295 古代都市イス観光
活動報告でもお知らせしておりますが、本業が忙しいので先週から火曜木曜の更新に切り替えています。
南雲 千弦
長距離跳躍魔法でレギウム・ノクティスからイスまで飛翔し、その郊外に降り立つ。
電磁熱光学迷彩術式は併用していないが、現代ほど人口が多くなく、モータリゼーションも発達していない世の中だし、誰かに見とがめられることなどないだろう。
「・・・すごいね!?長距離跳躍魔法の運用にかなり慣れているみたいだ。帰りは僕が使ってもいいかい?」
う~ん。
私や琴音が初めて跳躍したときは漏らしてしまったんだが、さすがは男の子というべきなんだろうか。
紫雨君・・・ノクトは跳んでる最中も着地した後も、興奮冷めやらないようだ。
「帰りはお願いするわ。総魔力量もノクトのほうが多いみたいだし。・・・で、これからどうするの?町を半壊させるなら手伝うわよ?」
遠めに見るとよくわからないが、上空から見るとあの町の大きさはなかなか大したものなのだ。
フランスのパリを二回りほど小さくした程度の広さを持ち、人口密度もなかなか大きいようだ。
まあ、高層建築物は最大でも5階建てくらいだけどさ。
「いや、そんなことしないからね!?住んでいる人もいるだろうし、関係ない人を巻き添えにするのはダメだよ!」
あ。そうだったよ。
別に宣戦布告されているわけでもないし。
「仕方ないわね。ええと・・・じゃあ、聞き込みでもしましょうか。それと、どこかで宿でもとる?」
私たちはそんな話をしながらイスの城門に近付いていく。
城壁と堀・・・いや、これは運河か。
レギウム・ノクティスと比べると少し小さいけど、海に面した冷たい水の匂いがする大きな町に、門番に見とがめらることもなく、堂々と入っていったよ。
大通りを進み、市のような場所に顔を出す。
使われている言語は何語かは知らないが、レオ・デュオネーラからもらった首飾りと同じ機能を持つこのホムンクルス・・・AMC-1はしっかりと翻訳してくれる。
「通貨は・・・うん、何とかなりそうだ。デュオネーラ家の連中があらかじめ入手しておいてくれたからね。・・・でも、物価が随分と高いな?」
「そりゃ、ある程度の大量生産・大量消費と物流網の整備が行き届いてる帝国と一緒にしちゃだめよ。まあ、帝国もまだまだだと思うけど。」
「え・・・あれ以上の物流網の整備なんてどうやったらいいんだよ。無茶なことを・・・。」
「ナギル・チヅラでは海でとれた魚をその日のうちに三千スタディオン先まで届けることができたらしいわ。・・・生のままね。」
「げ!・・・マジかよ・・・。そういえば衛星都市とその属領、かなり内陸でも新鮮な魚が届いてたっけな。どういう理屈なんだ?あの頃から長距離跳躍魔法があったのか?」
まあね。
ナギル・チヅラの物流網は黒海に浮かぶ高速蒸気船とそれらが搭載した冷凍庫が担っていた。
しかも衛星都市間では蒸気機関車による鉄道網もあったからね。
この世界では産業革命まで真似は出来なかろうよ。
ブツブツと考え込んでいる彼のことは放っておくとして、市場に並んでいる商品を順に見ていく。
鶏卵もないし、肉も魚もすべて干したものか。
乳製品は・・・おそらくはヤギの乳のチーズか?
塩だけは安くて豊富だな。
だが、意外にも野菜と果物の類が多い。
小麦は・・・ヒトツブコムギとエンマーコムギ?
