31 往路2/友情と電磁熱光学迷彩術式
10月18日(金)
南雲 千弦
福岡空港 着陸少し前
遥香から渡されたイヤーカフを外してボーとしていたら、シェイプなんとかさん、ええい、面倒だから「二号さん」と呼ぼう。二号さんに声をかけられた。
「千弦サン。マスターは確かに心配性ですガ、我が身可愛さに心配したことなんて一度もないんですヨ。」
「そりゃあんだけ強ければね。」
「大きなお世話かもしれませんガ、クラスのみんなが無事、修学旅行を終わらせられるように、マスターなりに頑張っているのデス。」
言いたいことは分かった。遥香は、自分の周りの人間を守りたいのだろう。そして、軍隊が相手でもそれを実行できる力を持っている。だから、使う。それだけのことなんだろうな。
「仕方ないな。ちょっと激励するか。」
「ハイ。マスターも喜ぶと思いマス。空港からでるならこれ、使ってくだサイ。」
二号さんはそう言ってスカートのポケットから、2枚のメモ用紙を取り出し、ボールペンでサッと術式を書き上げた。
「これは?」
「隠形の呪符デス。平たく言ってしまえバ、電磁熱光学迷彩術式の術札デスネ。魔力蓄積はしていないノデ、使うときには魔力を流して使ってくだサイ。メモ用紙なので使い捨てですガ、効果時間は30分ちょっとデス。」
・・・認識阻害術式なんて比べ物にならない、下手したら軍事機密レベルの術式じゃない!?しかも、暗号化してないし!
「ええと、時間内に解除するときは、どうすればいいの?」
「魔力をカットするだけで解除されマス。効果時間が残っているのであれバ、再度使うことはできマスガ、合計の効果時間はかわりマセン。」
よし、大体の使い方は理解した。コピーして量産しよう。ついでにスカートの裏地に縫い込めば、憧れの熱光学迷彩服の完成だ!
◇ ◇ ◇
福岡空港
「小場先生~。福岡空港で経由って言ってたけど、このまま飛行機内で待ってるのー?」
男子は飽きやすいのだろうか、代わり映えのしない機内にどうやら飽きてしまったらしい。
「ちょっと待ちなさい、確認するから!」
小場先生がCAに確認したところ、いったん降機してトランジットエリアとやらで待機するということになった。
さすがに燃料の補給はしないようだけど、これから機内食の補給と、便乗する空港職員を待っているそうだ。
トイレに行くふりをして、二号さんからもらった呪符を手に取り、魔力を流してみる。
師匠の作った高機動術式より少ない魔力消費量とまったく淀みのない術式の発動に驚きながら、手洗い場の鏡を見ると、そこには誰も映っていなかった。
「うわ~。すごーい。」
思わず感心して声が出てしまう。これに消音術式を組み合わせたら暗殺し放題じゃん、なんて物騒なことを考えつつ魔力の流れをカットしてみると、何事もなかったかのように見慣れた顔がそこに現れた。
「しかも、すごい使いやすいし・・・。悪用されたらどうすんのよ。」
とりあえず、呪符をスマホで撮影しておく。
術札の素材、特に今回のような紙とボールペンなどで簡易的に作成した場合には、役目を終えた時点で灰になって崩れ落ちるなど、消失してしまう場合がほとんどだ。
一度トランジットエリアに戻り、保安検査場のゲートや空港内の地図を確認してから、二号さんに遥香の所在を尋ねてみた。
「マスターでしたラ、この空港のロビーに向かってるって言ってましたヨ。ええと、現在位置がここだカラ、今この辺にいるハズですネ。」
「歩いて3分くらいか・・・。ちょっと行ってくる!」
「くれぐれも隠形の呪符の効果時間に注意してくださいネ。」
二号さんと別れ、術札を起動するためにトイレに向かおうとすると、トランジットエリアのベンチで琴音が男子生徒の背中をさすっているところに出くわした。
「琴音、何してるの?」
「いや、田野倉君が気圧酔いしたらしくて、保健委員だから手当てしてるのよ。」
・・・琴音のやつ、背中をさすりながら微弱な解毒魔法をかけてるよ。呪文の詠唱、どうやってごまかしたんだろう。
しかも、何人か行列してる。うわ、全部男子だけだ。
