296 帝国が夜に沈むとき/ユリアナの戦い
南雲 千弦
久しぶりに生身に戻ったけど、思いのほか身体が重たくてすぐにAMC-2を起動する羽目になったよ。
っていうか、2号機の製造が間に合っていてよかった。
クインセイラ家の技術者が予備機を作っておいてくれてなかったら、今頃は生身の身体を引きずって戦う羽目になっていたかもしれない。
実際、生身の主観時間はそろそろヤバいのだ。
現代に戻るまで2000年を切ったところで、妙に足踏みが続いているのがもどかしいよ。
フライングオールに固定した聖棺モドキの中で眠る自分の顔が、心なしか不安げに見える。
それにしても、北居住区にある聖棺モドキの安置場所はすでに襲撃されかかってたし、南門の敵兵は町中になだれ込み始めていたし、結構ギリギリだったんだよね。
「敵兵の後退を確認、と。何とかなったのかしら?それにしても、西門のほうは被害が大きすぎるわね。まさか、暴走魔導兵器がこんな時代にあるなんて思わなかったわ。」
AMC-2の魔力障壁がギリギリ持ったからよかったようなものの、あそこに生身で突入する度胸はない。
暴走魔導兵器自体は、おそらくはそこで組み立てたのか・・・。あるいは4頭立てくらいの馬車で運び込んだのか。
いずれにせよ、爆心地に残されたその残骸の大きさからすると、持ち運ぶのも容易ではないだろう。
「兵器のサイズに比べて威力は疑問なんだけど、この時代に脅威であることには変わりはないわね。まあ、魔力検知能力が少しでもあれば発動前に気付くでしょうけど。」
事実、堅牢に建て直されたダスーン代用監獄は消し飛び、おそらくは収容されていた竜人のすべてが犠牲となったようだ。
幸いなのは、異変を察知した人間が声掛けをしながら避難をしてくれたことだが・・・。
それでも、かなりの帝国市民が亡くなったことには違いない。
私はフライングオールに跨ったまま目を瞑り、数秒だけ黙祷する。
「さて・・・聖棺モドキの移動、それからセラフィアに無事を知らせなきゃ。」
私はそのまま長距離跳躍魔法を発動し、彼らが避難中のドラゴパレストに向かい空を駆けていった。
・・・・・・。
レギウム・ノクティス本土から真南におよそ1200kmほどの場所にあるドラゴパレストは、大きな湖・・・おそらくはチャド湖を臨む開けた台地にあり、魔術なしでも十分な水を確保することができる場所だ。
だが将来のことを見据え、あくまでも仮の居留地としてある。
・・・19世紀の初頭までヨーロッパ人に発見される心配はないが、この地域はとにかく風土病がひどいのだ。
マラリア、コレラ、メジナ虫症。
黄熱、ポリオ、アフリカトリパノゾーマ症。
デング熱に河川盲目症・・・そのうち出血熱まで発生するだろう。
大金を貰ってもこんなところに住みたくはない。
おそらくだが、レギウム・ノクティスの壊滅後は、ナギル・チヅラのように帝国市民は世界中に散り散りになっていくんだろうな、と思うと、なぜか少しだけ寂しさを感じてしまった。
「いけない、いけない。日本人の悪い癖ね。国はいつしか滅ぶもの。だからこそ滅ばないように守らなくちゃいけないのに。」
独り言が風に消える中、ドラゴパレストの仮居留地に着陸する。
まずは、聖棺モドキを安置する場所を探そう。
「ええと、カリーナの屋敷は・・・お、あれか。思ったより小さいわね?まあいいや。知り合いがいてほんとによかったわ。」
身寄りのなくなったカリーナは、セラフィアとその娘さん、そしてお孫さんのエリシエルが支えていくことになったらしい。
私は飾り気のない門をくぐり、庭を歩いて行った。
・・・・・・。
セラフィアに自分の身体を預け、カリーナと夕食を共にする。
彼女の爵位は侯爵だったが、扱いは辺境伯ということになっているらしい。
だからいつもは一人で夕食をとるらしいが、今日は私がいることで顔をほころばせていた。
「チヅラ様。こちらにいらっしゃることができるのはいつまでですか?ここしばらくはずっと起きていらっしゃるし、しばらくはごゆっくりされたらいかがでしょうか?」
