314 桃太郎印のメール便
南雲 千弦
私は少し気になることがあり、聞き込みのため・・・いや、定点間高速飛翔術式の移動先座標の登録のため、再び京の都を訪れていた。
今回は念には念を入れて、事前に吉備津彦さんを召喚してある。
・・・そしてなぜか、二号さんも一緒だ。
というか、これ以上貴重な主観時間を消費することはできないので、この二人に聞き込みをお願いするつもりなのだが・・・。
「道が広イデス!高層建築がナイデス!・・・ア!清水寺デスヨ!こっちでは何か作ってマス!エエト、場所的には三十三間堂のあたりデスガ・・・五重塔?そんなノありましタッケ?」
「うーん・・・日本史の授業ではそこまで細かいところを覚えなくてもすむからね・・・。それに、道の真ん中でラジエルの偽書を開くのはちょっと・・・。」
完全に観光客状態の二号さんは、その外見が遥香であることもあって、道行く人からは微笑ましい視線をかけられている。
それに比べ私は・・・ミミックテイルで若武者に変身し、吉備津彦さんと二人で二号さんを護衛しているかのような出で立ちなんだけど・・・。
「こら、シェイプシフター。怪しまれるからもっと淑やかにしろ。それと・・・千弦さん。腰が引けています。もっと堂々と。」
「う・・・はい。」
どうせ変身するならと大鎧やらなんやらを一式作ったのが裏目に出たのか、それともこの時代の着物を一から作って身に着けたのが悪かったのか・・・。
重い。っていうか、ふんどしが食い込んで痛い。
「千弦サン・・・装備も全部、ミミックテイルで投影すれば良かったノニ。なんだってワザワザそんな恰好マデ・・・。」
「一度でいいから、着てみたかったのよ。・・・次があったらもう着ないわ。」
「千弦さん・・・。鎧が重いんじゃなくて、もしかして着心地が悪いのですか?もしよろしければ、物陰で直しますか?」
・・・ぐっ。
ふんどしが食い込むとか言えるわけないし。
ってか、白昼堂々下半身をさらして直せるわけがないでしょう!?
「・・・問題ないわ。」
くそ、コスプレにならないようにって、本物の鎧なんて調達するもんじゃなかったわよ。
・・・・・・。
ひととおりの移動先座標を手に入れ、あとは二人に任せてコールドスリープルームに戻ることにした。
何かわかったら起こしてくれることになっているから、これ以上時間を無駄にすることも・・・。
・・・そういえば、蛍が産んだ男の子、可愛かったな。
雪菜ももうすぐ結婚するって言ってたっけな。
年長の二人もそうだけど、紅葉も桜も、私が現代に戻るころにはいないんだよな。
心の中で抱いてはいけない感情が、まるで蛇のように鎌首を持ち上げる。
・・・うん。イブを唆して知恵の実を食べさせたサタンを蛇として描写した人間は優秀だよ。
私は彼女たちだけではなく、もう過去において来てしまった人々の顔を思い浮かべながら、聖棺モドキの設定を停止空間魔法にして、ゆっくりと目を閉じたよ。
◇ ◇ ◇
・・・。
ポン、という音がして、聖棺モドキが停止空間魔法を解除したことを知らせる。
「おはようゴザイマス。千弦サン。ある程度情報がそろいマシタ。」
「・・・停止空間魔法は・・・駄目ね。今さっき目を閉じたばかりよ。疲労の回復どころか、意識がほとんど継続したままだわ。」
・・・厄介なことに、残された主観時間の中で睡眠時間も計算しなくてはならないことが判明したということか。
「千弦さん。蛍さんに頼んで社務所兼自宅の二階にベッドを用意してもらいました。コールドスリープの合間を縫ってそちらで眠りましょう。」
ひょい、と顔を出した吉備津彦さんが心配そうに私の顔を見る。
