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291 千本の弦の弓

 仄香(ほのか)


 10月23日(木)午後


 健治郎殿の急な呼び出しに、慌てて琴音と遥香を呼び、さらにシェイプシフターを()び出した上で私たちの中身を入れ替えることにしたよ。


 具体的には、ドモヴォーイを送還するところを人に見られないようにすることを理由に職員用トイレに駆け込み、外見と中身を入れ替えたんだが・・・


 遥香in私。

 千弦シェイプシフター

 そして、なぜか笑いをこらえている琴音。


 今は健治郎殿の運転するステーションワゴンで、向陵大学病院に向かっている。


 ・・・琴音と遥香も、陸軍中野学校の採用試験を受けるかどうかを検討するという建前で学校は公休をもらったらしい。


「すまないね、急な呼び出しをしてしまって。でも、もしかしたら(おさむ)君の人格が戻ったんじゃないかと思って。ええと・・・仄香(ほのか)さん?それとも遥香さん?」


「今、この身体を制御しているのは私、仄香(ほのか)です。」


「そうか、最近はお姿を見ることがなくなったから愛想をつかされたかと思ってたよ。それに、ジェーン・ドゥさんの身体もあまり見かけなくなったね?」


 相変わらず健治郎殿は鋭いな。

 いっそのことすべて話しておくか?


「ジェーン・ドゥの身体はかなりボロボロでしたからね。それにオリジナルは一度魔力に分解してまして、新しいほうの身体はエルリックが調達してきたコピーですし。そろそろ新しい身体を用意するべき時が来たんですよ。」


「ふ~ん、そうか。俺は中身が仄香(ほのか)さんだったら外見なんてどうでもいいんだが・・・。」


「うわ、ししょー。車内で堂々と口説かないでヨネ。」


 千弦のふりをしたシェイプシフターが彼を茶化すが、内心はかなりヒヤヒヤしているようだ。


 まあ、千弦と一つ屋根の下で暮らしたことがある彼なら、なんとか真似くらいできるだろうが。

 大学入試のおかげで彼の訓練に行かないですんでいるのは、まさに幸いとしかいえない。


「ところで・・・仄香(ほのか)さん。俺も軍の医官も、魂の構造についてはズブの素人だ。病院につくまででいいから、少し詳しく教えておいてもらえないか?ええと・・・人格情報と記憶情報、だっけ?俺も何かの宗教でそんな考え方を聞いたことがあるような・・・?」


「そうですね・・・いくつかの宗教、あるいは哲学などで人間の魂や精神の構造について様々な考察がなされていると思います。例えば中国道教における魂魄という概念。あるいは直霊(なおひ)・・・すなわち、一霊四魂という神道家・本田親徳による霊魂観。いずれも、魂が複数の要素によって構成されていることに言及しています。」


「なるほど・・・確かに、アジア圏ではそういう考え方が存在するな。では、西欧ではどうだ?魂とは一つではないか?」


「キリスト教においては、アリストテレスに端を発した『魂についてのいかなる確実な知識に到達することも、世界で最も困難な事柄の一つである』との見解からその研究が神の領域とされてしまっていますので・・・おそらくは禁忌とされてしまっていたのでしょう。」


「そうか・・・では、実際のところはどうなんだ?やはり、複数の要素から成り立つのか?」


「はい。私が初めて身体を乗り換えた際に自分の魂というものを認識したとき、それは虚空に浮かぶ二種類の明滅する情報信号でした。一つは不変かつ閉じた小さな観測不可領域。そしてもう一つは開いた大きな干渉可能領域でした。」


「信号?魂とは・・・情報・・・ソフトウェアなのか?」


 ソフトウェア、ハードウェア。

 つい最近できた言葉だ。


「はい。ですが前者は非常に強固で、いかなる方法を用いても干渉することができず、それでいて別領域に繋がっていてどちらかというとOSに近いかもしれません。・・・万が一破損すると一切の感情や欲望、悪意・・・生命維持に必要なものも含め、ありとあらゆる自発的行動をとらなくなります。逆に、命令されたことにも一切の疑問を抱かず行動するようになります。」