「う~ん。帝都がかなりヤバいのよ。ちょっと放置はできないかな?それに・・・ちょっと気になることがあって。本来の歴史を知らないから何とも言えないんだけど、何か違和感があるのよね。介入が必要なのかしら。」
実際、レギウム・ノクティスの最期を私は知らない。
だから、基本はノータッチでいようと思ったのだけど・・・。
あの暴走魔導兵器を見て気が変わった。
あれの存在を許せば、これからの歴史が大きくゆがむような気がする。
「では、お戻りになるのですか?」
「うん。明日の朝には帝都に戻るよ。それより、体調はどう?」
「・・・ええ。あれからは何ともありません。それに、セラフィアから聞きました。私の仇をとってくださったと。」
ワレンシュタインのことか。
カリーナだけでなく、セラフィアの仇でもあったからな。
「仇をとったとはいっても、殺すところまではできなかったけどね。ワレンシュタインは魔族だから、今頃は元通りになっているかもしれないし。」
「いいえ。チヅラ様のお話を聞いて、胸がすっとしました。それに、私自身の傷も癒えましたから。」
そうだった。
魔族に犯された場合は、専用の避妊薬を使わないと他種族との間に子供ができなくなるんだっけ。
上級貴族である彼女は優先的にその薬を入手することができたらしく、妊娠も後遺症もなくすんだらしい。
だけど、心の傷まではどうにもならないだろう。
・・・あ。
そうだ。
「私からもちょっとおまじないをしておいてあげる。・・・ちょっと目を閉じていて。」
魔族はいくつかのハンデを抱えて生きている。
そのうちの一つ、マザリオマティス。
でも、マザレクタールで一時的に治すことができる。
マザレクタールは、セラフィアに頼んで解析させてもらったことがあるけど、あれは化学ではなく術式で構築された魔法薬だった。
・・・であるならば。
マザレクタールを術式化して、血継術式でその血統に焼き付けたら?
・・・できた。
これでカリーナの血統はマザリオマティスにならないですむ。
「チヅラ様?今何をなさったのですか?」
「うん?ちょっとね。カリーナがこの先、好きな人ができて結婚して赤ちゃんが欲しくなった時、相手がどんな人であっても無事に出産できるよう、そしてその子の子孫に至るまでマザリオマティスにならないように、ってね。」
カリーナは目を丸くしているが、血継術式そのものについては黙っていよう。
コレ、考えようによっては子々孫々続く呪いだってかけられるからね。
食事を終え、それぞれの部屋に戻る。
後でセラフィアの娘さんとお孫さんにもかけてあげないと。
◇ ◇ ◇
ノクト・プルビア三世
皇城 会議室内
正体不明の一団の襲撃を受け、帝都は大きな被害を受けている。
特に、西城壁を中心とした西職人街が大きな被害を受けており、汚染されて今も立ち入ることができないため、復旧は絶望的だ。
あそこには市民の一部が退避していたはずだ。
死者、行方不明者数は集計中だが、一万人を超える見通しだ。
ノヴェラント家の文官が書類を手に発言する。
「陛下。疎開先のドラゴパレストの受け入れは順調とのことです。」
「そうか。移動手段の確保状況は?」
「デュオネーラ家から提供された定点間高速飛翔術式・・・通称、『旅の扉』をセレネーア大劇場跡地に設置していますので、問題ありません。」
「そうか。引き続きよろしく頼む。」
長距離跳躍魔法にかけられた「魔族はどうあっても使うことができない」という安全装置はとうとう解除することができなかったが、代わりにこの術式が提供されたのはありがたかった。
長距離跳躍魔法に比べれば移動速度はかなり低いが、6000スタディオン(1080km)の道のりをわずか1ホーラ(1時間)もかからずに往復できるのだから、素晴らしいというほかない。
ただ、魔力の充填作業が必要であるために一日あたり千人しか移動できないという制約があるが。