「・・・そうね。じゃあ、念のために強制睡眠魔法を自分にかけることも考えなきゃね。それで・・・あれからどれくらい経ったの?」
「一か月ほどデス。現在の状況の説明ヲ念話でしマス。よろしいデスカ?」
「ええ。お願いするわ。」
二号さんは目をつぶり、私に念話で情報を流し込んでくれる。
ただでさえ少ない残り時間が、睡眠などというもののせいでさらに短くなってしまったのだ。
だからコレは非常にありがたいのだが・・・。
「そう・・・朝廷はいまだに玉藻の前の追討をあきらめていないのね。それと・・・あら?あのまがい物、だれも召喚できなくなったのね。さすがは仄香。ありがたいことだわ。」
念のため作ろうと思った魔法は、どうやらうまくいかないでお蔵入りしそうだね。
「女神ナギル・チヅラといえば、精神世界では結構有名な存在だったんですが・・・まさか、千弦さんへの信仰が結像したものだとは思いませんでしたよ。実在人物をもとに結像したモノはかなり強力になるという特徴は確かにあるんですが・・・。」
「ふう~ん。そうなんだ。あ、もしかして吉備津彦さんも実在人物系?」
「はい。僕は第七代孝霊天皇の皇子で、名前はそのまま吉備津彦と呼ばれた人物をモデルに結像しています。もちろん、伝説はかなり脚色されていますし、孝霊天皇自体、実在には諸説あります。ですが、皇統が続いている以上は、その人物に相当する人間がいたことだけは間違いない。性別や名前などどうでもいい。その実在性が、僕たちに力を与えるんです。」
「アチラ側で見たあの神格・・・やっパリ千弦サンをもとにしタ実在人物系だったんデスネ。道理で強力すぎルと思いマシタ。」
「強力って・・・どれくらいなのよ?」
モヤっとしながらも聞いてみる。
ってか、アイツが理君に言及さえしなければムカつくこともなかったんだけどさ。
「エエト・・・レヴィアタンやべへモスあたりなら一撃デスネ。それト・・・概念城壁ハその一枚すらも傷付けられタことモなく、モシ召喚に成功すれバ、マスターに匹敵すルほどの戦闘力と万能性を有する眷属と言われていマシタネ。コストもそれに見合ったものデシタガ。」
・・・マジ?
でも、あれを召喚するのは・・・いやだなぁ・・・。
ま、話が逸れすぎたから二号さんの念話の情報に再び集中する。
「・・・うん。なるほど。白面の狐は、栃木県那須郡辺りで暴れていると朝廷は思っているわけね。それで、陰陽師と軍勢を送り込んだところか。総指揮をとっているのは・・・安倍泰成。やっぱりこいつか。」
「・・・どうするつもりです?」
吉備津彦さんは嫌がるかもしれないけど、これは・・・暗殺コースかな。
大元を断って二号さんをそいつに化けさせれば、追討が成功したことにできるんじゃないかな?
「その安倍泰成っていう人の場所を知りたいんだけど・・・式神を使って巧みに自分の場所を隠すのよね。何とかならないかしらね?」
私の言葉に二号さんと吉備津彦さんは腕を組んで考え込む。
・・・ま、そりゃそうか。
二人ともそういった探知系の能力があるわけじゃないからね。
「・・・一つ、案があるのですが・・・一度僕との契約を破棄する必要があるんですよね・・・。」
少し迷った後、吉備津彦さんは困ったような声でそう言った。
「・・・契約を破棄・・・それ、再契約は可能なのかしら。」
「ええ。ただ、これにはマスター・・・仄香さんの協力が必要でして。現代の仄香さんと再契約をした後、さらにそれを破棄してもらって、もう一度今の千弦さんと契約する必要がありまして。」
「ソレ、採用!よし、行ってみようか!」
「えぇ・・・まだ詳しい話もしていないんですが・・・。」
ふふん。
うまくすれば相手の場所を知るだけでなく、現代の仄香とのホットラインができるんじゃないの!?