「それって、まるで・・・ゴーレムみたい。」


 琴音がボソリ、と口にする。

 見れば、シェイプシフターも小さくうつむいている。


「後者は、逆に非常にもろくて、ほんのちょっとした環境変化で容易く情報が書き換えられ、あるいは時間経過で揮発し、それでいて揮発した痕跡からも再生可能という・・・まるで自由に書き換え可能なドキュメントファイルのような構造をしています。例えすべてを破損しても、生命維持に必要な行動を行うことができ、かつ、感情の発露はむしろ活発になります。もちろん、日常生活には多大な影響が出ますが。」


「ふむ・・・まるでコンピューターのプログラムのようだ。人格情報、記憶情報・・・。」


 プログラムとはかなり違う部分もある。


 例えば、魂の記憶情報はプログラムとは異なり、インターフェイスが存在しないから、扱っている情報や情報のインプット、アウトプットが五感や発声でしか行われない。


 それもいったん音声信号に変換されていて、情報が情報のまま処理されるのは、あくまでも本人の認識下でのみだ。


 だが、処理に脳、または魔術的情報装置というハードウェアを必要とする以上は、確かにプログラムにかなり近いともいえるのだ。


「人格情報も記憶情報も肉体・・・特に脳を失えば、あるいは大きく損傷すれば簡単に揮発します。私のように亜空間に保存しているようなことさえなければ、肉体的な死、すなわち魂の死と考えて差し支えありません。」


「なるほど。では、バックアップを取ることは可能なのか?」


「・・・ええ。私という例がありますし。ただし、記憶情報の容量は莫大ですから、現実的ではありません。」


 リビア、古代魔法帝国(レギウム・ノクティス)跡地で千弦が死んで、遥香のバックアップから人格情報を復元したことは黙っておこう。

 どんどん面倒なことになる。


「そろそろ病院だ。琴音、千弦。病室で騒ぐなよ。それと・・・一通りの確認と挨拶がすんだら、俺は手続きで少し席を外す。2時間ほどかかるから、くれぐれも・・・いや、だれか来ないように注意だけしておけよ。」


 健治郎殿はそういうと、そこからは言葉少なめにハンドルを握り、大学病院の裏手の駐車場に入っていった。


 ・・・・・・。


 健治郎殿の案内で(おさむ)殿の病室に顔を出す。

 すると、そこにはうずたかく積まれた週刊誌と、2か月分ほどの雑誌を手に唸っている(おさむ)殿が座っていた。


「お!千弦!琴音さん。・・・遥香さんまで!?ええと・・・2か月ぶり?でいいのか?」


「驚いた・・・(おさむ)君、完全に元通りみたいじゃない。ええと、仄香(ほのか)。どう?」


 琴音の言葉に、そっと彼の額に手を触れる。


 ・・・記憶情報は以前と変わらず、リアルタイムで情報を更新中、かつ連続性に問題なし。

 人格情報は・・・。


「完全に人格情報が復元されてるわね。・・・これは・・・。」


 驚いた。

 何者かが完全なバックアップをもとに復元している。

 第三者が憑依したときのような不安定さもないし、記憶情報との同期も完全に行われている。


 ただ・・・時間のズレがあるが。

 それに・・・極めて高度な術式の気配が・・・?