「それと、例の魔導書の解析は進んでいるのか?」
僕の質問に対し、セプティモス家の技官が回答する。
「はい。魔導書に用いられていた術式のうち、情報伝達以外の術式、魔法については解析を終えました。いずれも北方で恐れられている『魔女』が行使する魔法と考えて差し支えないかと。」
例のデュオネーラ家から提供された魔導書の出所については、「旅の魔導士が置いて行った」との回答を受けただけで発行元などは一切わからなかった。
だが、おかげでいくつかの魔法、そして術式を新規で開発することに成功したのだ。
「陛下。高等研究院から申し入れが。ドラゴパレストに学術資料の移動を行いたいとのことです。現在、定点間高速飛翔術式に魔力が充填され次第、市民の移動を優先的に行わせておりますが、一部割り振っていただくことはできませんか?」
「・・・それは市民何人分に相当する?」
「家財を含めないのであればおよそ2万人分かと。」
わが帝国は魔法帝国と自称することだけあって、その存立には魔法の知識が何よりも必要だ。
帝国臣民の生活レベルを維持するためには、その知識は絶対に欠かせない。
だが、資料の持ち出しのために2万人が足止めを受けるとなると・・・。
「却下だ。人命を優先する。学術資料は陸路で運べ。あるいは、高等研究院所属の魔法使いが長距離跳躍魔法をつかってもいい。」
「陛下。長距離跳躍魔法を使える魔法使いは今のところ帝国全体でも数人しかおりませぬ。しかも運搬能力は・・・。」
「くどい。人命優先だ。これは徹底しろ。・・・他には?」
会議室に集まった重鎮たちは一様に黙り込む。
「なければ今日の会議は終わりだ。僕は少し休む。」
いつも傍らにいた叔母さんがいないというだけで、疲れが濃いような気がする。
僕は自室に戻り、だれもいない部屋の中で、侍女が整えたベッドに着替えもせずに寝ころんだ。
◇ ◇ ◇
ユリアナ
深夜、イスの町の一等地を独占する礼拝堂、そしてその後ろにそびえたつ聖堂に侵入する。
結界に類するものが幾重にも張られていたが、魔法と術式を駆使し、欺瞞し、突破していく。
この礼拝堂、ずいぶんと新しいな。
ユリアナの記憶の中にあるものはずいぶんと傷んでいたが・・・。
まるでつい最近立て直したようだ。
魔力検知の網を広げ、周囲をくまなく調べていく。
・・・やはり、地下がある。
それも、かなり広大な空間だ。
「隠し階段は・・・あった。祭壇の後ろから降りる形式ね。」
女神像のところに何かの仕掛けがあるようだが、かなり複雑な手順を要求するらしく、正規の手段では開錠できない。
「そのうちに残留思念を調べるような魔法を作りたいわね。とりあえず・・・神秘の守護者よ。我は奇跡の言霊を以て汝を解き放つ者なり。・・・開いたわ。」
最近作った強制開錠魔法で無理やり開錠するが、この「鍵」という概念自体、それほど古くはないからなぁ・・・。
石造りの階段を下りながら手のひらに照明の魔法を発動する。
「光よ。照らせ。・・・何事も勉強だわ。それにしては人の気配がしないわね。誰かが囚われている場所じゃないのかしら?」
不思議に思いつつ、魔法の明かりの出力を上げ、頭上にかざすと・・・。
そこにはガラス製の筒に入ったいくつもの・・・人間だったもの、そしておそらくは、いまだに動いている脳と臓器が・・・青白い液に浮いていた。
その異様な光景に足が止まり、思わず絶句してしまう。
数百はあるであろうガラスの筒には、それぞれ名前のようなものが張り付けられており、元は生きた人間であったことが伺える。
心臓が早鐘を打つかのように跳ね回るのを抑え、ゆっくりとそれらを確認する。
「・・・人格情報は残ってない。記憶情報もほとんど消えかけてる。いったいなぜ、こんなことを・・・。」
見たところ、並べられているのはすべて成人、またはある程度大きくなった人間の脳であり、ラベルの名前はすべて女性名のようだ。
ということは・・・マティアスとクラウディアはここにはいない?
まだ殺されてはいない、のか?