「琴音、悪いんだけどさ、ちょっとトイレにこもるからさ、出発しそうになったらLINEかメール、してくれない?」
「え、姉さん、おなかの具合でも悪いの?何か拾い食いでもした?」
「そういうわけじゃないんだけど・・・。あと先生に呼ばれたら代返もよろしく。」
「ちょっと待って姉さん、あ、田野倉君、ごめん・・・。」
男子生徒から離れることができない琴音をその場に残し、術式を発動するためにトイレに向かった。
空港の保安検査場のゲートはそれなりに厳重ではあるものの、隠形の呪符に加えて、念のため認識阻害術式も使っているので、面白いように誰も気づかない。
・・・やっぱり複数の術式を魔力貯蔵装置なしで並列起動するとそれなりに疲れるな。
あと一つが限界か。魔女ってほんとにすごいんだな。
検査場のゲートに並ぶ人の横をすり抜けて空港のロビーに向かうと、ロビーのベンチに遥香がボケーと天井を見上げた姿勢のままポツンと座っていた。
「あ。いたいた。遥香、探したわよ。遥香二号から空港内にいるって聞いてね。来ちゃった。」
こちらに気付いた遥香が無表情のまま、目を大きく見開いている。あ、これはびっくりしているな。
「・・・保安検査場、どうやって突破した?」
遥香は周りの人間に聞こえないよう、声を抑えて、ちょっと怖い顔で聞いてきた。
「これ。遥香二号さんにもらった。」
二号さんからもらった呪符を見せると、遥香は大きなため息をついた。
「あいつ、余計なことを・・・。っていうか、暗号化すらしてないじゃないか。千弦のことだから絶対真似するにきまってるだろうに。」
当然。こんな便利な術式をマネしないだなんてありえない。師匠に見せたら、興奮するだろうな。
その前に出処を聞かれるだろうから、見せるんなら適当に考えておかないと。
それよりも、だ。
「遥香。例の箒は、遥香じゃなきゃ使えないの?」
怪訝そうな声で遥香が答える。
「いや、そんなことはないぞ。実は、帰りはお前の言うとおりゴーレム式のドローンにしようと思ってたくらいだ。」
「え?ゴーレムって実在するの?っていうか、まさか作れるの?」
「そりゃ、ゴーレムくらい作れるさ。魔術師の基礎中の基礎さ。ただ、どんなに術者の腕が良くても、シェイプシフターほど人間そっくりにはならないけどな。」
へー。いいことを聞いた。
「教えて。私もゴーレム、作りたい。」
「無事、旅行が終わったらな。ところで、そんなこと言いにわざわざ保安検査場まで突破して来たのか?」
あ、そうだった。そんなに時間はなかったんだっけ。もっと大事なことを言わないと。
「遥香。あのさ、二号さんから聞いたんだけど、わざわざあんなガンシップみたいな武装の魔法の箒を作ったのも、それに乗ってチャーター機についてきてるのも、みんなが無事、修学旅行に行って帰れるように、だよね。」
遥香の顔が少し赤くなって下を向いた。
依然、無表情なままだが、感情表現がはっきりしてきたな。
「これも二号さんから聞いたんだけど、飛んでる最中は回復治癒魔法みたいなの、かけっぱなしだったんでしょ。」
遥香は何も言わず下を向いたままだ。
「遥香がなんでそんなに心配性なのか、これまでの人生で何があったのかがわからない。たぶん、私たちには想像もつかないんだと思う。でも、うちの高校のクラスメイトたちは何も知らないけど、少なくとも、友達一人からは感謝されてるよ、っていいたかっただけ。」
「・・・千弦、私は・・・。」
遥香が何か言いかけたところで、スマホが鳴った。
姉さんからだ。そろそろ飛行機に戻るからトイレから出てこい、か。
「ごめん、飛行機に戻らなくちゃ。その体はあまり丈夫じゃないんでしょ。あんまり無理はしないでね。」
そう言いながら遥香から預かったイヤーカフを右耳にはめる。左耳のピアスと、デザインがなんとなく似てないでもない。旅行が終わったら、これ、遥香にねだってみよう。
遥香に手を振って別れてから、そのまま人気がない物陰に入り、認識阻害術式、隠形の呪符の順で術式を起動した後、保安検査場で並んでいる人の後ろをすり抜け、トランジットエリアに向かって走りだした。