 私が彼の額から手を放し、その術式を解析していると、健治郎殿が後ろから声をかける。


「じゃあ、(おさむ)君は問題ないんだな?」


「ええ。今日からでも日常生活に戻れます。それに、彼は毎日出席していることになっていますから、出席日数も問題ありません。」


「それはよかった。じゃあ、俺は和香(のどか)先生のところに報告と挨拶に行くよ。ついでに退院の手続きもとっておこう。・・・2時間くらいかかるから、ゆっくりと支度してくれ。ロビーで待ってる。」


 健治郎殿は千弦・・・シェイプシフターに向かってにやりと笑うと、そのまま病室を出ていく。


「叔父さん・・・たった2時間で何をしろっていうのよ。まったく。」


 琴音のあきれたような声が小さくその背中を追いかけていた。


 ・・・・・・。


 琴音、千弦のふりをしたシェイプシフター、そして遥香の身体に入った私が(おさむ)殿のベッドの周りに座っている。


 彼は身の回りの物をカバンにつめながら、琴音と千弦シェイプシフターの顔を覗き、首をひねりながらつぶやく。


「あれ?この二人、こんなに区別ついたっけ?・・・外見は区別がつかないんだけど・・・まあいいや。なあ、千弦。遥香さんがさっき言ってたけど、俺が『毎日出席してる』ってどういうことだ?替え玉でも立てたのか?」


 彼はそう言いながら、()()の顔を見る。

 ・・・結局、区別がついてないじゃないか。

 っていうか、どれだけこの二人は似てるんだよ。


「あ、えっと・・・。」


 ちょっと待て。

 (おさむ)殿は、琴音を千弦と間違えた?


 2か月会ってないのに、シェイプシフターと千弦の区別がついた?


 それに・・・美琴と弦弥も、私たちの区別がつき始めたとか言ってなかったか?


《琴音さん!そのまま、千弦さんのふりをしてください。どうやら、私やシェイプシフターでは千弦さんの真似ができていないようです。》


 盲点だったかもしれない。

 今まではシェイプシフターが千弦に化けても、琴音に化けても気づかれることはなかった。


 そして私の偽装能力はシェイプシフターと大差がない。

 にもかかわらず、千弦に化けた私たちの違いに気づかれてしまうということは・・・。


《え?別にいいけど・・・違和感なんてあったっけ?》


《いえ・・・もしかしたら、時間経過で千弦さんの再現性が落ちてきているのかもしれません。》


 新たな問題が発生したことに私は思わず頭を抱えてしまったよ。


 仕方がない。

 次回からシェイプシフターは琴音に化けさせよう。

 ・・・千弦。お前は今どこにいるんだ。


 ◇  ◇  ◇


 (おさむ)殿の退院手続きが終わり、健治郎叔父さんの車で最寄りの駅まで送ってもらった。

 そして、彼以外はいったん学校に戻ろうということになったんだけど・・・。


「なあ、千弦!なんか、久しぶりって感じだな。お、あそこの店。もうオープンしたんだ。今度一緒に食べに行こうぜ!」


「あ、うん。そうだね。ええと、教室では『久しぶり』とか言っちゃだめだよ?」


「わかってるって!それにしても・・・また千弦に会えるなんて、俺は・・・。」


 (おさむ)殿が感極まって目じりに涙を浮かべている。

 彼は琴音の腰に手を回し、まるで恋人にそうするかのようにその身体を引き寄せる。


 ・・・この場に千弦がいないなんて言えないよなぁ・・・。

 浮気・・・って言われても不可抗力だよね?

 紫雨(しぐれ)が知ったらなんと言うか・・・。


《ねえ、仄香(ほのか)さん。(おさむ)君の人格情報が戻った理由って、何か分かった?》


 千弦のふりをしたシェイプシフターが、(おさむ)殿とイチャイチャしないですんでいることに胸をなでおろしている傍ら、遥香が念話で疑問を発する。


《私のほうでも調べていたんですが・・・人格情報のバックアップについてはあまり詳しくなくて。遥香さんのほうで何かわかりましたか?》


《うーん。バックアップ方法は私が使ったやり方とほとんど変わらないんだけど・・・すごい強力で複雑な術式が絡みついていて・・・術式のほうは私じゃどうにもならないな。仄香(ほのか)さん、わかる?》


 遥香が示した領域で、絡みついた術式を確認する。


 ・・・なんだこれ?