別に平静を装っているわけではない。
もう5000年前後は生きているのだ。
夫が殺されたことも、我が子を殺されたことも何度もある。
そして、その仇を討ったことも、討てなかったことも。
だというのに、のどが渇く。
胸は張り、クラウディアに飲ませるはずの乳が垂れ始める。
「待っていて。必ずお母さんが助けてあげるから。それと・・・マティアス。あなたにはちゃんと話すべきだったわ。」
念のためすべてのガラスの筒を調べ、二人の名前がないことに安堵する。
そして、そのまま隣の部屋に続く扉に手をかけたとき、はじめて人の気配を感じた。
「二人?この気配は・・・魔族!何をしているの?」
注意深く透視呪を発動し、相手に魔力を検知されないよう、魔力隠蔽を施しておく。
扉越しに見たその部屋には・・・驚きの光景が広がっていた。
・・・・・・。
赤い結晶が並べられた棚を背に、大きな釜といくつもの管、そして大量の臓器のようなものが入った筒が並べられている。
その前に二人の魔族が立ち、何かの作業を行っていた。
「ふむ。胎児からの抽出は順調じゃな。母体は解体して偽脳の維持に回すとして、あとは・・・乳幼児からの魔力抽出か。物心ついてしまうと人工魔力結晶に人格が残るでな。」
「人格が残った部分については無詠唱時の精神汚染の身代わりに使いたいところですが・・・乳幼児だと中途半端なんですよね。身代わりにもならず、かといって無視できるノイズではない。ですが成人と同じように除去すれば採取量に影響する。困ったものです。」
「そうじゃな。そろそろサンプルが欲しいところじゃが・・・例のマティアスとかいう男とそのガキはどうじゃ?母親はおらんようじゃが使えんかの?」
「例の一家そろってブリタンニアに渡ろうとしていたところを押さえた親子ですね。明朝にはこちらに移送される予定です。・・・しかし、もったいなかったですね。彼の姉夫婦にも似たような条件の子供がいたようですが・・・まさか夫婦もろともに殺してしまうとは。」
・・・マティアスとクラウディアがこちらに移送される?
じゃあ、私がイスについた時にはまだ捕まっていなかったのか?
それに、おそらくマティアスは姉夫婦に頼ったのか。
似たような条件の子供がいたということは、彼の姉は乳飲み子を抱えていて、巻き込まれて殺された、ということか。
ギリ、と奥歯が嫌な音を立てる。
巻き込んでしまった。
だが、一瞬で頭からその事実を追い出す。
まずは我が子を助ける。
他のことはすべて二の次だ。
となれば・・・。
《モリガン。いるか?》
《はい。現在イスの町の上空を旋回中です。空が明るくなってきましたが町はまだ動いていません。》
《町に接近する者はいるか?馬車でも歩きでもどちらでもいい。》
《・・・東街道から一組。檻のついた馬車とそれを護衛する一団です。他は確認できません。》
《それだ!檻の中の様子を送ってくれ。》
私の念話に反応したモリガンは馬車に向かって飛翔し、すぐにその様子を送ってくる。
・・・間違いない。
マティアスだ。
それと・・・顔は見えないがスワドルで包んだ乳飲み子を抱えている。
クラウディアだ!
檻の中にはほかに数人の少年少女がいるが、年齢的にマティアスの姉夫婦ということはないだろう。
《よし。モリガン。正確な場所を送れ。すぐにそちらに向かう。》
《了解しました。こちらの場所は・・・。》
「ぬ!?そこに誰かおるのか!侵入者じゃ!捕らえよ!」
くそ!
魔力を読まれたか?
感情が大きく揺れたせいで!
私はそれまで行っていた魔力隠蔽をすべて解除し、地上に向かって駆け抜ける。
だが、侵入者がいることを伝えるための鐘が打ち鳴らされ、地上から何人もの男たちが階段を駆け下りてくる。
「どきなさい!三十連唱!雷よ!敵を討て!・・・くそ!金属鎧!?五連唱!炎よ。盛れ!そして焼き尽くせ!」
雷撃魔法を発動するも、男たちが身に着けた金属鎧が雷撃をそらし、床へ逃がしてしまう。
やむなく最低出力で炎撃魔法を解き放ち、鎧の中から焼き焦がす。
「ぎゃあぁ!?火、火が!熱い!」
のたうち回る男たちをかき分け、地上に飛び出すも待ち構えていた数人の男が槍を突き出す。
全員魔族か!
しかも、そのうち何人かはユリアナを凌辱した男たちだ!