ずいぶんと質が悪いけど・・・小麦の原種だな。
「一応は貿易都市としての性格があるのか。宗教団体が牛耳る街にしては生活レベルが高いのはそのおかげね。・・・でも魔族の割合が妙に多いわね。それに、なんか態度が悪いんだけど?」
そう、さっきから気になっていたんだが、この町、妙に魔族の割合が多いんだよ。
しかも、そいつらは店を出してるとか宿を経営してるとかじゃなくて、ただ町の中にいるだけで・・・。
「よお。そこの姉ちゃん。俺に何か用か?さっきからじろじろと見やがって。そんなに気になるんなら、そこの宿でじっくり相手してやろうか?」
私の視線に気づいたのか、果物売りの屋台の前でたむろっていたガラの悪い連中がカラんできた。
その一瞬で私の前に出ようとしたノクトの肩に手を置き、制止する。
・・・あら。
なかなか男らしいところ、あるじゃない。
必要なのは今じゃないけど。
「手間が省けたわ。ねえ。いろいろ聞きたいことがあるんだけど。教えてもらえるかしら?」
私の返事に驚いたのか、魔族の若者は一瞬目を丸くした後、ゲラゲラと笑いながら他の魔族たちに声をかける。
「おい!この娘っ子が聞きたいことがあるんだってよ!じゃあ、いろいろ教えてやらなきゃなぁ。・・・そこの宿でいいかい?」
「宿でも、裏通りでも。何ならこの通りの真ん中でも構わないわよ。」
「ぎゃははははは!今から何をされるのかも知らずに。お前、よそ者か?そっちの男は兄か?それとも恋人か?大変だなぁ?気の強い女と一緒にいると。」
魔族の男が私の肩に手をかけ、他の男とともに市場の裏手の路地に連れて行こうとする。
「ノクト。すぐ帰ってくるからこの辺でぶらぶらしてて。」
「う、うん。気を付けて。」
うん、気を付けるよ。
殺さないように。
・・・・・・。
連れ込まれたくらい路地裏は、ありがたいことに市場の喧騒が全く聞こえず、袋小路になっていて人の流れもない。
つまり、ここで何をしようが周りの人間は気づかないということだ。
「さて・・・脱ぎな。姉ちゃん。それとも着たままのほうがいいか?」
「やべーよ。5人がかりじゃ穴が足りねぇ。誰からやる?コインで決めるか?」
このサルどもが。
ヤルのはこっちだっつうの。
「・・・五連唱。奈落より滲み出ずる泥濘よ。仄暗き困憊の毒酒よ。我は鈍色の盃を掲げ、その穢れを振り撒く者なり。」
「ぐ、ぐえぇぇぇ・・・あ、い、いったい・・・。」
私は股間にテントを張っているアホどもに向かい、強制倦怠魔法を五連唱で発動する。
詠唱の直後、空に掲げた私の指先から薄紫の波紋が広がっていく。
それは瞬時に男たちの身体に巻き付き、怨嗟の声をあげながらその活力を奪っていった。
「さて、チンピラ程度が何を知っているかしら。安心しなさい。拷問なんてしないわ。・・・天空にありしアグニの瞳、天上から我らの営みを見守りしミトラに伏して願い奉る。日輪の馬車を駆り、彼の者の真実を暴き給え。」
恐怖にひきつったまま、脱力して動けない男たちに、私はゆっくりと強制自白魔法を使っていった。
・・・小一時間ほど問い詰めたころだろうか。
自動書記術式でもくもくとメモを取り続けていると、路地裏にひょいとノクト(紫雨君)が顔を出す。
「無事かい?・・・ああ。無事そうだね。」
「ええ。一人も殺してないわ。ケガもさせてないわよ。」
最後の一人があらかたしゃべり終わったところで、私は立ち上がり、後ろを向く。
そんなに簡単に殺しゃしないって。
「いや、心配なのはそっちじゃなくて・・・まあいいや。それで、何かわかったかい?」
「環境が変われば人はいくらでもクズになるということが分かっただけね。」
なるほど、この時代の魔女が魔族を絶滅させたくなる気持ちがよく分かったよ。
どいつもこいつも、自称「霊長の中の霊長」「差別被害者」かつ「特権階級」だってさ。
魔族は人間の8倍という長い寿命を誇り、人間よりも多くの魔力と、魔石を傷付けられない限りなかなか死なないという、素晴らしい種族なんだと。
それなのに、魔族は侵略的交配を行う種族とされ、忌み嫌われて恋人もできない、女はまともに子供を産めない、だから他種族から弾圧を受け続けている、完全なる差別の被害者だと。
だから、魔族が生き残るためには他種族の女を強姦しても構わないし、他種族の男から何を奪ってもいいと。
俺たちに責任はない、と。
おいおい。いくらなんでも無責任すぎるでしょう?