 術式の次元数が・・・全部で11次?

 人間に組める術式なのか、これ?


《解析してみます。少しお待ちを・・・ええと、これは・・・(おさむ)殿のみを対象にした、常時発動型かつ無差別バックアップ術式?ええと、・・・何ですか、これ?『read manual before use(使う前に説明書を読んでね)』?こっちは・・・テキストファイル?『read me(読んで)』?》


 これは・・・まるでソフトウェアに添付された取扱説明書(リードミーファイル)のような・・・?

 とりあえず、悪意ある術式は含まれていないようだし、読んでみるか。


《えーと?「このファイルが読まれているということは、(おさむ)君の人格情報の復元が成功したということ、そして、それまでに私が現代に戻れなかったということ。その前提で説明をします。落ち着いて、最後まで読んでください。」・・・まさか!》


 これは・・・やはり千弦の術式か!


仄香(ほのか)さん!どういうこと!?やっぱり千弦ちゃんは、帰ってこれなかったってこと!?》


《わかりません。ですが・・・最後まで読みます。》


 意を決し、そのテキストファイルの続きを読む。


《この術式は、城塞都市国家群中核都市ナギル・チヅラ、及び衛星都市ヴェルナ・イシラ、サルマ・デウル、トラキア・ナーヴ、エルサ・ロドゥン、バルク・エルシュ、シリウ・アラトの全市民、並びに24属州の77万人に対し、血継術式で打ち込まれたものである。》


 血継術式・・・?

 ものすごく不穏な響きなんだが?

 それにナギル・チヅラ・・・。

 私の旅立ちの町・・・。


《千弦ちゃん・・・何やってるの・・・そこまでして、(おさむ)君を・・・。》


《血継術式は、世代を超え、親から子、孫、そして子々孫々と引き継がれる。(おさむ)君の人格情報を、あの悪夢の瞬間まで常にバックアップし続けるために。そして人格情報の復元は、バックアップ情報を持つ人間が(おさむ)君に触れた瞬間、自動的に行われる。》


 そうか・・・つまり、ソフィア殿は血継術式を受け継いだ人間で、かつ(おさむ)殿が人格情報を消去される前に私たち以外で触れた最後の人間ということになるのか。


 そして、おそらくは何らかの理由で彼にもう一度触れ、バックアップ情報からの復元が成功した・・・千弦の思惑通りに。


《そして、そのバックアップが復元のために使用された瞬間から100年後に、すべての血継術式は自動消去される。私の作ったナギル・チヅラのすべては、敬愛する魔女仄香(ほのか)の旅立ちと、愛しい恋人(おさむ)君の日常への帰還のために。今、役目を終えた。そして、このテキストがもし、仄香(ほのか)によって読まれているなら・・・私の望みは果たされた。》


 そのあとは、血継術式の組み方、運用方法、解除方法がきれいに整理されており、まるで仕様書のようにつづられていた。


《最後に・・・帰りたい。あの日常に帰りたい。琴音と同じベッドで寝たい。遥香と一緒に海に行きたい。咲間さん(サクまん)のライブを見たい。仄香(ほのか)の昔話を聞きたい。ししょーの訓練を受けたい。母さんのご飯を食べたい。父さんの考古学の話を聞きたい。エルが作ったお菓子を食べたい。宗一郎伯父さんの別荘に泊まりたい。・・・(おさむ)君にやさしく抱かれたい。私の名を呼んでほしい。そして、彼の、子供が欲しい。・・・まだやりたいことが、やり残したことが、いっぱいある。でも、それが果たせないなら・・・琴音に、よろしく伝えてください。私の代わりに、精いっぱい生きて、と。》