「術式束、167,973を発動!続けて術式束、1,563,361を発動!」
思考加速と身体強化、物理防御と高機動術式を一気に発動し、続けて感覚鋭敏化、防御障壁、乱数回避と直感鋭敏化術式を発動する。
加速された思考のおかげで時間が引き延ばされ、突き出される槍がゆっくりと見え、鋭敏化した感覚と直感が飛来する矢の軌道を正確にとらえる。
数本の槍と矢を防御障壁ではじき返し、強化した身体機能と高機動化した足回りで残りを躱し切り、礼拝堂から飛び出すと同時に次の魔法の詠唱に入る。
「百連唱!炎よ!万物の清め手よ!蒼炎となりて悪しき闇を打ち払え!」
百連唱した蒼炎魔法が、青白い舌を伸ばして礼拝堂を嘗め尽くす!
閉鎖空間では使えないが開けた場所に出てしまえばこっちのものだ!
「ぎゃあぁぁぁあ!!」
悲鳴を上げながら礼拝堂とともに炎にまかれていく魔族たち。
他人の痛みはわからなくても、さすがに自分の痛みは感じるらしい。
《モリガン!マティアスとクラウディアの馬車はどこだ!》
《マスターの現在地から東におよそ10スタディオン(1.8km)です!ですが・・・馬車の様子が・・・檻から引き出されています!敵兵が密着しているので攻撃魔法を使うときは注意してください!》
《分かった!今すぐ向かう!》
敵兵がマティアスとクラウディアに密着しているとなると、大規模広範囲の攻撃魔法は使えない。
いや、マティアスは多少痛い目を見ても後で治療してやればいいかな、なんて思うけど、クラウディアをそんな目にあわせたくはない。
「勇壮たる風よ!我に天駆ける翼を与えたまえ!」
飛翔魔法を発動し、全身の魔力回路を開いて空に上がろうとした瞬間、首筋にトス、と軽い音がして何かが刺さる。
「ぐっ!?がはっ!」
一瞬で飛翔魔法の効果が散逸し、起動中の術式のいくつかが停止する。
「こ、これ・・・。」
声が、出ない。
いや、頚椎を損傷した?
身体が、自由に動かない!?
これは・・・なんだ?
短矢?
赤い・・・矢柄?ヒスイの、鏃?
念動呪で引き抜こうとした瞬間、パキ、と矢柄が折れる。
・・・これは・・・くそ、魔力結晶で作られた矢柄に、ヒスイ製の鏃をつけるだなんてキ〇ガイじみたことをするなんて・・・。
「くふふ・・・。大した魔法使いだが・・・これで詠唱もできまい?その矢は魔法を拒絶する。ああ、引き抜いても無駄じゃよ。喉元はすべて汚染されているはずだからの。」
・・・ユリアナの記憶にある、セヴェリヌス・モルタリエとかいうクソジジイか。
部下に命じて金鋏でユリアナの秘所を裂き、金棒を挿し込ませて悲鳴を楽しんでいやがった・・・変態野郎だ。
ユリアナが気絶してしまったせいでそれ以降の記憶はなかったが、人間を虫か何かと思っているどうしようもない男だ。
「ふふ、虫だなんて思ってはおらぬよ。せいぜい家畜じゃな。それにしても・・・とんでもない思考速度じゃな。天才の儂でも考えていることの半分も読めぬとは。大したものじゃ。」
こいつ!
私の思考を読んだ!?
精神感応系の能力者か!
先ほどの私の存在の気付いたのもそれが理由か。
セヴェリヌスは私に近づき、首に刺さった矢をゴリゴリとひねった後、ゆっくりと引き抜く。
くそ、回復治癒呪の効きが悪い!
高魔力の破片が邪魔なのか!
「ふむ。この距離まで近づかなくてはほとんど読み取れんとは。大した抗魔力じゃ。それに・・・人工魔力結晶の矢柄がなければ抗魔力を中和できんじゃろうな。」
人工・・・魔力・・・結晶?
魔力溜まりの奥深くでしか採取できない魔力結晶を、人工的に作る?
どうやってそれだけの魔力量を用意するというのだ?