・・・そうなんだよね。
実は、私は責任という言葉があまり好きではない。
辞書にあるような「立場上当然負わなければならない任務や義務、および自分の行動の結果について、その責めを負うこと」なんて言葉を言われても、じゃあ、責任を取ってどうするんだ?となる。
責めを負う。責任を取る。
・・・もっと簡単に言い換えるべきだ。
つまり、「誰が損をするんだ?」と。
それから、一般的に差別というのは人種年齢性別民族など、本人にとってどうにもならないことを理由に不当な差をつけられてしまうことを言うんだけど・・・。
他種族が魔族と婚姻できないのは魔族側に問題があるのが原因であって、最終的にソレで誰が損をするべきかといえば、問題を抱えた張本人たち以外にない。
つまり女がまともに子供が生めないという不利益は魔族のみが「損」をするべき問題だし、魔族と性行為をすると他種族の子供が生めなくなり、かつ生まれる子供はハーフではなく魔族であるというリスクについては、他種族を説得し好かれるという努力、すなわち「損」を魔族自身が進んで負担するべきなんだよ。
それをコイツらは種族ぐるみで多種族に「損」を押し付けようとしてやがる。
本人に「責任」があろうがなかろうが、そいつが抱えた「損」を他人が引き受けようとしないことは不当でも何でもない。
たとえそれが生まれつきで本人がどうにもできないハンデだろうが、他種族だって自分の子供を残すという「生命そのものの使命」を背負っている以上は、差別でも何でもないんだよ。
生存競争という究極のレースの中で他の種族に「損」をおっかぶせるなよ。
自動書記術式で書き取った聴取内容を見て、ノクトが顔をしかめている。
「うーん。レギウム・ノクティスの魔族とはずいぶんと違うんだね。なんでだろう?魔術がないからかな?なんていうか、被差別意識と選民思想がごっちゃになっている感じだ。」
まあ、生まれつきの資質が関係ない魔術は完全に本人の努力によるものだ。
生まれを理由とする選民思想の対極に位置するものだと言っていい。
それに・・・。
「・・・種族ぐるみで不当なことをして種族ぐるみで排除されることは差別とは言わないわ。不当なことをしているのが排除の原因であって魔族が危険視されるのは種族が原因ではないわ。」
「うーん。魔族にもまともな人がいるんだけどね?それってレッテル貼りにならない?」
「レッテル張りは生存においてとても重要よ。敵を区分して確率論的に身を守るためには特にね。それに・・・種族ぐるみでどんな狼藉を働こうと、非難も排除も許さない。それをされたら差別として攻撃する。・・・なんてことをされたら、他の種族から見て完全な害悪よ。なんと言われようが他種族はレッテルを張って危険に備える必要が生じるわ。」
なるほど、左派はレッテル張りを好み、同時に貼られることを極端に嫌うが、これほど危険性の広報と管理に優れた方法はないからな。
「とにかく、聞き込みを続けましょう。同じことを繰り返すわ。」
「う~ん。じゃあ、僕は魔族以外から聞いてまわるよ。」
ノクトは外見が中性的でかなりのイケメンだから、女性や一部の男性からはかなり人気がある。
見ているうちにすぐに親子連れに声をかけ、いつの間にか親密そうに話しをしている。
私はそれを見ながら大きく息を吐き、ガラの悪そうな魔族を引き続き探すことにしたよ。
・・・・・・。
一通りの聞き込み(尋問)を終え、ノクトと合流する。
「何かわかったかい?僕のほうは・・・さっぱりだったよ。」
「私のほうも似たようなものね。とりあえず、入手できた情報を整理しましょうか。」
適当な安宿に入り、併設された酒場で情報を整理していく。
「叔母さんの情報は無しか。それと、レギウム・ノクティスの存在を知っている人も魔族を含めて無し・・・う~ん。どういうことだ?」
「・・・レギウム・ノクティスは、魔族が共存しているという点でその存在自体、イスの上層部にとっては都合が悪いんでしょうね。末端の兵士どころか中隊長レベルまで知らないのは驚いたわ。」
三聖者まで派遣しているにもかかわらず、教会は全面戦争をする気はない、ということか。
それともこの時代、アフリカ大陸の奥深くのことを知ることは事実上不可能なのか?