 術式の最後には、血を吐くような思いとともに千弦の言葉がつづられていた。


《・・・うっ・・・ぐすっ・・・千弦ちゃん・・・かわいそう・・・私は、何もできない・・・。》


 遥香が泣いている。

 私も、涙をこらえるので精いっぱいだ。


「コト・・・んん゛っ。姉さん。そろそろ渋谷だヨ?(おさむ)君は東急東横線でいいんダヨネ?」


「そ、そうね!じゃあ、遥香。一旦一緒に降りようか。(おさむ)君を東急線の改札まで送るよ。」


 シェイプシフターの動きがぎこちない。

 千弦のふりをした琴音の動きはもっとぎこちない。


「・・・千弦。やっぱり少し変だな。でも・・・また会えた。なあ、明日は空いてるか?二人だけで話がしたいんだ。それに・・・。」


「あ・・うん。大丈夫だよ。明日ね。じゃあ、放課後一緒に帰ろうか。」


「・・・同じクラスだろう?それとも、もしかして席替えしたのか?」


「あ、いや、帰りに、どこかに寄るのかなって・・・。」


 これほど見事に墓穴を掘るとは・・・お前、そのままラブホテルに連れ込まれるぞ?


 ・・・ま、これまでもたびたび入れ替わってきたんだし、なんとかするだろう?


 ぎこちない二人を見ながら、私は千弦の帰還だけが心残りだった。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 西暦312年

 レギウム・ノクティス 恩賜公園管理事務所


 目の前で芋虫のようになったサン・ワレンシュタインが意識を失い、ぐったりしている。


 確かコイツの能力は念動力だったか。

 数千本の念動力の腕を持ち、それだけの剣を操って戦う能力がある、だっけ?


 でもねぇ・・・不意を打たれるとこの程度なんだよねぇ・・・。


 やっぱり男を狙うのは寝ているときか女を抱いてるときに限るわね。

 あ。

 マタ〇キ(キン〇マ)も潰しておこっと。


 プチっとな。


「さて・・・襲われたのがホムンクルスのほうでよかったわ。ええと・・・あれ?あなた・・・セラフィアのお孫さんのお友達の・・・。」


 公園管理事務所の地下に続く隠し扉・・・いや、実際には物が多すぎて隠し扉みたいになっちゃってるだけなんだけど・・・。


 それを開くと、その奥には十代前半少女が震えながら私の聖棺(アーク)モドキにしがみつき、カタカタと震えていた。


「は、はい・・・。わ、わたしは、カリーナ・ド・ポンタス。ブロンタス・ド・ポンタスの一人娘です・・・。エリシエルちゃんとは、友達で・・・。」


 そうそう、セラフィアが公園管理事務所に一度連れてきたことがあったっけ。


 何年ぶりだろう。

 こんなに大きくなったんだ。


 ええと、魔族だから120歳くらいか?

 エルと同い年くらいかな?