ウキウキしながらその作戦の内容を聞く私に、吉備津彦さんは軽くため息を吐いた後、こう言ったよ。
「本当にお二人は信じあっているんですね。」
・・・・・・。
先走って作戦を詳しく聞く前に採用したけれど、吉備津彦さんは作戦の内容を細かく説明してくれた。
実は、桃太郎の郎党の中に式神を使っている人間の大元の場所を知ることができる眷属がいるという。
それは犬、つまり、犬飼健さんだ。
彼のもとになった人物は犬として特性を持つわけではなく、魔力による痕跡や制御を追うことができる能力を持っているらしい。
これが転じて「犬」のような嗅覚を持つとされたらしいのだ。
そして、犬飼健さんを私が召喚することができるように、現代の仄香のところに行って「召喚契約委任」の術式をもらってくるつもりだそうだ
そんなことが可能なのかとびっくりしたんだけど、実は私の知らないところでしっかりとその術式は使われていたんだそうな。
・・・佐世保のナーシャが仄香から召喚符を借りて、何と4体もの眷属の召喚に成功しているらしい。
ただ、私が召喚している状態だと、吉備津彦さんは精神世界に戻ることも仄香に語り掛けることもできないらしく、いったん契約を破棄する必要がある、と。
「契約を破棄していただいた後は、すぐに現代でマスターに念話を行います。その後、犬飼健の召喚符を預かった状態で召喚契約を破棄してもらい、すぐに千弦さんに念話で語り掛けます。そうしたら、そのまま召喚をお願いします。時間のズレやタイミングなどはシェイプシフターを仲介して知らせますので、一点だけ許可をお願いしたいことがありまして。」
・・・許可?
ああ、あれか。
「うん。じゃあ、私が吉備津彦さんを召喚している間のことは、すべて仄香に話していいよ。・・・これでいいのかな?」
「はい。これで次の召喚主であるマスターに千弦さんの現状をすべて話すことができます。では、召喚契約の破棄の準備を。魔力のパスを全面カットし、僕の言葉を繰り返して唱えてください。」
「うん。準備できたよ。」
「我と血の盟約を交わせし者よ。我は今、汝との縁を解き放たん。遍く心の海に還りたまえ。さらば、吉備津彦よ。」
・・・遍く心の海。
普遍的無意識のことか?
「・・・我と血の盟約を交わせし者よ。我は今、汝との縁を解き放たん。遍く心の海に還りたまえ。さらば、吉備津彦よ。」
魔力のパスをカットし、吉備津彦さんの言葉を暗号化もせずに繰り返す。
やがて何かが切れるような感覚があり、彼は手を振りながらゆっくりと光の中へ消えていく。
「・・・なんだろう。まるでぽっかりと心に穴が開いたような気がする。」
「ソレは千弦サンが優しすぎるからデスヨ。大丈夫、スグに戻って来マスカラ。」
なんといえばいいのか分からないけど、仄香が彼らを「眷属」と呼ぶ理由がなんとなく分かったような気がした。
◇ ◇ ◇
仄香
東京都西東京市 南雲家
琴音が久しぶりに帰ってきた紫雨とデートに行くことになり、朝からずいぶんと気合が入っている。
・・・まあ、最近は千弦の代理や受験勉強で忙しすぎてかなりストレスがたまっていたからな。
「行ってきます!仄香!姉さんの真似、よろしくお願いね!」
「ええ、分かっています。私も理君とデートしていますから、何かあったら念話で呼んでくださいね。」
スキップをするかのような足取りで琴音は家から出ていく。
・・・千弦が確実に生きていて現代に戻ってくることが分かっているのか、ずいぶんと落ち着いてきたものだ。
だが、そろそろ戻ってきてもいいんだが。
《・・・マスター。大事なお話があります。僕を召喚していただけませんか?》
ん?その声は・・・吉備津彦?
あれ?召喚契約が・・・切れてる?
《かまわんが・・・召喚契約が切れてるな?ちょっと待て。今再契約申請を行う・・・どうだ?》
《ありがとうございます。契約を受諾しました。どうぞ。》
「・・・?まあ、いいわ。真金吹く吉備を平らぐ若人よ。桃より出でて温羅を斃せし者よ。我は犬飼健命・楽々森彦命・留玉臣命の名を借りて共に歩を刻むものなり。来たれ。吉備津彦命!」
詠唱が終わると同時に、古風な大鎧に太刀を佩き、白地に日の丸の赤が鮮やかな鉢巻を巻いた、15歳くらいの少年が姿を現す。
・・・相変わらず、初回はフル装備で出てくるんだよな。
これ、平服とか選べないのかな?