「くふふ。人間の命と魂じゃよ。アレは莫大な魔力に変換できるでな。おぬしの魔力量なら、特大の人工魔力結晶になりそうじゃな。・・・ん?おぬし、マティアスとかいうガキの妻なのか。これはいい。おぬしの目の前で夫と赤子を人工魔力結晶にしてやろう。魂すらも潰して親子仲良く赤い石になるところを特等席で見せてやろう。」
自慢げに笑うセヴェリヌスのまわりにわらわらと集まってきた男たちに、両手両足を抑え込まれる。
首に縄を掛けられ、手枷と足枷をはめられる。
くそ、これ以上思考を読まれるわけには!
・・・仕方がない、やりたくはないが!
術式束が一切使えなくなってしまうが、私は構わず脳の演算回路をフル回転させる。
「ぬ・・・?なんじゃ?思考が・・・読めぬじゃと?」
本来は全く意味のない行為だが、目盛りのない定規とコンパスを用いて円と同じ面積を持つ正方形の作図や、任意の立方体の倍の体積を持った立方体の作図、そして任意の角を三等分するなどといった「解がない」問いを脳内で高速演算していく。
ついでに並列で古典的な円周率の計算も加えてやる!
小数点以下100桁なら正10の50乗角形の計算だ!
「この娘・・・いったいどういう頭をしておるのじゃ!?ええい、いい加減にせんか!」
クソジジイが!
お前がどれだけ自称天才だろうが、私は泥臭く5000年もの間、亜空間上で思考を積み重ね続けてきたんだ!
数百年の天才程度で私に勝てると思うなよ!
「ぐ・・げほぉっ!?よし、治った!・・・風よ!姿なき獣の牙よ!集いて我が敵を切り刻め!」
かろうじて治った声帯を無理やり使い、風刃魔法を発動して私を縛り上げた縄、押さえつける男たちの指、そして汚染された喉の周りの肉を切り刻み、削ぎ落す。
「うわあぁぁ!?こいつ、自分の身体ごと切り刻みやがった!」
「指が!ひぃぃ!」
頸動脈まで吹き飛ばしたのか、盛大に飛び散る血液と一瞬の立ち眩みに耐えつつ、瞬時に止血、そして血管縫合を行い、セヴェリヌスから距離をとる。
「驚きじゃ。おぬし、見た目通りの歳ではないな?それに、この魔力・・・戦いなれした気配・・・おぬし、まさか魔女か!魔族殺しの女か!」
魔女、と呼ばれたことはあるが、魔族殺しの女というのは・・・初めて聞くな?
いや、魔族はかなり殺してるけどさ。
「それが何?戦争なら受けて立つわよ!?」
「くふ、くふふふ・・・そうか!マティアスの娘は魔女の血族か!」
《マスター!マティアス殿とお子様が!そちらに到着しました!このままでは人質にされます!今すぐ戦闘許可を願います!》
振り向けば、クラウディアらしき赤子を男たちに奪われ、縛られて引きずられるマティアスが・・・!
《許可する!戦闘要員が足りなければ召喚符を使って構わん!》
《了解!出番です!アバル!フレーズルグ!アマロック!チェフレン!ヴァハ!バズヴ!》
上空でモリガンが召喚符を用いて6体の眷属を喚び出す。
うわ、渡した召喚符を全部使いやがった。
剣と盾を持ち、革の鎧を身にまとった壮年の戦士、すなわちアバル。
火の翼をもつ子犬ほどの大きさのドラゴン、すなわちフレーズルグ。
仔馬ほどの大きさの狼、すなわちアマロック。
そして手足の生えた大ウナギのような魚竜、すなわちチェフレン。
さらにはケルトの三女神の残る二人、赤い鬣のヴァハ、戦場で死を予知する者、バズヴ。
「うおおお!」
「グルァァァ!」
一瞬で男たちの懐に入り、道を切り開くアバル。
炎の吐息を吐き、男たちの足を焼くフレーズルグ。
「ガアァァァ!」
そしてマティアスの腕を後ろ手にひねり上げている男の首を一瞬でかみ砕くアマロック。
物も言わずに水の刃をふるい、マティアスの縄とクラウディアを抱えた男の腕を切り落とすチェフレン。
慌ててクラウディアを抱き留めるマティアスの周りに、黒翼を翻しながら彼を守るかの如く舞い降りるモリガン、赤い鬣のヴァハ、赤い火花をまとったバズヴの三女神。
一瞬で状況が逆転し、魔族たちはたたらを踏みながら後ずさる。
「ユリアナ・・・やはり君は、人間ではなかったんだね・・・。」
マティアスがクラウディアを抱きながら震える声を絞り出す。
「この馬鹿!今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!死ぬ気で私の娘を守りなさい!その子を私から守ろうとしたように!」
彼の恐怖は分かっている。
でも、マティアスは、私を捨ててもクラウディアは捨てなかった。
もしかしたら、化け物の子供かもしれないのに!