「ケガはない?お互い、ひどい目にあったわね。あの変態野郎。人の身体を何だと思ってるのか。あんまり汚いから自分の身体なのに思わずぶっ殺しちゃったわ。」


「自分の身体・・・えぇ?!さっきあの男と一緒に殺したのって・・・ご自身の身体だったんですか!?ええと、じゃあ、あなたは・・・。」


「大丈夫よ。この身体もさっきの身体もホムンクルス。本物はソレ。あなたとセラフィアが守ってくれた。感謝するわ。」


 さて・・・どうせすぐにあいつらが戻ってくるだろうし、どうするか。

 ・・・よし。


「ねえ。悪いんだけど、先にデュオネーラ(第二公爵)家に避難してもらっていいかしら。その身体と一緒に。」


「え、ええ。それは構いませんが。この棺、かなり重いんじゃ・・・?」


「大丈夫よ。こうするから。」


 まったく、面倒くさがって聖棺(アーク)モドキを地下深くに安置せず、入り口近くに置いておいたのが失敗だったのか、それとも素早く動かせたから怪我の功名だったのか。


 ま、どうせガラクタばっかりだし、貴重なものはフライングオールのコンテナに入れてある。


 フライングオールの射出口を管理事務所の天井に押し当て、原子振動崩壊術式を作動。

 地上部分を一瞬で消し飛ばす。


「きゃっ!?」


 続けて術式を発動、カリーナと聖棺(アーク)モドキを対象に固定する。


「しっかり聖棺(アーク)モドキにつかまってて!定点間高速飛翔(ファストトラベル)術式を用意!行先、デュオネーラ(第二公爵)家へ!・・・発動!」


 ふわり、と聖棺(アーク)モドキとカリーナの身体が宙に浮く。

 すぐに光の泡のような防壁に包まれ、一瞬で加速する。


 あの術式(キ◯ラのつばさ)、本当に開発しておいてよかったよ。

 だって長距離跳躍魔法(ル〇ラ)って、魔族には一切使えないんだよ。


 音もなく飛んでいく彼女とソレを見ながら、ふぅ、とため息をつく。

 だって真後ろから結構な魔力・・・いや、殺気を感じられたから。


「今のは・・・長距離跳躍魔法?それも・・・魔族を飛ばした、ですって?」


 ちょっと年増で目つきの悪い女魔族が驚いている。


「・・・ワレンシュタイン・・・これはびっくりだ。お前がこんな負け方をするなんて。・・・じゃあ、俺が食っていいよね?」


 青髪の魔族・・・こいつはエドアルドか。


「まいったわね?コイツら相手に殺さないように手加減しろとか・・・どんな縛りプレイよ?手加減し損なって殺しちゃったらどうしようかしら。」


「・・・何を言っているんでしょう!?我々相手に手加減するなど・・・身の程知らずもいい加減にしなさい!」


 完全に切れ散らかしている年増女魔族が叫ぶ。


 そして、唐突に第二ラウンドが始まったよ。


 ◇  ◇  ◇


 ふわり、と青髪の魔族の身体が複数に分かれる。

 これは・・・紫雨(しぐれ)君から聞いた通り、多数の魔族の命をその身に宿しているのか!

 だが、人数は十人ちょっとか?少ないな?


「行け!槍兵!射よ!弓兵!」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 女魔族の方は概念精霊(スピリチュアル)魔法(マジック)か?

 結構な火力だけど・・・!


(Semi)自動(automatic)詠唱(chanting)七十連(セプタコンタ)()()()()()()三十連(トリアコンタ)()()()()()()四十連(テトラコンタ)()()()()()()!」


 こちらに向けて走り出した灰色の槍兵に雷撃を叩き込み、弓兵からの弓を空中で叩き落す。続けて音響魔法で辺り一面をかき乱す。


 一瞬で灰色の男たちが爆散し、あるいは血反吐を吐いて吹き飛んでいく。


 勢いよく発生した炎は、あっという間に音圧に吹き飛ばされて消し飛んでしまう。

 ってか、数十連唱が難なく発動したな!?


 何の工夫もできない魔法使いが!私の前に立とうなど5000年早いわ!

 目に見える現象だけ制御出来ていれば満足か?


「な!詠唱が短い!?ぐう!?かすかにしか聞こえなかったぞ!?」


「雷と石!?複数の魔法を一度に!?それにもう一つの魔法の正体が分かりません!ですが正面に立たないように!」


 当たり前だ!

 35,000Hzの超高音を190dB(デジベル)相当で発して指向性を持たせ、対象に叩きつけるこの魔法がお前らみたいな古代人にわかるはずがない。


 私オリジナルの音響攻撃魔法だ!

 できるものなら計算してみやがれ。


 波長が9.8mmの狭い指向性を作りやすい非常に短い波長で、標準大気条件での音圧レベル190dB(デジベル)に対応するRMS(実効音圧)は約6.32×10^4Pa(パスカル)だ。


 正弦波のピーク圧力はRMS(実効音圧)×√2≒8.94×10^4Pa(パスカル)、これは大気圧のおよそ0.88倍に相当するピーク圧力振幅だ。


 ってか、194dB(デジベル)以上は即衝撃波になるんだよな。

 負側の圧力が真空と同じになるし。


 音エネルギー流束= p^2RMS/(pc) の式で計算すると、1平方メートルあたり約 9.7 MW(メガワット)というとんでもないエネルギー密度になるんだよ!