「マスター。召喚していただきありがとうございます。じつは、つい先ほどまで千弦さんに召喚されていまして。伝言とお願いがあってきました。」
「・・・・っ!?それは・・・いつの時代の千弦だ!まさか、何かあったのか!大ケガか、それとも魔力でも尽きたのか!?まさか、現代に戻れないまま、死んだのか・・・!?」
どうしたらいい?
何とか過去に行く方法は・・・ええと、何人分の魔力結晶が必要になるんだ!?
「あ、いえ、元気ですよ、千弦さんは。それに、ええと、時代的には鎌倉時代の直前あたり・・・かなぁ・・・?」
「それは・・・12世紀ごろか!?元気ならなぜ・・・?」
「ええと・・・とりあえず説明させていただければ、と・・・。それと・・・マスター。変化がとけてます。あと、口調も念話と一緒のものに・・・。」
吉備津彦に言われ、玄関横の姿見を見て、自分の身体が完全にエレオノールのものに戻っていることに気付いたよ。
てか、この姿、本当に久しぶりだったな。
・・・・・・。
「大体の話は分かったわ。しかし・・・なによ。あの時彼女は死んだと思っていたけど、あれはホムンクルスだったとは思わなかったわ。私は大事な友人が亡くなったかと思ってかなりショックだったのに。」
というか、クロが千弦だとは気付かなかったよ。
っていうか、まさかナギル・チヅラが千弦の作った町だとは夢にも思わなかったなぁ・・・。
私は本気で彼女のことを神に匹敵する存在だと思っていたよ。
ん?
ナギル・チヅラ・・・南雲千弦。
そのまんまじゃないか。
なんで私は何千年も気づかなかった・・・。
あ、いや、現代の千弦と会ったのは去年の夏だっけ。
「マスター。そこで先ほどのお願いなんですが、犬飼健の召喚符をいただけないでしょうか。」
おおっと。
驚いてばかりでは意味がないな。
「ええ。一緒に楽々森彦と豊玉臣の召喚符も持たせるわ。それと・・・ちょっと待っていなさい。シェイプシフター越しに念話が届くかもだから。」
千弦の部屋に戻り、彼女の机からメモ帳を取り出す。
彼女愛用の万年筆を借り、術式に可能な限りの魔力を込めて召喚符を完成させる。
その作業を行いながら、吉備津彦とシェイプシフターを介して千弦に語り掛ける。
《千弦。聞こえるか。私だ。》
《・・・え?仄香?なんで話ができるの!え?何、すごくない!?》
今初めて知ったが、精神世界の時間軸ってどうなっているんだろう?
自分でやっておいてなんだが、900年近く前でも普通に念話がつながるものなのか?
・・・だが、これは・・・。
恐ろしい勢いで魔力が減っていく。
消費スピードが超光速逆行攻撃魔法と大差ないって・・・。
さすがにシェイプシフターやら吉備津彦やらだと権能が違いすぎるか。
《・・・あまり時間はないが、まずは再び会話ができたことを喜びたい。それに、お前が何をしてきたのかも、そして私の旅路の中でどれだけの助けをしてくれたのかもはっきりと分かった。まずは、感謝を。ありがとう。千弦がいなければ、私はこの旅路に出ることも、紫雨と再び会うこともできなかっただろう。それだけではない。私の子供たちを行く先々で助けてくれて、本当にありがとう。》
《・・・うん。仄香ともう一度話がしたかった。もう一度会いたかった。アリアにも、ユリアナにも、藻女にも、「私だよ、千弦だよ」って・・・言いたかった。ぐすっ・・・うぅ・・・。はやく、かえりたいよぉ・・・。みんなに会いたいよぉ・・・。》
よくぞ生きていてくれた。
それだけでも十二分だというのに、千弦は私の過去を、そして現代につながる道を守ることまでしてくれたのか。
たった一人で文明を作り、私の旅路のスタートラインを引いてくれた。
それどころか、幼い紫雨の命を救ってくれた。
現代で魂を失った恋人のために、奇跡ともいえる術式をはるかな昔から届けることに成功した。
七千年ものあいだ、次々に親しい人が亡くなり、現代に帰るためにそれを振り切って前へ進み続けた。
限られた時間、限られた魔力の中で、戦い抜いた。
いったいどれほど辛かっただろう、心細かっただろう。
そして、どれほど意志が強かったのだろう、想いを持ち続けたのだろう。
・・・これほど私が尊敬した人間なんて、歴史上に一人でもいたか?