「明日からはやり方を変えて教会施設に潜入してみるか・・・。」
「そうね。それなら・・・ん?ちょっと待って?」
ピリ、と耳の後ろに信号が走る。
遠出をするにあたりAMC-1に新しく搭載した機能の一つで、セラフィアと通信することができる術式なのだが・・・。
とりあえず接続してみる。
《チヅラ様!緊急事態です!帝都が何者かに襲撃されています!敵兵が第3城壁を突破しました!》
《ちょっと!いきなり!?敵兵力は!?装備は!?》
《襲撃からほとんど時間がたっていません!敵兵力も不明です!ただ、西の空が一瞬で真っ赤に染まってから大きな音がして・・・それ以上は不明です!》
《分かったわ。セラフィアの家族はドラゴパレストに退避済みよね?渡しておいた定点間高速飛翔術式のアミュレットを使って直ちに退避しなさい。》
《チヅラ様のお身体は?デュオネーラ家の別棟に安置したままですよ!?》
《大丈夫。自分で何とかするから。じゃ、今すぐそっちに戻るわ!》
くそ・・・空が真っ赤に染まった?
どこかでそんな現象を見たような覚えが・・・。
頭の中で警鐘が鳴り響いている。
長距離跳躍魔法で戻る時間すら惜しい。
というより、私が誘拐されたあの時と同じなら、長距離跳躍魔法で結界を突破することもできないかもしれない。
仕方がない。
直接身体に戻るか。
「ノクト。レギウム・ノクティスで非常事態よ。私は先に戻るから、この身体だけお願い。」
「え?いや、ちょっとぉ!?」
慌てるノクトを無視し、AMC-1との接続を一瞬で解除する。
これで数秒でレギウム・ノクティスに戻れる。
暗転する視界の中、ノクトが慌てる声だけが妙に耳に残ったよ。
◇ ◇ ◇
ノクト・プルビア三世(紫雨)
アルカムさんがレギウム・ノクティスで非常事態だと言った後、いきなり椅子から崩れ落ちた。
「どうなってるんだ?これ・・・。」
慌てて彼女を抱え起こし、回復治癒魔法をかけようとしてその感触に気付く。
「これ・・・ホムンクルス?それも・・・自律設定も何もない。どういうことだ?」
ホムンクルスといえば、クインセイラ家が得意とする技術の系統ではあるが、最近やっと単純作業をさせられるようになったばかりで、魔法や魔術を使うどころか複雑な会話すらできないというのに・・・?
とにかく、動かない人間を一人抱えているのは危険だ。
「仕方がない。あいつを喚ぶか。・・・原初の男の妻にして全ての悪霊の母よ。死の天使の淫猥なる番いよ。我はセノイ・サンセノイ・セマンゲロフの護符を持ちて汝を深き海の底より解き放たんとするものなり。出でよ。リリス!」
詠唱が終わるとともに、目の前に暗く深い沼のようなものが現れ、風の吹くような、誰かが泣いているような音が響き渡る。
そして一切の光を反射しない、まるで空間に黒く空いた穴のような、あるいはペンタブラックを全身に塗りたくったような姿の女の影が現れた。
「オヨビでしょうか。マスター。」
「ああ。すまないが、また頼むよ。今回は人の身体ではないけど。」
彼女はリリスという眷属で、自我や魂を喪失した人間の身体を動かすことができるのだが、ホムンクルスを動かさせるのは初めてだ。
「・・・ハイ。コレは・・・マルで人間のようです。ヨク出来ていますね。」
リリスは背伸びした後、肩を回し、その身体の動作を確認する。
続けて身体の隅々まで魔力を送り、魔法が使えるかを確認している。
「どうだ?問題はないか?」
「ハイ。一通りは魔法を使えるようです。・・・ソレで、ナニヲいたしましょう?」
「レギウム・ノクティスで非常事態が起きたそうだ。今すぐ長距離跳躍魔法で戻る必要がある。到着次第、戦闘になる可能性が高い。備えてくれ。」