絶対に、あの男とは違う!
「くくく・・・すばらしい!これほどの召喚獣を維持し、顔色一つ変えない魔力!さすがは魔女!欲しい、欲しいぞ!」
「アバル!モリガン、ヴァハ、バズヴ!マティアスとクラウディアを安全な場所へ!残りは魔族を薙ぎ払いなさい!」
私は手早く指示し、それぞれが素早く動き始める。
・・・だが。
モリガンの声が響く。
「マティアス殿?!どうしたのです!?」
「クラウディアを、君の娘を、俺は命に代えても・・・!」
マティアスの様子がおかしい。
脂汗を流し、その場から一歩も動こうともしない。
それに、目の焦点が合っていない!
「マティアス!?何が見えているの!?」
「ユリアナ、すまない!だが俺は君のことを愛していたんだ、心から。初めて会った時から、君のためなら死んでもいいと思った。でも、君は君じゃなくて、だけどクラウディアは君の娘で・・・。それでも愛して、いたんだ!」
明らかに様子がおかしい。
っ!まさか!?
こいつ!他人の思考を読み取るだけじゃなくて干渉することまでできるのか!?
「セヴェリヌス!?まさかマティアスに!?」
「人はかくも脆い生き物よのぅ!くははは!この男、おぬしを何度も抱いたというのに、もはや怪物が詰まった肉の袋としか見えてなかったようじゃな!」
「うるさい!フレーズルグ!チェフレン!薙ぎ払え!アマロック!やつを黙らせろ!」
分かっている、分かっているんだ!
そんなことは私が一番分かっているんだ!
それでも、私は人間なんだ!
3体の眷属が飛び上がり、セヴェリヌスを守ろうとする魔族を薙ぎ払っていく。
だが、アバルが驚きの声をあげる。
「マティアス殿!何を!」
「ぐ・・・この化け物!ユリアナを返せ!クラウディアを返せ!」
マティアスの叫び声とともに、ドス、という鈍い音が背中から聞こえる。
パキ、という音ともに何かが引き抜かれ、ボタボタと血が流れる感触が始まる。
右胸が・・・ゴワゴワする。
それに、なんだ・・・この胃の腑から湧き上がるような不快感は?
「くははは!どうじゃ!夫に刺された痛みは!信じた人間に裏切られる気分は!」
振り向き見れば、マティアスが焦点の合わない目で赤い石の刃を握り、私にそれを振り下ろす。
すでに石の刃はところどころ欠け、私の身体の中に残っているようで・・・。
だが、マティアスの唇は食いちぎられるほど血が滴り、刃を握る手からはきしむような音が聞こえ続けて・・・。
「このクソジジイ!・・・モリガン、ヴァハ、バズヴ!マティアスとクラウディアを物陰へ!引きずってでも構わない!5つ数えたら防御姿勢をとれ!」
なおも刺し続けるマティアスを振りほどき、右手に魔力を集中する。
セヴェリヌ!貴様だけは絶対にぶっ殺す!
周りに被害が出ても知るものか!
「千連唱!炎よ!火坑より出でし死火よ!猛りて寥廓たる天地を焼き尽くせ!」
白熱するほどにまで圧縮した轟炎魔法を叩きこみ、大きく後ろに下がる。
不安定な炎の舌でイスの町は薙ぎ払われ、数人の魔族と何件もの家々が焼かれ蒸発していく。
炎が収まるころには、前方にあるイスの町の全てが吹き飛び、およそ20スタディオン(3.6km)先には海が見えるようにまでなったが・・・。
「そんな・・・詠唱に干渉された気配なんて・・・。」
だが、渾身の力を込めてはなった魔法は、セヴェリヌスを避けるかのように、左右に割れていた。




