30 往路1/修学旅行と遷音速の魔女
10月18日(金)
南雲 琴音
ポン。という音がしてシートベルト着用のマークが消える。
生徒たちはすでにガヤガヤと騒いでおり、各々がCAをナンパしようとしたり、機内モードを解除したスマホを機内のWi-Fiに接続しようとしたりと、飛行機による旅路を満喫していた。
「コトねん、こっち向いて!」
隣の席の咲間さんは、初めて飛行機に乗ったらしく、スマホで機内の写真を大量に撮影している。
それに比べ、斜め後ろの席にいる姉さんは、シートベルトを外したあたりからずっとアイマスクを着けて寝ている。
本番は福岡空港を出てから、とか訳の分からないことを言っていたけど、何が本番なんだ?
それにしてもあのアイマスク、いつの間につけたんだろう・・・。うげ、デザインが暗視スコープの形だよ。徹底した趣味だな相変わらず。
・・・まさか術式とか組んでないだろうな。
真後ろの席に座っている遥香は、さっきからずっと音楽を聴いていて、その隣で眠っている姉さんとあわせて、二人とも微動だにしていない。
「ねえ、遥香。何の音楽聞いてるの?」
遥香が返事の代わりにスマホの画面を見せてくると、そこには今聞いている曲の名前なんだろう、月月火水木金金と表示されていた。
なんの曲だろう?ホルストの組曲に似たようなのがあったよな?
「琴音サン。飛行機の中は意外にヤルことがないデス。福岡まであとたった1時間半くらいデスし、何か音楽でも聴きますカ?」
遥香はそう言いつつ、スマホの画面を操作しながらもう一セットのワイヤレスイヤホンを差し出してくる。
「あ、ありがとう。・・・何よ?この曲?」
受け取ったイヤホンから流れてくるのは、以前遥香をカラオケに連れて行った時に聞いた軍歌だか戦時歌謡曲だか、ヤシの実がどうとか、そういったものと同じでよくわからないものだった。
カラオケの時は、曲の内容の重さに比例するかのようにきれいな遥香の声が相まって、みんなが反応に困っていたよ。
海の男がどうたらという曲が終わると、今度はこの前始まった深夜アニメの主題歌が流れ始めた。
・・・軍歌と戦時歌謡曲、そのあとに深夜アニメの主題歌・・・。
統一性のないチョイスの意味がわからない。どういった嗜好をしているんだろう。
あ、機内食の時間だ。
「姉さん、機内食の時間だよ!起きて!・・・遥香、食欲なさそうだね。もしかして飛行機酔い?」
「イエ、大丈夫デス。・・・生のお肉かお魚、食べタイ。」
遥香が何か言っていたが、イヤホンから流れる音楽のせいで後半なんと言ったのか聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
一時間後 瀬戸内海上空 久神 遥香
眼下に瀬戸内海、遠くに九州を見ながら、順調にチャーター機の7キロ後を追随し続けて、魔法の箒は高度8500を飛行していた。
時速900キロを超える向かい風の中、防風と与圧のための結界をまとったそれは、順調そうに飛翔している。電磁光学迷彩術式のため、周囲から確認することはできないが。
《イタイイタイさささむさむいいい!》
真夏だというのに、南極探検にでも行くのかというような防寒着を用意し、各種術式による防御を施したにもかかわらず、それらすら容易に貫く寒気に、体のいたるところが悲鳴を上げているのがわかる。
寒いを通り越して痛い。
《マスター。防寒着、足りてないんじゃないデスカ?》
《違う、速度のせいだ!時速900キロって、ほとんど遷音速じゃないか!》
たぶん、生身で箒(もどき)に跨って、高度8500を遷音速で飛行した人間なんて他におるまい。
一応、この箒は亜音速で巡行し、最高速度マッハ2.6まで出るように設計してある。
《エェ?まさか防風と与圧の結界、張ってないんデスカ?》
《全力展開中だ!》
ひとつ前の体を使っていたころから超音速で空を飛ぶ戦闘機や、遷音速で空を飛ぶ旅客機はあったものの、当時はそんなもの相手に随行しようとか、あまつさえ超音速で空中戦をやろうなんて考えたことはなかった。
やっぱり、やめておけばよかったか。
旅行といえば、いつも船か鉄道か長距離跳躍魔法での移動だったからな。
・・・それにしても、身体強化と熱運動量制御に圧力制御、その他いくつもの術式束を目いっぱいかけてこれかよ・・・。
靴も考えるべきだった。ローファーの中で両足ともにつま先の感覚がない。凍傷で壊死するんじゃないかこれ?