《よし。召喚符が完成した。それと、もう一人召喚出来る眷属を付けるから、今後はそいつを使って通信ができるようにしておいた。琴音や遥香とも話したいだろう?》
《うん。・・・え?そんなこと、できるの・・・?さすがは・・・仄香だわ・・・。》
《いや、私からすればお前がやったことの方がすごいとすら思うんだが・・・まあいい。ノルンの三女神を使う。ウルズ・ヴェルダンディ・スクルドの三柱だ。》
《うわ・・・またものすごい有名どころが出てきたわね。これは・・・あのセリフを言わなきゃね。「君のような女神に・・・。」》
《げふんげふん!それ以上は言うな。・・・使い方を説明するぞ。まず私の方でウルズを召喚する。これは、「過去」を見通す女神としての権能を利用する。》
・・・アホ。講〇社に訴えられたらどうするつもりだ。
《そうすると、私の方で召喚するのはスクルドかしら。「未来」を司る女神だもんね。》
相変わらず話が早い奴だ。
知識量も半端ないな。
《そうだ。そして、二柱の間をヴェルダンディが仲介する。これは、相対的に見て双方がいる時間が観測者にとっての現在であるためだ。》
《ふんふん。・・・あ。もしかしてその女神の力で私、帰れたりしないかな?》
《・・・残念ながらそれは難しいな。三柱の力は運命に関するものに限られる。それに・・・人間は生身で精神世界をくぐれるようにはできていない。魂だけでも難しいだろうよ。》
《ん・・・分かった。じゃあ、もう少し頑張るよ。》
《じゃあな。念話が終わったら、そちらで吉備津彦を召喚しろ。再召喚契約の手続きは、こちらで整えておいた。くれぐれも・・・無理はするな。もし、私が困っていても、放っておけ。その時期の私なら、そろそろ自力で何とかするだろう?》
《ふふっ・・・そうね。それにそろそろ歴史を狂わせると現代に影響が大きそうだしね。じゃ・・・またね。》
《ああ。現代・・・いや、未来で待ってる。》
《うん。走って・・・。》
おい、お前、そのうち訴えられるぞ。
・・・とまあ、突っ込む間もなく。
魔力圧が足りなくなって念話が切れてしまった。
とんでもない消費スピードだったよ。
およそ二か月半ぶりの千弦との会話を終え、魔力の揺動が収まるのを待つ。
さすがにこれほど離れた相手との念話を行ったのは初めてだからな。
「さて・・・吉備津彦。契約をいったん解除するから、千弦さんのところに戻ってあげて。それと・・・召喚に必要な魔力を渡しておくから、千弦さんに召喚されるときに使いなさい。」
「はい。それと、例の制限を・・・。」
「ああ、そうだったわね。千弦さんに召喚された場合は、私のことを話してもいいわ。・・・彼女をよろしくお願いね。」
「はい、お任せください。それでは、また・・・。」
吉備津彦に彼ら四体の召喚に必要な魔力の千年分を渡し、召喚契約を解除すると、彼は手を振りながら光の中に消えていく。
さて、魔力の揺動も収まり始めたことだし、そろそろノルンの三女神を喚ぶことにしようか。
・・・ん?何か忘れているような気が・・・?
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
紫雨君とのデートを終えて、家路を急ぐ。
・・・デート中に理君から電話がかかってきちゃって集中できなかった。
っていうか、SIMカードデータをコピーした姉さんのスマホをそのまま持っていたから、つい反射的に応答しちゃったんだけど・・・。
仄香のやつ、理君とのデートをしっかりと忘れていたし。
理君たら、かわいそうになるくらいに姉さんのことを心配してたよ。
念話で連絡したら、慌てて飛んで行ったんだけど・・・大丈夫だったのかしらね。
「ただいまー。」
「あら、お帰りなさい。早かったじゃない。」
「うん。受験前だし、晩御飯は家で食べようかなって。・・・姉さんは?」
「まだ帰ってないみたいね。ほら、噂をすれば・・・帰ってきたわね。」
お母さんの言葉に振り返ると、玄関の外に仄香の魔力の気配がふわりと漂った後、玄関のカギを開ける音がした。
・・・ああ、結界に入ったから気付いたのか。
「ただいま。あれ?琴音。もう帰ってたの?」
「あ、うん。理君、何か言ってた?」
「いや、何も?おなかの具合が悪いことを心配してくれてただけだよ。」
ああ、そういえば古い軍用食で食あたりしたことにしたんだっけ。
Dレーション、とか言ったっけか?