 っていうか、よく今の音に気づいたな?


 だが、二人はすぐに立て直す。

 さすがは年増女と年齢不詳!

 大した経験値だ!


「Ataccā miu! Edoaldos rēformā gā! (攻撃は私が!エドアルドは再編成を!/古ガリア語)」


 マーリーはレイピアのような刃物を引き抜き、エドアルドに指示を飛ばす。


「Commat! Traslātio usāscis?(分かった!転移を使うのか!)」


 ほほう?転移とな?

 それに、わざわざ言葉を変えたようだが・・・。

 ふふん。

 レオ・デュオネーラ(第二公爵)君からもらった首飾りの術式がしっかりと翻訳してくれているんだよなぁ。


 フッとマーリーの姿が消え、一瞬で視界からいなくなる。

 でも甘いんだよね。

 どうとでもなるんだよ?来るとわかっていればさ。


「過負荷重力子加速術式!低圧無差別広範囲!」


 私は構わずに攻撃魔術を発動する。


 ドゴン!と轟音が響き渡り、私を含めた半径70mが真上から見えないハンマーで叩き潰される!


 石畳が砕け散り、低木は一撃で粉砕し、美しい芝生の大地は泥水を吹き出しながら一瞬で窪地に姿を変えていく!


 本来は超高圧重力・・・250~350Gを半径数メートルを対象にパルス状に叩きこむ術式だが、今回は広範囲で40Gを数秒間持続させる!


 グシャァ!という音が四方から響き渡る!

 あはは!砂漠の中の街で液状化現象とか!


 私の斜め後ろ辺りに現れたマーリーは、盛大な音を立てて大地に激突し、糸が切れた絡繰り人形のように倒れ伏す。


 肩に、頭に、足にとんでもない荷重がかかる!

 全身の骨格が悲鳴を上げている!

 ぐっ!?すげぇな!?このボディ!


 正式名称はアルクス(Arcus)ミッレ( Mille)コルダ( Corda)(千本の弦の弓)だっけ?


 ギリギリ持ってるよ!もしかしてサイ〇ーダイン社製か!?

 壊れないとは思ってたけどさ!


「ぐぎゃ!?この女、自分ごと潰すなんて!?」


 慌ててマーリーは再転移し、効果範囲外へと逃げだしていく。

 器用な・・・超能力ってやつか?

 あれこそ本当の無詠唱ってやつだ。


 くそチート野郎め。

 だが・・・その右足は完全に圧し折れ、明後日の方向を向いているのがわかる。


「あら?ポンポンと飛び回れるくせに行先がどうなってるかは分からないのね?そんなんじゃあ・・・自分から針山に突っ込むようなものかしら?」


 私は口元の血をぬぐい取り、ホムンクルスボディの自己治癒機構をオンにする。

 すぐさま淡い光が包み込み、損傷を修復していく。

 うわ・・・血液がショッキングピンクだ・・・。


「・・・マーリー。撤退するぞ。俺はワレンシュタインを回収する。お前はなんとかその足を治せ。」


「・・・ええ。こんな化け物、相手にしていられません。」


 化け物扱いかよ。

 ひどいわね。


 エドアルドとマーリーは目を合わせると、一瞬で別々の方向に走り出す。

 お。もう足を治したのか。

 ・・・いや、やせ我慢しているだけなのか。


魔導(Enchant)付与(ment)術式( Formula)()()()()()()()()()()()()()()()。」


 私は使い慣れた銃を抜き、エドアルドが目眩しに作り出した十数人の歩兵を迎撃する。


 空間に現れた黒い浸食は一瞬でそれらの頭を叩き割り、あるいは消し飛ばしていく。


「きゃあぁぁあ!?何なんですか、これは!」


 うーん。


 A gun. It is a technology that does not originally belong to this era.(銃。本来この時代にない技術。)