《やっと福岡が見えてきた・・・。くそ、回復治癒呪、全身にかけっぱなしだったよ。》
復路はゴーレムでも作って、代わりに乗せて遠隔制御しよう。火力が大幅に下がるけど仕方がない。
千弦に念話を入れてみる。
《千弦。遥香だ。貴機はあと10分で福岡空港に着陸する。当機は貴機の着陸を確認次第、空港近くのコンビニの近くにでも着陸して休憩を行う。そちらは異常なしか。》
シェイプシフターを通じて、千弦からの返事が返ってくる。
《異常なんてあるわけないじゃん。え、本当にこの距離をジェット機と同じ速度であの魔法の箒で飛んできたの?冗談だと思ってたわよ。っていうか、高度いくつよ?》
《・・・先ほどまでは高度8000から9000だったが、福岡空港の手前200キロあたりからすでに降下している。現在の高度は3000、対気速度は450。貴機の斜め後方7キロを維持している。》
《・・・信じられない。アンタ、バカでしょ。もしかして生身でエベレスト並みの高度を新幹線より速い速度で飛んできたの?》
失礼な。ナチュラルにバカ呼ばわりされてしまった。
《いや、流石に防風と与圧の結界くらい張ってるよ。》
《信じられない。生身で棒切れの上に乗ったまま数百キロ、だなんて。》
《棒切れって・・・。そうはいってもだな。この箒を機内に持ち込むわけにはいかないし、有事の際には機内からは攻撃できないだろう?だったら、戦闘可能なこの箒でついていくしかないじゃないか。》
《いや、遥香は心配性すぎ。いったい何と戦うつもりよ。っていうか、初めから普通に飛行機に乗りなさいよ。那覇空港まであと何キロあると思ってるのよ?》
《大丈夫だ。今回の航路の中で、直線距離は羽田から福岡の距離が一番長いんだ。880キロだったかな。福岡から那覇の直線距離のほうが870キロくらいで少し短いくらいだから、今日だけの移動で考えたらもうすでに半分は超えたことになるな。》
《なにそれ。全然変わんないじゃん。はあ、もう知らない。くれぐれも墜落したり迷子になったりしないようにね。交信終了!》
むう。一方的に切られてしまった。あ、イヤーカフを外したのか。まあ、シェイプシフター経由であればいつでも連絡できるだろう。
お、チャーター機が福岡空港に着陸する体制に入った。半径100キロ圏内に敵影なし。こちらも休憩にしようか。
チャーター機が滑走路上で完全に停止する様子を確認した後、福岡空港の西にある山王公園の上空を旋回しながら、その中にある日吉神社の境内にこっそりと着陸した。
「なんという・・・熱気・・・。10月なのになんでこんなに地上は熱いんだ。」
いけない、上空と地上の寒暖差を考えていなかった。
この体は汗をかく必要はないものの、あまりの暑さに防寒着を慌てて脱いで下着姿になって、空調術式を展開して涼んでいたら、何か勘違いしてる大学生にナンパされたよ。
◇ ◇ ◇
神社の境内でお手洗いを借り、セーラー服に着替えて博多筑紫通りにあるセブンイレブンでサンドイッチとお茶を購入した。
箒を電磁熱光学迷彩術式をかけたまま福岡空港上空に待機させ、福岡空港のロビーまで行き、念話でシェイプシフターに連絡を入れてみる。
《そちらの様子はどうだ?異常はないか?》
《マスター。オンラインニュースで、東シナ海上、済州島南約150キロの公海上で国籍不明機複数を確認、空軍が緊急離陸を行ったとの知らせがありマシタ。
国防省の発表によると、同海域には中国東海艦隊旗艦、“青海”を中心とした空母打撃群約10隻が確認されていマス。》
《やはり、そうなったか。チャーター機の離陸の予定はどうなっている?》
《現時点では、変更はありマセン。予定どおりあと1時間半後の午後3時半に福岡空港を離陸するそうデス。》
《空軍のエアカバーは?何かアナウンスはあったか?》
《上空を早期警戒管制機が輪番で周回しているそうデスガ、直掩機としては福岡空港から緋電改が2機、九州南海上に出たあたりで日本空軍西部方面隊の馬毛島隊から交代で2機、震電2改が上がるそうデス。》
第四世代の緋電改はともかく、震電2改だと?機銃と空対空ミサイルによる対空戦闘しかできず、航続距離も足りない、ステルス性能もない第三世代初期の骨董品を、たった2機?パイロットを殺す気か。
いくら何でも空軍参謀部がこんな馬鹿みたいな作戦立案をするとは思えない。
さては、中国を刺激したくないという気持ちが先に立ったな。覚悟のない政治家どもめ。
《マスター。情報端末からの速報デス。米軍の太平洋第七艦隊所属、第三空母打撃群が奄美大島北東50キロに展開中デス。同時に日本海軍佐世保地方隊所属の長崎艦隊第二空母打撃群が同海域に向けて屋久島沖を航行中とのことデス。》
・・・なるほど、長崎艦隊が出るならば、旗艦は最新鋭巡洋艦の愛鷹か。それと日本最大の空母“磐城”そして同型艦“出羽”が出動するはずだ。
一隻当たりの艦載機はF35B、または最新鋭機のF3A/Fを48機、他哨戒機、回転翼機が何機か、だったか?
編成が間に合わず、安普請の中国東海艦隊を相手にするには十分すぎる戦力だ。しかし、時間的にちょっと間に合わない。
前言撤回。同盟国の圧力に耐えきれなくなったのか。あるいは覚悟を決めたのか。
どちらにしても、民間機の護衛に充てられるのは骨董品だけだということだな。よし、少し先行して露払いをするか。
《シェイプシフター、先行して哨戒する。近くに千弦はいるか?いないなら伝言を・・・》
シェイプシフター越しに千弦を呼び出そうとした時だった。
「あ。いたいた。遥香、探したわよ。遥香二号から空港内にいるって聞いてね。来ちゃった。」
目の前に千弦がたっている。
来ちゃった、じゃねーよ!?福岡空港の保安検査場、どうやって突破した!