「カシコマリました。」
少しぎこちないながらも、リリスの入ったアルカムさんの身体を連れて酒屋の裏手に回り、僕は初めての長距離跳躍魔法を発動した。
「勇壮たる風よ!汝の翼を今ひと時我に貸し与えたまえ!」
ドン、と身体にかかる衝撃と、目まぐるしく変わる周囲の景色を振り切るように、僕は丸い大地を眺めていた。
・・・・・・。
レギウム・ノクティスの上空に差し掛かり、着地に備えて減速した瞬間、足元に広がる惨状に絶句する。
「なんだ・・・これ。大地が・・・赤く染まって・・・。」
西城壁を中心に半径20~30スタディオン(3.6~5.4km)が赤く染まり、まるで腐り落ちたかのように城壁や建物が崩れている。
草花や街路樹までもが風化した石のように・・・。
着地寸前にリリスが悲鳴を上げる。
「コレは・・・マサか魔力災害?マスター!今スグ着地地点を変えてください!」
「え!?長距離跳躍魔法の着地先の変更!?ええと、風よ!汝の柔らかな羽毛を以て我に天翔ける船を誂えたまえ!」
僕は長距離跳躍魔法の着地地点の変更方法がわからず、慌てて風の船を作り出し、急制動をかける。
ボフッという音とともに空中にとどまり、再度足元を見下ろすが・・・。
「・・・なんだよ、この魔力圧は。一呼吸しただけで肺が腐りそうだ・・・。」
「マスター。何者カが、人為的ニ魔力災害を引き起こしたようです。・・・コンナ事が可能だなんて。一体ドレダケの魔力結晶を暴走させたというのか・・・。」
魔力結晶・・・。
レギウム・ノクティスでは星から立ち上る魔力を圧縮し、高圧縮魔力結晶として利用している。
年間数十枚しか作れないそれは、一部がノクティス紅貨として市場に流通する以外は帝国がいざという時に備えて貯蔵しているが、こうなるほどには一体どれだけの魔力結晶を暴走させる必要があるのか・・・。
「とにかく、皇城に行こう。敵とやらについても情報を得なくては。」
僕は眼下に広がる、赤く汚れた帝都と、そこかしこに転がる人の形をした赤い塊に吐き気を催しながら、近衛や魔導騎士団がいる皇城へと急いだ。
・・・・・・。
指揮所を兼ねた騎士団詰め所は、完全に混乱していた。
僕が入室して誰も気づかない。
中央の卓で指揮をしているケイン・デキュラスに声をかけると、彼は慌てて立ち上がり、そしてすぐにその場の全員がひざまずく。
「邪魔しに来たわけではない。作業を続けてくれ。ケイン。状況は?」
「1ホーラ(約1時間)ほど前、100人ほどの所属不明部隊が南城壁を攻撃し始めました。同時に中央市場、官庁街、北居住区で火災が発生。続いて東農園区でも武装蜂起が確認されました。そのため、住民を西の職人街に退避させたところ・・・原因不明の爆発が発生。住民避難を先導した魔導騎士団第3中隊を含め、すべての連絡が途絶。伝令に出た者も、いまだに戻っておりません。以降は、全住民を皇城の庭園に退避させています。」
ケインは要点をかいつまんで答える。
「魔導騎士団第1中隊と第2中隊が南門で応戦中。第4中隊は中央市場と北居住区で、近衛は官庁街で敵小隊と交戦中です。帝国軍主力は東農園を制圧、南門へ急行中。」
「近衛から伝令!官庁街の敵兵力を制圧したとのことです!」
「北居住区はデケムナリウスの私兵が応戦中!・・・これは!皇城内で火災発生!火災が起きているのは・・・皇宮です!」
皇宮の中まで?
誰かが内部構造を漏らしたのか!?
「官庁街の近衛を回せ!北居住区の第4中隊もだ!・・・なに?南門の敵兵が?陛下!我が方の戦力が南門の敵兵力を殲滅!やったのはデュオネーラ家所属の魔法使いです!」
・・・そうか!