 やっぱり銃はいいね。


「逃がすと・・・あ、いや、別に逃がしてもいいのか。殺すわけにはいかないし。」


 エドワルドのやつ、何人分の命を保存しているのやら。

 死なないなら死ぬまで殺し続けてみようとも思ったんだが、どうせ仄香(ほのか)が宇宙のかなたにポイっとしちゃうんだよなぁ。


 ワレンシュタインを運び出していくのを横目に、これからどうするかなぁ・・・なんて別のことを考えていたよ。


 ・・・あ。

 マーリーだけは殺してもよかったかもしれない。

 だって仄香(ほのか)が戦ったマーリーとは別個体みたいだったしね。


 ◇  ◇  ◇


 サン・マーリー(初代)


 黒髪の悪魔の手からかろうじて逃げ出し、その力の差に震えが止まりません。


「なんですか、あれは!?あれが人間の持つ魔力なんですか!?それに、ほとんど詠唱らしきものをしていなかった!この杖だって!ただの鉄と木の塊じゃないですか!」


 重く長いだけの杖を放り出し、思わず叫んでしまいます。


「マーリー。気持ちはわかる。・・・一度の戦闘で100人を超えて殺されたのは初めてだ。それに・・・なんだよ、あれ。アイツ、はっきり言ったんだ。『手加減し損なって殺しちゃったらどうしよう』ってさ。それも、強がりなんかじゃない、本当に手加減されていたんだ。」


 エドアルドのこんな顔は初めて見ました。


「何を言うか!あの女は、我のイチモツを切り取ったのだぞ!卑怯にも不意打ちで!それほどの力があるならなぜ正々堂々戦わぬ!戦士の風上にも置けぬ!卑怯者めが!次に会った時には奴の両手両足を切り落とし!すべての孕み袋にしてくれようぞ!そして、最後にはそのハラワタを掻き出してやる!」


 エドアルドの言葉に、回復治癒魔法が追い付かず、まだ身動き一つできないワレンシュタインが吠えています。

 この玉無し・・・貴方は正面から戦ってすらいないから・・・。

 いい加減にしてほしいものです。


「はあ・・・ワレンシュタイン。分かりませんか?あの女は、我々を同列の敵とすら思っていないのです。」


 そう。

 あれほどの相手が、我々を相手に平気で不意すらうってくる。

 戦士でも、魔法使いでも、ない。

 まるで害虫駆除のために、ありとあらゆる方法を使うかのように。


「何を言うか!我を誰だと思っている!くそ、くそがぁ!」


 あの女は危険すぎます。

 相対して分かった魔力の差も、持っている魔法技術の次元も、はっきり言って話になりません。


 そして・・・無詠唱、いや、手足で何らかの魔力の動きを見せた、見えざる神の戦槌(ハンマー)


 おそらくは、あれこそが魔術。

 それも切り札などではない、私たち程度(格下の相手)に容易く見せてしまえる程度の。


 ブルリ、と体が震えます。

 なんという不条理。

 あれほどの力を持った存在が、この世にいるというのでしょうか。

 思わず口からこぼれてしまいます。


「もしかして、あれが魔女?」


「・・・そうか!魔女は、身体を乗り換える。つまり、あれこそが今代の魔女ということか!ならば・・・我が倒して見せよう!教皇(サン・ジェルマン)猊下に誓い、我があの首を討つ!」


 ・・・いや、何かが違う。

 それに気付かなければ、致命的なことになるかもしれない。


「とにかく、体制を整えよう。・・・この街にはスラムがない。いったん街を出ようか。」


 エドアルドの言葉に従い、私たちはいったん街を出ることにしました。


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