とにかく、何とかごまかせたみたいでよかった。
お母さんが晩御飯の支度のために台所に向かったあたりで、姉さんのふりをした仄香がそっと耳打ちする。
「・・・千弦さんと連絡がつきました。夕食後、シェイプシフターの部屋で待っています。」
「うそ・・・。姉さんは、無事だったの?大ケガとかしてない?大変な目に会ってない?」
「ええ。大きなケガもなく、主観時間もこちらと同じ程度しか経過していないようです。」
よかった。
本当に良かった。
私は胸をなでおろし、崩れるようにリビングのソファーに腰掛ける。
それにしても・・・なぜ、全部姉さんなんだろう?
辛いこと、苦しいこと、悲しいこと。
私のところにはほとんど来ないのに、姉さんのところにだけ集中するのはあまりにも不公平だ。
ふとリビングの「人をフヌケにするクッション」が目に留まる。
・・・そういえば、二号さんは今、姉さんと一緒にいるんだっけ。
お父さんとお母さんには、仄香の用事でしばらく留守にするって言ってあるけど・・・。
思わず二号さんのことがうらやましくなった私は、お母さんが晩御飯の支度ができたことを告げるまで、リビングのソファーの上で両ひざを抱えていたよ。
・・・・・・。
夕食後、姉さんのふりをした仄香が食器を洗い、私はお風呂を洗ってお湯を張る準備をする。
ひととおりのことが済んだら、二階に上がって二号さんの小さな部屋に入る。
「お待たせ。それで、姉さんと連絡がついたって・・・手紙?それとも、電話?」
「念話です。千弦さんがあちらで吉備津彦を召喚したあと、前召喚主情報の開示を設定したうえで召喚契約を破棄してくれたので、吉備津彦とシェイプシフターを通じて念話のラインが成立しました。」
「すごい!・・・でもあの二人ってそんなことまでできたんだ。」
対鬼戦闘に特化した物理専門の剣士と変身能力に特化した・・・マスコット眷属だと思ってたけど、まさかそんな能力まであるとは思わなかったなぁ・・・。
「あ、いえ、あの二人にはそこまでの能力はなくて、私が力押しで念話のラインを繋いでいたんですが・・・安心してください。先ほどノルンの三女神を召喚し、スクルドを過去に送りましたので、これからはいつでも念話で通信ができます。試してみますか?」
ノルンの三女神?
どこかで聞いたことが・・・。
いや、そんなことより姉さんとまた、話ができる!
「話したい!繋いで!早く!」
「はいはい。・・・ウルズ。スクルドとの回線を開きます。ヴェルダンディに仲介を。」
仄香の言葉にふわっと風が吹き、狭い空間に突然人の気配が・・・?
「ほいきた。あーしに任せなさいって。」
いつの間にか現れた金髪女性は、懐からルーンが描かれた木片を数枚取り出し、そのうちの一枚にキスをすると、それは突然光を放ち、私たちを包み込む。
「よっしゃ。スクルドへの呼びかけを開始するよ。ヴェルダンディ。維持は任せた。」
「りょ。・・・スクルドからの応答を確認。接続、開始するっちゃ!」
小さな部屋の中を、眩いばかりの光が染め上げる。
いつしか私は、その光の波に包まれて意識が浮遊しているかのように夢見心地になっていった。
・・・・・・。
【お~い。琴音。聞こえる?】
懐かしい呼び声。
もしかしたらこの世に生まれる前から聞いていたんじゃないかと思うその声に、私ははっと目を覚ます。
「姉さん!?・・・姉さんだ。姉さんがいる・・・。」
高精度に再現された念話・・・いや、立体映像レベルの世界で、私は反射的に姉さんに抱き着く。
スカッと空振りするかと思ったら、しっかりと姉さんが私を抱きとめてくれた。
・・・すごい再現性だね!?