アルカムさんはデュオネーラ家の!
ありがたい!
「掃討は魔導中隊に任せろ!帝国軍は直ちに・・・なんです?陛下?」
「皇宮には僕が行く!帝国軍本隊は住民の護衛に全力を!」
皇城には住民が退避している。
それに、普段から世話になっている侍従や侍女たちがいる。
皇宮とは目と鼻の先だ。
僕は詰め所内にあった予備の剣を拝借し、皇宮に向かって飛び出した。
◇ ◇ ◇
同時刻
マティアス
ユリアナ・・・いや、ユリアナの姿を模した誰かの元を離れ、俺は父さんと母さん、そして姉さん夫婦を連れ、クラウディアとともにイスの町から遠ざかっていた。
久しぶりに会う家族は、俺がアンデッドにされて磔にされたこと自体は聞いていたが、俺が無事であることを知って俺以外の誰かが磔にされたものと思ったらしく、クラウディア含めて無事、受け入れてもらえた。
「それにしても・・・お前があの娘のせいでセヴェリヌス様のところに直訴に行ったと聞いたときは生きた心地がしなかったよ。無事でよかった。」
「そうよ。ユリアナの一家がイスに来てから3年とちょっとしか経ってなかったのに、まさかあんなに仲が良くなるなんて思わなかったわ。奥手そうに見えて、ずいぶんと手が早い娘だったのね。」
「ユリアナはあんな目にあいながらも俺の娘を産んでくれたんだ。悪く言わないでほしい。」
父さんと母さんは前々からユリアナやアランさん、エレーナさんのことがあまり気に入らなかったようだ。
二人はそれほど熱心でもないが一応は教会の信徒だったし、礼拝に参加しない彼らのことを疎ましく思っていたのだろう。
今ではその教えを捨てたようだが、アランさんたちに対する評価はそう簡単には変わらないようだ。
「マティアス。クラウディアが眠ったわ。ほら、しっかり抱っこして。・・・もう、もう一人娘が増えるとは思わなかったわ。」
「いいじゃないか。うちには男の子しかいないし、いずれ大きくなれば家族がにぎやかになるさ。」
姉さん夫婦はクラウディアの面倒を見てくれているし、義兄さんはむしろ喜んでくれているようだ。
あとは、引っ越した先で何とか仕事を見つけられれば。
そんなことを考えながらクラウディアを受け取り、抱っこひもを首にかけたときだった。
遠くから蹄の音が聞こえる。
これは・・・イスの方角からか?
「みんな!物陰に!・・・聖堂騎士団かもしれない!」
なぜ隠れる必要があるのか理解していないみんなを引きずって近くの茂みに身を潜め様子を見ていると、逆三角形を各辺で等分したかのような紋章を付けた鎧をまとった騎馬が俺たちがいた場所を駆け抜けていく。
そして、そのあとを追うかのように檻のついた馬車を曳く一団が通り過ぎていく。
「なんだ、ありゃぁ・・・檻の中に、赤子を抱えた女?それも何人も。聖堂騎士団が、女狩りをしている?」
義兄さんが驚きの声を上げる。
・・・やはり、教会の連中・・・どういうわけか俺とクラウディアを追っている?
