂利は跳ね回る。
「ぐ、っぐわぁぁぁ!?み、耳が!頭が割れる!」
「ノウマク サンマンダ ボダナン センダラ ハラバヤ ソワカ!ぐ、月光菩薩真言が、効かない!?」
「ならば薬師如来真言を!オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!ぬ!?真言が、力を持たないだと!?」
気付けば、先ほどの雷撃魔法で作り出した反魔法の術式回路がまだ作動している。
・・・やばいな、これ?
一定範囲にいる敵の魔法や魔術のすべてを無効にできるって、かなりやばい必殺技じゃない?
「千弦さん!耳から血が!目と鼻からも!」
「え?・・・あ・・・?」
くらり、と目の前が揺れる。
大地が近づき、誰かの手で抱きかかえられる。
「豊玉臣!千弦さんを安全なところに!」
ヲイヲイ、もしかして呼子鳥って・・・魔力の消費量は大したことがないのに、とんでもない反動があるのか?
これは・・・疑似魔力回路がいくつか焼き切れた?
また知ってるのに使えない魔法が増えたよ!
とにかく、こんなところで倒れている場合じゃない。
「大丈夫、ちょっと立ち眩みがあっただけよ。それより、豊玉臣さん。あいつを打って。でも、殺さないように。」
「あ、ああ。任せろ!」
豊玉臣さんは一瞬で身体を起こし、私を抱きかかえたまま器用に矢をつがえ、構えもせずに弦を引き、そして矢を放つ。
コゥ、と不思議な音がすると、その矢はまるで意思があるかのように二度曲がり、逃げようとしていた男の腰を射抜いた。
「ぐぎゃぁ!?こ、腰が・・・腰から下が動かねぇ!?な、何をしやがった?!」
「腰椎を打ち抜いた。雁股の鏃でバッサリとな。これで一生歩けねぇだろうよ。・・・で、他の者共は殺しても構わねぇか?」
涼しい顔をして矢筒から次の矢を取り出す。
すごいな!?
今のって、相手に目線もやっていなかったように見えたけど!?
私の射撃管制術式よりもすごいんじゃない?
「うわ〜。まるで揺れる船の上の扇でも射抜けそうね。」
「・・・千弦さん?さすがの俺も那須与一には勝てねぇよ?」
ぽかん、としてしまっていた私に、困ったように彼はつぶやく。
そういえば、吉備津彦さんたちって・・・。
ああ、やっぱりだ。
私がゴーサインを出さないから、一人も殺してなかったんだ。
「他の陰陽師はなるべく殺さないで。でも手足の一本くらいならへし折っても構わないわ。それと・・・犬飼健さん。式神を使っている奴の所在は分かるかしら?」
「そして式鬼神を増殖させるんですね!?あぁ・・・切っても切っても切りつくせないほどの鬼・・・。」
「アホ。相変わらず何考えてるのか知らねぇけどよ。鬼を作り出すような力を持っている人間は皆殺しに決まってるだろうがよ。・・・ほれ、早く探せって。」
楽々森彦さんが犬飼健さんの尻を蹴り飛ばした後、いまだに真言を試し続け、あるいは逃げ出そうとしている陰陽師を蹴り飛ばし続ける。
「・・・うう。せっかくの鬼が・・・ええと、式神使いは3人。あれと、あれ。それからこれが式神ですね。」
気を取り直した犬飼健さんは、残像ができるほどの速さで動くとその場にいた3人、いや、3体の式神を唐竹割にする。
斬撃が見えない。
いや、切断音が一回しか聞こえなかった!?
「こちらも終わりました。全員の意識を刈り取ってあります。それぞれ手か足を一本ずつへし折りました。腐らないようにきれいに、ぽっきりと。」
涼しい顔で吉備津彦さんが私の前に立つ。
「・・・もしかして、陰陽寮にいた人間、全員?」
「はい。子供はおりませんでしたので。いや~。手加減するって大変ですね。最初の二人は危うく引きちぎるところでしたよ。」
ゲラゲラと笑う3人に、活躍できなかったからか憮然としている豊玉臣さん。
そういえば、この4人って、揃うとカルカッソンヌでも平遥古城でも落とせるって言ってなかったっけ?
もしかして、私は遠くで見ているだけでよかったんじゃあ・・・?
・・・・・・。
気を取り直し、豊玉臣さんが捕えてくれた男を引きずり起こす。
矢は完全に貫通し腹から背中にかけて赤黒い穴だけが開いているのだが・・・。
「おい。お前、教会の信徒だな?千弦さんに何をした?」
「ひ、ひぃぃ!?た、助けてくれ!」
解析術式で男の身体を見ると、おそらくは2個あったであろう魔力回路が完全に焼け付いている。
「・・・あなたがさっきの幻術をかけたのね。よくも、よくも私の理君を。よくも私の目の前で・・・!」
「お、おれは相手が見てるものまでは分からねぇ!俺のは魔法じゃないから!精神感応系の力で、相手の見たいものと見たくないものを見せるってのに特化しているだけなんだ!」
・・・ああ、なるほど。
だから、鳥羽上皇やその他の連中に「狐の妖を見せたのか。
鳥羽上皇にとっては裏切られたくない相手が裏切ったかのように。
その他の人間には目の上のたんこぶが獣に落ちるさまを。
そしておそらくは、仄香には自分の愛する者への道がわからなくなるように。
だが、そんなことはどうでもいい。
「・・・私、好きなようにいじりまわしていい魔族が欲しかったのよね。幸いいくつか中身の入った魔石があるし、人格情報とか記憶情報とか、編集もしてみたかったのよ。」
こいつは、ただで殺さない。
私に悪夢を見せたんだ。
なら、私と理君が二度と悪夢を見ないで済むように、せめて役に立ってから死んで行け。
せいぜい苦しみながら。