【久しぶり。その後はどう?みんな元気?私のせいで嫌な思いとかしてない?身の回りで変なこととか起きてない?】
相変わらずこの人は、自分よりも周りの心配をするんだね。
きっと想像できないほど辛くて寂しい思いをしているだろうに・・・。
「こっちは大丈夫だよ。みんなうまいことやってる。誰も大ケガとか病気とかもしていないし、理君も普段通り元気だよ。咲間さんもエルも、健治郎叔父さんも宗一郎伯父さんも。」
あ、竜人に襲われて大ケガしたのは黙っていよう。
どうせ元通りに治したし、本人もしっかり捕まえてあるし。
【そう。それなら安心ね。・・・歴史もそれほど変わってないみたいだし。そうそう、理君のことなんだけど・・・誰が相手してるの?】
ちらり、と姉さんが私と仄香の顔を見る。
あ。
そういえば仄香は私の姿に変身したままだったっけ。
「学校では琴音さんが。それ以外では私が対応しています。安心してください。肉体的な接触は手を繋ぐくらいしかしていませんよ。」
【・・・理君って、けっこうスケベだから・・・それくらいで済むとは思えないんだけど・・・?】
う。
やっぱりスルドイ。
強制睡眠魔法と夢操術式で「やらしくて気持ちいー夢」を見せてあげてるなんてバレたら、大変なことに・・・!
「あ~。ええと、そこんところは上手い事やってるよ。」
上手い事どころかかなり下手を打っているような気が・・・。
【まあいいわ。それなら仄香か琴音が理君に気持ちのいい夢でも見せてあげてくれれば。たしか、そういう魔法とかあったでしょう?】
「え・・・それでいいの?姉さん。」
【彼にはもう二度と会えないって覚悟したこともあるんだから、それくらいはね。それに、理君が夢の中でも私のことを想ってくれるならむしろ嬉しいくらいよ。ただ・・・あまり過激な夢は見せないように。アブノーマルなプレイは禁止よ。】
アブノーマルなプレイって・・・どの辺までを言うのだろう?
なんて聞けるわけもなく。
「まあ、ほどほどにしておくよ。ところで、こっちに帰ってこられるのはいつごろになるの?大学入試のほうは仄香に任せておけば何とでもなるけど、もうすぐ理君の誕生日だよ?」
【あ~。ええと、そうね・・・ギリギリ間に合うかな。・・・っと。そろそろスクルドさんが限界だって。また明日、連絡するね。じゃ。】
「うん。元気でね。あまり無理はしないでね。」
久しぶりに見た姉さんの姿は、まるで鏡に映った自分みたいで。
大きなケガもなく、私よりずっと歳を取ってしまったこともなく。
でも・・・。
その瞳に湛えた暗く、淀んだ何かが心の中に引っ掛かりながらも、私は消えていく姉さんの姿に、手を振り続けることしかできなかった。
・・・・・・。
姉さんの姿が瞼に残り、姉さんの声がまだ耳の中で谺しているような錯覚を覚えながらも、ゆっくりと二号さんの部屋を出る。
結構長く話していたみたいで、リビングにある振り子時計から9回、時を告げる音が聞こえてきた。
「千弦~!琴音~!そろそろお風呂にはいりなさい!明日も学校、あるんでしょう!?」
「あ。そうだった、お風呂、沸かしたんだっけ。・・・仄香。時間ないし、一緒に入る?」
「そうですね。たまにはいいかもしれません。ふふっ。千弦さんが帰ってきたら、玉山の温泉でみんなで入りましょうね。」
姉さんさえ戻ってきてくれたら、サン・ジェルマンもいないし教会の残党もいないこの世界でゆっくりと過ごすことができる。
私たちは、やっと普通の女の子になれる。
あとちょっと、もうすこし。
寒いわけでもないのに、なぜか震える身体を押し殺しながら、仄香と一緒にお風呂に入り、お互いの背中を流したよ。