「急ごう。少しでも早く、北へ。海を渡ればブリタンニアだ。教会の勢力はそこまで伸びてないはず。それに、もしそれでもダメならカレドニア人に紛れて生きていけばいい。」
そもそも、イスはローマ帝国の支配下にあるのにもかかわらず、教会というよくわからない連中が牛耳っている異質な町だった。
「もうすぐ日が暮れる。このままでは次の村に間に合わない。急ぐぞ。」
姉さん夫婦は足早に街道に戻り、手分けして荷物を背負いなおす。
その後を慌てて追う父さんと母さんの荷物を代わりに背負いながら、俺は疲れ始めた足に活を入れ、再び歩き始めた。
そのあとに、人ならざる物が数人ついてきていることも知らずに。
◇ ◇ ◇
ユリアナ
プロテウスに家族を任せ、私は一人でイスに舞い戻った。
マティアスの家族が住んでいた家の扉をこじ開け、中に飛び込むも、そこは完全に引き払われた後で近隣の住民も行き先を知らされていなかった。
「クラウディア・・・どこへ行ったというの?・・・マティアス。私がユリアナじゃなかったから、クラウディアを奪ったの?」
頭の中でグルグルと彼らの顔が浮かぶ。
もう、この街の中には彼らはいないのか。
それとも、彼らの身に何かあったのか。
あきらめて町を出ようとしたとき、衛兵らしき男たちに声を掛けられる。
・・・魔族ではない。
「おい、あんた・・・胸の前がびしょ濡れだぞ?ちょっと待て。今拭くものを出してやる。」
一人の男が背嚢から洗い晒しの布を取り出す。
見れば、私の胸からはクラウディアに飲ませるはずだった母乳が垂れていた。
「あ、ありがとうございます。」
布を受け取り、後ろを向いて濡れた胸を拭いていると、衛兵が小さな声で思わぬことを聞いてきた。
「なあ、あんた。もしかして子供を探してるのか?」
「その通りですが・・・なぜ、そう思うのです?」
そういえば、この衛兵・・・教会の所属ではなく、ローマの属州総督の所属なのか。
時々忘れそうになるがイスは教会が牛耳ってはいるものの、一応はローマ帝国の皇帝属州、ガリア・ルグドゥネンシスの西端のはずだ。
「いや・・・俺は最近配属されたから詳しくはないんだが、あんたと同じ年頃の女が子供を教会に奪われたって訴えが多数入っているんだ。教会の連中はしらを切りとおせると思っているみたいだが・・・。」
・・・教会が子供を集めている?
何のために?
「その話、詳しくお聞かせ願えませんか?」
私は藁にも縋る思いでその衛兵の手をつかむ。
すると、衛兵は顔を少し赤らめながら目線をずらし、どもりながら答えた。
「あ、ああ。じゃ、じゃあ、とりあえず、俺たちの詰め所に来てくれないか。その、ここでは困るというか・・・。」
なぜ目線をそらす?
衛兵の盗み見るような目線を負い、自分の胸元に目をやると・・・。
げ。
乳の垂れた乳房があらわになったままだったよ。
・・・・・・。
属州総督府の敷地内に作られた衛兵詰め所の裏手にある井戸で、乳でぬれた服を洗わせてもらい、魔法で手早く乾燥させる。
・・・クラウディアに飲ませる乳が何回分か無駄になってしまった。
仕方なく、胸を揉んで残りの乳も絞り、洗い流しておく。
詰め所に戻り、衛兵とその上官である隊長から話を聞くと、イスの町がいよいよ異常になっているということが判明した。
「残念ながら、行方不明になった子供たちが発見された例はない。また、訴えを起こした女と、その夫はかなりの人数が死亡している。・・・行方不明を含めると、ほぼ・・・全件だ。」
行方不明・・・クラウディアは、マティアスは教会にさらわれたのか?
衛兵・・・いや、衛兵殿と隊長殿はとても親切かつ丁寧に事件の全容を説明してくれた。
柔らかな布を張った椅子に私を座らせ、温かいひざ掛けまでかけてくれるという・・・かなりの気遣いをしてくれた。
「属州総督府に訴えは出さないほうがいい。おそらくは情報が漏れている。情けない話だがな。」
一通りの説明を終えた隊長殿はそう言うが、いわれるまでもない。
というか、官吏などをあてにしたことはナギル・チヅラの町を出て以降は一度もない。
「代わりに、俺たちが職務外で調べているから、君のお子さんの特徴などを教えてくれ。必ず、俺たちが助け出す。」
だが、衛兵殿の必死な様に、あまりあてにはしないながらも、クラウディアの特徴を伝えることにした。
最後に深々と頭を下げ、衛兵詰め所を後にする。
まずは、ユリアナとエレーナが凌辱された教会の礼拝堂。
そして彼らから聞いた、子供の泣き声が聞こえたと証言があった、大聖堂。
もしかしたら、何か痕跡があるかもしれない。
一縷の望みをかけ、私は路地をかけていった。




